Quest36:新生ダンジョンを攻略せよ その4
「……これで最後です」
アンがぼそっと呟き、矢を放つ。
鏃には漆黒の炎が灯っている。
矢は複数のゴーストを貫き、ダンジョンの壁に突き刺さった。
だが――。
ホァァァァァァッ!
ゴーストは叫び声を上げて元気に飛び回っている。
「最後じゃないわよ」
「まだうようよいるし」
メアリとフジカが突っ込みを入れる。
すると、アンは拗ねたように唇を尖らせた。
「……言い直します。矢が尽きました」
「マコトさんがいなかったら死んでるってことよね」
メアリは溜息を吐き、ゴーストにポールハンマーを突き出した。
だが、ポールハンマーは空を切った。
結界から出ないように攻撃をしているせいだ。
くッ、とメアリが小さく呻き――。
ホァ、ホァァァァッ!
ゴーストが小馬鹿にするように声を上げた。
「くッ、ゴーストのくせに」
「……それは違います」
メアリが口惜しそうに拳を握り、アンがぼそっと呟いた。
話が噛み合っていないと感じたのだろう。
メアリは訝しげに眉根を寄せ、アンに視線を向けた。
「違うって何がよ?」
「……私達だけならモンスターハウスに足を踏み入れた時点で死んでいます」
「ああ、そっちね」
「……はい、モンスターハウスの件です。そもそも、最初にスケルトンに遭遇した時点で死んでしまう可能性はあった訳ですが」
「わざわざ言わなくても分かってるわよ。フジカさん、魔法は?」
メアリはムッとしたように言って、フジカに視線を向けた。
「まだ使えそうにないし」
「……打つ手なしです」
フジカが呟き、アンは小さく溜息を吐いた。
「ここはおいらの出ば……」
フェーネは胸を張り、腰のポーチに手を伸ばした。
恐らく、街でマジックアイテムを購入していたのだろう。
だが、そのままの姿勢で動きを止める。
チラリとこちらに視線を向け――。
「兄貴、お願いするッス! 兄貴なら楽勝ッス! ヒューヒュー!」
フェーネは何かを誤魔化すように囃し立てた。
マジックアイテムを使うのが惜しくなったに違いない。
気持ちは分かる。
今回の目的はフジカの戦闘スタイルを確立することで、儲けは二の次だ。
だが、節約できるものなら節約したいと考えるのが人情だ。
「……フェーネちゃん」
「な、何スか?」
フジカが名前を呼ぶと、フェーネは上擦った声で応えた。
「ラストエリクサー症候群みたいな?」
「ラストエリクサー?」
フェーネは鸚鵡返しに呟いた。
どうやら言葉の意味がよく分かっていないようだ。
「マジックアイテムを惜しんでるのかって意味だ」
「そ、それは……そうッス」
マコトが説明すると、フェーネはごにょごにょと呟いた。
「マジックアイテムを惜しんで死にたくないし」
「死なない状況だから惜しんでるんス」
フジカが深い溜息を吐くと、フェーネはムッとしたように言った。
確かにマコトが結界を維持している限り死ぬことはない。
「……どちらにせよ、私達では打つ手なしです」
「兄貴、お願いできるッスか?」
アンがぼそっと呟き、フェーネが申し訳なさそうに言った。
「分かった。さて、どうやって――」
「そんなに凝った技はいらないッス」
フェーネに言葉を遮られ、マコトは頭を掻いた。
派手な技を使って格好いい所を見せようと思ったのだが、見透かされていたようだ。
凝っていない技と言えば――。
「これか? 炎弾」
マコトは右手を胸の高さに上げて呟いた。
右腕から漆黒の炎が噴き出し、渦を巻くようにして球体を形作る。
何だか久しぶりに使ったような気がする。
「兄貴、やっちゃって欲しいッス」
おう、とマコトは返事をし、ゴーストが密集している場所に向けて炎弾を放った。
炎弾は一直線に飛ぶ。
そのまま当たるかと思いきや――。
ホァァァァァァッ!
ゴーストは甲高い声を上げ、炎弾の軌道上から逃げた。
一斉に動く様はやはりアジの群れを想起させる。
逃がすかよ、とマコトは拳を握り締めた。
次の瞬間、炎弾が爆発した。
金切り声がダンジョンに響く。
近くにいたゴーストは消し飛び、遠くにいたものも爆発の余波で消滅する。
静寂が戻る。
マコトは無言で視線を巡らせ、ホッと息を吐いた。
どうやら討ち漏らしはいないようだ。
地面から足を離し、結界を消す。
すると――。
「流石、マコトさんです」
「流石、兄貴! 最高ッス!」
メアリが小声で、フェーネが大声でマコトを賞賛した。
メアリがフェーネを見る。
俯き、小さく呻く。
何を考えているのか。
頬が赤い。
意を決したように口を開く。
「さ、流石、マコトさんです! 素敵ですッ!」
「……ところで、これからどうするのですか?」
メアリが声を張り上げた直後、アンがぼそぼそと呟いた。
「……アン」
「……何ですか?」
メアリが恨みがましい視線を向けるが、アンは何処吹く風だ。
付き合いの長さもあるのだろうが、なかなか図太い。
「休憩して魔力の回復したいんだが……」
「……何か問題でも?」
「モンスターハウスで休憩するのはちょっとな。考えすぎかも知れねぇが、アンデッドを集める仕掛けみたいなのがあったらマズい」
「……確かに」
アンは頷き、上目遣いにマコトを見る。
「質問か?」
「……確かめる術はないけれど、仕掛けがある前提で動くということですか?」
「そういうことだな」
「……なるほど」
アンはこくりと頷いた。
「もう歩くのは無理だし」
「なら、おいらが先行して休める所がないか確認してくるッス」
「危ないし」
「おいらを誰だと思ってるんスか」
ふっ、とフェーネは笑う。
「骸王のダンジョンでスケルトンに追いかけ回されてただろ」
「や、兄貴、それは言いっこなしッスよ」
「いや、でもよ」
「兄貴、おいらは成長してるんス。あの時のおいらとは違う所を見せるッス」
「……そうか。そうだな」
「そうッス」
フェーネは鼻息も荒く頷いた。
「けど、無理はするなよ?」
「もちろんッス」
フェーネはドンと胸を叩き、ダンジョンの奥へと続く通路に向かった。
「さて、俺達は――」
「……矢を回収するのを手伝ってくれると助かります」
アンがぼそっと呟き、マコトは肩を竦めた。
※
マコトは地面を軽く蹴った。
ダンジョンの天井付近に突き刺さった矢がぐんぐん近づいてくる。
わずかな凹凸に指先を引っ掛けて体を保持。
矢を引き抜き、手を放す。
今度は逆に地面がどんどん近づいてくる。
着地すると、軽い衝撃が伝わってきた。
ホッと息を吐く。
接触しても大したダメージは受けない。
そのはずだが、壁すれすれを落下するのはかなり怖い。
感覚は身体能力に適応しているが、感情はそうではないようだ。
当然か。マコトは最強でも、無敵でもないのだ。
それなのに恐怖を失ったら危険を認識できなくなる。
そんなことを考えていると、アンが駆け寄ってきた。
「これで最後だな」
「……ありがとうございます」
矢を渡すと、アンは矢筒にしまった。
「まだ使えそうか?」
「……直せるものは直します」
「ふ~ん、自分で矢を直せるのか」
「……狩人ですので、ある程度は」
ふ~ん、とマコトは再び相槌を打った。
まあ、言われてみればという気はする。
アンは狩人――狩りで生計を立てていたのだ。
自分が使う道具を修繕できないのは問題だ。
そこまで考え、ふとあることが気になった。
「鏃はどうするんだ? 壊れることだってあるだろ?」
「……下取りに出します」
なるほど、とマコトは頷いた。
ためになったような気がする。
その時――。
「あッ! フェーネちゃんが戻ってきたし!」
フジカが声を上げ、マコトは振り返った。
すると、フェーネがこちらに駆けてきた。
マコトの前で立ち止まる。
「今、戻ったッス」
「お疲れさん。急かすようで悪ぃが、休憩できる場所はあったか?」
「ばっちりッス。この先に――」
フェーネは振り返り、通路を指差した。
「小さな空間があったッス。通路も一カ所だけッスから休めるッス」
「そうか」
「そうッス」
マコトが頷くと、フェーネは胸を張った。
鼻息も荒い。
何だろう? と首を傾げる。
すると、フェーネはずいっと前に出て、これでもかと胸を張った。
視線を巡らせる。
フジカがしゃがみ込みながらこちらを見ていた。
手の平を地面に向け、円を描くように動かしている。
DJの真似かとも思ったが、誉めろというジェスチャーだろう。
マコトはフェーネの頭を優しく撫でた。
「フェーネ、ありがとうな」
「や、大したことはしてないッス」
そんなことを言いながらフェーネは嬉しそうだ。
そんなに誉められることに飢えていたのだろうか。
今更ながら申し訳ない気分になる。
「いつもありがとうな。お前のお陰で助かってるよ」
「そんなに誉められると照れるッスね」
鼻息が荒い。
ふんぞり返りすぎて転びそうだ。
尻餅をつくフェーネも見てみたいが――。
「よし、行く――」
「ああ……」
マコトが手を離すと、フェーネは小さく声を上げた。
「よし、行くか」
「了解みたいな」
「「了解!」」
「了解ッス」
罪悪感を覚えつつ言い直す。
フジカは億劫そうに、メアリとアンは元気よく、フェーネは拗ねたように応じた。
※
マコト達は隊列を組み直してダンジョンを移動する。
モンスターハウスを出て五分ほど進むと通路が二手に分かれていた。
一方は真っ直ぐ、もう一方は左に伸びている。
「どっちだ?」
「左ッス。ちなみに真っ直ぐ進むと第二階層に続く縦穴があるッス」
背後からフェーネの声が響く。
時間が掛かると思ったら先行して調べていたらしい。
「第二階層ですか」
「……ドキドキします」
「今は休憩したいし」
メアリとアンが嬉しそうに、フジカが泣きそうな声で言う。
「そんな声を出さなくてもちゃんと休憩するさ。なあ?」
「も、もちろん、です」
「……はい」
マコトが声を掛けると、メアリは慌てた様子で答えた。
アンはいつも通りだ。
マコト達は通路を左に進む。
程なく小さな空間に出た。
空間の中央付近で立ち止まり、視線を巡らせる。
広さは10平方メートルくらいか。
バシャッという音が響く。
水を地面にぶちまけたような音だ。
肩越しに背後を見ると、フェーネが水を撒いていた。
「何をやってるんだ?」
「アンデッドが入ってこないように結界を張ったんス」
「そういえば葛葉のダンジョンでフランク達も同じことをやってたな」
「そうッス」
「でも、あれは金属の棒だったような?」
「ぐッ、いいじゃないッスか」
フジカが小首を傾げると、フェーネは呻くように言った。
「ケチったみたいな?」
「節約ッス、節約。そりゃ、おいらだって、お高いアイテムは好きッスよ。持っていると自分がひとかどの存在になったような気がするッスからね」
「だったら買えばいいし」
「おいら達には姐さんの魔法があるから必要ないッス。収入が増えたからって調子に乗ったら駄目なんス。贅沢は敵ッス。だから、使い捨てタイプが一番なんス」
「ふ~ん、いいものは長く使えるから買った方がいいと思うけどみたいな」
「……兄貴。金持ちがいるッス、金持ちが」
フェーネは瓶をポーチにしまい、マコトに視線を向けた。
「や、うちはそんなに金持ちって訳じゃないし」
「いいものは長く使える……そんなことを言えるのは金持ちだけッス」
「そんなの一般論だし。ねぇ、マコトさん?」
「……」
フジカが期待に目を輝かせてこちらを見る。
だが、マコトは無言で顔を背けた。
「マコトさん?」
「俺はそんなに高いものを買ったことねぇから」
「社会人なら腕時計くらい……」
「部署的にスマホがありゃ十分だったから」
「そ、そうですかみたいな」
フジカは気まずそうに呟いた。
「は~、金持ちは嫌ッスね。す~ぐ自分の常識を振りかざすッス」
「フェーネちゃんとの友情に罅が入ったし!」
フェーネは溜息を吐きつつ細い短剣を地面に突き出した。
結界を作るための短剣だ。
「手伝います」
「……手伝います」
「結界は大して手間じゃないから大丈夫ッス。二人は……」
フェーネは言葉を句切り、リュックを地面に下ろした。
「二人は食事の準備を頼むッス。適当に刻んで煮込めばOKッス」
「「はい!」」
メアリとアンは返事をするとリュックを開けて食材と調理器具を取り出した。
食材はパンと干し肉、乾燥させた野菜、調理器具はコンロに似たマジックアイテムだ。
金属製のカップと片手鍋もある。
「私も手伝うし」
「フジカは座って魔力回復に専念するッス」
「……は~い」
フジカはしょんぼりと返事をし、その場に座り込んだ。
マコトはフジカから少し離れた所に座った。
「友情に罅が入ったかもみたいな」
ふ~ん、とマコトは相槌を打った。
フジカが体を左右に揺らし、距離を詰めてきた。
「友情に罅が入ったかもみたいな」
「二人とも近いッス」
答えたのはフェーネだ。
マコトとフジカの間に体を押し込んで座る。
「結界は張り終わったのか?」
「とっくッス。何せ、地面に短剣を刺すだけッスから」
ふ~ん、と相槌を打ち、肩越しに背後を見る。
すると、短剣が地面に突き刺さっていた。
マコトは正面に向き直り――。
「友情に罅が入ったとか心配してたぞ」
「マコトさん、そういうことは本人に言うものじゃないし」
「あんな近くで話しておいて何を言ってるんスか」
フェーネは呆れたように言い、ピクピクと耳を動かした。
怒っていると思っているのだろうか。
フジカがおずおずと口を開く。
「怒ってないみたいな?」
「怒ってないッス」
「友情に罅は入ってなかったり?」
「友情ッスか?」
「友達友達! ウィー、アー……フレンズ!!」
フェーネが首を傾げると、フジカは胸を叩きながら主張した。
「う~ん、仕事仲間ではあるッスけど、友達かと言われると微妙ッス」
「――ッ!」
フジカはぎょっとフェーネを見る。
「私達は仕事上だけの関係みたいな? ちょ、超ドライだし」
「でも、仕事仲間って感覚なんス」
「マコトさんに対してはどうみたいな?」
「兄貴にも仕事仲間って意識はあるッスよ。けど、それはそれとして好意もあるッス」
「仕事仲間とそれ以外の感情は両立できるみたいな?」
「友情は区別しにくいッス」
「うう、友達だと思ってたのにみたいな」
フジカは膝を抱え、がっくりと頭を垂れた。
「おいらとしては仕事仲間の方が好き嫌いだけで成立する関係より気楽ッス」
「そういう考え方もあるみたいな?」
「フジカは難しく考えすぎなんス」
フェーネが小さく溜息を吐くと――。
「できました!」
「……できました」
メアリとアンの声が響いた。
※
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
そう言って、メアリとアンは静かに金属製のカップを地面に置いた。
シンプルなメニューだったが、食べ終わるまでさほど時間が掛かっていない。
マコトはカップを見下ろした。
まだスープが三分の一ほど残っている。
それを考えると二人の食事のペースはかなり速い。
多分、マコト達に気を遣ったのだろう。
そんなに気を遣う必要はない。
もっとゆっくり食べていい。
だが、それを言ってもメアリとアンは従わないだろう。
とはいえ口にしておくべきだろう。
思っているだけでは気持ちは伝わらないのだ。
「もっとゆっくりしていいんだぞ」
「寝床の準備を整えたらゆっくり休みます」
「……食器も洗います」
「寝床の準備と食器を洗ってからゆっくり休みます」
アンがぼそっと呟き、メアリは言い直した。
立ち上がり、フェーネのリュックから毛布を取り出す。
ふぅ、とフジカが小さく溜息を吐く。
溜息に気付いたのだろう。
フェーネがフジカに視線を向けた。
「フジカはしっかり休むッスよ?」
「ちょっと申し訳ない気がするし」
「休むのも仕事の内ッス」
「分かったし」
フジカは頷き、カップに口を付けた。
スープを飲み、ほぅと息を吐く。
「何か気になることでもあるのか?」
「特に気になることはないし……」
そうか、とマコトは頷き、千切ったパンを口に入れた。
「特に気になることはないけど、色々と勉強になった気がするし」
「戦闘スタイルは確立できそうッスか?」
「とりあえず、一人でも戦えるようになることが必要かなと思ったり」
「それがいいッスね」
フジカの言葉にフェーネは満足そうに頷いた。
「あとはマコトさんの言葉にハッとさせられたり……ハッとさせられました」
フジカは一旦言葉を句切って言い直した。
「何か言ったか?」
「……決断を他人に委ねちゃいけない」
マコトが尋ねると、フジカは真剣な表情で呟いた。
「ああ、それな。確かに言ったな」
「考えてみたら元の世界では流されてばかりだったような気がします」
「フジカくらいの年齢ならそんなもんだろ」
決断を他人には委ねてはいけない。
頻繁でなくても生きていれば一回くらいは耳にするフレーズだ。
もっとも、知っているのと実感しているのでは天と地ほどに差がある。
マコトは自分の経験と父親の失敗を通してようやく実感できた。
決断には苦悩が伴う。
他人に決断を委ねれば楽だろう。
だが、他人に決断を丸投げしてはいけない。
それは自分の人生を他人に委ねるということだ。
それでも、後悔しない。
人生を滅茶苦茶にされても恨まないというのならそれもありだろう。
まあ、他人を巻き込まないことが前提だが。
「ちゃんと考えて、自分の意思を伝えるべきだったと思います。それもせずに人生の先が見えているなんて傲慢でした。多分、ユウカもそんな私だから――」
「いや、それはねーだろ」
「姐さんはフジカがちゃんと考えてても文句を言ってたと思うッスよ。むしろ、余計に拗れる可能性があるッス」
マコトの言葉にフェーネは同意した。
「うぐぐ、とにかく傲慢でした」
「そうか。まあ、元の世界に戻るんなら協力はするぜ」
「そこはもう少し考えたいです」
フジカはチラチラとマコトに視線を向けながら言った。
「ちゃんと考えると言った矢先にそれッスか」
「私にとっては一大事です」
「まあ、よく考えてな」
マコトは小さく溜息を吐いた。





