荷馬車の旅
とにかく足が必要だ。
義足をつくるためには一度王都エルダールに戻る必要がある。のんびりと荷馬車に乗って、気ままな旅の始まりだ。
ただし負傷した勇者見習いは、勇者たちにもお荷物扱いらしい。
なるべく他の勇者と接触しない荷馬車を選んでいた。すると、優しそうな御者係に声をかけられた。
「俺のとこに来いよ!」
英雄たちはドラゴンに乗り、悠々と空を飛んでいく。
それは俺とは反対方向。
大地を這うように進み、ガタガタと揺れる荷台で、その様子を眺めた。
輸送班はベースキャンプに辿り着くと補給物資を下ろし、すぐに帰りの荷物を積む。ダンジョンで得た魔法石やレアアイテムを積み、その隙間に負傷者を詰め込む。勇者が荷物以下の扱いにされるのは、運ぶ荷物が減ることは、稼ぎが減ることを意味する。
この御者は誰にでも優しかった。ハルトが乗る荷馬車に、さらに四人が乗ってきたのである。おかげで荷物と人でぎゅうぎゅう詰めだ。
この四人はひとつのチームである。ハルトの所属する王宮騎士団は正規部隊で厳しく管理されているが、チームを組む勇者たちは自由が利く。遠征に参加し、作戦指示に従っていれば、お咎めもない雑兵だ。
気の合う仲間だけで荷馬車を占拠したかったのだろう。先にハルトが乗り込んでいるのに邪魔扱いだ。
「回復したら酒飲んで、また戦って! 今度こそモンスターぶっ飛ばしてやるわ」
スキンヘッドのタロスは途中から切れて無い腕を振り回している。年老いた回復係でも、腕がなくては仕事もままならないだろう。
「ジジイが出しゃばりすぎるから、うちのチームが撤退することになったんだぞ。少しは反省しろ」
ショーターは魔法のローブの中から杖を出し、グリグリとタロスを突く。それは魔法の杖でなく松葉杖だった。足を負傷した程度なら、魔法は使えるはず。よく戦線離脱の許可が下りたものだ。
ハルトは上司にコキ使われるばかりである。見習いで足を失ったというのに、仕事を託された。最劣勇者で活動していれば、こういう緩い戦闘でやっていけたと知って、ちょっとうらやましい。
このチームは勇者が四人で構成されている。回復係のタロス、魔法使いのショーター、ウォールは巨体が頼もしくタフに見えるが、タンク役で攻撃はしない。極めつけに司令塔のニックは、猫科の獣を連れているテイマーだ。破滅的に攻撃力に欠けている。
ニックがこちらを見る視線には悪意を感じる。一番に話が通じそうなウォールに聞いてみた。
「睨まれる覚えは無いんですけど」
「視線を合わせるからだろ。ああいう目なんだ」
「ニックさんを見てるわけではなくて。あの獣が気になって」
「黒豹か。レグスというんだ」
ハルトはソワソワと落ち着かない。
あの毛並み、絶対に気持ちいい。流線型の美しいフォルムと、内側に秘めた野性味。獰猛さと知的な瞳で、とても触れさせてもらえないような高貴さだ。
レグスに触りたい! できれば抱きしめたい!
あれで気まぐれに甘えてくると、むしょうに可愛い。ついでにニックと友達になれば、レグスを思う存分に撫でられる。ただしニックの瞳は絶対にそれを許さないと言っている。残念無念。
ニックはウォールに言う。
「余計なこと話してんじゃねぇぞ。死に際の人間がどれほど必死で回避しようとするか、分かってねぇだろ」
「死に際の人間?」
ハルトは首を傾げた。それほどの重傷者がこの馬車にいたか?
エルダールに向かうのは聖女の回復処置を受けるためだ。タロスの腕は元通りに生えてくるし、ショーターの足もすぐに治癒される。ニックもウォールも、それほど重傷ではなさそうだ。
その四人がハルトに向ける視線が悲しそうだった。
「あぁ 俺ですか」
一般的に、見習いは勇者以下の消耗品で、聖女の加護が無い。だから聖女の力で回復することはできないのだ。王宮神官に戦力にならないと判断されば、密かに処刑される。だから足が無いのは絶望的なのである。
ウォールは切に言った。
「過去の功績が認められればエルダールで勇者に昇格してもらえる。そうなれば足が治癒されるだろう」
それは親切心からだろうが、ハルトには足を戻せない理由がある。
ショーターはニヤニヤ笑う。
「もうひとつ方法があるぜ。貴族に直訴することだ。蓄えたアイテムや金品を積み上げた山の大きさによって助かる確率も上がる」
「本当ですか! 見習い辞めたら、宿屋になれますか!?」
ハルトは喜びまくる。その明るさに皆が言葉を失った。
「いくらぐらい出せばいいですか? あんまり持っていることが露呈すると、ぼったくられますよね!?」
見習い勇者はRBCを出たばかりのはずで、下っ端だ。世間との付き合いは基本的には皆無で、ダンジョンしか行き来していなはず。
ニックは質問する。
「コネクションがあるのか? 金持ちとか貴族とか……」
「そんなものは無いです。できれば近寄りたくもありませんね」
ニックは派手に笑った。助かる可能性があるかと思ったら、とんだ世間知らずときたものだ。
「じゃあムリだろう。テメェは殺される。分かったら大人しくして、足りない頭で人生いろいろあったと後悔するんだな!」
ハルトは感心しない。
ニックという男は本当に勇者なのか? 勇者の質は本当に堕ちたものだ。
「もういいです。あなたには聞きません」
ハルトは奥の暗い端で、ずっと目を瞑っていた。
――う~ん。見習いから宿屋になるのにいくらが平均なんだろう。相場が知りたいよなぁ。
これは良いチャンスかもしれない。いつまでもアキトと一緒にいるのは良策ではないのだから、これを機に本格的にトキワタリを探しに行きたい。
だが何においても一人というのは状況的に厳しい。
仲間がいたら楽しい旅になる。毎日の食事だって、ずっと美味しく感じることができるだろう。せっかくこの荷馬車で一緒になったのに、誰も名前を聞いてくれないほど、俺に関心が無い。これが一番の問題だ。
――アピールとか苦手なんだけど、ここは注目されなきゃな。あと必要って思われないと……。やっぱりメシで釣るのが一番手っ取り早いか。
ウォールは静かな荷馬車を盛り上げようと、仲間に話しかけ続けた。
「勝負には勝ったんだ。今回の魔王もアキトが鉄槌を下してくれた。だから勇者らしく、堂々帰ろうじゃないか。怪我したって、俺たちは立派に戦った。そういう誇りをもっていかないとな」
――それはアキトじゃない、俺が倒したんだよ。
心の中でそうアピールしたが、これはまだ公開できない秘密だ。しかも、そのあとにライカのせいでこんなザマになったとも言えない。
「見ろよ、見習いくんだって頑張ったじゃないか。まぁ残念な結果にはなったが」
勇者見習いの腕章を見て、ウォールが肩を叩く。
勇者にとって見習いは全員同じ顔に見えているに違いない。ハルトは荷馬車の魔法石ほどの価値もなく、もうすぐ消える存在なのである。
※ ※ ※
「メシにしよう!」
荷馬車が止まり、御者の男が声をあげる。次々に人が降りていくが、ハルトは片足に慣れず、モタモタしていた。
するとウォールに抱きかかえられた。
「外は天気がいいぞ!」
「わ!」
晴れた空の下に晒され、眩しさにくらくらした。
見通しの良い平原は熱気と日差しが強い。
あぁ。夏なのか。
ダンジョンで戦ってばかりの毎日で、外の天気を気にする余裕もなかった。
鳥も鳴いている。
少し離れた集団が狩りをしている。子供の追いかけっこみたいで、のんびりしていて良い。カタカタ鳥を昼食のメインデッィシュにするつもりだろう。
――あれはホロホロっと崩れるような柔らかい肉が美味いんだよな。
ハルトは何よりも食事が楽しみだ。自分の料理はある程度味が予想できるが、他人が作る料理はどんなものだろう。
調味料は何を使う?
下処理はどんな感じかな?
周囲をみると、すっかり出払ってしまいウォールしかいない。食事の支度をする人間はどこにもなく、こんな状態で食事が採れるのか不安だ。
「どうやら居残り組になってしまったようだな」
「すみません。俺が遅いから」
ウォールはハルトの隣に座り、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。夏だというのに、ぬるま湯のようなお茶らしき飲み物。パサパサの簡易食が半分ずつ。少量でも喉に詰まる曲者だ。
「ウォールさんの体格では、これでは足りないでしょう?」
「気にするな、食え!」
ウォールは余裕で笑う。ハルトは本当に良い人だと感動した。残り僅かな食料を分け与えてくれる人に悪い人間はいない。
ただこのメニューは納得がいかない。
「まさか毎日、こんな食事を?」
「エルダールに到着するまで一か月、負傷兵の食料は積めないから自給自足だ」
「だから狩りをしているのか。怪我してるのにな……」
ハルトは猟場を二度見た。
剣や槍で追いかけまわして、巣に足跡をたくさん残している。カタカタ鳥は人が侵入した巣には戻らない。このままでは巣が全滅、荒らしすぎだ。
「……マジか」
それに一か月もこんな食事では耐えられない。
大きな一羽が泰然と空を泳いで、ハルトの近くまで来た。逃げ切ったつもりでリラックスしている。
ハルトはお茶を半分飲んで、残りはウォールに突き返した。気持ちが伝導して、ぬるま湯がキンキンに冷えている。冷たいカップにウォールが驚く。
「無詠唱? 魔力を感じなかったぞ」
「ちょっとした手品ですよ。綺麗なシートありますか?」
ウォールは言われるままに、十人程度が座れる広いシートを広げる。荷物と一緒に転がっていたボウガンは鳥を倒すために誰かが置いていったものだ。
「それください」
ウォールは怪訝な顔で紐の付いた矢を渡した。矢尻に火炎系の魔法石をはめ込み、紐の長さを図る。
「カタカタ鳥は興奮すると筋肉が固くなってしまいます。なるべく一発で倒して、すみやかに処理しないとホロホロっと崩れる感覚が失われてしまうんです」
ハルトは座ったまま矢を投げた。矢は豆粒のように遠い大鳥を貫き、ピンと紐が張った。
ボンッ!!
一瞬の炎で硬質な羽根が燃えて素っ裸だ。落ちる前に紐を引き戻すと、シートの上に鳥ではなく鶏肉が到着した。ウォールは声も出ない。これは夢かと疑っている。
ハルトは剣を抜く。勇者見習いが持つには高価な大剣だ。重そうな剣を軽々と振り回し、片足で立つ。バランスがきちんと取れていて、体の軸にぶれがない。
ハルトの手袋から光が洩れ、熱くなる。
「UP」
弾かれたように鶏肉が空中に浮く。そしてウォールの隣で風が起きた。それが剣戟であると覚り、振り向いた時には、ハルトは剣を鞘に納め、杖代わりに歩いていた。
「今、抜いたよな? 君は何者だ? 見習いじゃないのか?」
「見習いですよ」
「推薦人は誰だ? 所属は!」
「ええ? 言わなきゃダメですか?」
「何故隠す! 偵察部隊なのか?」
「違います。まぁ隠している訳ではないですけど……。自分のことをさらけ出したり、自分から話す行為って、勇気が要るというか、恥ずかしいじゃないですか」
ウォールは分からない。なぜそこで赤面する? これだけできるなら自慢しても皆が納得できる実力だ。
「だって推薦人があのアキトですよ?」
あの単純な目立ちたがりと一緒に行動しているなんて、恥ずかしすぎる!
「英雄アキト!?」
ウォールは感嘆している。魔王をことごとく倒した歴戦の英雄と一緒に行動していたなら、その強さは納得だ。
ハルトは眉根を寄せた。ウォールの期待の眼差しには応えたくない。
「いや、俺はそんなでもないです! アキトお抱えでも見習いです。どちらかといえば料理のほうが得意です」
ウォールはいきなり大声で笑った。英雄のチームは料理人も強いようだ。
「それは頼もしい!」




