勇者の素顔
クラウドは、その場に座り、ゆっくりと話を始めた。
「これは君たちへ送る最後の言葉になるだろう。勇者見習い全員へ伝えてくれ。
卒業前に外の世界を体験できる手段がひとつだけある。特殊訓練員制度といって、勇者などが保護と監視を前提に雇用する制度だ。
勇者不足を解消するために作られたが、神官が私腹を肥やす温床になっている。従僕としての力仕事や荷物運び、私利私欲のための討伐に駆り出される。
勇者として大切に扱われてきただけに、俺はショックだった。反発したら投獄と拷問だ。訓練員になった瞬間から、すでに手遅れだったのだ。外の世界を知った者は二度と自由になれない。
RBCに戻っても神官に監視され、傭兵として依頼をこなすしかない。無能な神官の使い勝手の良い道具にされるくらいなら、一日でも早く卒業すべきだと思うだろう。しかし外の世界を知るほど、俺は怯んだ」
クラウドは恥じた。召喚され勇者として生きると決めたのに、その誇りを捨てたのだ。クラウドの姿に英雄像を重ねていたキンタたちの反応を見ていると、ハルトは黙っていられない。
「RBCで何があろうとも、生き延びるほうが重要だ。死を目前にして回避するのは当然のことだ。キンタのように無謀に突っ込むのが一番危ない」
「俺を引き合いに出すな!」
ハルトの微笑みにつられ、笑い声が上がった。
「勇者の塔の帰り道には安全な階段がある。それはシェヘラザールの優しさだ。全力を出し切っても、いつか誰かが助けにきてくれるし避難場所にもなる。本物のダンジョンはそうはいかない」
ハルトはクラウドを促した。
「卒業しても生き残れるのはわずかだ。
何か月もダンジョンに滞在し、不満の巣窟だ。勇ましさの名の下に無謀な戦いを繰り広げ、弱い女は強姦され、弱い男は奴隷同然だ。使えないと判断されれば、丸裸で戦わされモンスターの餌にされる。
街の景色や太陽の光を浴びることもできずに死んでいく。何人もの勇者がそうやって殺されていくのに、神官は俺だけを生かすようにした。だから神官に逆らうなと言わんばかりに、脅迫するように見せつけるためだ。腐った王宮神官たちが勇者を育てる理由は、俺たちを利用するためだけだということを忘れるな」
キンタは唇を噛んだ。ジェシカは苛立って聞いた。
「どうしろっていうの? 訓練員にならなくても、卒業したら酷い環境に放り込まれるんでしょ。あんたでも怯むくらいなら、私たちではどうしようもないわよ」
「分からない。俺も方法を探っていた。とにかく特殊訓練員の話が来たら、何でも良いから言い訳をつけて、断るようにすることだ。俺のようになってはいけない」
カエデはハルトが勇者になりたくないと言った理由が理解できた。
「ハルトもそうなの?」
「俺は訓練員じゃないよ。そのための最劣だ。王宮騎士団がそういう場所なのは知っている。ほとんどの生徒が訓練員にされるのを断ることはできないだろう。そして卒業する日は必ず来る。焦りしかないが、ひたすら修行して強くなるしかない」
クラウドは頷いた。
「俺は使われるよりも、使う側の立場になれるよう努力した。神官に取り入り、卒業までの時間を最大限に引き延ばし、生き残れる道を模索していた」
「それが卒業できない理由?」
「幸いにも訓練員になる前からエストワールからキンタを育て、護衛することを頼まれていた。エストワールの名前を出せば、他の王宮神官は警戒して依頼を取り下げることが多かったから助かった。
そのせいで君を手放せなかった。護衛が要らないほど優秀になっても、俺と同等になるのは阻止した。怪我をさせたり、君とハルトを戦わせ貶めようとした行為も謝ろう。
キンタはこの四年間で、素晴らしく実力を伸ばした。俺は君ほどに努力した生徒を知らない。エストワールも君の実力を認めていた。チーム戦で優勝すれば、RBCに置く必要は無いと判断するだろうな」
クラウドは笑う。
「俺はこれまでだ。これ以上秘密を隠して生きる理由は無い。
マグワイアはアブソルティスだから咄嗟に斬った。だが王宮神官を斬ったことで、同時に罪を負った。あの瞬間だけは俺は勇者だった。
キンタを貶めるような計画には賛同できなかった。キンタのおかげで、この国を守る者として正義の剣を振るうことができた。感謝している」
キンタは拳を握りしめた。
「クラウドさん」
どうにかならないものかと、キンタはハルトを見た。今まで何度も奇跡のように策を出してきたのなら、解決方法があるのではないかと期待した。
優しいハルトならきっと残念に思っている。それを覆すようにハルトの瞳は冷酷で、わずかに魔力すら宿っている。
『真実を話せ』
ハルトの命令は絶対だが、それ以前にクラウドは潤んだ瞳で納得していた。
「あの日。森の入り口で二人の王宮神官に呼ばれた。ハルトとキンタで試合をさせろという命令が出た。賭け試合をするから八百長に手を貸せと言うんだ。神官のくせに腐った奴らで、マグワイアを魔の森まで連れて行った」
『もう一人の神官は誰だ?』
「顔を隠していた。普通ならばキンタが勝つに決まっている試合だ。そこをハルトの勝たせるつもりだという。
キンタが負ければ私はまだ見習い勇者として、ここに居ることができる。本当に自分が小さな人間だと思い知らされた。けれど実力があるキンタと最劣の男と戦わせるのは納得ができなかった。
それでも拒否権はなかった。打ち合わせをしていると、キンタとジュンタが近づいてきた。もう一人の神官が追い払いに行くと言ってその場を離れた。そこからが何か狂い始めた。
マグワイアは俺の態度が気に入らなかったのだろうが、俺も腹が立っていた。揉め合いになって、胸倉を掴むとアブソルティスの印が見えた。
敵だから、すぐさま斬れと教わってきた。その時に功名をあげることと、勇者の気概が剣を振らせた」
ハルトは問う。
「マグワイアが死んだのは試合の何日も前だな」
「そうだ。誰かが来る気配を感じて逃げたが、マグワイアの死体は発見されなかった。もう一人の神官が魔の森の遠い場所に捨てたと言っていた。マグワイアが賭け金を持ち逃げして消えたようにみせるためだ。
試合が終わってすぐにエストワールが犯人を探し始めた。その時、俺は勇者ではなく罪人になるのだと思い知らされた。私は勇者として断罪しただけなのに、アブソルティスが内部に居る事実を隠蔽された。
あまりに理不尽だ。私はただ、この腐った輪廻から抜け出したかった。嘘をついて騙し続ける神官、アブソルティスであるマグワイア、この召喚された者だけが被害を受けてしまうこのシステムを許すことができないまま、今こうしている」
ハルトを見てクラウドは微笑む。
「もう戦えないな……君は本当に強かったよ」
ハルトは花形のブローチに向かって話かける。
「エストワール、全部きこえたか? 判断は君に任す」
そしてブローチを握りしめて粉々に壊した。
「ごめんね。俺がエストワールの支配から抜け出すためには名乗り出てもらわなくちゃいけないんだ。君の処遇は俺にはどうにもできないけれど、キンタが何とかしてくれる」
キンタは俯いたので、ハルトは強く言った。
「お前にしかできないだろ! 勇気だせ!」
キンタは頷き、クラウドの手を取った。
「長い間お世話になりました。貴方は恩人です。できる限りのことはさせてください」
しばらくして、神官と屈強な騎士たちが現れた。クラウドは立ち上がり、ハルトが淹れたコーヒーを飲み干し、満足そうに笑う。
「勇者はコーヒーを好むと聞いたが、俺も好きになったよ」
ハルトは頷く。
「この苦さと香りは、苦労を越えた者にしか分からない味だと思います」
「では、そろそろ行くよ。みんなの無事を祈るよ」
クラウドは微笑みながら、堂々と塔と学校から去っていった。




