チーム結成
太陽も傾き始めた頃、ハルトは布団に潜り込んでいた。
眠いわけでも具合が悪いわけでもない。ジェットはロックンロールをガンガンかけて、キッチンで派手に肉の解体をしているから居場所がないのだ。
チームになってくれる人はどれくらい集まるのか。集合時間が近づいている。
ログハウスの外が賑やかになるか、誰一人いないのか気になって仕方ないけれど、結果を知るのが怖い。
昨日はかなりの大口を叩いてみた。慣れないことをするから予測がつかない。一人も来ないならば、それまでのこと。なのに下手に期待をしてしまうから、花占いのように頭の中で来ると来ないを繰り返している。
ロックンロールの音の中に、ドンドンと扉を叩く音が混じった。
――誰かきた!
でもジェットはノリノリで反応しないし、自分が勇んで出る勇気もない。
すると勝手に家に侵入してきた。足音がカツ、ドン、カツ、ドン……?
迷っていると、乱暴に布団をはぎ取られた。
「何やってんだ?」
ハルトはキンタの冷たい視線に晒された。
「座るぞ」
松葉杖を捨て、キンタはベッドに寝転んだ。
ハルトのベッドは新品のように綺麗で心地よい。思わず息が洩れる。
「あ~。マジでやってらんねぇよ。チームジェネシスって言ったら、トップチームだったんだぞ」
もう怒る気にも、八つ当たりする気力も無い。愚痴が出るほどキンタはショックだった。
「骨折したの?」
「靭帯損傷だ。しばらくはコレかな。勇者はいいよなぁ、聖女の加護ですぐに治してもらえるのに、見習いってだけで放置される。早く卒業したいんだけどなぁ?」
ハルトが笑うと、脇腹にキンタの拳が入った。
「痛いよ」
「何で邪魔するんだよ」
「今回はしてないよ!」
愚痴と不満を漏らしたら、八つ当たりできるぐらいに回復したらしい。
「あぁ、俺も別名が欲しかったな。ジェネシスの炎、キンタって呼ばれたかった」
「ジェネシスの炎?」
「ジェネシスの雲はクラウドさん、月はカエデだろ。鳥が丹羽さんで、雨はレインだ」
「レイン。まだ新しい人だよな」
「すぐに変わるよ。みんな卒業していく。俺には無理かもな」
キンタにしては弱気だ。いつまでもそういうのは良くない。
ハルトはベッド下から手紙がたくさん入った箱を出した。分別して名前が書いてあって、リュイからの手紙は三通。何度も読んで、すっかりクタクタになってしまっている。
「キンタは小さかったから覚えていないかもしれないけど、リュイって人がいたんだ」
「リュイなら覚えているよ。 もともと剣道習っていて強かったんだよな」
「読んでみなよ」
「どうやって手紙交換してんだよ」
「俺にはジェットがいるからね」
ここを卒業して勇者になると、決まって誰とも連絡がつかなくなる。活躍した勇者は新聞で称えられるけれど、すべての情報は統制下にある。
「よく考えたら、なんでプーだけジェットが親なんだ?」
「今頃そんなこと聞く?」
「いや、別に興味はないな。ただ少し疑問に思っただけだ。隠し事大好きなヤツに根掘り葉掘り聞くほど酔狂じゃない」
キンタは読んですぐに突き返した。
「それで、この後リュイはどうなったんだ? 引退したのか?」
ハルトは答えに詰まり、きちんと手紙を片付けた。宛名の字が愛おしい。
「死んじゃった」
「聖女の加護はあったんだろ!」
「ダンジョンの中では間に合わないんだ。重傷者は運べないから見捨てられる。キンタは強いし、すぐにでも勇者になれる。今は外の環境が良くない。だから、卒業は焦らないで、もう少しだけ待ってくれないか?」
装備は悪く、素っ裸同然で太刀打ちできない。衛生環境も悪いうえに男女の別も無く肉体労働ばかり強いられる。リュイの手紙を読むたびに、ハルトは苦しくなる。
それでもキンタは諦められない。
「勇者になるのは俺の夢だぞ」
ハルトはジェットを呼んだ。元勇者のジェットの意見なら、外の状況や世間のことを知っているし、キンタも受け入れてくれるかもしれない。
ジェットはキンタに言った。
「俺にとっての勇者といえばハルトだな」
そう断言されても困るのはハルトだ。
「ええ!? なんでそうなるの!」
「誰もが諦めて当然なことに抗うのは勇気が必要だ。この学校が不正で出来上がっていることを、キンタは特に知っているはずだ」
「まぁ、そうですけど」
「君たちは10歳だ。普通ならば学校で笑って楽しく暮らすだけの年齢だ。この歳なりに、ここまで反抗できる子はいないと思うぞ」
身びいきは良いが、それでは話にならない。ハルトはジェットをキッチンに押し込めた。
「一歩前に踏み出す瞬発力があるのが本当の勇者だと思う。俺にはできないけれど、キンタはそういうところいっぱいあるから大丈夫だよ」
褒められるとキンタはすぐに赤くなる。
「俺は普通だ。プーが慎重派すぎるんだよ」
「ねぇ、いい加減プーってやめてくれない?」
「ハルトって呼べって? ハルトって?」
ハルトは赤面した。
「やっぱ、いいわ。なんか恥ずかしい」
「恥ずかしい? 自分の名前呼ばれてアホか」
ハルトは顔を伏せた。
「特別扱いされてるみたいじゃないか。昨日だって、大変だったんだぞ? お茶会は楽しいけど、みんなの前で発表するとか、ホント恥ずかしくて苦手なんだよ……キンタが監視していたから意地張ってできたんだ」
キンタは笑った。
あんなに強いことを言って、堂々としておきながら、内心ものすごく恥ずかしがっていたなんて!
「まぁ、この足では治療もあるし、卒業も先だな。トップ集団から外されたから、しばらくお前のチームで付き合ってやるよ。片足でも魔法の威力はトップクラスだから、ドングリたちよりはマシだろ」
ハルトは驚いた。
「冷やかしで、チーム編成を見に来たんじゃなかったの!?」
「この馬鹿! 片足痛めていてもジェネシスに勝てるって証明してやるんだよ。雨の野郎をぶっ潰す!!」
「絶対だぞ。一緒に優勝しよう!」
「おう、やるからには勝つからな?」
「じゃあ治そう」
ハルトはキラキラと目を輝かせて、キンタの足を掴んだ。
「わっ! 何する、熱いぞ!?」
青白い光が部屋に満ちて、キンタはドキドキした。
それは未知なる可能性。冒険の予感だ。
ハルトについていくのは厄介だが、楽しい。そんな気がする。
※ ※ ※
日が暮れる頃、外から話し声がしてきた。
ハルトはブツブツと独り言のように窓に向かって囁いている。
――陽翔、どうしよう。緊張するよ……。俺、どうしたらいい?
「勇気を出して、一歩足を前に出せ!」
キンタに背中を押されるが、ハルトはなかなか前に進まない。
外に何人いるかなんて、魔力を感じるから分かっている。けれど誰が何を思っててここに集まってきたか、それが分からないから物怖じしてしまう。
「いい加減にしろ!」
キンタは玄関扉を解放し、背中をひと蹴りしてハルトを追い出した。
「あらキンタ、怪我って仮病だったの? 案外友達想いなのね」
ジェシカは銀色の髪を指でくるくると巻いて遊びながら微笑んだ。
「ハルトは友達なんかじゃねぇよ」
「あら、友達じゃないってよ?」
寝転んだハルトの耳元でジェシカは笑う。
「友達っていうよりもライバルかな」
ハルトの微笑みにキンタは赤面する。
「うるせぇ! プーがライバルなんてレベル低すぎるだろ」
ハルトは立ち上がった。昨日の茶会で集まった三人に加えて知り合いが三人。人数は確保できたし上々だ。
「じゃ、レギュラー選抜を始めよう。その前に、まずは自己紹介からだな。名前と、年齢、RBC滞在期間をおおよそで。あと得意な能力や技。それと自己アピールがあれば?」
一番最初に手を挙げたのはやはり彼女だった。
「ジェシカ。十四歳、ここにきて四年になるわ。愛用しているのはスモールソード、レイピアよりも軽くて刀身70センチ。主に先鋒をきらせてもらっているわ。前のチームはのんびりしていて苛立ったから辞めたの。自己アピール? 見てのとおりの性格よ!」
「うん、グサグサ、突き刺さるね! ではお隣のお嬢さん?」
二番目は、背が低く丸い印象でローブを来た子だ。杖を振って挨拶する。
「タツミです。年齢は不詳。最近まで地球で主婦していました。魔法使いよん。得意なのは炎と風。過去は語らないですぜ?」
「ぜ……? 大人でしたか、よろしくお願いします」
三番目は松田慈恩だ。ここしばらく会っていないうちに自信がついたのか、瞳がしっかりして頼もしい限りだ。
「まずはお名前を」
「松田慈恩」
「魔法使いだよね。得意な攻撃方法は」
「来たばっかりで分からないけど、炎系は得意だよ」
聞けば丁寧に答えるが、ハルトだけを見ている。
「なんで俺ばかり見ているんでしょうか(世界は広いですよ~?)」
「綺麗だから。黒い髪と青い瞳」
ハルトは恥ずかしさに撃沈した。すると慈恩が抱きついてきた。
「ティグルがいなくなっちゃったけど、そっち行ってない?」
「そう? あとで探しておくね」
「今度一緒にご飯食べられる?」
「ごめん。今、ちょっとみんなに紹介中だから……またあとで話そうね」
四番目は巨体が逞しい。年齢は三十歳ぐらいで、経験はあるが、盾役はなかなか卒業できないし、怪我も多い。
「タンクとしか呼ばれていないからタンクだ。仕事も盾役ばかりだ。前のチームでの怪我が治ったばかりだが、戻る場所がなくなっていてな」
「攻撃する立場になったらどうしたいですか?」
「拒否はしない。そういう立場になったことが無いのだ。やってみてから考えよう」
五番目は仮面とフードをつけた少女だ。けれどハルトは魔力で感じ取れるから仮面程度では誰か分かっている。
「昨日はいなかったし、あっちのチームに入るんじゃないのか?」
「名前も顔も分からないのに、当てずっぽうかしら。それとも私たち、すごく相性が良いのかしら」
「剣が独特すぎるし声で分かる。いいのかよ?」
仮面を捨て、フードはずすと緋色の髪が揺れて周囲が声をあげた。
「カエデだぁ!」
名実ともにトップクラス。誰もが憧れる存在だ。
「いいに決まってるでしょ。嬉しくて抜けてきちゃった!」
いきなりハルトを抱き寄せ、皆にVサインを送る。
「この私が彼の実力を証明するわよ!」
大いなる戦力アップでありがたい。しかしこのハグはどうなのか。キンタの視線に百万回刺されていることを実感した。
「さて、自己紹介も終わったことだし……」
キンタは猛烈に怒った。
「俺を忘れるなよ!」
別に忘れたわけじゃない。
キンタのことは説明しなくても、自分から自慢する。自己アピールなんてしなくても、裏表の無い彼の良さは、すぐに分かることだろう。




