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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
1 旅は道連れ世は情けないな
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ベッケンハイム

 

 荷馬車の日陰でもぜんぜん涼しくない。夏だから熱いのは当たり前だが、何かおかしい。意識がボーッとしてきた。

「ヤバイなぁ」


 きっとあの魔法を使ったせいだ。“ノー”は相手の行動を強力に阻止するが、魔力はゼロになる。

「大丈夫ですか?」

 御者の男がいろいろと手を尽くしたが無駄で、タロスに助けを呼びにいってくれた。


 動けないのが知れると、ウォールが抱え上げてくれた。仲間が増えると嬉しいことがいっぱいだ。


 ハルトは緩い微笑みだが、ウォールはしかめっ面だ。

「これは……」

 ガンガン上昇していく体温と青ざめた顔。どう見ても正常ではない。ショーターが冷却魔法で氷塊を出し、タロスが回復魔法をかけてくれたが、あまり好転しなかった。


「仕方ない。ここで別れるか」

 ニックは御者の男と長く話している。


 ――あぁ、そうか。俺は捨てられるんだ。


 無理矢理にチームに入ろうとした。強がって、助けてやるって豪語したのに、こんなザマか。


 ――ざまぁねぇな。


 バーサクの噂まである厄介者を助ける理由なんてどこにもない。このまま平原に置き去りにされる。


 荷馬車はしばらく走った。眠っている間にどこかの街に入ったようだ。

 ニックは街の道案内を兼ねて御者の隣に座り、話し込んでいる。俺は馬車の揺れに耐えきれず、体格の良いウォールに身体を預けていた。会話することも億劫で、だるい。


 賑やかな通りは馬車が行き交うほどで、大きな街のようだ。石畳もきちんと整備されていて荷馬車も揺れなくなり、極端にスムーズになった。


 繁華街を曲がって一本奥の通りに入ると案外静かだ。そこでウォールに担がれて降ろされた。ニックが皮肉っぽい笑いで見下げていた。

「ここにいろ」

 ハルトは頷いた。


 そうして四人は去った。


 どうせ捨てられるにしても、平原より街であるだけ優しい。人通りがあって涼しいところを選んでくれただけマシだ。乗ってきた荷馬車は去り、遠く小さくなっていく。


 一人になったことを実感した。


 やっぱりこういうのは辛い。人生いろいろあるけれど、別れの挨拶も無しで、いきなり捨てるなんてアリか? 一緒に楽しい旅ができると思ったのだ。なのに、結局人間は利害とかしがらみに勝てないのか。


 ほんのちょっと泣きそうになった時、後ろから笑い声がした。

「置いてかれたと思ったんだろ。バーカ」


 ニックの憎たらしい顔。そしてその脇にある看板。

『歓迎。荒くれ宿・ベッケンハイムへようこそ!』


「や……宿屋だ」

 ハルトは夢を見ているのかと疑った。


 寄りかかっていたのは宿屋の壁で、目の前の植え込みの花は宿屋の花。入口から流れてくる匂いは宿屋に併設された酒場の匂いだ。


 宿屋に泊まれる!


 十二年ぶりの夢の場所だから、泣いた。涙の止め方も分からないし、いっぱい出てくるものは止められない。鼻も息も詰まって苦しいのに、嬉しくてたまらない。

「ありがとう、ございます~」


 そういう涙は格好悪くないよな?

 だってあのニックが御者に頼んで近くの街に寄り、予定外で別行動をとってくれた。しかも宿屋と医者を探してくれていた。仲間がいることって、本当に素晴らしい。


 俺は体調が悪い上に大泣きしたせいか、朦朧として、何度も「宿屋だ」と繰り返していたらしい。聞き飽きたと言われた。


 医者からは熱中症と診断された。涼しい場所で、数日の静養が必要だそうだ。おかげさまで、俺は幸せだ。


 ずっとダンジョンで座って仮眠。良くて寝袋だったので、ベッドで眠れることひとつとっても幸せ。夢? 妄想? 天国でもない。これは降って湧いた素晴らしい現実。


 ――宿屋って……最高。あぁ、ノリのきいたシーツ、久しぶり。




 ただしチームに入ったからにはタロスの執拗な愚痴をきくという洗礼もある。

「ケアが重要だというのに放置しおって、医療チームは何をしている。傷を塞げば終わりというものではないぞ。見習いも短期間でこんなに酷くなっておるのに、なぜ訴えなかった。このクソ暑さで放置して馬鹿か。腐ったらまた切り落とすところだぞ」


「すみません。時間がなかったもので」

 ニックが陰でブブッと笑う。

「時間がなかった? 荷馬車に乗って帰るだけなのに? それにカタカタ鳥に乗って移動できるなら、ドラゴンにも乗れただろう?」


 ハルトは赤面した。

「あ~。バレちゃいましたね!」


「カタカタ鳥を使役していたから、テイマー(訓練師)だな。おかげでレグスはいくら呼んでも帰ってこない。テメェがやったのかよ」


「だって可哀想だったんです。痩せてお腹減らしている姿を見たら、ごはんあげたくなるでしょう?」


「モンスターを狩らせたぞ」

「黒豹は本来、一日数匹程度の狩りをする体力です。ダンジョンで際限なくモンスターと戦わせると疲弊してしまいます」


「そんなこと分かっている。でもあれは有能だった。獣のくせに頭が良くてな。いろいろ役立ったんだ」


「ずっとビーストモード。ご存知ないのですか? 彼は人獣、アスラケージ国の戦士です」


 ニックはしばらく黙っていた。

「テイマー(訓練師)としても有能か。困ったもんだな。じゃあ正直に言う。


 レグスは数日前にダンジョンで見つけたんだ。アスラケージ国の戦士なのは知っていた。他の勇者に殺されたら可哀想だから、安全のためにビーストモードで保護していたんだ。だから痩せていたのは牢にいたからで、首輪は前の持ち主が着けていたものだ。外し方が悪いと首が飛ぶから、後回しにしていたんだ」


「そういう事情だったんですね! ニックさんが良いテイマーで安心しました」


「俺はビーストテイマーだ。だからテメェのジロジロと物欲しそうな顔に警戒したんだ。敵味方の区別つかない男に狙われたレグスが可哀想だろ」


「心配で見ていられなくて……首輪を外して逃しました」


 ニックは焦った。

「逃がしただと! また悪いヤツに捕まったりしたらどうする」

「強めの魔法で保護しておきました。アスラケージの友人も紹介しておきましたから、無事に国に帰ると思います」


「そこまで言うなら信じるが……普通の見習いはRBC以外、外に出たことすらないのに、アスラケージを知っているどころか、友人がいるなんて聞いたこともないぞ」


「あぁ、召喚される前から付き合っている友人です。レグスを見たら、懐かしくなってしまって……RBCを訪ねてきてくれたこともあります。元はラブラドールレトリバーだったのに、猫科の獣になっていたものですから、それは驚きました」


「逆によくそれで気付いたな」

「俺の相棒ですから。今はアスラケージで元気にしていると思います。本当は昔のように一緒に暮らしたいんです」


「ジータ国の勇者見習いとアスラケージの戦士の同居…厳しいな」

「そうなんです。世界のシステムを変革しないと叶わない夢ばかりで、時々くじけそうになります。でも宿屋になることができたら、そういう夢も一緒に叶うんだと思うと、楽しみも二倍になるでしょう?」


「宿屋?」

「前に言いませんでしたっけ? 俺は宿屋になりたいんです。だから勇者にはならないで見習いのままキープしているんです」


「タロス。オレの耳が今、“宿屋”と聞こえたんだが。それとも熱で頭がおかしくなったのか?」


「年寄りの耳にも宿屋と聞こえました。やはり儂も老いたか」

 ショーターも頷く。

「若者の耳にもヤドヤって聞こえたぞ。新種のバーサク状態か? 混乱しすぎだろう」


 ウォールは真面目な顔だ。

「嘘はつかないんだろ?」

「はい。本気で宿屋になりたいと思っています」


 ニックは笑い出してよろめいた。

「狂ってる!」


「ええ? 酷いです! ダンジョンの中に宿屋があったら、みんな嬉しいでしょう!?」


 タロスは頷く。

「まぁ……それは嬉しい」

「温かい部屋とか、ふかふかのお布団とか。美味しい料理とか絶対必要です」


 ショーターは同意しつつも困っている。

「見習いくんよ、確かにそれは嬉しいが……旅行じゃないんだからね? 戦地でゆっくりしているヤツはいない。死んじゃうからね?」


「だから最強を目指したんです。厳しい環境には最強の宿屋が必要なんです。宿の安全は俺が守ります」


 顔を赤らめて気合を入れるハルトにウォールは布団をかけた。

「分かったから寝ろ。最強だろうが、宿屋だろうが、今は病人だ。熱が下がったら、そのことも少し冷静に考えるといい。今が見習い勇者だということを忘れるなよ?」


 ハルトは何も言えなくなった。

 味方になってくれただけありがたい。けれど欲は尽きない。ひとりでもいいから、イイネって言ってもらいたかった。


 ――俺は間違ってない。


 ハルトは寝ることにした。

 よく寝て食べて、そして行動する。そのうちきっと、何かが変わっているだろう。



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