(7)力くらべ
巨大な魔力だ。真夏の太陽の中に人がいる。それが誰であるかはまだ分からなかった。眩しさで俺は意識をとりもどしつつある。どうやら気絶していたらしい。
――あぁ、痛いな。
腕や足が固定されている。目隠しをされてアイコンタクトができない。“ノー”と一言で全ての魔法を否定できるのに、それを言葉にしたくても猿ぐつわが邪魔だった。
身体は魔法陣でガッチリ固定されているようだ。生きながらにして手足の感覚がバラバラだ。胴体と頭は一緒だが、あとはどこにあるやら。
笑えないことはたくさんある。
気配で分かるがジェットがいる。息はしているが意識不明だ。シェヘラザールによって小太郎とベルは保護されたが、ジェットは助からなかった。ライカはどうなったか分からない。逃げたのだろうか。
――誰よりも空間魔法が上手い
名前も知らない。ライカや聖女の上を行く奴なんて、もはや神しかいないだろ。まぁ良い神さまだったら、拘束なんてしない。最悪な奴だ。
全てを笑い飛ばしたい。この苦痛を一掃するほど吹き飛ばしたい。
――死にかけの中途半端な状態で据え置かれるなんて拷問だ。いっそのこと死んで転生してしまえばいいのに。
馬鹿なことを考えている自分を笑った。
単純に身体の痛みだけだ。初めてライカと戦った時は心の底からボロボロだった。あの時に比べれば、まだ楽な方だから笑える。そして笑っている自分に、この苦境で笑うのはおかしいと笑った。
あまりに笑うから、周囲の奴らが怖がった。
「お……起きたぞ!」
反抗できないのを良いことに、頭を殴られ胸を踏まれた。集団リンチに遭うなんて、前世で中学生やっていた時以来だ。朦朧としてきたが、痛みが遠のく。
――普通は死ぬな、これマジで。小太郎もいないし……。
人の列を割り、まぶしいマナの男がやって来た。
「殺してはならぬ。幼気な子供ではないか」
声は優しいが、聴いただけで心が凍る。マナを同調させたら魂まで吸い取られそうで、無意味に顔を背けた。死んで転生とか言ったが即時撤回だ。膝が震えるほどゾッとした。もっとも俺の膝は遠く離れた場所にあるから、蹴り倒すことも逃げることもできない。
俺だって人を殺したことはあるが、やりたくてやったわけじゃないし、判断に迷うことは多々ある。けれど目の前にいる男には迷いが無い。俺の命は風前の灯火だ。
「そう怖がるでない。今は殺さぬ」
とりあえず5秒ぐらいは息をしても許されそうだ。頬を握られたので、このまま顔ごと潰されることも覚悟した。
目隠しがずれて、他人の親指で瞼をこじ開けられる。瞳に凝縮していた魔力が漏れ、青白い光が放たれた。
「おお、瞳が青いのう」
――やめろ!
ついでにアイコンタクトで睨んでやった。意思の疎通など無いが、何もしないのも腹が立つ。せっかく凝縮した魔力だ。使ってやろう。ねじ伏せてやる、貴様も俺の支配に……!
――痛! ちょっと、待て、これ
「ああああ!」
掴まれた指先から異質の魔力が俺を犯す。脳天直撃されるような圧倒的な魔力と圧力だ。
――ギブアップ! 殺さないって言っただろ?
「青白く輝く星より降臨せし勇者、実力はその程度か」
気を失う寸前で、力を抜くなんて憎らしい。俺が限界で朦朧としている間、相手には待つ余裕がある。
攻撃の矛先が俺に向くのは仕方ない。けれど男の視線は俺から外れて、別に狙いを定めた。そっちは駄目だ。
「ぬけぬけと領域を侵しおって」
俺が何年もかけてジェットを魔力で包んだのに、朝靄のように消えていく。
――ジェット。俺のジェットなのに
それでも抗いたい。ディスカスが死にかけの俺にしてくれたように、俺もジェットを守りたい。傷ひとつつけられない不可侵の領域も押し負けたら終わりだ。
――負けたくない! 負けたくない!!
魔力は出ないくせに、涙は出るのかよ。気持ちだけが上滑りだ。
「嘆くことはない。もとよりジェットの魂は余と共にある。それが紋章の威力。シェヘラザールはまだか」
余? この時になって男の正体が分かった。
「貴様が国王か」
実際には『ほがががふぉふおが』という発音だった。目隠しと猿ぐつわは外されたが、魔法が使えそうにない。国王の魔力で支配された空間では付け入る隙が見当たらなかった。
“ ※ ※ ※
「誠に残念じゃのう。ここに小太郎がおらぬのが悔やまれる。再び父親を失ってこそ面白味があろうに」
視界ギリギリまで見渡し、血も凍るほどの恐怖で身体が震えた。
ジェットだけではなかった。キンタ、エストワール、騎士団のカエデやジェシカは戦闘経験がある。けれど雲母司書長や、料理長は違う。ここにいるのは俺がRBCで知り合い、心から打ち解けた人々だ。
皆が恐怖し、幸せそうな顔がひとつも無かった。何もできない。助けられない。見るのが辛すぎて目を瞑った。
「再び」
それでも呟きが出た。俺の胸中がチリリと焼けている。炎が産まれている。煙草の蛍火のように、息を吸えば光るだけの弱い炎だ。
――再び俺の父親を奪い、それを楽しむ。ジェットだけでなく小太郎まで?
「儚いものだ。これらの運命や命を君が握っている。分かっているだろう、君が反抗すればどうなるか」
解き放たれたジェットが床に倒れた。
「この者を拷問せよ」
「やめろ」
俺の呟きは小さい。けれど小さな火でも乾ききった心に放てば大火となる。全部を燃やすほど暴走するのはまだ早い。
「拷問の末に極刑。それで終わると思うな。永遠なる魂への処罰もある。形を変化させるのだ。動物の死肉と合成し……」
あまりに理不尽だが、国王にしては喋りすぎだ。俺を煽っているに過ぎない。国王は手を出していない。本当にやる気なら俺に問う必要は無い。単に俺を追い込んでいるだけだ。
「反抗できないことぐらい分かっていますよね。その上で脅して俺から何を得たいのですか!」
「分からぬ訳ではあるまい。ずるずると引き延ばして何かを得たいのは貴様のほうであろう。いつまでその程度の拘束で甘んじている」
「――くっそ!」
目を瞑り、全身を魔力で満たすことだけに集中する。一気に身体から溢れ、炎に包まれるような勢いまで上昇させる。ガラスが割れるような音で、白い魔法陣が割れて粉々になった。
ふわりと床に降りたが、魔法陣の破壊も全部は無理だ。身体に直接触れていたからできたことで、壊すのにかなり時間がかかった。一瞬で四肢を拘束する国王には敵わない。
――敵わないんだよ、陽翔。
悔しすぎて国王の顔を見ることができない。どんな顔をしているのか記憶もしたくない。ただし魔力は全力で維持、あとは俺の矜持だ。
「これでどうだ!」
床に両膝をつき、両手をつき、頭つけたら土下座だ。
日本人には最大の奥義、外国人なら靴でも舐めてやろうか。サービス業だぜ、謝罪会見場だと思えば何ともない。
「それが絶対服従の証か? まずは殺気を消せ」
俺は究極ムカついた。
「殺気の消し方なんて習ってねぇし! 必要も無い!」
習っていたが、こんな時にコントロールできるか。怒り・怒り・怒り。非道な仕打ちと、今までの国王に対するものと、不甲斐ない自分に向けたもの。たった三つでも数えることもできないほど燃え立つし、焦れる。
真面目に顔なんて見たくない。いつかその王冠を奪って、床に這いつくばらせてやる。
国王の反応が薄いので、俺は覚悟を決めた。目を瞑り精神集中しながら、ゆっくり頭を上げる。
――魔力比べをしたいなら、本気でやってやろうじゃないか!




