57
スザンナがハンカチで涙を拭ってくれる。
何と言うか…幼子に戻ってしまったようで、気恥ずかしさが半端ない。
とてもではないが顔を上げられず、再び顔を俯かせてしまった。
実際エリルシアは8歳のまだまだ子供。
身体は勿論、精神だってつい先日までは幼女で間違いなかった。
如何せんそこは余計な記憶を思い出してしまったせいで、どうしようもなく居た堪れない。
居た堪れないのは確かだが、ふと自分の中の『この世界のエリルシア』に目を向ける。
心を、自分で振り返った事はあっただろうか…。
………否。
子供でいる事を許されなかったエリルシアは、心の内を顧みる余裕なんかなかった。
改めて顧みればその心には、寂しさや悲しみが抱え込まれているとわかる。
思えばこの世界のエリルシアは物心つくかつかないかで両親と別れ、領地の祖父母に育てられる事になった。
仕方なかったとはいえ、どんなに寂しかった事だろう。
しかも祖父母は厳しかったから、寂しいなんて言えなかっただろうと思う。
それから数年後には祖父母も鬼籍に入る事になり、エリルシアは孤軍奮闘を余儀なくされてしまった。
ポーラやゾラックといった信頼できる使用人も、協力してくれる領民達も居たが、何処まで行っても家族とはなりえない彼等の前では、エリルシアは泣けなかったに違いない。
泣いて立ち止まる暇さえなかった事だろう。
そんな心の傷を、思い出に……懐かしさに変える前に、寂しさと悲しみを涙のまま抱え込んでしまっていた。
何時だったか……前世…いやそれよりも前の自分かもしれない。
涙する誰かに言った言葉が蘇る。
『泣いて、泣いて、此岸と彼岸の間の川を涙で満たしてあげないと、彼方へ渡れないまま魂は迷って彷徨う事になってしまう。
精一杯泣いて、涙が軽くなるまで泣く事も供養になるの。
だから…我慢するんじゃない。
泣きたいだけ泣いて見送ろう……。
悲しくて寂しい気持ちも、そうやって思い出にちゃんと変えていこう』
なにカッコつけてるんだか…と微かな自嘲を口元に刻んだ。
ほんと、自己分析と言うか、過去を振り返ると言うのは小っ恥ずかしいものである。
でも、やっと祖父母を見送れた気がする。
前世以前の記憶はこの世界で無双出来るようなモノではない。この世界のシナリオを思い出したとかではないから……けれど間違いなく人格、性格には影響が出てしまった気がする。
時折視点が俯瞰になる気がして、本来のエリルシアとの乖離を感じなくはないが、こんな記憶なら悪くないかもしれない。
「……ぁ…」
記憶の時間遡行から現実に戻る事が出来たのは、手に温かい何かを感じたから。
手に雫が落ちていて、それがエリルシアを引き戻したようだ。
その源を辿れば、スザンナの潤んだ瞳に行きつく。
「ふふ、申し訳ございません。
エリルシア様の手を汚してしまいましたわ…」
「ううん…」
「さ、それではお部屋のお掃除を致しますね」
エリルシアの手を拭うスザンナに、部屋から出るよう促される。
もっと一緒に居たい、話したい、抱き締められたい……そんな気持ちはあるけれど、それをやはり押し通せない。
だって、それこそ俯瞰で見れば気付いてしまう。
(スザンナさんも…私が居たら泣けない…よね)
こういう涙に子供も大人もないとは思うが、大人だからこその事情もわからないではない。
それに気づいてしまうから、黙って頷いた。
スザンナの心にも、小さなエリルシアが居る証拠だと思えば、誇らしいではないか。
だから、今は大人しく部屋の外へと足を向ける事にした。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性があります。また、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、御暇潰しにでも読んで頂けましたら嬉しいです。
もし宜しければ、ブックマークや評価、リアクションに感想等々、とても励みになりますので、何卒宜しくお願い致します。
ブックマークや評価等々くださった皆様には、本当に本当に感謝です。
誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~等々が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つけ次第ちまちま修正したり、こそっと加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




