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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
6 転機
43/246

ターニングポイント

ふわふわの枕が床に落ちていた。くしゃくしゃになったシーツと布団の中から頭を出すと、太陽が眩しい。すっかり日が昇っている!


「――あれ? 今何時!?」

 ハルトは飛び起きた。爆発したような寝ぐせに焦りながら、風呂場に駆け込む。


 ジェットが物音に気付いて部屋から出てきた。

「やっと起きたか」


 悲鳴のようにハルトが風呂場から叫ぶ。

「何で起こしてくれなかったんだよ!」

「あまり寝ているから、可愛くてな」


「はぁ!? もう授業始まってるじゃん!!」

 タオル一枚、濡れた身体で出てきて、夢中になって下着を探している。


「今日は休みだと言ってなかったか?」


「……。そうだった。疲れてんのかな、なんかダルイ」

 自己嫌悪に陥り、もそもそと下着を穿く。


「最近、詰め込みすぎだろう。昨日は何時に帰ってきたんだ? まだ身体は子供なんだから、しっかり寝ないと身長伸びないぞ」


 ハルトはあからさまに悩んだ。

「昨日は魔の森の端まで行ってきて、ブラクスと話し込んじゃった。遺跡のこと、結構詳しいから真夜中過ぎちゃって、それから遺跡に寄って帰ってきたら……朝だった」


「毎日遅くまでチームのことをやって、そのあと遺跡の攻略は危険だろう。疲れている時に万が一のことがあったら帰れなくなるぞ。少し控えなさい」


「分かってるって! そうそうブラクスからお土産にモンスター酒もらってきた。これがなかなか……」

 ハルトはうっとりしながら酒瓶を渡す。ジェットには秘密だが、フルーツの芳醇な香りで、アルコール度数は強いけれど、肉料理と一緒だと最高に美味い。


「まさか飲んでないだろうな?」

 ハルトは焦りまくる。

「やばい! キンタと約束して、もうすぐ来るんだった!」


「最近のお前は身勝手すぎる。キンタならもう来ているぞ」

 ハルトが起きるのがあまりに遅いので、部屋で技術指導をしていたところだ。キンタはハルトの素っ裸に呆れている。

「何してんだよ」


「え!? ちょっ、ちょっとやだ! 着替えるからあっちいってろ!!」

 ハルトは隠すところがいっぱいで大変だ。素っ裸を見られるのも嫌だが、足首など見られたら厄介なことになる。


「すごい傷だらけじゃん。背中のひっかき傷、まだ血が出てるぞ」

 ハルトは蒼白な顔をした。心配性のジェットのために、見えないように隠していたのにモロバレだ。


 ――キンタの馬鹿野郎!


 恐る恐るジェットを見ると、鬼神になっていた。

「怪我だと? 育て方を間違ったようだな。小太郎に合わす顔がない! ――しばらくは夜間外出禁止だ。わかったな?」


 ハルトは平伏する。

「ごめん! ごめんなさい! それだけは勘弁してよ!

 夜も遅かったからシェラに連絡するのは可哀想だと思って……こんな小さな傷、そのうち塞がるよ」


 ジェットはさらに憤怒の表情になった。

「魔の森のモンスター甘く見るな! 出血が止まらないのは壊死しているからだ。小さな傷でも心臓に回って死ぬこともあるんだぞ」


「そんな! まさか冗談でしょ?」

 ハルトの微笑みが凍りついた。


「魔の森ではむしろ小さいものに注意しろ。虫や菌、ウイルスだ! この前も毒で気絶したと聞いたぞ。同じ間違いを繰り返すな! 自分だけの身体じゃないんだ。陽翔のことも考えてやれ」


 ハルトは悲鳴のような声をあげた。

「ジェットぉ! キンタがいるのに!」

「だからどうした。命に代えられるものなんて無い」


 ジェットは引き出しから小型ナイフを取り出した。

「背中では、手は届かないだろう。回復できないなら、壊死した部分をえぐり取るしかない。そこに寝ろ」


 ハルトは首を振る。

「痛いのは嫌だ!」

「何子供みたいなこと言っている。自業自得だ。傷をほじくるぐらい我慢しろ」


 ハルトはキンタを見た。キンタがいなければシェラに頼み込んで治してもらえるのに、ここにいるから、そういう言い訳すらできない。

「他の方法があるから」

「逃げる気か……。プーでもそんな顔するんだな。何だよ、人に殴られたり斬られたことぐらいあるだろ、少しぐらい我慢しろ」


 ジェットがハルトをうつ伏せに抑えつける。触れただけで肌が熱い。

「発熱しているじゃないか。早急に処置が必要だ。キンタ、手伝ってくれ。暴れると強いから俺が押さえておく。その間に患部を斬るんだ」

「俺がやるんですか?」


「ならば反抗されて、自分が吹っ飛ぶ方がいいか?」

「分かりました。やりますよ」

 キンタがナイフを手に取った。


 傷口をみると紫色になっている部分が広範囲だ。毒に汚染された部分は全て切り取る必要があるが、そうすると傷の治りが遅くなり、ハルトが戦えなくなってしまう。


「まったくもう」

 ジェットはハルトを押さえつけるのに必死でこちらは見ていない。


「ほら、早くやれ」

 ジェットが言うので、キンタは覚悟を決めた。素手で患部に触れた。赤色の瞳に魔力が宿り、黄金色に輝いた。


 ハルトは背中に高熱で焼かれるような痛みと、特殊な魔力が身体に浸透するのを感じる。

「キン……タ?」


 キンタは集中して魔力を高める。治癒魔法は聖女しかできないことになっている。どうしてできるのかと聞かれるのは癪だが、放っておけない。すぐに傷が塞がり、汗のように毒だけが肌の表面に浮いて出てくる。

「どうだ、楽になったか?」


 ハルトは耐えがたい苦痛に息を荒げていた。


 シェヘラザールが紋章を使って回復させてくれるのとは違う。慣れない魔力で、身体の中を掻き回され、ハリケーンの中にいるように感覚がもみくちゃにされる。やめてほしいのに息すらまともにできない。


「……う! ジェッ…ト」

 身体をよじってもがくが、ジェットが離してくれない。


 治療は完璧だったのに、ハルトの状態は治まらない。キンタはさらに回復させようとした。背中に留まっていた魔力を身体の隅々までで行きわたらせて、どこが悪いのか調べていく。

「――やめ……ろ」


 ドバドバと魔力を注ぐな。

 俺たちの身体のことを調べるのもやめろ。


 キンタの魂と魔力に圧倒される。一翔が魔王級なのは、地下深くのマナの流れを使うからで、身体の中だけに限定されると、一翔のマナはとても希薄なものだ。熟練されたキンタのマナコアの魔力と元気な魂には敵わない。


 体の中で漂う一翔の意識と魂は逃げ場もなく、あまりに脆かった。


 ――あ、やばい

 抵抗できないけれど、どうしても守りたい。


 陽翔の魂と黄金色のマナコアは胸の中心あたりだ。一翔は全身に漂っている魔力と意識を集中し、陽翔を完全に包んで庇った。


 ――絶対に触れさせない!


 キンタの魔力は普段の赤色と違い、眩しいほどに黄金色だ。どちらも似ているけれど、陽翔が春の太陽のような優しさがあるのに対して、キンタは真夏の太陽だ。


このままでは、二人とも消し去られてしまう。そうなるぐらいなら、兄として全うしたい。


 陽翔だって脆いのだ。

 キンタの強い光には耐えられない。


 一翔は光を浴びて、燃えるような衝撃を感じた。その間もずっと陽翔のことだけを考えていた。


 ※    ※    ※


 眩しさに目を開けると、俺はジェットと自分の身体を見下ろしていた。


 ――あれ?


 古い記憶が蘇る。


 あの頃、瓦礫と暗闇の中で、陽翔だけを求めていた。今から10年前の冬の夜。雪崩に巻き込まれた時と同じ。今のこの姿は三十歳の昔の恰好だ。


 ――俺、そうか。


 呆気ないものだ。いつかこうなると分かっていたから、かなり努力したけれど、いきなりだ。しかもブッツリと切れて終わった。


 ――ごめんな。陽翔。もう一緒にいてやれないみたいだ。シェラがいるから、心置きなく二人でいちゃついて暮らせよ


 四十九日が存在するなら、お迎えが来る前に小太郎に会いに行って、世話になったとを伝えたい。天国に行けたらディスカスに会えるかもしれない。宿屋になれなかったけれど、宿屋を目指したことに悔いは無いし、その道を選べて良かった。


 陽翔、俺は旅発とうと思う。

 最後にちゃんと話して、抱きしめたかった。


 ――あとは頼んだよ。


 ジェットはハルトの抵抗がなくなり、力を緩める。魔力を感知するのは得意ではないが、青白い魔力と魂が身体から離れていくのが見えた。

「ハルト!?」


 ジェットの声に陽翔が起き上がった。黄金色の膨大な魔力を全身から放つ。

 勢いでジェットとキンタが吹っ飛んで転がっていく。


 陽翔は絶叫し、宙に向かって手を伸ばした。

『ダメだよ! いかないで!!』

 かすかな消え入るような青い光の粒だ。それが煙のように、上へ昇っていく。


 陽翔は悔しくてたまらない。


 ――どうして! いつもこうなるんだ!


 兄さんはいつも 俺を守ってくれる。雪崩で転生した時だけじゃない。


 異世界に転生する直前のかけ声、兄さんだよね?

 ライカに襲われた時、助けてくれた仮面の人もそうだよね?

 神さまって名乗っていたけど、あれだって兄さんじゃないの?


 仮面つけていたって分かるよ。兄弟じゃないか。時を渡ってきたんだよね?


 でも、どうして今は助けにこなかったの? どうして死んでしまうんだ。


 俺のことばっかりで、どうして一翔は自分の命を大事にしない?


 俺は一翔が一番大事なのに!


 ――シェラ! お願いだ。君しかいないんだよ、俺の一翔を救ってくれ 



 ※    ※    ※



 陽翔の祈りと同時に、一翔の手首が下に引っ張られた。見ると青いリボンが長く絡まっている。


 リボンが囁いていた。

 “なんでアタシには一言もないの? どうして、そのまま逝っちゃうつもりなの?”


 一翔は躊躇した。

 陽翔のシェヘラザールなのだ。未練がましいことに心の底から彼女が好きだ。これ以上、あの元気な声を聞いてしまったら、旅立てなくなってしまう。


『兄さん!』

 陽翔が泣いている。


 ――ごめんな。


 もっと早く謝りたかった。

 もっと早く謝っておけばよかった。

 意地なんか張らないで、素直になっていれば……。


 未練はそれだけでいい。俺は永遠に、陽翔が大好きだ。


 一翔が上に向かって飛ぼうとした時、何かの影に包まれた。逆光で人影らしいが、こちらに向かっている。天使がお迎えにきたにしては、落下速度が鬼のように早い。


 そんなに急いでどこへいく?

 時間があるなら陽翔を慰めてほしい。


 その人は長い髪を風にはためかせ、右腕を一本まっすぐ横に伸ばしたまま落ちてくる。


 なんか狙われているような気がする。

「ラリアットォウッ!!」


 ――ぐはぁ!!


 幽体の俺はまるっきり無力だった。


 見事にヒットしてその人と一緒に落ちた。青い肌のナイスバディな女子形の、リボン製マリオネット。崩れたリボンに絡まれ、毛糸玉の芯のようになって捕えられた。


 “受け止めて!!”

 シェヘラザールの声がする。陽翔が両手を広げて待っている。


 一翔は微笑んだ。


 まだ、死ねない。ならば生まれ変わった気持ちで、新しく人生を歩もう。


 何になろうか。

 宿屋になるけれど、それは陽翔と俺の共通の目的だ。


 それまでにもっと強くなって二人を守っていきたい。こんなことが二度と起きないように、安心させて、みんなで仲良く暮らしたい。


 そのためだったら、俺は何にだってなる。

 浅利陽翔という勇者と、聖女シェヘラザールのために。


 俺は自分の肩書を決めた。


 ――世界一の魔王になるって、どうかな


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