75話「野生のドラゴンが多い理由……!?」
青空が見える気持ちの良い銀世界。
サイツオイ竜王国より離れたところで、アッセーとハーズは素手で格闘を繰り返していた。
「らああっ!!」
一週間前までとは思えないハーズの気合い。
正拳突きを放ち、受け止められると体を捻って後ろ回し蹴りを放つが、後ろへ退けて避けられる。
「いいぞ」
「ふっ!」
ハーズは拳の乱打を繰り返し、それをアッセーは両手で軽く捌いていく。
次に腹をつく前蹴り、後ろへ退かれるならと逆の足で飛び蹴りを放って追撃。その蹴りが掴まれれば、体を捻って拳を見舞う。そんな執拗な猛攻もアッセーは平然と捌いてしまう。
「はぁ……はぁ……はぁ」
激情任せにすれば、すぐさま竜の鱗のオーラで全身を覆って暴れるように攻撃できるとハーズは分かっていた。
一週間前まではそうしていた。
しかしアッセーはそれでも変身もせず、対応している。
「もう休むか?」
「ううん!」
彼も妖精王のパワーに頼り切った戦い方をしてないとハーズは察していた。
だからこそ、自分もドラゴンのパワーに頼り切った戦い方をしていない。ましてや昨日の今日でアッセーと互角になれるほど甘くもない。
「ふぅ……」
「息が整ったな。こっから行くぞ」
アッセーが駆け出してくる。
お返しと言わんばかりの嵐のような拳の乱打に、ハーズは必死に捌いていく。頬を掠っても必死に理性を保つ。
憎いから、嫌いだから、アッセーは攻撃しているのではない。
アッセーの回し蹴りを、腕で交差して受け止める。重い。
この人はわたしの為に稽古をつけてくれているんだ。
そんな愛情を受け止めたい、そしてそれに応えたいと思ってハーズは誠心誠意やりたいと自発的に稽古を受けていた。
だが両親にはそんな愛情なんてなかった。
何にもできない不器用な自分に恨めしく愚痴を吐き、何かを食わせてきた。
「ヴ……!」
せっかく凄まじい力が漲ったのに、両親は喜ぶどころか恐れて遠ざけようとしてきた。
同年代の友だちもいなくなった。
ちょっと触れるだけで怪我させてしまい、罪悪感だけが募る。
精神的に耐え切れず爆発して、終わった時は後悔するほどの罪悪感に襲われる。
「お、おい!!」
ハーズの瞳に縦スジが走り、牙が尖り、全身を竜のウロコがポコポコと連なり覆っていく。
そしてツノ、翼、尻尾と徐々に象っていく。
理性が消えていく感覚が……。
「快晴の鈴!」
妖精王になったアッセーが鈴を鳴らし、心地よい音色が全身を貫くと竜のウロコが収縮して収まっていった。
四つん這いになりハーズは息を切らす。
「ありがとうです……、ごめん」
「気にすんなって。前よか発作の頻度減ってるじゃねぇか」
それでもアッセーは嫌な顔一つもせず、気持ちのいい笑顔を向けてくれる。
逆にアッセーはふうと息をつく。
ハーズの暴走発作は確かに減っているが、嫌な思い出を蒸し返している限り完全には収まらないかもしれない。
トラウマはそんな早々に消えはしないのをアッセーも分かっていた。
「気長にいくしかないな……」
ハーズはドラゴンの高い知能を持ってるだけあって、ヒト以上に学習能力が高い。
スポンジのように吸収しちまう。
それでも精神的な問題だけはどうしようもない。
「次はユミだ」
「はい」
ハーズと入れ替わるようにユミが駆け出して、アッセーへ木刀を振るう。
腕が上がってるらしく木刀の打ち合いが激しくなってきている。
まだ一週間だってのに、ユミはどんどん剣の腕が上がってきているのだ。しかも疾走のスキル持ちなのか、地面から飛沫が舞うほど素早い動きをしてくる。
「身のこなしも速くなってるし、いい調子だな」
「まだまだです!」
ビュンビュン縦横無尽に駆け抜けながら、四方八方から剣戟を放ってきている。
下手な冒険者より強いかもと思ってしまう。
「ここまで」
数時間後にユミは息を切らしてへたり込む。ハーズがゆっくり歩いてくる。
するとローラルとマトキが「大変!! 来てください!」と飛ぶようにやってきて、アッセーは「どうした?」と振り向く。
雪が積もる針葉樹がたくさん聳える森林。
ローラルとマトキに連れられて、アッセーとユミとハーズもやってきた。
目的地でアルローが手を振っていた。
「うお……、これは……?」
鳥の死骸。しかし翼がドラゴンに変化していた。足も竜のソレだ。
ハーズと同様に竜のウロコが連なってドラゴン化しているらしい。
「ドラゴンの死骸を啄んだ鳥がドラゴン化してたところなのです!」
「魔獣の種……」
「そうですわ。人間からドラゴン化すると思いましたが、野生動物にも同様の変化が起きているようですわ」
「だからワイバーンなどが多かったんですね」
見落としていたと、アッセーは苦い顔をする。
魔獣の種を摂取すれば、ヒトに限らず動物からでも同様の変化が訪れる。
もちろん変化しない個体もいるけど、野生動物やモンスターは数百匹とかではなく、実際にはもっと多い。
その何割かがドラゴン化してても不思議じゃあない。
「ヴヴヴヴ……!」
唸り声に振り返れば、狼が一匹睨んできていた。
するとハーズと同様に竜のウロコが連なっていって、ツノ、翼、尻尾まで象っていった。
「こないだの緑のドラゴンじゃねぇか!」
「なりたてなのです!」
まだ小さいし半透明ではあるが、緑がかかっている。
「ガアッ!!」
なんと狼は竜の頭から火炎球を撃ってきた。アッセーは光のナイフで左右に裂いて、後方へ流れて大爆発。
まさか狼がドラゴンのようにブレス吐くとは思わなかった。
「ここまでドラゴン化が進んでいたのか……。しかも一匹狼なのはそのわけか?」
すかさず飛び出すようにハーズが狼へ襲いかかる。
「うらあああっ!!」
ハーズは右手だけ竜のウロコで覆って鋭い爪を具現化させて、斜めから振り下ろして斬り裂いた。
裂傷から血を噴き出して沈んでいく狼。
それでも狼を覆う竜の鱗は消えずに息絶えた。
「サンキュー! よくやった! ハーズ!」
「うん」
野生動物やモンスターはどうしたって生きる為に肉を食らう、そんでドラゴン化してしまう連鎖。
この辺りでワイバーンなど色々なドラゴンが多いのも仕方がなかった。
アッセーは真相を知って「こりゃ、どうしようもねぇな……」と苦慮した。




