強くなりたい
死力を尽くした結果、朦朧として、意識が戻ったのは三日後。
陽翔は鏡に魔力を込めて一翔を呼んでいた。
――兄さん、兄さん。もう、一翔! 起きてよ
“あぁ、陽翔。何? 夕メシ作る時間か?……ん?”
焦げた匂いに俺は敏感だ。ちょっと甘いものが焦げた臭いだ。
うすぼんやりとした明かりで分かるのは夜中のキッチンだということ。
――いい匂いしない? ほら! 兄さんお腹空いたと思って!
俺は思う。一つの身体で今の担当は陽翔だから、腹が空いているのは陽翔。でも気持ちは嬉しい。
――ほら、交代だよ!
暗闇でも分かる、焦げの効いたフレンチトーストであっても、陽翔の手作り。
「頑張ったな。ありがとう」
“じゃあごゆっくり。俺は疲れたから寝るよ”
陽翔が後退するように、気配が消えていく。ふわふわしていた意識が、肉体に戻ると、鉛のように身体が重い。
「――あぁ」
身体と魂の繋がりが深くなると、ひどい痛みだ。辛かっただろう。
――陽翔、ごめん。
三日経とうが、謝らないで先に進むことはできない。
“リリーを救った時、青白いオーラに包まれて、凄く気持ちよかったんだ。それで一翔の言ってた意味、やっと分かった。俺が全力で魔法を使うと、兄さんは俺の一部にみたいになるんだよ、きっと”
「え? それって……」
“お互いさまだってこと! ごめん、今まで気づかなかった”
「あ? ――あぁ」
俺は心底ホッとした。鏡の中の陽翔と微笑みをかわした。
俺は陽翔が無事なら、それでいい。
それにしても魔法の世界のことは分からないことが多すぎる。
強くなろう。勉強は陽翔に任せるとして。
ちょっと焦げすぎたフレンチトーストのように、多少うまくいかなくても心が通じ合うことのほうがとても素敵だ。これは陽翔の真心だから、どんな料理よりも価値がある。
「いただきます」
※ ※ ※
ディスカスとはすぐに和解した。俺が勝手にリリーを呼んだことが原因であるし、ディスカスは預かって早々に、全身ズタボロにしてしまったと責任を感じている。
だからディスカスの人の良さにつけこんでお願いをした。
「俺を鍛えてもらえませんか?」
「それはできないな」
ディスカスは何度も断ったが、俺もしつこく頼んだ。
諦めきれない。どうしても強くなりたい!
小太郎の友人であり信頼できるし、相当強そうだ。得意分野が戦闘用魔法だということも頼もしい。身近にいて強くなれるきっかけはコレしかない。
ディスカスは最終的に怒りを爆発させた。
「君の身体を心配しているんだよ! 成長途中の身体では膨大な魔力に耐えきれない。またこの前のようなことになったら命を失うぞ」
そんな脅しにも屈するものか。強くならなかったら、結局誰かが死ぬ。こうなれば自分の素性を明かして、必要性を訴えるしかない。
※ ※ ※
陽翔と相談し、悩んだ末にジータ国語で手紙を書き、小太郎が解呪した時だけ日本語に変換される魔法秘密文書を開発した。
「おお! さすが陽翔。こっちの世界にきても勉強欠かさないよなぁ」
“兄さんが寝てる間にね!”
「俺は睡眠学習だ」
“よく言うよ、俺が記憶したの利用しているだけだろ”
たくさん手紙を書いた。ディスカスに真実を話して良いのか相談するのが最初の目的であったが、なかなか返事が来ない。期待するだけ無駄かと思ったが、何通か出すとメモの切れ端のような返事がくる。
『心配か? 相談しろ』
多くて二十文字。まるで暗号だ。
心配か? →心配ごとがありすぎて手紙にしたのに、そんなに心配なのかよって疑問で返された。心配しすぎってことなのか?
相談しろ →誰に? 小太郎でいいのかな。メリダ? それともディスカスか?
でも返事が来ただけで嬉しい。これは宝物になった。
けれど手紙を出すと、まだ繋がっていると思うからやめられない。日々の報告をし、本音を書いた。次にキャラバン隊が近くを通る時は、必ず拾ってくれと依頼した。
キャラバン隊の状況も知りたかったのでメリダにも出す。状況を説明してくれたが、小太郎の気持ちは想像するしかない。ただ隊長であり父親として決断したのだから覆すのは難しいだろう。
その頃になり、やっと小太郎から手紙らしい手紙が来た。
『父親は俺だ。全て話してある。魔法習え』
俺たちは呆れた。
父親は俺だ。→親の権限を主張。またはディスカスに父親の座を取られそうだから主張した
全て話してある。→秘密主義もいい加減にしてほしい
魔法習え→自分が忙しくてムリだからディスカスに丸投げ
――何をいまさら! 早く言えよ!
手紙はもう一枚あった。
『宿屋なら学校にも行ける』
衝撃的だった。
陽翔が学校に行きたいのは言わなくても分かっている。だけど俺は……。浅利一翔にとって学校に行くことに意味は無い。




