27 狭間の物語 ◇◇◇ ラフィラス2
王宮内に住み込んで働く使用人達の為に、居住区画がある。
その一角に地下へ通じる階段があった。
地下に降り切ると廊下に面して、鉄格子の扉がずらりと並んでいる。
とは言え犯罪者を収監する監獄ではない。
其処は懲罰房と呼ばれている。
扉も窓も鉄格子になっていて、鍵も掛けられるので好き勝手に出入りする事は不可能となっている。とは言えベッドやテーブル等の最低限の家具類は置かれていて、寝泊まりに困ると言う程でもない。
仕事でミスをしたり等の、何らかのやらかしをした者が放り込まれる、反省室の様なモノである。
そんな場所なので、当然照明も制限されていて薄暗い。
僕は周囲を窺い、そっと忍び込んだ。
丁度見張りの交代時間だったらしく、誰にも見咎められる事なく奥まで入り込む事が出来た。
ガシャンガシャンと、奥の房から激しい物音がしている。
何かをぶつけたり、叩いたり……そんな音。
他の房は全部無人で、誰かの迷惑になりそうにない事に、僕は小さく息を吐いた。
近づくにつれて物音の音が大きくなり、僕は少し手前で足を止める。
静かに様子を窺うと、鉄格子の向こうでアーミュが椅子を投げ、テーブルを蹴り飛ばしているのが見えた。
「もうなんなのよ!
腹立つ腹立つ腹立つ!!!
………フィスは、あたしのフィスなのに……
それなのに、なんで誰もわかってくれないの………」
僕はアーミュの様子に、頭の中がぐるぐると奇妙な図形を描き始めた気がした。
ちょっと我儘な所があるけど……。
ちょっとそそっかしい所もあるけど……。
ちょっと言葉遣いや態度が悪いけど……。
でも……あんなアーミュは見た事がない。
アーミュはあれほどに醜悪だっただろうか……?
僕は込み上げてくる吐き気を、手で押さえる事で飲み下し、小さく深呼吸をした。
これまで見ていたアーミュは、取り繕われた一面でしかなかったのかもしれない。
今見ているアーミュが、彼女の本当に姿なのかもしれない。
だけど、僕は……それでも思い出を捨てきれない。
優しくて、僕の寂しさを紛らわせてくれる彼女を、捨てられないんだ。
僕がイライラする事があるように、アーミュだってイライラしてるだけかもしれないじゃないか。
ちょっと不機嫌になってモノに当たっただけかもしれないじゃないか。
自分にそう言い聞かせるように何度も繰り返しながら、やっと一歩を踏み出した。
「………アーミュ…」
僕の声でアーミュの表情が一変する。
まるで絡繰り人形みたいだ。
「フィス!
来てくれたのね!
早く出して、あたしこんな場所なんて嫌だよ…」
僕はアーミュの独り舞台を見る観客なのだろうか……演者の素顔を見る事のない観客の一人にすぎないのだろうか……。
「……アーミュ…ちゃんと反省しないと…」
アーミュがムッとした様に目を吊り上げた。
「なんでフィスまでそんなこと言うの!?
あいつが悪いの!
あたしとフィスを騙してたあの女がいけないのに、なんでわかってくれないの!?」
「彼女は侯爵令嬢だ……男爵家のアーミュがあんな事したら、首を刎ねられても仕方ないんだよ」
アーミュが自分の首を両手で押さえ、ヒュっと息を飲む。
「な…なんで……フィスが助けてくれるでしょ!?
王サマだって、あたしの言う事を聞いてくれるわ!
……またあの女に騙されてるのね。
いい? フィスの事一番に考えてるのはあたし。
……あたしなの!」
言葉が空回る。
どうしたら通じるんだろう…。
「アーミュ……君が言ってくれたじゃないか…。
僕はちゃんとした令嬢と一緒になれって」
「いや!!」
「アーミュ……どうして…」
「フィスが離れるなんて耐えられない…あたしには無理ってわかっちゃったんだもん……。
あたしからフィスを奪っていくあの女が憎い、他の女も全部全部、あたしが遠くにやっちゃうんだから!」
僕は……変だ…。
こんなに僕の事を欲しがってくれてるのに、どうしてだろう……嬉しいって思えない…。
変わったのは僕…? それともアーミュ?
いつの間にこんなに遠くなってしまったんだろう…。
「ねえ、やっぱり身分がないからダメなの?
身分があったらあたしの願いは叶うの?
だったら、フィスか王サマがどっかの高位貴族の養女に頼んでくれたらいいじゃない!!
あたしが好きなんでしょ!?
だったらあたしの願いを叶えてよ! あたしの言うとおりにしてよッ!!」
……あぁ…僕は……僕達は……間違っていたのかもしれない……。
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