(4)卒業試験
俺は常々、行動は早めにと意識している。だが、誰かの都合で早く動かされるのは気持ちの良いものではなかった。シェヘラザールはまた俺をどこかへ吹っ飛ばしたし、陽翔はすぐに俺を出動させようとする。
――眩しいな
砂漠の熱で調理されている。俺の肌はカリカリにポワレされた白身肴のようにヤバみたっぷりだが、心から叫びたい。
――自由!!!
求めていたのはこれだ。結界もなく晴れ渡る空。乾ききった熱砂の空気。スリリングな猛獣の吐息? ちょっと苦しそうなベルだけど。
「マスター、暑いので早く移動しましょう。皆さまがお待ちです」
ベルは日よけのマントに身を包み、耐熱靴に履き替えている。
「何これ、ただの布じゃないか」
俺がベルに冷却呪文をかけると、嬉しそうに喉を鳴らした。
「ありがとうございます」
「また一緒に散歩できるなんて~~! 夢みたいだ」
俺は昔のように、隙を見つけては美しい毛並みを撫でたくなるのに、今は将軍だから高貴さが邪魔をする。
「散歩ですかね、国境付近なので、城まで距離ありますよ」
「どっちが早く走れるか、競争しよう」
ベルはキラキラと目を輝かせた。よーいドンだ。
結果は明らかだ。ベルの鍛えた上げられた筋肉が素晴らしい。元来人獣は人間よりも体力的に秀でている。それが四つ足で走ったらなお早い。俺も十分に早いはずだが、さすが将軍。
けれどやはり猫なのだ。ゴールが見えたので、俺は追い込む。ライオンもチーターも瞬発力が素晴らしいが、狼のような移動はできない。力を振り絞るベルの必死さが可愛いこと。
「マスター……待ってください」
砂防の城壁に囲まれた街が見えてきた。門番がいる詰所の前には荷車が列を成している。日陰を求めて詰所に入った。砂を払っていると、馴染みのある声がする。
密入国者と密輸入業者がお咎めを受けている隣で、まるで自分の家のようにリラックスして、門番よりも態度が大きい、酔ったフリばかりの小太郎だ。
「おっせえな、酒瓶が空になっちまったぞ。修行が甘いじゃねぇの」
「素直に早く会いたかったと言えばいいのに」
ジェットはRBC勤務だから監視役は理解できるが、キャラバン第一で息子の世話は二の次の小太郎が、護衛役?
「嬉しいか? これでも王族とは顔が利く仲でな。ほら土産採りにいくぞ」
嬉しさを表現する時間ぐらいあっても良いのでは? 襟首掴まれて、今来た道を戻るくらいなら、合流先をダンジョンにするべきでは?
「街が目の前にあるのに? 観光とかまずは宿でご休憩とか! 久しぶりにゆっくり話そうよ~」
「百年早ぇ。そう思うなら、もっと早く動け。俺は忙しい。キャラバンに迷惑かけんな」
“ ※ ※ ※
砂嵐が過ぎ去ると、そこには大きな洞窟があったという。天井は高くビルが建つ程度、先の知れない長いトンネルは果てが知れない。モンスターにとっては砂漠のオアシス。日陰で湿っぽい迷路。一度入ったら抜け出せない極上のダンジョンだ。
俺を先頭にして戦い、ベルが補助に入る。試しに連携してみるが息ぴったりで上々の出来だ。年配組のジェットと小太郎は後方を歩いて最近あったことの世間話。俺もそっちに入りたい。
「誰だよ、年齢順にしようって言ったのは」
俺の小言にも小太郎は突っ込んでくれる。また一緒に旅できるなんて楽しくて仕方ない。
「じゃんけんで負けたヤツが文句言うな」
俺の手を麻痺させておいてよく言う。もっとも修行目的だというから、こうなるのは必然だ。
「見かけたら全部倒せよ~、時間計っているからな。会見まであと2時間だぞ」
最後まで話を聞かないと油断できないところは相変わらずだ。会見まで2時間だなんて、どうやって戻って王城まで行き、支度まで完了するか問題だらけだろ。
「棘付き鉄球コロガシの微塵切り。スケルトン&グールの丸焼き50人分、レイスのスライス、まったく料理にもならない」
俺はボヤキながら剣を振る。砂漠ダンジョンならではのモンスターだが、元最強勇者二人が付いてくる理由にはならない。俺が守られなきゃならない相手ってどんな感じ?
「マスター、小太郎さまは活け造りにしろとおっしゃっていましたが、どういう意味でしょうか」
「あぁ、上手に料理しないとな~」
土産なので安全かつ美的に。無害になるまで殺し、素材は活かす。なによりも素材の新鮮さが決め手だ。二時間前に倒しても意味が無い。お客に提供するのは二時間後ちょうどだ。
「帰りは空間魔法で送ってくれるんだろ?」
「甘えるな。このメンバーの誰が空間魔法できるか言ってみろ」
「小太郎もジェットもできないの!?」
「大きな声で言うな。だから早くしろ。タマの一個も取れない奴が、魔王ヅラするなよな」
「タマ?」
俺の問いだ。特に冷却魔法をかけたつもりはない。まぁ空気は寒いな。小太郎は爆発しそうな顔をしているし?
「ジェットォォ。俺を殺す気か、心臓が止まるかと思ったぞ。あの顔は何だ? 今まで何を教えてきた。教育がなってねぇ!」
「知識だけだから。おーい、外皮を削ってボスを倒せ。なるべく魔力を消費させないようにしろ。核が弱ると品質が落ちる。傷つけないように抉り出すんだ」
「タマって魔王の核のことか。そもそもこんな洞窟に魔王がいるの?」
「洞窟って……。ジェットォォ。俺は我慢できん。悟りとか学びとか必要ねぇ。この弱小未経験者が! さっさと腹割ってタマ取れ。土産ができたらメインディッシュを呼べ」
「呼ぶ?」
小太郎の憤りの横でジェットの口が動いている。ラ・イ、そしてカ。ぞわぞわと笑みが出た。確かに二人が一緒なら怖くない。
魔力を思いきり解放するのは久しぶりだ。さすがに元最強勇者二人だから、魔力風で吹っ飛ぶことはないだろう。
暗い洞窟も眩しいくらいだ。よく見ると巨大すぎるサンドワームの腹の中だった。そして地下深くには、美味そうな魔王の核がある。
「UP」
なんて事はない。地中から光る球が飛んできて、俺の手中に収まった。だって俺の魔力の方が上だ。エギスガルドのダンジョン以来、ずっと魔力をため込んできた。少々地震が起きたが、苦しまずに逝ってくれただろうか。
サンドワームは死んだ。ここはやがて普通の洞窟になっていくのだろう。ただし次の相手はライカだ。本気でやりあったら、砂漠ごと無くなってしまう総力戦だ。
「準備できたよ」
採りたての核を小太郎に渡した。どうやら小太郎のマントは亜空間ボックスになっているらしい。主に酒蔵になっているが、そこから肉片の入っている酒瓶を渡された。
「10年も俺の倉庫穢しやがって。クッソ不味いから間違っても飲むなよ?」
「ライカの肉酒なんて飲まないよ。割ったらすぐ本人が来る?」
「魂が乗り移るのに時間は必要ないが、肉塊としては弱体化している。外気に触れて自然放置で壊死するのに一時間ほど見積もっておけ。まぁその間に本体が気付けば、空間魔法で登場するだろう」
「小さな肉片だ。増殖しても疑似体で留まるだろうが、早めに倒すこと」
「そうだよね! 小太郎ってば脅しすぎだよ」
「お前はビビりすぎ。トラウマってんじゃねぇの?」
すでに剣で何回も刺された気分だ。小太郎は容赦ないよな。
「無理なら強要はしないが、慣れるのに良い機会だと思う」
ジェットは優しい。
「いい加減大人になったんだ、昔のようには助けてやれねぇ。サポートはするが、あくまで自分で乗り越えろ。ライカに負けて狂人化したら、手加減できないからどっちも殺す。それでもいいか?」
俺が頷くとジェットが嗚咽した。
「昔の俺じゃない。大丈夫だよ。陽翔やベルがいるし。ライカをブッ倒して、勢いつけるよ」
「独り立ちしなければな。では卒業試験を始める」
剣を抜く。そして悪趣味な酒瓶を叩き割った。
人生の転機。それはどこに転がっているか分からない。だから躓いてしまうのだろう。




