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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
7 勇者の塔
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エストワールの依頼

 ハルトはエストワールから呼び出しを受けた。執務室の扉を叩くのは初めてで、呼び出しを受ける理由が思い浮かばない。

「見習い候補生ハルトです。入ります」


 入ってすぐ、冷酷な瞳で見据えられる。なるべく視線が合わないようにしているのに、全身をスキャンされている気分だ。緊張しながら挨拶し、入り口付近で立ち尽くす。


 エストワールは大きい机で執務している。書類と書籍の山を見ると、宿屋で事務職をしていた陽翔を思い出す。これが結構面倒だという。ただサインすれば良いわけではなく、いろいろと多方面に気を遣い、連絡を取ってやりくりする作業らしい。


 複雑な作業を爽やかな美貌でこなしていく。女子生徒ならば、ずっと眺めていても苦はないだろうが、綺麗な顔の裏に何が潜んでいるのかと思うと油断できない。


「そんなに遠くでは話もできませんよ」

 生徒会長ならまだしも最劣勇者。豪奢なソファーで長居は無用だから用件は短く立ったまま済ませたい。

「そこに座りなさい。あと少しで終わりますから」

 エストワールが立ち上がった時、魔法でカーテンが降りた。部屋が結界で包まれて、空間が遮断されたのを感じる。


「ほう?」

 エストワールは細く笑う。

「君は才能豊かですね。魔法を少しでも使えばすぐに反応する。けれどそれを顔に出すのはよろしくない。純粋といえば聞こえが良いが、嘘が下手なのは致命傷です」


ハルトは苦笑いすると、エストワールは言った。

「クラム・ヴァンハルト」


ハルトは目を丸くした。いきなりそんな呼び方して。心臓が飛び出るではないか!


「ほら、また顔にでています。練習あるのみですよ」

 エストワールが正面に座るだけで、視線が合わなくても、存在価値を値踏みされているのを感じる。


「最初に君が気にしていたソウルブレイカーの件です」


 出された長箱の中で、しっとりとした布の上に剣が光っている。


 ドキリとした。とても触れる気になれない。

「回収して調べたところ、反射呪文がかけられていました」


「反射?」

 それでは剣を振るったキンタが被害を受ける。アブソルティスの狙いがキンタだというのは納得がいかない。


「取り越し苦労で損をしましたね。君の実力はみせてもらいました。これからは十分に利用させてもらいますよ」

「でもアブソルティスであることには変わりませんよね」


 エストワールは意味深い笑みを浮かべた。

「偽装ということもある。マグワイアの価値を貶めるために、アブソルティスの紋章を刻んだ、そういう可能性も捨てきれない」


 ハルトは半信半疑だが、エストワールは安心して良いと言った。

「キンタには護衛をつけていますが、友人として守ってください。期待していますよ」

「分かりました」


「その後、学園と生活は順調ですか?」

「おかげさまで何とかやっています」


「君は器用ですし、平和な生活を望んでいるようですね」

「はい。そのとおりです」


「穏やかに過ごす分には、あまり心配をしていません。ですが何か気になる情報があれば、すぐに連絡するように。マグワイアが死んだことには変わりないのですから」


「分かりました。内偵は続けていきます。報告は定期的に入れますが、モンスターを放つことはご容赦ください。その上でも私の素性に関しては内密にお願いします」


 エストワールが笑い出した意味が分からない。

「?」

「それでは十歳ではありません。上司と部下ではあるまいし。おぼつかない程度でバカなフリをしておけば良いのです」


 ハルトは頬が熱くなってきた。また、やらかした。

「以後、気をつけます。ダメですね、緊張してしまって!」


 ジェットの言う通りだと、エストワールは感心する。

 フォレストパレスを壊すほどの潜在能力があるなら、もう少し自信過剰でもおかしくない。緊張するということは、どんな相手でも決して油断しない慎重さからか、それとも素直なのか。


「君と逆の人間を知っていますよ。普段は子供っぽくドジばかりで、やることなすことメチャクチャなのですが、実はとても頭が良い」

「?」

「君も知っている人の話をしています。心当たりがないのですか?」


「ありません」

「そうですか。私は君も、あの人も根本的には一緒だと思うのです。ただ、表現方法が少し違うだけでね。まだ分からない? シェヘラザールのことですよ」


「すみません。そういうことを考えたことがありません」

「本当に? よく考えるはずの少年が、身体に痕跡を残すほど身近な人物について考えたことがないと?」


「俺は一回も顔を見たことがありません。契約したのは赤ん坊の時です。教科書などで外見は存じておりますが、天上の人です」


「そうなのですか。エルダール郊外の山奥で、私が君を初めて見た時、近くにシェヘラザールもいたのですよ」


「気を失っていたもので……見たかったな」

エストワールはハルトが正直に答えていると分かり、思考を巡らした。


「もしかして、あの青い髪の聖女と、連絡を取りあっているとか?」

「いいえ。あれから一度も連絡がありません。名前……ご存知でしょうか」


 エストワールは吹き出して笑った。ハルトは何がおかしいのか分からない。

「私もあの時しか会っていません。あの時に勇者として契約が有効になった、そう解釈して良いですね?」


「朦朧としていたので、そういうことなのでしょうか。たまたま救ってくれただけでは?」

「隠さなくても良いではありませんか? そう簡単に卒業のカードを使ったりしませんよ?」


「俺は正直に話していますし、あの時のことは本当に理解できません。それと、ここにいたいです」


「瀕死だった君が劇的に回復した。聖女の加護としか考えられません。これだけで本当は卒業させることもできます」

「――え!」


「ただ君は5歳で、あまりにも幼くみえました」

「ありがとうございます」


「才能があると認識したのは、二番目の父親がディリクティス・ルーカス・ロマーレという偉大なる魔法使いであり、勇者小太郎が育てていたと知った時です。その時から、最劣の可能性は低いと疑っておりましたよ」

「そんな前から?」


「君がRBCに入学することになり、ジェットが三番目の父親になった時、四番目は私にしてくれと言ってみたことがあります」

「――ええ!?」


「私は貴族ですし、子供が何人いようと、生涯にわたって裕福な暮らしと身分が保障されます。ジェットは孤児で親を知らないままこちらへ召喚されてきたものですから、あるべき父親の姿など欠片も分からないのです。

 連れ子で、学校内のログハウスに住む生活では、彼も結婚が難しくなるばかりでしょう。断る理由はひとつもありません」


「知りませんでした。ジェットがそこまで……」


「まぁ私は冗談を含めて言ってみたのですがね」

「冗談??」


「感謝なさい。彼が本気だったから、冗談にしかできなかったのです」

「!」


「彼は怒りましたよ。絶対に君が成人しても、老人になるまで生き延びると誓ったそうです。子供には満たされた生活を与える方が幸せになるだろうと説得しましたが、四番目は無いそうです」

「――あ、はい!」


「はい、ではありませんよ? 私からすれば、二人ともハズレくじを引いて喜んでいるようにしか見えません。キャラバン隊にいたのなら、君はこの世界の勇者が卒業した後、どういう扱いを受けるか知っていますよね。ここに置いておける間は良いが、いつまた招集されるか分からないのですよ?」


 ハルトは俯いた。

「小太郎もですか?」

「そうです。でも残念ながら彼は常に行方不明で生死不明です。ジェットをここに置いておきたいなら今からでも私の息子になりませんか。君の力は魅力的だ」


「無理です。ジェットはそういうの許しません」


「即決ですか。まぁ、冗談ですのでいいですけど」

「え!?」


「君のようなトラブルの巣窟のような息子は本気で要りませんよ」

「――そ、そうですか」


 それでもエストワールの視線が温かくて、ハルトは俯いた。冗談、冗談といいながら、誘ってくれるだけ有難いものだ。


「それで三人の強い男と、シェヘラザールから愛される君は、いったい何なのでしょうか。他にも隠し事がありそうですね」


「自分の存在価値を一言で、即座にコメントできません」


「エルダール郊外での出逢いは偶然ではありません。シェヘラザールは君の存在を気にかけていて、数日前から脱出計画を立てていました」


 ハルトは言葉に詰まる。エストワールは楽しそうだ。

「計画? 俺は何もしりません」


「私はいろいろ知っていますよ。君が生まれた年に、小太郎は突然退職しました。その時、赤ん坊を連れてここを去ったという話があります。召喚者の書類には殺処分されたとなっていますが、目撃者が多くいます。

 君は生きて、世界の真実を知ってしまった。本当ならそれだけで殺すに値します」


「小さい頃の事ですから、記憶にありません」

 ハルトは自分に言い聞かせる。赤ん坊で転生したのだから、前世の記憶は無いことになっているはず。5歳の少年の記憶力などほんの少しのはずだ。


 エストワールから引き出しから一冊の本を出す。

「それに面白いものを手に入れたんですよ」


 司書長に渡したカール・ヴァンハルトの新刊だ。ハルトの顔が見る間に蒼白になった。

「正体不明ということになっているが、姓が同じですね」


 エストワールは笑う。

「もう一言だって喋りたくない、そう顔に書いてありますよ」

「――!」


「あまり虐めても可哀想ですから。君の動向はここを卒業するまでしっかり見ておくだけにしましょう」

 灸をすえるだけかとホッとした時、エストワールは言った。

「ただし、今回の依頼を達成したらの話です」


「俺の最劣の看板は守ってくれます? けっこう気に入っているんですけど」

「実力や成績は関係ないのです。あの方が気に入られた人物であるか、その一点に絞られます」

「あの方といいますと?」


「シェヘラザールがまた脱走しました」

「……。また?」


「今回逃げた先は勇者の塔です。君はシェヘラザールのお気に入りでしょう、連れて戻してください」

 ハルトはときめいた。


 何だ、これはご褒美か!?


「最上階のシステムに不具合が生じていましたから、修理にでも行ったのでしょう。誰よりも生徒たちのことを思う聖女ですが、有能でも無謀すぎます。そういう時は身内を頼って欲しいものです」


「勇者の塔にいるんですね!」

ハルトは興奮して、念押しした。

そんな近くにいたなら、すぐにでも会いに行きたい。


「しかしその途中で問題が起きてしまいました」

 二人は同時にため息を漏らした。


 シェヘラザールの実力は塔のモンスターよりも上なので、それほど危険はないだろう。それでもすぐに帰ってこない原因は容易に想像がつく。これまで重ねてきた念話のなかで、何度も危なっかしいと思っていた。

「迷子ですね」


 エストワールは渋々頷いた。

「現在は私が保護していることになっています。その間に彼女を救出してください。このままでは本当に地下に幽閉されてしまいます」


「行きます。行かせてください」


 ハルトの前に置かれた資料は今度のチーム戦についてだ。

「もうすぐチーム戦が始まります。多くの人間が出入りするのに乗じて、彼女を見つけてください。これは私との連絡用です。逐次報告するように」


 宝珠付きの花のブローチをハルトは受け取るとエストワールが笑った。

「浮かれすぎでは?」

「え?」


なぜチーム戦に乗じて救出をするのかという問いが無かった。魔の森であれほどの実力を見せたのだから、今すぐ塔に行ってシェヘラザールを救うことは簡単だ。それでもチーム戦まで待つ理由はひとつ。


「最上階のシステム異常の原因と今回の件に何か関係があるということですね」

「空間魔法の使い手でなければ、システム異常の原因を作るのは難しいでしょう。彼が何か行動を起こすなら人のいない時にやるか、人にまぎれて何か企んでいるのどちらかです」


「それは面白いですね」

「最劣の仮面はどうしたのですか。ジェットに言われたでしょう。怪我だけはしてはなりませんよ」


ハルトは苦笑した。

「いろいろ忙しくなりそうですね。チームも優勝させたいですし、シェヘラザールにも会える。楽しみです」


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