表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
学生編<<< 卒業マジか >>>
84/246

(4)魔の森の思い出

 


 魔の森に入ると、モンスターがざわめきだした。奥地に行くほどハルトが使役しにくいモンスターが増えてくる。


 そういう時は笛を取り出し、何曲か弾く。襲ってくる獣も従順になり、魔力を使うよりも楽だ。出迎えた魔獣に乗ると、ハルトの肩や頭にもたくさんの小さいモンスターが乗った。

「便利だなぁ」


 ハーメルンの笛吹き男のようであるが、魔獣は道案内役だ。今から森のおさであり魔の森の代表、ブラクスと会う。


 ブラクスはここ数年でさらに強くなった。エギスガルドのダンジョンで魔王を倒したことを知ると、悔しかったのか、やたらと喧嘩を持ちかけてきて、戦争状態になることもしばしばあった。


 もうすぐここを去ることにも気付いているようで、次の王は俺だと言わんばかりだが、そうはさせない。この数年、俺と小太郎でリオールを鍛え上げてきた。虐待とか言われそうだが、マラ族の魔王の看板をこれからも背負ってもらいたいから、ブラクスに負けない程度になってほしい。


 ブラクスは真っ黒な魔獣で角が何本もあるし、尻尾はトゲがついてブンブン振り回す。パワー系だがしっかり魔法も使いこなす強者だ。


 森の巨木の空洞に生息するブラクスは獰猛だが、アイテムボックスからある品を出したせいで機嫌が良くなった。

「おお。酒樽じゃないか」


 ハルトは微笑む。

「一杯どうよ?」


「小さい頃はよく負けていたのに、そろそろ十年か。人の子は成長が早いな。あの時、殺しておけばよかったよ」


 モンスターも酔わせる酒だから、かなりアルコール度数が高い。少量付き合うことにしたが、途端にぐるぐると目が回った。

「何回も殺されそうになったから、いつのことだか分からないよ」


「結界にぶっ飛ばした時さ」


 ――あぁ、あの時か。あれは油断した。


「右足噛んでくれて助かったよ。俺は運が良いんだな」

 思い出話を肴に、酒を飲むのもこれが最後かもしれない。


 ※     ※    ※


 当時のブラクスは森の支配者で、ジェットからある程度の管理を任されていた。外部からの侵入者を排除したり、逃げようとする勇者見習いの邪魔をする。御多分に漏れず、俺もその一人だった。


 RBCに入って数年経った頃、魔の森の端の結界に触れたことがある。


 とても誘惑的だったのだ。

 結界の先は王都エルダールの裏道、生活道路だった。小さな店が並んでいて、花屋や雑貨屋、その隣は小さなホテルで一階がレストランになっている。客が出入りするたびに、店の中がチラチラと見えて、楽しそうに働いている。面倒くさそうに外を掃き掃除している店員すら輝いてみえて、心を奪われる。


 何回も来て、何時間も街の様子を眺めていた。この場所にいるだけで、街と同化して、街の空気になれる。そのうちひとつになって出られそうな感覚になる。


 柵は公園の柵程度で簡単に乗り越えられるし、小さな通用門もある。通っていいよと言わんばかりの状況だ。けれどオーロラ色の結界に触れると右手の紋章が警告して、気絶するほど酷く痛む。


 出たい、自由になりたい。その想いは強くなって、計画的になった。ライカとかアブソルティスとか、聖女とかどうでもよくなって、陽翔の忠告も耳に入らなくなった。


 ――右手を斬ってでも脱出する。


 今考えると恐ろしい。当時は最悪の場合、右手など義手で何とかなるぐらいの勢いで、正常な判断ができなかった。ジェットが不在になる日を決行日にして、夜中に抜け出して、魔の森を抜ける。


 モンスターを率いるブラクスと戦うことになった。

「またジェットの子供かよ、いい加減に外は諦めな!」


 俺は冷酷だった。利用できるものは何でも利用した。結界はモンスターを街の外に出さないための仕組みでもあるから、テイマーが飛び込めといえば、洗脳できる敵は悲鳴をあげながら、結界に飛び込んでいく。俺に歯向かってくるモンスターは触れることもできずに結界に当たって自死していった。


 眠らせるだけで良かったのに、何故か俺は苛立っていて、とても酷い奴になっていた。陽翔は必死に呼びかけてくる。それも雑音のように思えるし、交代などさせない。


 ブラクスの怒りは頂点に達していた。けれど俺は何度も右足でモンスターを蹴り、踏みつぶしていた。片足がモンスターの血でぐっしょりと濡れるけれど、それすら心地よく笑みが出る。


「――行かなきゃ」


 ――自由になれる。楽になれる。毎日が楽しそうだ。こんな場所にいたら、俺は腐ってしまう。みんな踏みつぶしてしまえ。親父が待ってる。


 陽翔が何度も叫んでいる。

 “親父のこと嫌いだったろ!”


 ――ごちゃごちゃとうるさいなぁ。黙ってろよ!


 ブラクスにも意地と誇りがある。絶対に魔の森から外へ勇者は出さないと激しく応戦する。蹴りに出した右足に噛みつき、結界に向かって放り投げた。


 雷が落ちたような強烈な衝撃だった。ハルトは絶叫し、右足を抱えたまましばらく動かなかった。ブラクスは怒りのままに噛み殺そうとした。


「ごめん。俺が弱いから……ごめん」

 泣きながら身を起こすと、牙を剥き出しにしたブラクスに触れ、回復魔法が伝わってくる。

「死んじゃった子はどうにもできないけど、無駄にしない。その分だけ俺が強くなるから許してくれ」


 ブラクスは言った。

「負け惜しみか」


 ハルトは流血する右足を見ながら微笑んだ。絶対的な契約アブソリュート・コネクトは完璧な状態でないと、絶対的な効力は出ないようだ。

「俺は運がいいな」


 身体が震えてうまく動かないが、少なくともライカと戦うよりブラクスの方が楽しい。


「負けは認めるよ。頼みがあるんだけど、どうせ殺すならこの右足から食ってくれないか? この紋章、くそ邪魔なんだ。死ぬ前にすっきりしたい」

どうせ無くなるなら、右手よりも右足の方がいい。


 ブラクスはそれも良いと思ったが、視線を感じた。


 街の裏通りは平和で、ガラス越しの動物の檻に似ている。今まさに少年が食われようとしているのに、結界を挟んで50センチ程度で、幼児が座っている。


「食うのはやめとけ。減衰させるぞ」

 月明かりに銀髪が光る幼児。緑の瞳は狂気じみていた。


 ブラクスが本能で唸ると、幼児が軽く手を翳した。グオオとの唸り声がグモモとなった。牙や歯がボロボロと抜け落ち、尾の棘が抜け、皮膚がたるんだ。


「!?」

「良い子にしたら元に戻してやる。そいつを殺さないって約束できるか? 弱い者虐めしやがって、そういうのはうんざりなんだよ」


 ブラクスが頷く。

「増殖!」

 声に反応して、ブラクスに牙や棘が生えてくる。前よりも硬質で鋭い。

「気にするな。道具はより良いものにしたい主義だ。用は済んだだろ。去れ」


 連れの護衛が遅れて現れ、幼児の背後で立っている。結界内は血まみれで凄惨な現場だ。

「なぁ、こいつ手当したほうが良いと思うんだけど……」


 護衛はあっさりと言い放つ。

「それは勇者の子です。放っておきましょう。さぁ坊ちゃま。参りましょう」


 幼児は去り際に呟いた。

「オレもこうなるとこだったか。危なかったな」


 ハルトはその声に飛び起きた。

「出して、出してよ!! 君も出られたなら、俺もここから出して!」


「頭悪いな。勇者になって出ろ。森の端まで来れるなら簡単だろ」


「アホか! なりたくないから出せつってんだよ! 死ぬまで戦わされて、一生コキ使われるなんでゴメンだ。俺は俺の人生を生きる!」


「天才に向かってアホと言いやがった。このドアホめ。もっと頭を使え。大人でも聖女でも使えるものは他にたくさんあるだろう。オレが役立つのはその後だ」

「その後?」


「小さい頭で考えて苦しめ。その意気を貫けたならご褒美をやる。自分の足で出て、ローデハイムを訪ねてくるが良い。良い装備を作ってやるぜ」


 ※    ※    ※


 ハルトはブラクス酒を交わし、話している間に、素敵なことを思いだした。

「今度の遠征の時、ローデハイムを訪ねてみようかな。あの時、良い装備作ってくれるって約束したんだ~♪」


 浮かれているハルトにブラクスはため息を漏らす。

「10年だぞ? 人の記憶力はそれほど良くないと思うぞ。しかも相手は幼児だぞ」


「憶えていようがいまいが関係ないよ。もしかして運命の出会いってこともあるじゃん?」


 ブラクスは笑う。そういうのは時効だろう。“言い掛かり”でクレームにしかならないようなことでも、希望を持っている。だからこそ諦めが悪く、この男は厄介だ。


「ここに来る機会は減るけど、魔の森は俺の領域だからな? リオールとあんまり喧嘩するなよ。遠くてもちゃんと聞こえてるからな?」


 酒がなくては言えない言葉もある。

「長い間、ありがとう。それと……あとは頼む」




 ほろ酔いで魔の森を抜けるとジェットが睨んでいた。

「酒くさいな。そんな状態で俺の指導に遅刻とは、大した余裕だな」


 ――やっべぇ! 完全に忘れてた!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ