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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
8 遺跡
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呪いの仮面

 ハルトは完全に塔から分離切断された。

 勇者の塔の全体を精神的に支配していたのに、その接続が途切れて、どこか違う場所に来た。改めてチームや生徒たちの気配を探してみると、はるかに遠い。


 ――もう少しで会えるとこだったのに。まただよ……シェラは何を考えているんだ? いつも理解不能だけれど、もしかして……会いたくない?


 シェラならばそういう事情で空間魔法を使いそうだ。彼女の気持ちを汲めば、確かに初対面で緊張するのは分かる。俺だって恥ずかしさでいっぱいだ。


 でも遠ざけるほどのことか? もしかして陽翔じゃないから……俺だから嫌われたとか!?


 ハルトは邪念を消したくて頭を振る。シェヘラザールは陽翔のものだけど、そういうところは平等だ。今では家族のような付き合いではないか。


 今までもたくさん心配してくれた。俺が陽翔と直接会話できないので、陽翔の状況を伝え。何か言いたいことはないかと話しかけてくれる。それは魂の繋がりが深い陽翔のためだが、俺自身も安心できる。


 おまけついでに俺にまで叱咤激励し、いつも興奮状態にある。そこが面白く可愛さでもある。


「――う」

 ハルトは目を瞑って、苦しくなる胸を抑えた。

 魂が共鳴する。こうして時々悩まされるが、こんなものは一時的で、精神的な病だ。落ち着いて、冷静になればやがて消える。


 ――バカだな、俺は。

 自虐的に笑って、ゆるゆると心と体調を整えていく。


 今はそれどころではない。頭を冷やせ。塔がどうなっているか考えろ。今頃塔の中は大混乱だぞ。


 指示系統を失った支配モンスターは混乱し、魔の森から来たモンスターたちは勢いを増している。このままではシェヘラザールに危険が及ぶかもしれない。


 ――早く戻らなきゃ。


 その時勇者の紋章がジワリと熱くなった。

 “一翔! どこなの!? 助けて”


「!」

 ハルトは強く拳を握る。まさか自分で移動させておいて“どこなの?”は無い。


 ーーごめん。もうすぐ会えるところだったのに、誰かの罠みたいだ。ここがどこかも分からないよ。


 “確かにちょっと遠くなったわね。でも結界内よ。アタシは扉が開かなくて困ってるの。扉のパスワード思いだせなくて”


 ――パスワードなんてあった? 無いと思う。


 “あったわよ。あったはず! 塔を作ったのはアタシだもの。絶対に作ったはずよ。まぁいいわ。もうちょっと考えてみる”


 ――気を付けて。魔の森のモンスターがそっちに向かっているから


 “あぶなくなったら、避難できるから大丈夫!!”


 ――すぐ会おう!


 ハルトは突っ伏して、しばらく胸を抑えた。

「――くそ。集中しろよ」

 ひらすら落ち込んだ。こんなことだからいつまでたっても陽翔に逢えない。



 シェヘラザールでないなら、誰が空間魔法を使ったのか。

 イヴやアリーという聖女に関しては何もしらない。それにあの青い髪の聖女も……。


 ――会いたいなぁ、俺だけの聖女、どこにいるんだよ。マジで運がないよな、どこまで飛ばされたんだよ



 ※    ※    ※


 ツンと鼻をつくカビの臭いや、蜘蛛の巣。人工的な石の床は埃だらけで人の通りは少ない。あまり暗くて、周囲しか見えない。


 ちょっとムキになって手に魔力を込めれば青白く光り、懐中電灯のように使えるけれど、無駄遣いの典型のようで、気分的に許せない。魔法使いなら、ここで杖を出して、“光を現ぜよ!”とか呪文を唱えたりするのだろう。


 でも、俺はそういうのはできない。実は魔法が苦手だ。

 それにジェットに視覚に頼るなときつく言われている。魔力や空気の繊細な流れや小さな音に集中するのに、ちょっと暗い方がやりやすい。


 何かヘンだ。視覚では分からない何か妙な感じがする。

 そして気分がどんどん落ち込んでいく。何もしていないのに酷く身体が重い。


「?」

 のろのろと床を這った。健康体なのに、気持ちが死に際だ。人生ここで終わるはずがないのに、何が悲しいんだ? 移動したことが悲しいなんておかしい。笑え、笑って乗り越えろ。


 ――いや、笑いごとじゃない


 たくさんの人が幽霊のように現れ、囲まれた。

 人の気配をまったく感じなかったのは自分がおかしくなっているから?


 いつの間にか周囲は真っ暗で、夜のようだ。ほのかな光は消え入りそうな松明の灯だ。


 これは幻だ。囲んでいる人々の恰好がダサくて古すぎる。王宮騎士たちのようだが、教科書に載っているような装備だ。


 どいつも這いつくばる俺を見下していて、非常に気分が悪い。本来の自分なら笑ってごまかすところだが、今日は腹の底から怒りが湧いてくる。


 何かおかしいぞ。

 いつもの俺じゃないよな?


 周囲をよく見ると、破壊された祭りの跡だ。松明たいまつが倒れ、何人かに剣や矢が突き刺さり、おそらく死んでいる。そして俺と同じマラの仮面をつけていた。


 俺は涙が溢れた。理由は後から分かった。


 ――仲間が


 ここでやっと、完全に誰かとシンクロしていると理解した。そして司書長から聞いた話と今の状況が合致したことで納得した。これはマラの仮面が見せている呪いの記憶で、俺の身体はノリノリで誰かの代役になっている。


 ということは! この後、恐ろしい結末が待っている。


 ――殺されるんだ!


 見えているのが幻でも、恐怖と怒りが暴走し、口が勝手に動いた。


『この恨み、我が一族すべてが息絶えたとしても消えぬぞ。子々孫々まで呪ってやろう。そして青白く輝く星より降臨せし勇者が、必ず貴様らを断罪するだろう』


 兵士たちが迫ってきた。

 そして一人の騎士が近くに寄ってくる。


 血に濡れた剣で顎を持ちあげられて、視線が合った。白い鎧は汚れもせず眩しいほどだ。黄金の蔓の紋様はかなりの高位上官だろう。勇ましい兜の男には気品があった。

 色白で、黄金色の髪が美しい。見据える瞳は赤ワイン色で、誰かを彷彿させる。


 男の剣が振り上げられ、ハルトはドキリとした。


『エギスガルドよ。呪いたければ呪うが良い。貴様のような勇者でさえ、我等の手にかかればこのありさま。貴様が遣わす勇者など我が下僕としてやるわ!』


『この恨み、死んでも続くと思え』


 ――いやいや、俺はそんなことひとつも思ってないし! 幻のくせに、勝手に人の口使って、なんで死亡時間早めてんだ!


 焦る。死の瞬間まで付き合う必要はない。仮面を外さないと!


 剣が閃いたが、思った以上に身体が動かなかった。とても間に合いそうにない。

「――!」


 ドスッ!

 リアルに背中に衝撃が来た。


 ――死んだ?


 いや、死ぬほどではないが重い。背中にマラバルが乗った衝撃で、ハルトの仮面が落ち、呪いと魔力が消えた。呪いの仮面がただの木彫りの面になった。


 正体を知られるわけにはいかない。慌てて仮面をつけ直し、マラバルを振り落とす。


 今回も殺気が無かった。心の奥底に封じ込めることができるものだから期待してはいけない。でも、それは小さな希望でもある。まだ和解に持ち込める要素が残っている気がする。

「いくらでも殺す隙はあっただろ」


「俺に言わせればいつも隙だらけ。だが殺意の無い者を殺すほど非道ではないことは認めよう」

 その言葉に嘘は無かった。毒針で足を刺した時も、即死するような毒は使わなかったし、剣で肩を刺した時も、心臓や首を狙うこともできたのだ。


「しかしこれ以上邪魔をするなら殺すぞ。肩の傷は警告だ。キンタに付きまとうな。あいつには護衛する価値など無いのだぞ。あいつの親は」


『言うな!』

 ハルトは怒りと魔力が洩れた。

「四年も一緒にいたんだぞ。何かあるのは分かっている。でも、そういうことはキンタから直接聞きたいんだ」


「友達だからか?」

 仮面の中が暑くなるほどハルトは紅潮した。

「キンタは俺にない大切なものをたくさん持っている。別に護衛って訳じゃないけど……守るべき価値はある子だ!」


「子?」

 マラバルは笑った。どう見てもキンタの方が体格も良いし、外見は年上だ。

「キンタは俺のものだから手を出すな。一瞬で、この前のよう支配することもできるんだぞ」


「それはできないだろうな。君は優しい」

 マラバルが仮面を外していく。キンタを誘拐した時から、今まで戦ってきたのが誰なのか、もう想像がついている。

「なぁ、ハルト。俺の話も聞いてくれ」

 そこにある笑みはハルトにとって見慣れたものだった。


 背が高くて鍛えた体格の神官は珍しい。しかも魔力持ちだと知っていた。何となく疑っていたが、追求しなかった。理由は単純だ。ジェットがハルトに理想の息子を描いているように、理想の神官が実在してほしかった。


「リオール」

 ハルトの切ない声が遺跡に響いていった。


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