新入生
「じゃあお疲れさまでした!」
「また、明日も頼むぜ」
学生食堂の厨房から出てくると、挙動不審な生徒が待ち伏せしていた。歳は同年代だけれど、ハルトよりも背が低く大人しい感じがする。
「これ食べなよ。試作品なんだけど……」
食糧事情が悪化しているせいで、こうして待ち伏せされることはよくある。
焼きたてのクッキーをその場で食べ始めた。よほどお腹が空いているらしい。
「良い焼き加減。サックサクしてる」
「そう良かった」
去ろうとしたら服の端を掴まれる。
「神官さんと塔から降りてきたんだけど、ここで待っていれば助けてもらえるって」
「どこの神官だよ。無責任だなぁ」
せめて一声かけて依頼ぐらいしていけ。
「マグカップさん」
「ハハッ、変な名前!」
まぁ、あながち間違いではない。お腹が空いて、困っている人は無視できない。召喚されたばかりで、何も分かっていないのに可哀想だ。
「君のことは何て呼んだらいい?」
「松田慈恩」
「ここでもらった名前だよ。たいてい三文字が多いんだ。俺はハルト。君は神官に何て呼ばれた?」
「ジオン」
「だろうね。(あいつらいつもテキトウなんだ)学校の中は案内された?」
「まだ」
ハルトは慈恩の全身を見た。
「その魔法ローブ裏表が逆だよ。内側が緑色で、赤が外側になるんだ。魔力が抑制されるから、戦闘の時には裏返しにしたほうがいいよ」
召喚されたばかりなのに上等なローブを着ている。上級生でも簡単に手に入るものではない。
「そのローブ、神官からもらったの?」
「うん、裸だったから」
「裸?」
「お風呂で寝たら、ここにいた」
「それは大変だったね」
神官にはローブの価値は分からないから、ただの服だと思ったのだろう。
「やっぱり裏表逆のままでいいよ。どうせリバーシブルだし。良いローブだから、上級生に奪われないように気をつけてね」
「乱暴な人もいるんだね」
「いっぱいいるよ。ここは日本じゃないからね。だいたいが実力主義で、弱い者は切り捨てられちゃう」
「戦わなきゃダメ?」
「ここは勇者になるための学校だから。仕方ないよ」
「ハルトも戦うの?」
「俺は必要な時だけ。装備が必要だ。君、炎系魔法使いだね」
「魔法使えないよ」
「勉強すればいい。魔力はたっぷりあるみたいだよ。学校を案内してあげるね」
学校の校舎は体育館を挟んで左右に二つある。大人が通うシニアクラスと、成人前の子供たちが通うユースとジュニアだ。
それぞれのクラスと学生寮が直結しており、ジュニアは三歳以下から七歳の誕生日の前日まで、ユースは七歳から十五歳の誕生日までと決まっている。
購買部で教科書と制服を用意して、学生寮で入寮の手続きをした。部屋はベッドと学習机だけ。木製で味気ないものだ。
「ハルトのお部屋はどこ? 遊びに行っていい?」
「俺の部屋? あるけど今は物置として使っているんだ」
「じゃあどこで寝ているの?」
「校庭の端っこにあるログハウスだよ」
「なんでハルトだけ特別なの? 一緒にいたいよ」
「俺、モンスター襲われ体質なんだ。だから寝ているときに同部屋の子が泣きだしちゃって。お前と一緒にいると、おちおち眠れやしない!って、寮から苦情が来て追い出されたんだ」
慈恩はハルトにくっついていろいろなところの匂いを嗅きつづける。
「ホントだ。ハルト、良い匂いがする!」
ハルトは恥ずかしくてたまらない。
「わかったから。何かあったら厨房にいるから、不安になったら……遊びにきて」
慈恩はハルトに抱きついたので、やさしく頭を撫でてあやす。
「頑張って生き残るんだ。突然この世界に来て一人は寂しいよね。これからはお友達をたくさん作るんだよ? 大丈夫、一部を除いてだけど、良い人ばかりだよ」
「ハルトがいい!」
「ありがとう。でもごめんね、俺、すぐに消えちゃうから。いつも一緒にいられないんだ」
ハルトはポケットから小箱を出して渡した。開けるとシンプルな指輪が入っていた。
「アイテムリング。魔力があればアイテムボックスを使えるんだ。これは安いヤツだから、三つぐらいしか入らないけど便利だよ。これで俺のことも思いだして」
「さっきすごく高い値段で売ってた。いいの!?」
「君は才能があるから、すぐに俺とはお別れになっちゃうかも。アイテムリング代を稼ぐ前に卒業させられちゃうと、後々困ることになる。だからこれは特別だよ」
ハルトは微笑む。
『ティグル。慈恩が慣れるまで一緒にいてあげて』
ハルトの後方からモフモフなコアラのぬいぐるみ? ではなくキュートな小型モンスターが現れた。
「かっ……可愛いすぎる!!」
慈恩は胸を撃たれたように衝撃を受けた。
「テイマーなんだね」
ハルトはしばらく茫然とした。
「そうだけど? 一発で当てられたのは初めてだ」
「最近のゲームや漫画ではよく見かける」
「ゲームに漫画かぁ、懐かしいな」
自分が召喚されてから十年が経過している。それにあの時だって自分は若い世代とは言えなかったし、フランスにいたからますます日本のことなんて分からない。とにかく時代も変化したものだ。
※ ※ ※
慈恩との仲はそれまでと思ったが、その晩にはログハウスを訊ねてきた。歓迎会を兼ねて夕食をごちそうすると、疲れたのかハルトのふわふわベッドで寝てしまった。
「ジェット、今晩だけここで寝かせてあげて」
これが五日続いた。晩になるとハルトは魔の森へでかけ、朝まで帰らない。ハルトのベッドはすっかり慈恩のものだ。
ジェットは話し合うことにした。
ティグルを頭に載せた慈恩は可愛いの二段重ねだ。あどけなくて守ってやりたくなるが、ジェットは心を鬼にした。
「確かにここは心地良い。ハルトは料理上手だし、掃除も完璧、学業だって分からないところがあれば丁寧に教えてくれるだろう。しかも我慢強い」
「うん」
「だからこそだ。寮に帰りたまえ。君だけを特別扱いできない」
「ここにいたいよ……」
半泣きになると、ジェットは動揺した。
「ハルトからも友達を作れと言われたはずだ。ここにいると友達はできないぞ」
「ハルトがいる! あとティグル」
「だめだ。君はハルトを頼りすぎている。友達なら、彼のことをもう少し考えてあげるべきだ。彼は何も言わないけれど、本当に寝ていないんだ。君がベッドを占領しているおかげでね!」
突然強風が来て、窓ガラスがガタガタを揺れた。
「さぁ、帰りなさい!」
ジェットは青い顔で立ち上がり、慈恩を外へ追い出した。
残念がる背中が見えなくなった頃、ウィンディアが着地した。その首にはべっとりと血がついており、ハルトはかろうじてしがみついていた。
「ハルト!」
ジェットに起こされ、血まみれの顔で苦笑いした。
「ごめん、居眠りして落っこちた。今日はさすがに帰ってきたよ。どうなの慈恩は」
「帰らせたよ。やはり彼からは災いの匂いがする」
「そうか。いくら未開発とはいえ、魔力の底が知れないなんて、俺も初めてだからさ」
ジェットに抱き上げられて、ハルトは赤面する。
「歩けないほどフラフラなくせに。いいだろ、俺は父親で、お前は十歳。久しぶりに親子水入らずだし、一緒に風呂でも入るか?」
「もう子供じゃないから!」
「恥ずかしがるなよ。そういえば毛が生えてきたんだって?」
「――! 誰情報だよ」
「慈恩は意外に見ているぞ。気を付けろ、あれではストーカーになりかねん」




