山道の共犯者
百ワニとかいうのが流行り始めたとき、私は随分趣味が悪いなと思ったものだ。
フィクションとはいえ、誰かが死ぬ日を知って、それを皆で待ちわびて。
今日、百日目には、テレビもネットも現実でも、どこもかしこもがワニが死ぬ話で持ち切りだ。
私の通う田舎の学校でもそれは同じで、登校すると教室のあちこちからワニの話が聞こえた。
ワニがどう死ぬのかとキャッキャキャッキャ騒ぐ奴らの陰湿さに、私は耳を覆おうとしたが、しかし――――それよりも早く、陰湿な奴らの中でも選りすぐりの陰湿さを持った奴の言葉が私の耳に飛び込んできた。
「アンタも一緒に死んでみたら? ネットでバズるかもよ。百日目に、ホントのワニが死にました~ってさ」
教室の隅で、校則の範疇を超え派手なビジュアルをした女子生徒、十勝千尋が言った。
その視線の先に居るのは、対極に一目で根暗だと分かる女子生徒、鰐谷美冬。
勿論この二人は、どんな悪質なジョークを言い合っても問題ない程の大親友なんて筈も無く、よくあるいじめっ子といじめられっ子。
二人の関係性はクラス中の知るところではあるが、だからと言って十勝さんの魔の手から鰐谷さんを救ってやろうだなんて殊勝な人間は、私を含めこのクラスに存在しない。
「ねえ鰐谷、今日いつもの山来いよ。カレシにアンタの写真見せてやったら気に入ったみたいでさ、相手してやってよ」
聞いていて、良い気はしない。
しかし、ここで私が鰐谷さんを助けたとして、損得が釣り合わないどころか、私にとっては損が圧倒的に大きいのだ。
十勝さんの親はここいらでは名の知れた資産家で、しかも愛娘である十勝さんを溺愛しているとかで。
私のような小市民が十勝さんに歯向かおうものならば、すぐさま親の七光りで焼き殺される事だろう。
だから私は、鰐谷さんを助けない。
何も言わずただ俯く鰐谷さんに向け、少しばかり無事を祈ってやるというのが、私に出来る精々だ。
どうか明日もその根暗な容姿で登校して、私を安心させてくれと。
●●●●
私は、陸上部に所属している。
全国など夢のまた夢と言った弱小校ではあるものの、顧問が教育熱心なため、練習は遅くまで続く。
日が暮れた頃にやっと解放された私は、自転車に乗って家までの帰路を走り抜ける。
街頭はあるものの、それでも暗い山道――――いつも野生動物が出るかもしれないと怖いが、それも高校に行くまで、あと一年の辛抱だ。
今日あった事を反芻しながら自転車を漕いでいると、道から逸れた木々の奥から物音が聞こえた。
ザク、ザクと、土を掘っているようだった。
イノシシなんかが土を掘ると聞いたことがある。
よせばいいものを、私は自転車を停めて音の鳴る方へと目を凝らす。
足はペダルに掛けたまま、いつでも漕ぎ出せる状態で。
「…………鰐谷さん?」
「あれ、佐々木さん?」
そこに居たのは、他でもない鰐谷美冬。
そういえば十勝さんが山に行くだの何だのと言っていたが、やましい事をするならこんな道沿いではなく、もっと深い地点に行くべきではないのか?
でないと、こうして私のような行きずりの存在に見つかるだろう。
「一人?」
「う、うん」
「十勝さんは?」
「えと、先帰っちゃったみたいで…………」
少し困った様子で鰐谷さんは言った。
私は大丈夫だったかとか、ここから帰り道は分かるかとか、そんなことを聞くために、自転車から離れて鰐谷さんへと近づく。
「あっ、待って――――」
そんな鰐谷さんの静止も遅く、私は何か、柔らかいものを踏んだ。
恐る恐る足元へ目を向けると、そこには知った顔が。
すっかり生気を失った、十勝さんが転がっていたのだ。
「っ…………!」
流石に、驚いた。
一瞬で、状況は理解出来た。
だからこそ、何も理解出来なかった。
今日、十勝さんにこの山へ連れて来られた鰐谷さんは、正当な防衛を果たすべく攻撃。
今は、その隠蔽の真っ最中だったのだろう。
同じ思考が、頭の中を駆け巡る。
まとまった筈の思考が、絡まって解けようとして行く。
「ごめんなさい。小屋に連れて行かれて、どうしようもなくって、私、もうこうするしかなくって」
「ごめんなさいって、何で私に…………」
そこまで言って、私は気付いた。
巻き込んでしまってごめんなさい、かと。
「かっこいいじゃん」
「へ…………?」
鰐谷さんが、間抜けな声を上げた。
私は十勝さんを踏み越えて進み、鰐谷さんの掘った穴を見る。
傍には知らない男が転がっており、こちらは半裸だ。
「この穴、なにで掘った?」
「えっと、向こうの小屋にあったシャベルで…………」
「まだある?」
「え!? あ、はい。まだ何本かはあったかと。でも、なんで…………」
「じゃあ待ってて」
指された方へ行くと、小屋はすぐにあった。
シャベルを取って戻り、私は穴をより深く掘り始める。
穴掘りだなんて、園児の頃以来だ。
「鰐谷さんも、見てないで掘ってよ」
「あっ、はい! でも…………佐々木さん、どうして手伝ってくれるんですか…………? 通報とか、しないんですか?」
「何、してほしいの?」
「いえ、そんなつもりは…………!」
慌てて、鰐谷さんは穴を掘り始めた。
クラスメイトとはいえ、まともに話したことない相手とのファーストコミュニケーションが墓穴堀りとは、人生何が起こるか分からないものだ。
「私、十勝さんの事好きじゃないってか、むしろ嫌いだったし。私に損が無い形で死んでくれるなら、まあラッキーみたいな感じなんだよね。だから今回鰐谷さんがぶっ殺してくれて、それなりにありがたく思ってるっていうかさ」
「…………酷いんですね」
「酷いかな? 心の内は誰でもこんなもんでしょ」
「そうなんですか…………?」
「そうだよ。ってか、十勝さんとその彼氏殺した鰐谷さん酷いだなんて、私に言う?」
「それは…………」
私の言葉に、鰐谷さんが黙りこくってしまう。
元々十勝さんに目を付けられた切っ掛けもこんなだった筈だ。
いかつい名前に反して、根暗で弱気な性格。
虐める側からすれば、弄る箇所が多くある恰好の的だろう。
「まあ、そんな気負わなくて良いんじゃない? だって鰐谷さん襲われた側なんだし」
言っている内に、穴はすっかり人二人が収まる程の深さになっていた。
私は死体を触るのは何だか嫌で、十勝さんを足で転がし穴に落とす。
鰐谷さんは彼氏の方を力いっぱい引きずって穴へと落とし、要領が悪いと思わせる疲労具合だ。
私が黙々と土をかけ始めると、鰐谷さんも同じようにする。
生気ない十勝さんと目が遭いながら、その十勝さんを埋める感覚――――これから万が一に生き返るかもしれない人間に、絶対の終わりを与える感覚は、なんとも言葉にし難かった。
「私もう帰るけど、鰐谷さん自分で帰れる?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そう。それじゃあね」
穴を埋め、シャベルを小屋に戻すと、私はまた自転車に跨る。
心は不思議と整理されて、今日はよく眠れそうだという考えだけが頭にあった。
ペダルに足をかけ、漕ぎ出してから直ぐにブレーキをかける。
そういえば、私の損を避けるために言わねばいけないことがあった。
「別に友達になったわけじゃないから、明日から学校で声かけたりしないでね」
「はいっ。えと…………佐々木さん、ありがとうございました!」
「はいよ」
今度こそ、私は自転車を漕ぎ出し帰路へ着く。
今夜、私は友達が増えたり、特別な絆を育んだりなんてしていなくて。ただ、嫌いな人を殺してくれた人に恩を返した。
ただそれだけの晩だ。
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