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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest34:ローラを家まで送れ



 マコトは階下から響く音で目を覚ました。

 窓の方を見ると、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。

 早朝のように白々とした光ではない。

 やや強めの光だ。

 時間は昼――いや、もう少し早いくらいか。

 ベッドに横たわったまま天井を見上げる。

 見慣れた天井だ。

 もう少し寝ていたかった。

 激戦を終えたばかりだし、しばらくのんびり過ごすと決めている。

 シェリーだって怒らないはずだ。

 だが――。


「体が鈍りそうだな」


 天井を見上げたまま呟く。

 元の世界では大抵のことは一人でできた。

 いや、一人暮らしだったので一人でしなければならなかったと言うべきか。

 ともあれ、社会人として何とかやっていけていたのだ。

 だというのに、この世界に来てから駄目人間一直線だ。

 シェリーが生活に必要なことをやってくれているので仕方がないと言えば仕方がない。

 ふと良妻賢母という言葉を思い出す。

 今となっては時代遅れの誹りを免れない言葉だ。

 しかし、自分の状況を考えると、良い妻、賢い母は男を操作できるという意味が隠されているような気がしてならない。

 だとしたら自分はまんまと術中に嵌まっている。

 駄目人間になってもシェリーに嫌われたくないと思っているのだ。

 流石、シェリー。

 魔性の女だ。

 生活面の能力低下も気になるが、肉体面も心配だ。

 人間の体は使わなければ衰えるのだ。

 十年も運動をしなければ駅の階段を駆け上がっただけで脚ががくがくになる。

 それが二十年ならば――。

 そこまで衰えるほど怠けるつもりはないが、レベルが下がったら洒落にならない。


「……起きるか」


 マコトは呟き、体を起こした。

 肩越しに枕を見る。

 抜け毛の確認――ではない。

 もう少し眠りたいと思ってしまったのだ。

 いかんいかん、と頭を振ってベッドから下りる。

 起きると決めたばかりなのに、この体たらく。

 想像以上に駄目人間になっている。

 よし、と気合いを入れ直して机に歩み寄る。

 机の上には服が置いてあった。

 洗濯され、丁寧に折り畳まれた服だ。

 素早く服を着る。

 シェリーに対する感謝と申し訳ない気持ちが複雑に絡み合う。

 そして――。


「年貢の納め時が近そうだ」


 ぽつりと呟く。

 不満はないのに少しだけ気分が落ち込んでしまうのは何故なのだろう。

 人生に関わることなのだからそういうものか。

 小さく溜息を吐き、部屋から出る。

 頭を掻きながら階段に向かう。

 階段を半ばまで下りると、シェリーがこちらを見た。


「旦那、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 挨拶を返し、カウンター席を見る。

 カウンター席にはユウカとフジカが座っていた。

 視線を巡らせ、軽く目を見開く。

 なんと、食堂に客がいた。

 窓際のテーブル席に二人、中央のテーブルに四人――六人もいる。

 大工だろうか。

 ちなみにメアリとアンはエプロン姿で料理を運んでいる。

 階段を下り、指定席――カウンター席の端に向かう。

 すると、シェリーが身を乗り出し、何かを手に取った。

 木製の予約プレートだ。

 気恥ずかしさを感じながら指定席に座る。

 シェリーがレモン水の入ったグラスをカウンターに置いた。


「どうぞ」

「ありがとう。その、予約プレートも……」

「いいんですよ」


 シェリーが気恥ずかしそうに笑う。

 マコトはグラスを手に取り、口元に運んだ。

 気遣いのお陰か、いつもよりレモン水が美味しく感じられた。

 不意にユウカが口を開いた。


「でも、どうして、予約プレートなんて置いてるの?」

「それは……」


 シェリーは口籠もった。

 アランのことを思い出しているに違いない。

 そう言えば初めて愛し合った時に踏ん切りを付けたいと言っていた。

 踏ん切りを付けたと信じているが、思い出させるのも可哀想だ。


「答えなくても大丈夫だぞ。どうせ、興味本位なんだから」

「別に興味本位だっていいじゃない」


 ユウカはムッとしたように言った。

 自分に矛先が向いたことに安堵しつつ、指輪の効力の儚さを思い知る。

 態度が軟化することを少しだけ期待していたのだが――。


「ま、どうせ、自分の席なのにってマコトが不機嫌になったんでしょうけど」

「悪かったな」

「やっぱり」


 ユウカはニヤリと笑った。


「マコトって子どもっぽい所があるわよね」

「悪ぃな、子どもっぽくて」


 チッ、と舌打ちしてレモン水を飲む。


「ま、まあ、相棒のあた――」

「うぉ~~!」


 ユウカの言葉をフジカが遮る。

 それにしてもすごい声だ。

 同じように感じたらしく皆がフジカを見ている。


「いきなり何よ?」

「ユウカがおぞましい言葉を吐こうとしたし」

「何処がおぞましいのよッ? あたしはマコトの相棒として支え――」

「んはッ~~!」


 フジカが再び声を張り上げた。

 ガタガタという音が響く。

 肩越しに背後を見ると、六人いた客が外に出て行く所だった。

 料理は食いかけだが、テーブルの上には100A――銀貨が置いてあった。


「ちょっと! アンタのせいでお客さんが逃げちゃったじゃないッ!」

「ああ、それは困っちまいますねぇ」


 ユウカが叫び、シェリーは大して困ってなさそうな口調で言った。


「も、申し訳ないことしたし」

「謝って! シェリーに謝ってッ!」

「ごめんなさい」


 フジカが申し訳なさそうに頭を垂れるが――。


「アンタ、それで謝ったつもり?」

「誠心誠意、謝ってるし」

「謝るって言ったら土下座でしょ? 床に座って、頭を擦りつけて、ただただ許しを乞うのよ! それが誠意ある謝罪ってもんでしょ!?」

「いえ、私は構いま――」

「甘い! 甘いわッ! こういう女は徹底的に追い詰めないと同じことを繰り返すのよ!」


 シェリーの言葉をユウカが遮る。


「さあ、土下座なさい」

「嫌だし」

「アンタの謝罪したいって気持ちはその程度なの?」

「シェリーさんには心から申し訳ないと思ってるし」

「じゃあ、謝りなさいよ」

「ユウカのいない所で謝るし。そもそも……」

「な、何よ?」


 フジカがぎろりと睨み付けると、ユウカは体を引いた。

 ユウカが気圧されるとは珍しいことも――。

 いや、珍しくはないか。

 強気なように見えて打たれ弱い所がある。


「ユウカがおぞましいことを言おうとしたのが原因だし!」

「だから、何がおぞましいのよッ!」

「あたしがパートナーとして支えてあげるだなんて……」


 フジカはそこで言葉を句切った。


「おぉぉぉ、おぞましい!」

「あたしが誰かを好きになっちゃいけない訳!?」


 ユウカが大声で叫び、時が止まった。

 一秒、二秒、三秒――十秒が経過し、シェリーが動き出した。

 レモン水をグラスに注ぎ、ユウカの前に置く。

 そして――。


「違うから!」


 ユウカは立ち上がり、叫んだ。

 よほど恥ずかしいのだろう。

 耳まで真っ赤だ。

 マコトはグラスを手に取り、レモン水を飲み干した。

 グラスを置くと、シェリーがレモン水を注いでくれた。


「若いっていいですねぇ」

「ち、違うから! こ、こ、これは売り言葉に買い言葉って言うか、とにかく違うの!」


 シェリーがしみじみと呟くと、ユウカは手を振りながら叫んだ。


「ユウカはチョロすぎだし」

「誰がチョロいのよ!」

「ユウカに決まってるみたいな。物をもらってデレるとかツンデレの風上にも置けないし」

「物って……指輪よ、指輪」

「プレゼント返しって言ってたし」

「それは、そうだけど……」


 ユウカはごにょごにょと呟いた。


「お菓子をあげるって言われてホイホイ付いて行っちゃいそうだし」

「あたしは子どもか!」


 ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。

 今時の子どもはお菓子をあげると言っても付いてこないと思うが――。


「飴玉をもらって警戒を解く様が目に浮かぶし。きっと、昨夜は指輪を見ながらニヤニヤして、マコトってあたしをこんなに思っててくれたのね。でも、駄目。あたしは元の世界に戻らなきゃいけないから。でもでも、強引に迫られたら、ご、強引に、せ、迫られたら……」


 フジカの息遣いが荒い。

 目もぎらぎらしている。

 どうやら、興奮してるようだ。


「ゆ、ゆる、ゆ許しちゃうかもとか考えて、キャーキャー身悶えして……」


 キャーキャー、とフジカは両手で顔を覆い、足をばたつかせた。

 そ、そして、と続ける。


「妄想の中で行き着く所まで行っちゃってるはずみたいな! 破廉恥! 破廉恥ッ!」

「誰が破廉恥なのよ! ご、ご、ご強引に迫られて行き着く所まで行っちゃうとか……あ、あぅんた、ば、ば、馬鹿じゃないの!」

「噛んだし!」

「だから、何よッ!」

「動揺してる証拠だし!」

「噛むことくらいあるわよッ!」

「人間だもの!」

「みつを! って、それしか知らないんでしょ!」

「知ってるし! 結構、私は真面目に勉強してるみたいな!」

「ビッチのくせにッ!」

「それは擬態です! 私はしっかりとした教育を受けてますッ!」


 フジカは丁寧な言葉遣いで叫んだ。

 声質まで凜としたものに変わる。


「はッ! 苛められるのが怖くてビッチのふりをしてたヤツが何を言ってるのよッ!」

「自分勝手なサトウさんには言われたくありませんッ!」


 二人はギャー、ギャーと言い争いを始めた。

 本当に仲が悪い。


「二人とも元気だよな」

「旦那はモテモテですねぇ」


 マコトがレモン水を飲みながら呟くと、シェリーは溜息を吐くように言った。


「シェリーさん、はい」

「ありがとうございます」


 メアリがカウンターに銀貨を置き、シェリーはカウンターの引き出しにしまう。


「お客さんが来るまで座ってていいですよ」

「ありがとうございます」


 メアリはぺこりと頭を下げ、窓際の席に向かった。

 すでにアンが座っている。

 口数は少ないが、要領はいいようだ。


「いい子だな」

「手を出しちゃ駄目ですよ」

「出さねーよ」


 ちょっとだけムッとして言い返す。


「前に諦めが付く云々って言ってなかったか?」

「それは関係を続けることについてですよ」

「そうだっけか?」

「ええ、責任を取る気がないならトレイの角で殴るとも言いましたよ」

「よく覚えてるな」

「大事なことですからね」


 シェリーはトレイを手に取り、軽く素振りをした。

 なかなか見事なスイングだ。


「調子に乗って、手当たり次第に手を出したら蹴りも入れますからね」

「……蹴りを」


 ごくり、と生唾を呑み込む。

 蹴られてみたい、もとい、シェリーの蹴りを見てみたい気もする。

 だが、その時は嫌われた時だろう。


「『調子に乗って』のラインってどれくらいだ?」

「……旦那」


 シェリーは溜息を吐くように言った。


「いや、大事だろ」

「そうですねぇ。チームのメンバーなら文句は控えておきます」

「控えるだけなのか」

「そりゃ、そうですよ。私にだってプライドってもんがあるんです」

「すまねーな」

「こうなるのは分かってましたけどね。だからって、それを当然と思っちゃ駄目ですよ」

「当然と思ったらトレイの角で殴るんだろ」

「そうです。だから、手を出しちゃ駄目ですからね」

「最初からそのつもりはねーけど、約束する」

「安心しました」


 シェリーはトレイをカウンターの上に置いた。


「で、どうするんです?」

「どうするって?」


 マコトが鸚鵡返しに呟くと、シェリーは目だけを動かして横を見た。

 視線の先ではユウカとフジカが言い争っている。

 取っ組み合いの喧嘩にならないか心配だ。

 喧嘩になったらフジカが死んでしまう。


「いい加減な気持ちで手を出しちゃ駄目ですよ」

「出さねーよ」


 おや、とシェリーは軽く目を見開いた。

 まあ、すぐに細めてしまったが――。


「意外ですねぇ」

「何気に傷付くな、それ。俺はいい加減な気持ちで手を出したことなんて……」


 マコトは口籠もった。

 シェリーやリブ、ローラと関係を持った時のことを思い出す。

 七悪の影響などもあったので真面目だったとは言いがたい。


「何です?」

「割と、結構、いい加減な気持ちで手を出すこともあるが、責任は取る男だ」

「そいつは――」

「おはようございますッ!」

「いらっしゃいませ」

「……いらっしゃいませ」


 シェリーが何かを言いかけたその時、ローラの声が響いた。

 さらにメアリ、アンの声が続く。

 シェリーは仕方がないですねと言わんばかりに小さく息を吐いた。

 コツ、コツと足音が近づいてくる。

 肩越しに背後を見ると、ローラが立ち止まった。

 そして、ユウカとフジカに視線を向ける。


「何故、ユウカさんとフジカさんが言い争っているのですか?」

「ちょっと、ローラ! 聞いてよッ!」

「あ!」


 ユウカがローラに駆け寄り、フジカが声を上げた。


「フジカったらあたしがマコトに指輪をもらったことをひがんで嫌みを言うのよ!」

「指輪? マコト様がユウカさんに?」

「そう、でも、困っちゃうわよね。ほら、あたしって元の世界に帰らなきゃいけないから。で、でも、好意だけは受け取っておくべきだと思うのよ」


 ユウカが捲し立てるように言った直後、ローラの姿が消えた。

 直後、ドサッという音が響く。

 ローラが尻餅をついたのだ。


「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。ちょっと、奈落に突き落とされたような気分になっただけです」


 ローラは顔面蒼白で答えた。

 大丈夫そうには見えない。


「ゆ、指輪をもらったと?」

「そうなのよ~。本当に困っちゃうわよね」


 ユウカはローラに手を差し出した。

 あ、とローラは声を上げ、おずおずと手を伸ばした。

 だが、ユウカの手に触れることなくがっくりと頭を垂れる。


「どうかしたの?」

「い、いえ、ちょっと目眩と吐き気が……」


 うっ、とローラは両手で口元を覆った。


「思った通りの展開です。ローラさん、立てますか?」


 フジカが溜息交じりに言い、ローラに手を差し伸べる。

 すると、ユウカが手の甲でフジカの二の腕を叩いた。


「痛いです!」

「アンタ、いつものビッチ口調はどうしたのよ?」

「問題があるんですか?」

「あるわよ。アンタがビッチ口調でしゃべらないとローラの個性が薄れるのよ」

「そんなことあるはずないじゃないですか」


 フジカは呆れたと言わんばかりの口調で言った。


「……婚期が遅れるわね」

「――ッ!」


 ユウカがぼそっと呟く。

 すると、ローラはハッとした表情でフジカを見つめた。


「あ~あ、個性がない女は悲しいわね。まあ、あたしは心配いらないけど」


 そう言って、ユウカは指輪にキスした。


「プレゼント返しだぞ、プレゼント返し」

「わ、分かってるわよ。いいじゃない。少しくらい調子に乗ったって」


 ユウカは拗ねたように唇を尖らせた。

 ここだけ切り取れば可愛いのだが――。


「ふ、フジカさん?」

「な、何ですか?」

「こ、個性を! 私の個性を返して下さい!」


 ローラがフジカの脚にしがみついた。


「ユウカのでまかせを本気にしないで下さい!」

「どうして、でまかせだと分かるんですか!?」

「常識的に考えれば分かります!」

「常識って何ですか!」

「う~、分かりまし……分かったし」


 根負けしたようにフジカは言った。


「ま、アンタにはビッチ口調がお似合いってことよ」

「ユウカ、この恨みは忘れないし」

「ふふん、またダンジョンに置き去りにするつもり? 言っておくけど、今のあたしはダンジョンに置き去りにしたくらいじゃ殺せないわよ」


 フジカが憎悪に彩られた目で睨み付けるが、ユウカは鼻で笑った。

 険悪な雰囲気だ。

 その時、パン、パンという音が響いた。

 シェリーが手を打ち鳴らしたのだ。


「はいはい、喧嘩はそこまでにして下さい」

「は~い」

「分かったし」


 ふん! とユウカとフジカは顔を背け合い、カウンター席に座った。

 何故か、席が隣り合っている。

 実は仲がいいのではないかと勘繰りたくなる。


「ローラさん、立てますか?」

「あ、はい、いいえ」


 シェリーの問いかけにローラは頷き、すぐに頭を振った。

 チラリとこちらを見る。


「体調が悪いなら部屋を用意しますよ?」

「い、いいえ、家まで送って頂ければ」


 チラチラと視線が向けられる。

 どうやらマコトに送って欲しいようだ。

 ふぅ、とシェリーは溜息を吐いた。


「旦那、お願いできますか?」

「OK、今日は暇だからな」


 マコトは軽く肩を竦めた。



 トカトントンと街のあちこちから金槌の音が響いている。

 復興が進む街並みを横目に見ながらマコトは大通りを進む。

 ローラを背負いながら。

 小ぶりながら柔らかな感触が背中に押しつけられている。

 いい匂いもする。

ついでに、荒い息遣いも。

 時々、クンカクンカされる。

 止めて欲しいが、口にするのは躊躇われた。

 口にしたら、もっとひどいことが起きそうな気がした。


「そろそろか?」

「……もう少しです。ああ、見えてきました」


 ローラが大通りの一角を指し示す。

 そこには煉瓦造りの建物が立ち並んでいた。

 幅は狭いが、縦に長い。

 洪水対策か、扉は高い位置にあり、階段が設けてある。

 外国のドラマや映画に出てくるような建物だ。

 これだけの建物をポンと貸すのだからクリスティンはローラを大事にしていたのだろう。

 残念ながら二人の絆には亀裂が生じているが――。

 マコトは階段を上り、扉の前で立ち止まった。

 装飾の施された見事な階段だ。


「……マコト様」

「下ろしていいのか?」

「はい、お願いします」


 ローラを下ろす。

 すると、彼女は扉に歩み寄り、ドアノブに触れた。

 カチャという音が響き、ローラが扉を開ける。


「登録者がドアノブに触れると、自動的に鍵が開くようになっているんです」

「扉を閉めた時はどうなんだ?」

「自動的に鍵が掛かるようになっています」

「は~、便利なもんだな」


 手を切り落とされた時はどうなるのか気になるが、ただの強盗ならそこまでしないか。


「じゃ、俺は帰るよ。養生しろよ」

「マコト様、少し休んでいきませんか?」


 お前が休めよと思ったが、口にはしない。

 期待されているんだろうなと思う。


「分かった」

「では、どうぞ中に」


 促されるままに中に入り、視線を巡らせる。

 ゴミ屋敷と化しているのではないかと心配だったが、床に薄く埃が積もっているくらいで家の中はかなり片付いていた。

 マコトが元の世界で借りていたアパートよりも格段に綺麗だ。

 何となく敗北感を覚える。

 ローラは自分寄りの人間だと思っていたのだが――。


「こちらにどうぞ」

「おう」


 ローラに先導され、家の中を進む。

 どの部屋も片付いているが、薄く埃が積もっている。

 不意にローラが立ち止まり、扉を開ける。

 ソファーとテーブルの置かれた部屋だ。

 暖炉もある。

 応接室、いや、居間だろうか。


「お茶を淹れてきますので、少し待っていて下さい」


 ああ、と返事をしてマコトはソファーに座った。

 やはり、この部屋も薄く埃が積もっている。

 生活感もあまり感じられない。

 モデルハウスを掃除しなければこんな風になるのではないかと思う。

 しばらくして――。


「お待たせしました」


 ローラがカップの載ったトレイを持って戻ってきた。

 テーブルの上に二つカップを置き、マコトの隣に座る。

 マコトはカップを手に取り、口元に運んだ。

 ハーブティーのようだが、香りはそれほど強くない。

 と言うか、むしろ弱い。


「どうでしょう?」

「あまり香りが強くないな」

「そうですか?」


 ローラはカップを口元に運び、すんすんと鼻を鳴らした。


「古くなって香りが飛んでしまったようです。買い直して――」

「いや、いい」


 ローラが立ち上がろうとしたので手を掴んで座らせる。

 この次の展開を想像したのだろう。

 もじもじと太股を摺り合わせる。

 肩に腕を回すと、ローラはびくっと体を震わせた。


「いいんだよな?」

「……はい」


 念のため確認すると、ローラは小さく頷いた。

 よほど恥ずかしいのだろう。

 耳まで真っ赤になっている。


「ただ、その、結婚まで大事にしたいので……」

「ああ、分かってる。尊重するぜ」


 あそこまでやったのに今更という気がするし、普通に考えてあっちの方がハードルが高いんじゃないかという気もする。

 気持ちは分からなくもないが、それでいいのかと首を傾げたくなる。

 だが、まあ、人それぞれと思えば納得できそうな気がしなくもない。


「なので、あの、その、道具を買いました」


 ふ~ん、とマコトは相槌を打った。

 やはり、いいのかな~という気がしなくもない。


「準備は整っていることでいいんだよな?」

「い、いえ、その、今一つ勇気が」

「――ッ!」


 思わずローラを見る。

 だが、彼女は俯いたまま、もじもじしている。


「なので、お願いします」

「……」


 そんなことをお願いするなよ、と心の中で突っ込む。


「……マコト様?」

「ああ、分かった」


 ハードル高ぇ、と思いながらマコトは頷いた。



 夕方――マコトは『黄金の羊』亭に戻った。

 シェリーがカウンターで仕事をしているが、他には誰もいない。


「旦那、お帰りなさい」

「……ただいま」


 挨拶を返し、カウンター席の端に座る。


「どうでした?」

「……色々と得がたい経験をした」

「ローラさんのことですよ?」


 シェリーは驚いたように目を見開き、問い返してきた。


「そうだよ」

「何をしていたか聞かない方がいいみたいですねぇ」


 シェリーは溜息交じりに呟き、マコトの前にグラスを置いた。

 沈黙が舞い降りる。

 だが、それが心地よく感じられる。


「明日は何をするつもりです?」

「特に予定はねーけど、何か頼み事か?」

「メアリちゃんとアンちゃんが依頼で森に行くらしいんですよ」

「付いていけってことか?」

「いえ、そこまでは。ただ、ちょいと心配で」


 マコトは苦笑した。


「構わないぜ。依頼料も、まあ、俺とシェリーの仲だしな」

「じゃあ、指輪の件は不問にしますね」

「気にしてたのか?」

「そりゃ、多少は」


 シェリーはくすくすと笑った。

 本当に気にしているのか、依頼料を踏み倒すための演技なのか判断に迷う。

 演技だと思うが、踏み込みすぎるのもよくないか。


「付いていくのはいいとして……」

「問題があるんですか?」

「俺は戦闘特化なんだよ」


 マコトは頭を掻いた。

 モンスターの相手ならできるが、それ以外では役に立てない。


「フェーネがいてくれりゃいいんだが……」

「フェーネちゃんなら扉からこっちを見てますよ」

「え?」


 振り返ると、フェーネが扉の陰からこちらを見ていた。

 目が合った瞬間、びくっと体を震わせる。

 逃げられるのかと思いきや、じっとこちらを見ている。

 それにしてもよく気づけたものだ。

 もしかして、気配に敏感なのだろうか。


「ちょうどよかった。実は話があったんだ」

「は、話しッスか?」

「こっちに来いよ」


 マコトが手招きすると、フェーネは近づいてきた。

 何処となくおどおどしているように見える。

 フェーネは立ち止まり、上目遣いに見上げてきた。


「や、やっぱり、解雇ッスか?」

「何を言ってるんだ?」

「解雇じゃないんスか」


 フェーネはホッと息を吐いた。

 メアリとアンの話をする前にこちらの問題を片付けた方がいいだろう。


「フェーネ、座れ」

「……」


 マコトが促すと、フェーネは隣の席に座った。


「悩み事でもあるのか?」

「な、ないッスよ」

「解雇されると思ってたのに?」

「ぐッ……」


 フェーネは小さく呻いた。


「実は……ッス」

「もう少し大きな声で言え」

「……またレベルアップしなくなったッス」


 フェーネはぼそぼそと呟いた。

 尻尾を見ると、二本のままだった。


「ああ、そうか。で、いくつまで上がったんだ?」

「29ッス」

「ああ、そうか」


 また微妙にキリが悪い数字だ。


「兄貴、それでお願いが――」

「明日はメアリとアンのサポートだ」

「分かったッス。って、どうしておいらの話を聞いてくれないんスか?」

「いい予感がしなかったんだ。それに、ほら、な」


 マコトは一瞬だけシェリーに視線を向けた。


「それは大丈夫ッス。おいらは先輩を敬うタイプッス」

「リブもか?」

「何事にも例外はあるッス」

「駄目じゃねーか」

「兄貴、お願いッス! 前は兄貴とキスしてレベルが上がるようになったんス! 行き着く所まで行けばレベル100も夢じゃないッス! それに、おいらは兄貴のこと好きッスから問題ないッス! 一石三鳥ッス!」


 フェーネは身を乗り出して捲し立てた。


「三鳥の三は?」

「おいらのレベルが上がり、恋心が報われ、兄貴は四人目の恋人ができるッス。どうッスか! いいアイディアッスよね!」


 さらにフェーネが身を乗り出し、コッという音が響いた。

 シェリーがグラスをカウンターに置いたのだ。

 フェーネが動きを止める。


「……旦那にも都合ってもんがありますからね」

「それもそうッスね」


 フェーネは照れ臭そうに頭を掻き、イスに座り直した。


「前向きに検討して欲しいッス」

「お、おう」


 何だか面倒なことになってきたな、とマコトは内心溜息を吐いた。

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