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運命のマスティマ  作者: 鏡 香夜
(6) Daily work 1 マスティマの日常1
96/112

86.ディスカバリー

 法律本、哲学書、どちらもはずれだった。

 ボスを眠りに誘う効果のある魔法の本はそう簡単に見つかるものではないらしい。

 代わりに読み手の私がうとうとして、ボスはますます不機嫌になった。

 眠らせ役が寝てどうすると椅子を揺さぶられ、危うく床に転げ落ちるところだった。

 乱暴なやり方に腹は立ったけど、彼の意見も一理ある。

 いつもよりさらに眉間に皺が寄っている。指で伸ばしてあげたくなるくらいだ。現実には、もちろんそんなことは命が惜しくてできない。

 ボスたちが関わるのは命も危険にさらす任務。万全の体制で臨みたいはずだ。

 それに、彼の不機嫌は隊員たちの不幸に直結する。

 ロシアン・ルーレットに例えられる、ボスの目覚まし役。彼らはもちろんのこと、他のときでも衝撃銃ショック・パルス・ランチャーの犠牲になる隊員が出てくるだろう。

 マスティマの技術情報部が開発した、気晴らし用の致命傷には至らない仕様の銃だとはいえ、怪我はする。

 医師であるアビゲイルの仕事量の増加は必然。

 ボスが原因の備品の破損も頻繁になり、マスティマの財布を圧迫して、経理担当でもある彼女は、頭を悩ませることになりそうだ。

 そういえば、ボスの部屋は彼の気に入りのインテリアしか置かれておらず、その場所での物品の破損率は著しく低いと聞いた。

 ならば、城の全てをそんな品で満たせばいいのではと尋ねてみたら、「初期投資だけでマスティマの財布は大炎上だわ」とアビゲイルは悲鳴めいた声を上げた。

 ボスは本物志向で、職人の手作りとか一点物とかにこだわるのだそうだ。

 考えてみると、ボスの部屋の備品ひとつとっても素材からして、いかにも高級感あふれている。

 寝室にしても雰囲気というか重厚感が違う。じゅうたんに壁紙にカーテン、柱のブラケットライトやベッド脇のスタンドライトを始めとして。

 寝具も見ただけで質の良いものだと分かる。ボスが着ているパジャマさえも。

「物はついでよ。これを試してみて」

 アビゲイルが差し出したのは、新たな魔法の本候補。

 ではあるが、本と言うには難しいものではある。目玉クリップで留められた紙の束だ。

 それは翌日に会議にかけられる資料。会議前に読んでおけば、進行もスムーズに……なんて、一石二鳥的なことがボスに通用するんだろうか?

 その懸念はすぐに現実になる。

 ビリビリに破かれて、床にばら撒かれた。

 大事な資料なのにと慌ててかき集めて、テープで貼り付けて復元を試みた。なんとか内容は読める状態にはなって、恐る恐るアビゲイルに見せたが、彼女のほうが上手だった。

 そんなこともあろうかとコピーを渡していたというのだ。一気に脱力して、腰が抜けた。

 ボスを眠らせる本はどこにあるのだろう。試行錯誤は続く。

 文字通りの『電話帳』は「念仏でも唱えてんのか」と凄まれた。

『黄金郷をめざして』という冒険ものは、面白かったが、本来の目的は果たさず、「楽しそうだな」とキレられた。

 もしかしたら、第二の魔法の本なんて存在しないのかもしれない。

 いや、希望を捨てては駄目だ。

 こうなったら本棚を制覇するつもりで、片っ端から当たるしかないか。

 と思いつつもふっとため息が漏れる。なんだか弱気になってるな、私。

 週に二日とはいえ、徹夜状態。最近は料理のことより、本のことを考える時間が増えてる気がする。多分、図書館で働く司書さんよりも。

 自分の部屋に戻っても頭から離れない。本来の職業を忘れてしまいそうだ。

 今晩はボスたち幹部が任務で城から離れているから、早くあがれた。こんなときにこそ、気分転換。貴重な自由時間を有意義に使おう。

 そう思って、クローゼットの奥から取り出した紙袋は、隊員たちからの贈り物。

 年末、城に残った私をねぎらってのプレゼント。お土産みたいなものなんだろう。先に渡しておけばよかった、これがあれば退屈せずに過ごせたはずだ言っていた。

 となれば、気晴らしになるようなものに違いない。

 一番上に入っていたのは、透明なプラスチックケースに入った無地のDVD。お勧めの映画かなにかだろうか。

 とりあえず見てみようっと。

 テレビに付属しているプレイヤーに差し込む。

 画面が白くなり、それがしばらく続いた。何も入っていないのだろうか。あるいは、プレイヤーの故障?

 腰を下ろしていたソファ代わりのベッドから立ち上がって、リモコンを手に取る。

 すると、白い色が紗がかかったようになって、次第に薄れていった。

 そして、その奥から現れたものは……。

次回予告:疲れを癒そうと隊員たちからのねぎらいの品に手を出したミシェルだったが……。

第87話「善意の贈り物」


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