(8)爆弾
自爆覚悟で体内の魔力を上げ続ける。他は何もしない。
殺したいなら殺せばいい、単なる核爆弾と同じだ。失敗したら宮殿は吹き飛び、多くの人が犠牲になる。
でもこここまでしないと俺が本気だという証にならない。命を賭けるのに後先なんて考えていられるか。
「――はぁ……うう」
苦しい、意識飛びそう。でも国王がごめんなさいするまで止めないからな?
――陽翔、ごめん
自分を止められない。我慢できない。体内の魔力だけじゃ足りない。もっと魔力を上げないと国王は納得しないみたいだ。
――本当にごめん
魔の森エギスガルドの地下まで意識とマナを繋げるのは一瞬だ。中央宮殿から少し離れるが、あそこのマナ全部使う。魔力で圧倒してやる。
心臓が限界までドクドクしてうるさい。やたらと熱くて、眩しい。
俺の身体あとどれくらい持つか。痛すぎてよく分からない。国王の領域を搾取できた気がしない。冷酷な赤い瞳だ。全部お見通しって訳か。止めも殺しもしないで、傍観するだけ。そんなに余裕なら俺の爪痕も僅かなものになるかもしれない。まぁ人的被害は少なくて済むけど。
――せめてこの部屋ぐらい俺の領域になれば、シェラにお願いして皆を転移してもらおう
俺の策は叶うだろうか。国王の前に立っているだけで絶望する。命を張って魔力を上げ続けているのに、世界が何ひとつ変わらない。
ジェットやキンタの顔を眺めた。余力も尽きそうだし、これが最後になるのだろう。結局俺はここまでの男だった。大地を這う虫けらのように抗っただけ。
「その程度か」
王尺で胸を突かれた。ごく軽くの行為は胸に隕石が落ちたような勢いで、床に仰向けに倒れた。
「――!」
限界と静寂が訪れた。豪奢な黄金だらけの天井が、まるで陽翔の魔力みたいだ。俺もう頑張らなくていいんだ。胸が潰れて息も吸えないし、心臓の音もしない。
苦しまなくても良いなら逆にスッキリする。世界の全部が生きていて、キラキラに輝いて美しい。夢のようで笑えてくる。
――ディスカスもこんな気持ちだったのかな
血にまみれてボロボロで情けない最後だ。でも魔力はまだ下降線じゃない。最後まで抗って、笑え。笑え。笑ったら希望が来るんだよな?
でもやっぱり笑えない。だめだ、そっちじゃない。楽になってもいいが陽翔は連れていけない。いくら一緒でもダメな兄で終わりたくない。
『ノー』
全部が嫌だった。それだけは確かだ。ため込んだ魔力の行く末など知るものか。部屋が青白い光で覆われた。
どれくらいの時が過ぎたか。おそらく一瞬か数分? その間に奇跡が起きた。
――気を失っていた?
それでも生きている。周囲は俺の血の海だが不思議と痛みも苦しくもない、それどころか絶好調だ。
“兄さん……何をしたの”
頭を振って周囲を確認した。特に変わったところはない。国王は依然として立っているし、キンタやカエデは恐怖に震えている。
「ん?」
台の上に乗っていないのに視点が高い気がする。
「どうなっている?」
立ち上がると服がきついし、裂けてボロボロだ。爪や髪が長く伸びて野獣のようだ。筋肉が増え体格が良くなった。身体が急成長したようだが、全否定の魔力を使ったのに魔力が枯渇していないのは初めてだ。
「俺は何を否定したんだ?」
国王が横を向いているが、絶対笑っている。
「自分のしたことすら分からぬとは。未熟だが才能は認めよう。余に絶対服従を誓え」
どうやら俺は頭のネジが吹っ飛んだようだ。そうでなければこんな気持ちになるものか。国王が寂しそうなお爺さんに見えてくる。
――怖くない?
圧倒され国王の顔すらまともに見ることができなかったのに、今は平気だ。
「とりあえず三年、魔法契約しましょう。国王の領域を借りる形で働かせてください」
俺は立ちあがり、握手を求めた。
「これはシェイクという和解の魔法です。互いに手を取り合い、意思の疎通をすることでマナと絆を固く結びます」
たちまち側近たちが騒ぎ出す。
「何さまだと思っているのか!」
「勇者のくせに何たる無礼な!」
「絶対服従を誓えぬ者など信用なりませんぞ」
俺は首を振った。
「ライカと完全に絶縁するには、最低でもそれくらいの時間が必要だからです。ライカ交じりの今の俺などゴミ屑に等しい。けれど三年後なら、もっと違う形で契約できると思うので」
「違う形とは? 絶対服従以外で、余に有利な形があると申すか」
「そうです! その為に三年間に修行します。国王の強力な後ろ盾があれば、俺は世界第二位になる自信があります」
「二位かね」
「目標は対等に並ぶこと。切磋琢磨し、お気持ちを分かち合える友人として」
言葉が途切れたのは周囲があまりに静かだからだ。
「どうかしたのですか?」
国王は静かに笑っている。
「続けよ」
「とにかく三年、俺の成長ぶりを見届けていただきたい。
今、ここで絶対服従を誓うことはできますが効率が悪いです。俺の良い面が全部打ち消されパフォーマンスが落ちます。何しろやる気が出ません。
言われたことも満足にしない無能と、率先して働く理解者、どちらを選択しますか」
「あまりに愚か。無能ならば殺すのみ。友人などと正気の沙汰よ。無礼な輩には死しか与えんぞ」
「そうですね。さきほど一度死んだようなものですし、奇跡は二度も起きないでしょう。それでも友に成り得るのは俺だけです。魔王としての生き様を理解できるのは魔王しかいません。俺を利用してください」
「狂っておるな」
「俺が狂っていようとも、陛下に二言は無いでしょう?『殺してはならぬ。幼気な子供ではないか。今は殺さぬ』千年のうちのたった三年なら、我儘に付き合っていただけるだろうと考えました。
これが今の俺の全力です。知力、話術、魔力、体力。全部出し切ってしまいましたので、あとは伸びしろに賭けてください」
再び差し出された手を見て国王は笑った。
「まだ残っている力があるのに、それも分からぬか」
「?」
国王が手を取り、青白い光が放たれて契約に至った。
「運の良い奴め」
「ありがとうございます。陛下」
「爆弾を抱えた気分よ」
国王が老獪に微笑んだ。味方にすることはできなくても敵ではない。生きていれば成功といえるだろう。
すでに目覚めていたジェットと視線が絡み合う。誉めてもらえると思ったのに、何故か黙って睨んでいる。
俺はいつの間にか奥歯を噛みしめていた。後で絶対にジェットに怒られる。何が悪いのか想像できない。どうにか生き残った。これだけも奇跡だろ。
“ ※ ※ ※
爆発音と悲鳴が上がり、地震のように床が揺れた。
「アブソルティスの敵襲です! 聖女の塔が……倒れました」
「何と?」
国王の魔力が緩んだ。
けれど俺の衝撃はそんなものではなかった。シェヘラザールの念話が伝わってきた。
“一翔、陽翔くん。ごめん、アタシ行くね!”
それっきりだ。
――行くって、どこに?
窮地にいるというよりは、ちょっと楽しそうな声だったので余計に混乱する。買い物やお遣いに行くレベルの声でどこに行く?
――塔が倒れたけど無事なんだよな?
陽翔が付け加えるように囁いた。
“脱出したのかも。聖女を辞めたいって言うから、三年待ってくれって説得したんだ”
一難去ってまた一難、ライカに国王でやっと落ち着けると思ったのに、ラスボスの衝撃が大きすぎる。何か悩んでいたと思ったが、これか。
――俺には何もなかった
それらしいことは漏らしていた。脱出しようとして失敗した聖女の話。聖女の真実の姿。将来は俺の宿屋で働きたいとも言っていたな。
“兄さんが大事だから余計に言えなかったんだよ”
何のフォローにもならない。そんな大事なことを陽翔には話して、どうして俺には一言も相談しない。
――子供扱いか
“だって素直に話したら反対するよね”
もちろん止める。シェヘラザール自身が危険な道を選ぶなんて認められない。なるべく争いに巻き込まれない場所で待っていれば解決することだ。
“駄目だよ。それをしたら国王とやっていることが同じになる。自由になりたいのは兄さんだけじゃない”
俺はギリギリと拳を握りしめた。我慢の末に出した結論など、俺の意思でも正直な気持ちでもない。
――今から行く
動くなら国王がいちゃもんつける前だ。いつだって行動が早い奴が一番得をする。身体が急成長したおかげか、前よりも魔力の溜めこみが多く捗る。
エルダール地下のマナを支配し、魔力を全開にした。
国王と五分五分、とはいかないが勢力としては認められるはずだ。今までにないほど満ちる魔力で研ぎ澄まされる。
「フォレストパレスに向かいます。俺が忠実な勇者であることを証明しましょう」
俺は窓を開け放ち、テラスへ出た。
「リリー!」
待機していた幻の空帝に、王の側近たちがどよめく。俺は剣を握りなおしリリーに飛び乗った。
「アブソルティスは俺の敵ですので」
そして彼方へと飛び立った。




