【幕間5:メアリとアン】
※
小鳥の囀りでメアリは目を覚ました。
体を起こし、背筋を伸ばす。
爽やかな朝だ。
流石、一泊30Aの宿だ。
前の宿――『名もなき英雄』亭ではなかなか疲労感が拭えなかった。
あそこは格安だったけど、環境が悪かった。
壁は薄くて隣で何をしているのか筒抜けだったし、虫もいた。
川の下流域にあるせいで臭いも酷かった。
周辺の治安も悪かった。
きっと、知らず知らずの内に気を張っていたのだろう。
「……見えないものにも注意を払えか」
メアリは小さく呟く。
師匠の言葉だ。
師匠といっても本職は村の自警団長だ。
庭で野菜を作っていて、空いた時間で村の子どもに戦い方を教えていた。
戦い方を教えてくれた理由はよく分からない。
今にして思えば師匠は村の子どもに選択肢を与えたかったのではないかと思う。
師匠はCランクの冒険者だった。
何でも若い頃に村を飛び出し、夢破れて戻ってきたそうだ。
夢破れてなんてというと悲惨な感じだが、村人からは敬意を払われていた。
それにはCランクの冒険者だったことも少なからず影響しているはずだが、人柄による所も大きかったと思う。
穏やかな人柄で、滅多に怒ることがなかった。
師匠は村の子どもにとって物語の英雄にも等しい存在だった。
そんな彼に見えないものにも注意を払えと言われたのはいつのことだったか。
記憶を漁るが、どうも思い出せない。
もっと真面目に話を聞いておけばよかった。
そうすれば見えないもの――疲労にも注意を払うべきだと考えられたはずだ。
小さく息を吐き、隣を見る。
すると、アンが寝ていた。
下着姿でお尻をこちらに向けている。
手の届く距離だ。
同じベッドで寝ているのでそうでなければ困るが、誰かに見られたら誤解されそうだ。
「アン、起きて」
声を掛けるが、アンはお尻を向けたままだ。
アン、ともう一度声を掛ける。
すると、アンは小さく唸って寝返りを打った。
睫毛が微かに震え、億劫そうに目を開く。
「おはようございます」
「おはようじゃないわ。早く起きて」
「もう少し寝かせて下さい」
アンはタイムラグなしで答えた。
返事をするまでに間が空くことが多いが、彼女は決して鈍い訳ではない。
むしろ、頭の回転は速い方だ。
ただ、考えすぎてしまうのだ。
その結果、言葉を発するまでに時間が掛かる。
自分のように気心の知れた相手であればその限りではないが――。
「どれくらい?」
「もう少しです」
そう言って、アンは目を閉じた。
「ちょっと! 折角、マコトさんがダンジョンに連れて行ってくれるのよッ?」
「それは違います」
声を荒らげると、アンは目を閉じたまま言った。
「何が違うのよ?」
「今日はダンジョンに行きません。話し合いの日です」
「同じことじゃない」
「違います」
ムッとして言い返すが、アンは譲らない。
頑固なのだ。
「同じよ」
「何処がですか?」
「機嫌を損ねたらおしまいって意味では一緒よ」
「なるほど、それもそうですね」
と言いながらアンは目を閉じたままだ。
「アン、もう少しちゃんとしてよ。私達には後がないのよ」
「分かっています」
「ならいいけど」
本当に分かってるのかな、と天井を見上げる。
この街に来てから失敗の連続だ。
冒険者になったものの、まともに稼げなかった。
そもそも、Eランク冒険者にはなかなか仕事が回ってこないのだ。
村を出る時にもらった餞別はあっという間になくなった。
借金をしながらEランクの仕事をこなし、コネを作ってダンジョンの探索に参加した。
荷物持ちとしてだが、あの時は自分達にも運が巡ってきたと思った。
だが、あっさりとチームが全滅した。
グールに襲われたのだ。
メアリとアンは逃げ出し、スケルトン・ウォーリアに追い立てられた。
今、思い出してもぞっとする。
グールに追われ、逃げた先にマコト達――黒炎がいなかったら死んでいた。
黒炎と出会った時のことを思い出すと恥ずかしくなる。
黒炎はちょっと調べただけでどんなチームなのか分かるほど有名だった。
特にリーダーであるマコトはカリスマ性も評価されている。
正直にいえばメアリはマコトがそれほどの人物とは思っていなかった。
精々、ふてぶてしい少年といった所だ。
だが、今は自分には人を見る目がなかったと思っている。
有名な傭兵と領主の護衛騎士が立場を捨ててメンバーに加わっているのだ。
それこそが高いカリスマを備えている証だ。
それほどのチームだというのに自分達は知らなかった。
情報収集をおざなりにしていたせいだ。
駆け出しと揶揄されたのも無理はない。
よくよく考えてみればそういう所が今の状況を招いたように思う。
ともあれ、黒炎と知り合えたのは幸運だった。
何かあれば力になると言ってもらえたことも。
だが、禍福はあざなえる縄のごとし。
幸運の後には不運がやってきた。
自分達をチームに加えると不運に見舞われるという噂が流れたのだ。
幸い、七悪の討伐に参加したお陰で借金を返すことはできた。
だが、とっとと駆け出しを卒業しなければ元の木阿弥だ。
他のチームに荷物持ちとして参加できればいいのだが、悪評のせいでそれもできない。
この街に来た時よりもハードルが上がっているのだ。
今回、ダンジョンの探索に誘ってもらえたのは最後のチャンスのように思えてならない。
「とにかく、さっさと起きるわよ」
「もう少し――」
「宿の仕事を手伝わないと、賄いをもらえないわよ」
「分かりました」
メアリが言葉を遮って言うと、アンはむくりと体を起こした。
「……アン」
「食費を抑えるのは大事です」
そりゃそうだけど、とメアリは溜息を吐いてベッドから下りる。
※
メアリとアンは身支度を調えて部屋を出た。
三階に宿泊しているユウカとリブを起こさないように静かに廊下を歩く。
もちろん、階段を下りる時もできるだけ静かにだ。
二階で足を止め、一階を覗き込む。
一階では宿の女主人――シェリーが箒で床を掃いていた。
後ろ姿からして色っぽい。
彼女はマコトの恋人らしい。
本当の所は分からないが、収集した情報を総合的に判断した結果だ。
愛人では? とアンは言ったが、恋人の方が夢があると思う。
それにシェリーには世話になっている。
そんな人の悪い噂を信じるよりいい。
メアリは足を踏み出した。
階段を途中まで下りた所でシェリーが掃除の手を休め、こちらを見た。
思わずびくっとしてしまう。
「メアリちゃん、アンちゃん、おはようございます」
「おはようございます」
「……おはようございます」
挨拶を返し、シェリーに歩み寄る。
「掃除は私達がするのでシェリーさんは休んでいて下さい」
「お客さんに悪いですよ。それに、冒険で疲れているでしょう?」
「一晩ぐっすり寝たから大丈夫です」
「……大丈夫です」
メアリが力瘤を作ると、アンがぼそぼそと呟いた。
「それに、色々とお世話になっているのでこれくらい当然です」
「それじゃ、お願いしますね」
「はい、任せて下さい」
メアリは頷き、箒を受け取った。
※
「……そろそろ昼食ですね」
「そうね」
アンがぼそっと呟き、メアリは頷いた。
『黄金の羊』亭は食堂兼宿屋なのに食事目当ての客があまり来ない。
なので宿の手伝いが終わると、テーブル席でボーッとしているしかない。
村にいた頃の方がよほど働いていた。
比較対象があるせいで罪悪感が募ってしまう。
罪悪感に胸を痛めていると、上からドタバタという音が聞こえてきた。
音の響き方から察するに三階――ユウカか、リブだろう。
階段を見る。
すると、白い脚が見えた。
ユウカだ。転移魔法を使い、『星降り』の二つ名を持つ大魔法使い。
ユウカが中程まで階段を下り、シェリーが視線を向ける。
「おはようございます、ユウカさん」
「……」
ユウカは無言で階段を下り、胸を撫で下ろした。
「よかった。先を越されたかと思ったわ」
「そんなに心配しなくても旦那は寝てますよ」
「甘いわ。マコトのことだからあたしが油断した時に限って早起きして『おそよう』とか言ってくるに決まってるのよ」
ユウカは顔を顰めて言い、こちらに視線を向けた。
メアリが立ち上がると、やや遅れてアンが立ち上がる。
「おはようございます」
「……おはようございます」
深々と頭を下げる。
「おはよう。二人とも早いのね」
「駆け出しなので当然です」
「……当然です」
言葉のチョイスを間違ったかなと思いつつ頭を上げる。
すると、ユウカは満更でもなさそうな顔をしていた。
どうやら機嫌を取ることに成功したようだ。
「いい心掛けね。その調子で頑張りなさい」
「はい、頑張ります」
「……頑張ります」
ユウカは軽い足取りでカウンター席に座った。
シェリーがグラスをカウンターに置き、メアリとアンは席に着いた。
ほぅ、と息を吐く。
彼女は気分屋な所があるので、同じ空間にいるだけで緊張する。
だが、黒炎の№2だし、機嫌を損ねる訳にはいかない。
「プハーッ! 寝起きの一杯は格別ねッ!」
ユウカは息を吐き、グラスをカウンターに置いた。
シェリーがくすくすと笑い、階段を見上げる。
また誰かが下りてきたようだ。
下りてきたのは僧侶のフジカだった。
僧侶は戦闘に不向きな職業なので二つ名はない。
だが、アンデッドの群れに街が襲われた後、無償で負傷者を癒やしていたことから『聖女』と崇める者がいるらしい。
「おはようございます、フジカさん」
「おはようございます」
「おはようございますぅ?」
フジカがシェリーに挨拶を返す。
すると、ユウカが地の底から響くような声で言った。
「おはようみたいな」
「それでいいのよ」
フジカが呻くように言い、ユウカは満足そうに頷いた。
何やら事情がありそうだが、首を突っ込むつもりはない。
それに――。
「お水をお願いしますみたいな」
そう言って、フジカはユウカの隣に座った。
ちッ、とユウカは舌打ちするが、追い払おうとはしない。
なんだかんだと仲は悪くないようだ。
しばらくしてシェリーが再び階段を見上げる。
嬉しそうな表情だ。
それだけで誰が下りてきたのか分かる。
「旦那、フェーネちゃん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはようッス」
マコトは頭を掻きながら、フェーネは元気よく挨拶を返す。
メアリとアンは立ち上がり――。
「おは――」
「話し合いの日なのに随分と早いお目覚めね」
メアリが挨拶をするより早くユウカが嫌みを言った。
「朝から嫌みかよ」
「事実を指摘しただけよ、事実を」
メアリはアンに目配せし、無言で席に座った。
「ホント、遅起きなんて羨ましいわ」
「だったらお前もそうしろよ」
「あたしは早寝早起きを信条としてるから無理ね」
「そうかよ」
マコトは不機嫌そうに言い、中央のテーブル席に座った。
フェーネがマコトの隣に座り、フジカがカウンター席からテーブル席に移動する。
座ったのはマコトの対面の席だ。
マコトがこちらに視線を向ける。
思わずびくっとしてしまう。
「寝坊して悪ぃな。話し合いを始めるから席を移動してくれ」
「あ、はい」
席を移動するために立ち上がると、やや遅れてアンも立ち上がる。
「……おはようございます」
「お、おはようございます!」
アンがぺこりと頭を下げ、慌てて後に続く。
失敗を悟り、背中がじっとりと汗ばむ。
どうして、こんな大事な時に失敗してしまうのだろう。
やり直せるものならやり直したい。
「ああ、おはよう」
優しく挨拶を返され、内心胸を撫で下ろす。
どうやら気にしていないようだ。
メアリとアンは中央のテーブルに歩み寄り、フジカの隣に座った。
「じゃあ、話し合いを始めるか。昨日も言ったが、今回ダンジョンを探索するのはフジカの戦闘スタイルを確立するためだ」
「ご迷惑をお掛けしますみたいな」
「いえ! そんなことはありませんッ!」
フジカが申し訳なさそうに言い、メアリは慌てて否定した。
彼女のお陰でマコトと一緒にダンジョンを探索できるのだ。
むしろ、礼を言いたいくらいだ。
「そう言ってもらえると少し気が楽になるみたいな」
「社交辞令に決まってるでしょ」
「――ッ!」
ユウカが嫌みを言い、メアリは息を呑んだ。
否定したら機嫌を損ねてしまう。
一体、どうすれば――。
脂汗を流しながら必死に思考を巡らせていると、フェーネが口を開いた。
「姐さん、メアリの言葉は本心ッスよ」
「そう?」
「駆け出しが兄貴と一緒にダンジョンを探索できるんスよ? しかも、そこそこ腕の立つおいらと僧侶のフジカが一緒ッスよ」
ユウカは訝しげな顔をするが、フェーネは少し呆れたような口調で言った。
「それもそうね」
「理解してもらえて嬉しいッス」
うんうん、とフェーネは満足そうに頷いた。
「目的がフジカの戦闘スタイルの確立だから群体ダンジョンが妥当かなと思うんだが、どう思う? 忌憚のない意見を聞かせてくれ」
「低階層を探索するんなら問題ないと思うッス」
「スケルトンやゾンビ相手なら何とかなると思うし」
フェーネとフジカが自分の意見を言い、マコトがこちらに視線を向けた。
自分達の意見を聞いてくれるとは思わなかったので緊張して体が強ばる。
機嫌を損ねないようにしなければ――。
「私達はマコトさんの決定に従います」
「……従います」
マコトが目を細める。
また何か失敗してしまっただろうか。
「ユウカ、ちょっと来てくれ」
「来て下さい、でしょ?」
「来て下さい」
「仕方がないわね~」
マコトが呻くように言うと、ユウカは立ち上がった。
満更でもなさそうな顔をしている。
ユウカはマコトの隣に座った。
「で、あたしは何をすればいいの?」
「いつも通り、適当に話してくれ」
「失礼ね。あたしはいつも真剣よ」
「その調子で頼む」
「分かったわよ」
ユウカはムッとしたように言った。
「戦闘スタイルを確立するために群体ダンジョンを探索したいと思うんだが、メアリとアンは賛成ってことでいいんだな?」
マコトが改めて問い掛けてきたので、メアリは頷いた。
アンもだ。すると――。
「レベル3の戦士とレベル2の狩人が何を言ってるのよ」
ユウカが呆れたように言った。
責められているような気がして思わず首を竦める。
「そのレベルじゃ安全マージンを確保できないんじゃない?」
「そういえばスケルトン・ウォーリアからも逃げ回ってたッスね」
フェーネが思い出したように言った。
「ってことは、群体ダンジョンは厳しいってことか。他に手頃なダンジョンはないか?」
「そういえば新しいダンジョンができたって話を聞いたッス」
マコトの問い掛けにフェーネが答える。
「なんで、黙ってたのよ?」
「話を聞いたのが葛葉を倒した後だからッス。それに、出没するのはスケルトンばかりって話ッスから」
「確かにそれなら依頼を受けるか、別のダンジョンを探索した方がいいわね」
「だから、言わなかったんス」
フェーネは溜息交じりに言った。
「じゃ、そっちのダンジョンを探索するってことでいいか?」
「攻略されてたらどうするのよ? スケルトンばかりのダンジョンなんてその日の内に攻略されてなくなっててもおかしくないでしょ?」
「それもそうだな」
メアリはそこまで想定する必要があるのかと思ったが、マコトは違うようだ。
フェーネに視線を向ける。
「他に初心者向けのダンジョンはないか?」
「他にダンジョンができたって話は聞かないッスね」
「じゃ、第一候補は新しくできたダンジョンで、第二候補は群体ダンジョンでどうだ?」
「第一候補が駄目なら第二候補を探索するって意味よね?」
「候補ってのはそういう意味だろ?」
「本当にそういう意味なのか確認したんじゃない」
マコトが問い返すと、ユウカはムッとしたように言った。
「まあ、確認は大事だな」
「分かればいいのよ」
ふん、とユウカは鼻を鳴らした。
揚げ足取りに見えるが、多分これが大事なのだろう。
よくよく考えてみれば前回参加したチームでは意見があまり出なかった。
というか、ダンジョンに行くことを決めて終了だった。
超一流のチームと全滅してしまうチームではここまで違うのか。
「ダンジョンまでの移動だが……。ユウカ、頼めるか?」
「仕方がないからやってあげるわよ」
ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。
やはり満更でもなさそうな顔だ。
頼られるのが嬉しいのだろう。
「という訳で第一候補は新しくできたダンジョン、第二候補は群体ダンジョンだ。移動は乗合馬車じゃなくてユウカの魔法で移動する」
「帰りはどうするんスか?」
「待ち合わせの時間を決めてと言いたいけど、難しいわね」
「姐さんが付いてきてくれれば楽なんスけどね」
「それじゃ、フジカが戦闘スタイルを確立できないじゃない」
「ユウカが付いてきても戦闘スタイルは……何でもないみたいな」
フジカは黙り込んだ。
ユウカに睨まれたのだ。
「次は隊列だが、俺とメアリが前衛で、フジカが真ん中、フェーネとアンが後衛でいいか?」
「フジカが後衛でいいんじゃない?」
「それだと背後からの奇襲に対応できないし!」
ユウカがニヤニヤ笑いながら言うと、フジカが声を荒らげた。
「だから、言ったのよ」
「ユウカは悪魔だし」
「こんなに美人な悪魔が何処にいるのよ」
「美人かどうかは言いたくないけど、悪魔はここにいるし」
「ここ? アンタの心の中ってこと?」
「うぐぐ、ユウカのことだし」
「アンタの悪魔よりマシでしょ」
ふん、とユウカは鼻を鳴らした。
「兄貴が前衛になるにしても、後衛になるにしてもどっちかが手薄になるッスね」
「そうだな。自分で言っておいてなんだが、フェーネとアンは近接戦闘をこなせるのか?」
「できなくはないッスけど」
フェーネは腰の短剣に触れた。
何処にでもありそうな普通の短剣だ。
アンも短剣を持っているが、短剣でアンデッドの相手は厳しいと思う。
「新しい武器か?」
「鉈とか、先端が重くなってる短剣があればいいんスけどね」
「先端が重くなってる短剣?」
フェーネの言葉にユウカが不思議そうに首を傾げた。
「先端が重い方が破壊力があるんス」
「ふ~ん、そういうもんなんだ」
フェーネが説明すると、ユウカは興味なさそうに相槌を打った。
「先端が重くなっている短剣なら地下にあったと思いますよ」
「……いいのか?」
シェリーが口を開き、マコトは戸惑っているかのような顔で言った。
よく分からないが、きっと大事なものなのだろう。
「若い子が使うってんなら、皆、喜んでくれますよ」
「あ、あの、大事なものなら頂く訳には……」
メアリは首を竦めた。
もらえるものはもらいたいというのが正直な気持ちだ。
だが、大事なものと分かっていてもらうのは抵抗がある。
「あげるなんて言ってませんよ。貸すだけです。ちゃんと返しに来て下さいね」
「で、でも……」
「……メアリ」
メアリが断ろうとすると、アンがぼそっと呟いた。
視線を向ける。
すると、彼女はいつになく真面目な顔をしていた。
それで決心が付いた。
「ありがたく使わせて頂きます」
「ええ、使ってやって下さい。渡すのは話し合いの後でいいですね?」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
メアリとアンはシェリーに軽く頭を下げた。
「ポールアクスやポールハンマーはあるッスか?」
「ええ、ありますよ。けど、フェーネちゃんには大きすぎやしませんか?」
「おいらじゃなくてメアリッス」
「私ですか?」
思わずメアリは自分を指差した。
「スケルトン相手に槍は厳しいッスよ」
「どっちも使ったことがないです」
「だから、今から練習するんス」
フェーネは当然のように言い放った。
付け焼き刃が通用するのか心配だ。
けれど、考えなしにいっているとは思えない。
それに彼女の言葉は正しいと思う。
有効な武器があるのに使わないのは馬鹿だし、挑戦しなければ使えるようにならない。
「分かりました。頑張ります」
「その意気ッス」
フェーネは拳を握り締め、階段を見た。
つられて階段を見る。
すると、リブが下りてくる所だった。
「皆、早ぇな」
リブはぼりぼりと頭を掻き、カウンター席に座った。
「お願いがあるッス」
「どんなお願いだ?」
リブが面倒臭そうにフェーネを見る。
少しだけ気圧される。
流石、黒炎のメンバーだ。
「メアリにポールハンマーの使い方を教えてやって欲しいんス」
「……仕方がねーな」
リブは少し間を置いて答えた。
「手加減しろよ?」
「分かってるって。いきなり頭をかち割ったりしねーよ」
マコトが釘を刺すと、リブは少しだけムッとしたように答えた。
頭をかち割るという言葉にぞっとする。
だが、チャンスであることに変わりはない。
こんなに優遇してもらっていいのかと思う。
「隊列の方も何とかなりそうだな。荷物についてだが――」
「そっちはおいらが全部担当するッス」
マコトの言葉をフェーネが遮る。
「いいんですか?」
「体裁としてはこっちがお願いする側ッスからね。それに、駆け出しの懐具合はよく分かってるつもりッス」
すみません、とメアリは頭を垂れた。
「フェーネ、掛かった費用は俺に請求してくれ」
「いいんスか?」
「メアリとアンに付いてきてもらうって決めたのは俺だからな」
思わずマコトを見る。
歳は変わらないはずなのにどうすればこんな風になれるのだろう。
やはり、短期間でBランクに昇級できる人間は考え方からして違うのだ。
この機会にしっかり勉強しなければ。
「フジカ、アンタも金を出しなさいよ?」
「私も?」
「アンタの戦闘スタイルを確立するためのダンジョン探索なんだから金を出すのが筋ってもんでしょ。何でもかんでもやってもらえると思って、これだからお嬢様は嫌なのよ」
「うぐぐ、あんまりな言い様だし」
「これでも、我慢してる方よ」
「それで?」
「当たり前でしょ。我慢してなかったらストレスで死んでるわよ」
「半額出しますみたいな」
「分かればいいのよ、分かれば」
ユウカはやれやれと言わんばかりの口調で言った。
「取りあえず、話が纏まったな。明日は新しくできたダンジョンに向かう。攻略されてなくなってたら群体ダンジョンに変更だ。隊列は前衛が俺とメアリ、真ん中がフジカ、後衛がフェーネとアンだ。昼食を食ったら地下から武器を引っ張り出してフジカ、メアリ、アンは訓練、俺はフェーネと買い出しに行く……まあ、こんな所だな。何か意見はないか?」
「移動方法について言及がなかった点以外はないわ」
「ないッス」
「ないし」
「ありません」
「……問題なしです」
「じゃ、昼飯を食ったら行動開始だ」
はい! とメアリとアンは声を張り上げた。





