カエデ
カエデが暗い森をひた走る。覆いかぶさるような茂み作られた獣道だ。茂みからモンスターが顔を出すが、その時には通り過ぎているほど早い。
前方で戦闘の火花が上がっている。争う声が危機感を募らせる。茂みを突っ切ると、大蛇がかま首を上げて威嚇していた。そして見たことある生徒が二人襲われている。
「キンタジュンタ、退け」
振り返った二人の間を、カエデが弾丸のように突き抜けた。
「やあああああ!」
白刃が光り、蛇の長い首がベコリと歪む。力が弱い。
「負けるかぁ!」
勢いと気合で一閃した。蛇の頭が吹っ飛び、遅れて音を立てて胴体も倒れる。
「おお~! やるなぁ」
キンタとジュンタは拍手した。カエデがひと息ついて振り返ると二人とも満身創痍だ。
「何やってんのよ、こんな蛇ぐらいで……」
ジュンタはへなへなと座り込む。二人とも疲れきっていた。
「助かったぁ。ところでここどこ?」
「は? 頭打ったの?」
キンタは空を見上げた。
「俺たち簡単コースにいたんだけど、おかしいよな」
「ここのモンスター、何でこんなに強いの? 鱗は固いし、魔法も効かないよ」
「ここは卒業対策用の上級者コースよ。あんたたち帰ったほうがいいわよ……といっても送り届けなきゃ無理みたいね」
ジュンタはキラキラと目を輝かせている。
「ところで二人とも、ハルトを探しているんだけど見かけた?」
キンタは少し熱くなる。
――どうしてここでハルトの名前が出てくる? それよりも俺を見ろよ、俺を!! ジュンタを守って、こんなに頑張ったんだぞ?
「知らん」
「今日はお料理サークルなのよねぇ」
「料理? お前、今日はチームプレイの練習日だろ」
「今日は全員揃わないからお休みなの。なんでメンバーでもないキンタが予定知ってるのよ」
「そりゃあ、気にかかるだろ」
ジュンタは驚く。
「え? カエデのこと!?」
「違う! クラウドさんにはお世話になってんだ」
「人のチームのことなんて気にしてないで、自分が強くなりなさい」
「えらっそうに! 余裕だなよな、お料理サークルだなんて、くそくらえだ」
「料理ぐらいできないと、野営で飢え死ぬわよ? それに私は勇者になっても、美味しいものが食べたいの」
「ふうん。でも魔の森にプーがいるわけないだろ」
「あんた知らないの? 何年一緒にいるのよ」
「一緒じゃねぇよ!」
「へぇ、そうなんだ? 一緒に見かけることが多いから、てっきり知っているものだと思ったわ」
「何のことだ?」
「教えない!」
カエデも半年前まではハルトには低能のイメージしかなかった。いつもどこかの補欠で勇者の塔に入る弱者だ。勇気さえあれば強くもなれるだろうに、入口でビビリまくり、すぐに逃げ回って集団から遅れてしまう臆病者。だから最初はどうでも良い存在だった。
それよりも塔の最上階のボスを倒すことだけに集中していたい。持病があって疲労が重なると発作がでるから、チャンスは逃したくなかった。病が発覚すると、卒業できない噂があって、少し焦っていたこともある。その無理がたたって、塔の上層で発作を起こしてしまったことがある。自分の不甲斐なさに泣いた。
そしてある日、どうにもならない状態でモンスターに囲まれた時、ハルトと出会った。
あっさりモンスターを倒した実力に驚いた。その時初めてハルトの顔を見て、弱者の弱気な笑顔ではなかったと知った。「内緒だよ」と言われ、どれほど興奮したか。
そして焦って勇者になることはないと薦められ、ハルトは勇者には絶対なりたくないから、黙っていてほしいと懇願した。
自分だけが真実を知り、彼の弱みを握っているのだと知った時の高揚感。自分はこの上なく特別な存在になったのだ。だからすべてを不問にする代わりに、お料理サークルの部長にさせた。
「ハルトって、色々なことを知っているのよ? すごく勉強になるわ」
「プーが俺たちに教えられるのは料理ぐらいだろ。ニタニタ笑ってばかりで、ごまかしてムカつくんだよ。あいつは勇者になれない最劣勇者だぞ」
「違うわよ。勇者にならない勇者。きっと本気をだせないだけよ」
「実力を隠すのは臆病者だ」
キンタの言葉には一理ある。ハルトはどうしていつまでも見習いのままなのだろう。あれだけ強いなら勇者になった方がいいに決まっている。もっと親しくなれば聞けるのだろうか。
「さぁ、戻るわよ」
先頭を歩くカエデが頼もしいとジュンタは言う。トップチームの花形で、実力は申し分ない。しかも最近女性らしさも出てきて、とても人気がある。
「カエデ……可愛いよなぁ」
ジュンタはカエデの尻を見て満足そうだ。キンタは焦った。同じチームで同じ年ごろ。人気と実力、どちらも負けている。
「いいよなぁ」
尻ではなく、結果がちゃんと出ている。それが羨ましい。
※ ※ ※
魔の森の出口が見えてきたところで、カエデは立ちどまり、剣を抜いた。
「どうしてこんなところにいるのよ」
森の陰から現れたのはスライムだ。小さいうちは可愛いものだが、巨大で毒々しい相手となると厄介だ。剣で攻撃するには不利で、魔法で攻撃するにもジュンタでは火力が足りない。前に三つ、両脇に一つずつ。これは簡単に通り抜けできそうにない。
「ボス級の魔力で5体も……」
ジュンタは杖を握りしめて震える。そのほかにも観客とばかりにモンスターが壁を作ってきた。
「なんかいっぱい来た。囲まれたよ!!」
「くそ、あと少しなのに」
カエデは剣を握りしめた。
「やるしかないでしょ。私が最初に行く。なるべく惹きつけるから、隙をついて二人で入口まで突破」
「そんな、それじゃ……」
「キンタは戦えるにしても、ジュンタがもたない。慈善で逃がすわけじゃない。ジェット先生でも仲間でもいい。とにかく応援を呼んできて。それまで耐えられるといいけど……行くよ!」
カエデが突入した。
けれど突破口は開かれなかった。スライムは柔らかさでカエデの力を受け流し、針をつけた糸のように途中は緩やかで、先端が鋼鉄のように硬い。
「まずい!」
退避の時間を稼いだのはキンタだ。炎はスライムの水分を蒸発させるから、苦手なのだろう。しかし二人で一匹がやっとだ。
再びスライムが針のように尖った。
次の一撃でやられる。二人は目を瞑って来るべき衝撃を覚悟した。
「――?」
おかしなことに、攻撃が止んだ。スライムの鞭のような触手はくるくると宙で円を描いたままだ
「迷っているみたいね」
しかしそれは一時的なものだった。じりじりと迫りくるスライムに、ジュンタが精いっぱいの呪文で反撃する。
「――燃えろ! 燃えちまえ!!」
キンタの魔法剣が燃え上がる。
「焼き斬ってやる!! フレイムバースト!」
それからは死闘だった。
それは彼らにとっては、そういうレベルの話だ。スライムが迷ったのはハルトが近所に到着した時だ。もっと優しく相手してやれ、と指令をしたからだ。
「まったく何でキンタがいるんだよ」
ハルトは木陰でのんびりと着替えていた。カエデだけならラフな格好で、スライムを一発殴ってお仕置きするような相手なのに、キンタがいるから面倒が増えた。
「よいしょ」
フード付きのロングローブは身体のさばきが悪いから、ハイウエストのベルトで絞めて、モタつきを解消する。そしてリリーの羽根で作ったマフラーを装着する。ミラージュ効果が残っていて、フードとマフラーで正体は分からないで済む。
ハルトはその辺に転がっている木の棒を拾った。
「うん、けっこう固いからこれでいいや」
殺すのは可哀想だ。スライムが言うこと聞かなかったら、これで殴って気絶させる。
ゲココゲッコ(連れていって!)
門番蛙たちが次々と現れた。
ゲコ♪ ゲコ♪ ゲコ~♪(オレモ♪ オレモ♪ オレモ~♪)
合唱しながら鳴いている。なんて可愛い大ガエルたち。
「ごめんね、みんなびっくりしちゃうから今度。その代わりに真ん中までぶん投げてくれるかい
」
ゲコ! 長い鞭のような舌がシュルリと伸び、ウエストに巻かれる。
ズドーン!
それは予定外だ。
カエデの上方で、木の枝がバキバキと折れ、人が落ちてきた。スライムとカエデの間で、ちょっと地面に潜り込んでいる。
――あの馬鹿蛙。加減しろよ!
格好よく登場できなかった謎の少年に、カエデはほんの少し期待して呼んだ。
「ハルトでしょ」
――だから内緒にしろっての!!
「人違いッ!――あ、喋っちゃった」
途中で声を低くしたけれど、もう遅いか。
とにかく木の棒を掴んで、あとは無言で蠅を追い払うような仕草をした。モンスターにとっては森の支配者が誰であるかなど、存在だけで分かっている。
スライムは大人しくなり、集まったモンスターは脇道で待機している。少年の先導で歩いていくと、モンスターがギャアギャア鳴くが、手出しはできないようだ。
帰り道の道中、カエデはファッションモデルのような気分になった。たくさんのモンスターの視線に囲まれ、一本の道を堂々と歩いている。
ジュンタは今にも食われそうだとビクビクしながらキンタの後ろにくっついた。少しも動じないカエデが頼もしくみえる。
入口に到着すると、少年は一礼した。
「ハルトが家で待っているよ」
カエデは困惑した。ハルトでないなら、この子は誰なのだろう。
「ありがとう、助かったわ。ほらアンタたちも御礼しなさい」
キンタとジュンタは目を白黒させながら魔の森を出た。門番蛙に三人は尻を叩かれて叱られる。
ゲココ!(二度と入ってくるな!)
ジュンタは緊張が解けて一歩も歩けない様子だ。
「あいつ誰なんだろう?」
「ハルトよ。理屈はよくわからないけど、たぶんそうよ」
カエデは確信に満ちている。キンタも否定はできない。声や歩き方が似ていた気がする。
「馬鹿な。プーだぞ」
「別人だとしても見習い勇者だろうね」
ジュンタの指摘は正しい。キンタはログハウスに走った。
ハルトは今まで勇者の塔の試験になるたび、邪魔してきた。この間の試験だって、巧妙に仕組まれていた。攻略対象外のモンスターが現れるなんて絶対におかしい。テイマーで使役したに違いない。でも、本当に最劣だったら、そんなことできるはずがない。
――俺は認めたくないだけなのか?
魔の森を抜ければ隣がログハウスだ。さきほどの少年が急いで戻るよりも、絶対にキンタの方が早く到着する。もしログハウスにいなかったら……。
激しく扉を叩くと、エプロン姿のハルトが出た。
「何?」
そのまま家に上がり込む。どうみても前から家にいたような痕跡がある。カエデが後から来て驚いた顔をしている。
「キンタ、酷い傷だな。どこに行ってたんだ?」
救急箱を探しているハルトの靴底に、木の葉がべったりとくっついていた。
「お前こそ、どこに行ってたんだよ」
「どこにも行ってないけど?」
「じゃあ靴のドロは何だよ。料理していたフリだけだろ」
確かに調理道具は出してあるだけだし、泥の足跡がいっぱいだ。
入口の案内する途中で、ものまねモンスターのモネと交代し、ハルトはずっと家に居たような感じにしておいたが、やはり時間が足りなかった。そこに気付くとは、キンタも成長したものだ。
「裏の畑だよ。カエデ、今日のサークルに使って」
採りたて野菜をキッチンで洗う。そして土産に持たせると、ハルトは二人を家から追い出した。
キンタは勘違いだったと、ホッとした。
「そうだよな、プーだもんな? わはは!」
カエデは納得できないままキッチンに到着する。そしてハッととした。
「何でハルト連れてこなかったんだろう!?」
もともとはお料理クラブに参加させる気で森に入ったのに、すっかり忘れてハルトとの共同作業を楽しんでしまった。しかもお土産につられて、上機嫌で帰ってしまうなんて。
ちなみにハルトが魅了の呪文でカエデを意のままに操ったかどうかは、定かではない。そうでなくてもカエデの顔を見れば分かる。思春期の乙女の心理など、ハルトには容易いものだ。




