44 狭間の物語 ◇◇◇ アーミュ3
埃っぽく、饐えた臭いも混じる室内は薄暗い。
前を歩く男性の上等なお仕着せが、酷く浮いて見える。
「ちょっと……どこまで連れてく気なのよ…」
つい中年男性の言葉に乗っかってしまったが、アーミュはここに来て後悔し始めていた。
最初は戸の外に立っているのを逆光で見た為、細部まではわからなかったが、安っぽい馬車に案内されて、対面に座る男性を初めてじっと見て、気付いた事がある。
まず『胡乱』と感じたのは正解だと思った。
着ている物は上質なのに、男性自身は草臥れた浮浪者と似た空気を纏っている。
顔も決して上品とは言えないし、言葉遣いも、時折語調が変わったりして、怪しい事この上ない。
そして何処かで見た様な意匠のバッジ。
何処で見たのか思い出せないが、問題はそこではなかった。
よくよく見ると、それはバッジではなく、ボタンだった。
他の国は知らないが、此処ロズリンド王国では家紋入りでも、ボタンでは身分証明には弱いとされている。
当然だがボタン一つでも失くすと問題視される。拾った誰かが悪用するかもしれないからだが、どうしても失くしやすい物だ。
だから役職に就いた使用人には、家紋の入った特別なバッジが別途渡される。
曲がりなりにも王宮で、しかも王族の傍近くで働いていたのだから、そのくらいはアーミュだって知っている。
……いや、覚えさせられた。
アーミュが手に入れる事の出来なかった物。
ラフィラスの愛を貰っているから欲しいと思った事はない。そんなモノがなくても自分の満足感も優越感も満たされていたから…。
しかし、今にして思えば小間使いだからと軽んじられていたのだろう。
思わず憤りに支配されそうになるが、今は目の前に事に集中しないとと、アーミュは気持ちを切り替える。
詰まる所、先を歩く男性は本当に『胡乱』な男と言う事だ。
バッジに見せかけたボタンも、どんな手段で手に入れたものやら……。
案内された先に居ると言う、男性の主人とやらも、決して善人ではないのは確実だ。
自分は悪人になる気はなかったが、あのまま空き家に蹲っていたとしても、アーミュが王宮に戻れる訳じゃない。
門番達は本気でアーミュに槍を突きつけてきた。
だから戻れるなんて思わない……思えない、思える訳がない。
奥まった一室で待っているように言われ、大人しく手近な椅子に座って室内を見回す。
ヒビの入った板張りの壁、軋む床、窓もなく灯りは蝋燭が1本だけ。
テーブルも椅子も、アーミュの生家にあったものと変わらない安物だ。
暫くして、ノックもなくドアが開かれた。
入ってきたのは長く黒いローブで全身をすっぽり覆った人物。
その斜め後ろにはさっきの男性もついて来ていた。
「女、ラフィラス王子の傍に仕えていたと言うのは本当か?」
ローブの男性の声は嗄れていて、少なくとも若くないと言う事はわかる。
だが年齢を想起出来るかと言われると悩んでしまう。
そんな事を考えて黙っていると、後ろの胡乱な中年男性が眉根を寄せるのが見えた。
あまり怒らせるのは得策ではないと、根拠はないが本能的に感じたアーミュは、慌てて答える。
「あ、そ、そうよ。
あたしはフィスとずっと一緒に居たわ」
過去の光景がふとアーミュの心と頭を占拠した。
自分が一番で、ラフィラスからの愛情と、周りへの優越感を感じていた日々……本当に楽しかった。
もうそんな光景は幻でしかないのに、アーミュはうっとりと目を細める。
「そう……あたし達は、愛し合っていたの…」
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