勇者の塔 中層
5人対6人。中層に入って、モンスターと戦うよりもチームで戦うことが増えた。なのにハルトはモンスターとは戦っても、チーム戦では手助けをしてくれない。
「セット!」
慈恩もそれなりに参加しているのに、ハルトはまだ実力を隠したいようだ。大荷物を背もたれにして目を瞑っている。
「昼寝だなんて。ふざけるのもいい加減にしろよな」
キンタは怒りモードで、メラメラと気合と魔力が増幅している。
確かにランチは美味かった。ハンモックで揺られると少しの休憩でものすごくリラックスできた。ハルトはその間働いていたから休む権利があると主張したが、完全に爆睡している。
――こっちは苦戦しているのに!
剣を振りながら、キンタは激怒した。
「手伝えよ!」
本当は聞く暇がないのである。魔力を感知するのに忙しい。
体内のマナの流れを転換して、自分から発するのではなく、外気に漂うマナを利用する。魔王級の証明になってしまうが、塔全体を感知するくらいの微量なら、諸外国の魔王が動くことはないだろう。
ジェネシスは上層に到達寸前だ。中層まで一気にショートカットしたが、ジェネシスの快進撃は予想を超えていた。同時にシェヘラザールを探している。
“シェラ、どこにいる? 返事してくれ”
このところ、念話しようとしても返事がない。シェヘラザールは逃走中の立場だから警戒しているとしても、陽翔は大丈夫なのか。
魔力探知はいつもよりも争いごとが多いせいで、うまくいかない。あちらこちらで戦っているから、動きが派手だ。これでは細かい部分を見落としてしまいそうだ。
システム異常を引き起こしたのが生徒なら、今日のチーム戦を逃すはずがない。
気配を探り、細部まで見落とさないようにする。すると下層のモンスターの魔力がいつもより強い。
――そこはみんな通過したはずなのに?
イメージだけでなくて、モンスターの種別や行動パターンを把握する。そしてハルトは勢いよく起き上がった。
――なんで魔の森のモンスターが塔の中にいる!
見習いには危険であるし、数が多すぎる。何かに誘われるようにモンスターは上をめざしているが、止められない。ハルトが遠方から操るよりも強力な何かが働いている。しかもどうして魔の森のモンスターが、突然に現れたか。
――空間魔法しかない。でも、どうして? シェラはやってないよな!?
その時、悲鳴が上がり、チームの体勢が一気に崩れた。
『Air blow』
ハルトが腕を振ると、勢いよく風が吹いて敵が飛ばされて消えた。
「タツミ!」
ハルトは駆け寄る。背中の傷が酷い。回復薬があるので命は無事だが、これ以上戦うのは無理だ。
「失敗した。魔力が尽きかけたのに、回復薬落としちゃったぜ」
――なんで背中なんだ? 後方に敵がいたのか?
こういうことも予測のうちだけれど、やはり嫌だ。
「お疲れ」
「あとは頼んだぜ!」
ハルトはタツミを慈恩に任せた。
「ジェシカ、タンク、カエデ、キンタ。ジェネシスを追い越すぞ」
「慈恩は?」
「四人が全力で走って戦うと、慈恩は追いつけないから、タツミの世話をしてもらいたい。護衛のモンスターに守らせるから待機してくれ。ついでに荷物は置いていく」
荷物は命を繋ぐ大事なものだ。これから敵はどんどん強くなり、装備と道具がなければ絶対に勝てない。
「俺たちに荷物なしで三日過ごせと?」
「今日で終わらせる」
誰もが予想外で、冗談としか思えない。
「障害物がなければ、あと三時間ぐらい走れるだろう――モネ!」
リスのようなモンスターが走り寄ってきた。
「俺の代わりに一番でゴールしろ。キンタの指示に従え」
モネは瞬時に本物のハルトと見分けがつかなくなった。ハルトは木彫りのマラの仮面をつける。緊張感ゼロの笑える顔にキンタは笑う。
「まぁいいよ、それで戦ってくれるんだろ?」
「進路は開けておく。俺は用事があるから先に行く。勝手に優勝しろ」
厳しめなハルトの声にキンタはゾクゾクした。
「どこに行くつもりだよ」
「塔の中にいるつもりだが、どうなるか分からない。とにかく後は任せる」
ハルトはキンタの両手を取った。
「今までごめんな、キンタ」
「は? 何で謝ってんだよ。気持ち悪いぞ」
ハルトはしばらく言葉が無かった。
「絶対優勝する。今度はちゃんと勇者になれるよ。みんなのこと頼んだ」
「おう」
ハルトはすぐに暗闇に消えた。カエデは心配そうにその先を見ている。
「ハルト、変」
キンタは頷く。
※ ※ ※
青白い光が塔全体を包み始めたのはそれから間もなくだ。
それは神秘的な光景だった。
薄暗い勇者の塔に、青白い光が蛍のように舞っている。戦いに疲れた人々は見惚れ、そして夢心地になった。
「これはいったい何なんだ?」
誰もが初めてみる現象である。
導くような光のとおりに進めば問題ないが、光の反対方向へ行くと、見たこともないモンスターに出くわしてしまう。自然に他のチームと同じ方向になるが、競り合っている場合ではなかった。大量の強いモンスターが後方から迫ってきていて、戦っても一撃で重傷者が出る緊急事態だ。
「これって魔の森にいるヤツだ! なんでこんなところにいるんだよ!」
「奴ら下からきた! 上に進むんだ!」
挟み撃ちになるところだが、不思議にも塔のモンスターは大人しかった。魔の森のモンスターに怯えているか、テリトリーを荒らされて抗うかのどちらかでラッキーな状況にある。
「モンスターに構うな! 上にいけ!」
特にキンタたちは特別ルートの待遇だった。マラソンの警備員のように、モンスターが進路の両サイドに並んで見守っている。丁寧に他のチームの足止めまでして、ごぼう抜き状態だ。
先頭を走る偽ハルトのモネは嬉しそうに案内をしてくれている。
「カエデ、魔の森と同じだな」
「そうね。だから言ったでしょう?」
ジェシカは面白くない。
「全部プーの魔法なの?」
「テイマーはあまりいないから、よく分からないが、魔法というよりスキルだろうな。たいていは何匹かモンスターを飼っているだけだぞ」
「まぁ、普通じゃないとは思っていたけど。実力があったなら、さっさと勇者になっちゃえば楽じゃん。学校でうだうだしているなんて変人なのよ」
「きっと塔の魔物全部があいつの味方なんだろうな」
キンタの悔しそうな顔をジェシカは笑う。
「それでもライバルなんでしょ? だってハルトにできないことができるんだもの。だから私たちは勝って、勇者になってあげるのよ」
キンタは燃えがった。
「クソが。負けるかぁ! みんな、スピードアップだ。俺はジェネシスをぶっ倒して見返してやる!」




