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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
5 終わりと始まり
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勇者ハルトのはじまり

 

 欠けてしまった一翔の魂と居場所を無くした陽翔の魂。二人を救うために勇者ハルトを完成させよう。


『アブソリュート・コネクト』

 シェヘラザールが触れると、一翔は暖かい光に包まれ意識を失った。


 一翔の魂を青白い星のように感じる。


 けれどこの世界に召喚されてきた時のような強い勢いは無かった。一翔の魂はライカに蝕まれただけでなく、すでに壊れてボロボロだ。


 ――なんてこと! これではもたない!


 魔法契約を実行したから、今では残りの魂のほとんどがシェヘラザールのものになる。わずかな残りの魂だけで身体を動かすには出力不足だ。意識不明のまま寝たきりになってしまう。


 “兄さんを感じる! 契約したの!?”

 手の中にいた陽翔がシェヘラザールに問いかけてきた。


 ――その途中なの。でも一翔の魂が弱ってしまって続行できないわ。


 陽翔の黄金色の光は数度点滅を繰り返した。

 “俺も手伝いたい。何かできることはない?”


 ――一翔は反対したけれど、陽翔と一翔が合体すれば二人とも助かると思う。最初は一翔のほうが優勢だと思ったけれど、この状態ではどちらが優勢になるかは分からないわね。


 “合体って……ロボットみたいに?”

 シェヘラザールは笑う。

 ――一翔と同じこと言うのね!


 双子だから考えることは同じ。でも一翔のほうが繊細だ。俺が傷ついたりしないように、あの時の話は極力避けてきた。でもそれで俺が気付かないとでも思ってる?


 一翔は幽体を見たことすら信じないけど、これは俺の身体じゃない。 


 “ライカが俺を殺そうとした時も、一翔は盾になって守ってくれた。嬉しかったよ。でも一翔には弟のための人生で終わってほしくないとも思った”


 俺はあの時死んだ人間。だから俺は生きている一翔に託したい。一翔らしい人生を楽しんで、満足してもらいたい。でも今の状態では、俺がいることが必要なのだろう。


 黄金色の陽翔の魂が一翔に近づくと、青白い星の光が過度に反応した。シェヘラザールは眉根を寄せる。

 “陽翔、待って! 嫌がってるみたい”


 双子になる前はひとつで同じ遺伝子。でも、いくら似ているからといっても二人は別々の存在であるためには、どんなに親しくても相手を否定する必要がある。


 シェヘラザールも合体は簡単なことではないと分かっている。


 けれどこの世界に二人が赤ん坊として降り立った時、その光は綺麗に混ざり合った球体は夢のように美しかった。不可能ではないのだ。


 ――仲介します!


 二つの光は近づいても混ざり合わないどころか、一翔の魂は勢いを失くしていく。

 陽翔は焦った。

 “兄さん! 何しているんだよ、兄さんは生きるんだ! だから俺を受け容れてよ”


 このままでは意識体を保てる陽翔ほうが有利だ。一翔は呼びかけにも応じず、魂は何の変化もないまま縮小を続けた。


 ――陽翔、一旦離れましょう。このままでは一翔が消えてしまうわ。


 シェヘラザールの指示は絶対で陽翔は従う。それがいつものことで当たり前だったのに、この時になって陽翔は頑なだ。


 ――陽翔、戻りなさい! 一翔は退く気よ

 “嫌だ。兄さんは俺を置いて消えたりしないよ”


 ――一翔が消えてしまってもいいの!?

 “兄さんはこれくらいで消えないよ!”


 その瞬間、青白い光がプツリと消えた。

「――あ」

 陽翔は自らの頬に指を食いこませ、声が出たことに驚愕した。目頭が熱くなり、視界が涙で溢れてぼやけた。


 一翔がどこにもいない。


「―-嘘。嘘だ!」

 肉体の感覚など求めていたわけではない。

「違う。こんなはずじゃない! 一翔! 兄さん返事をして!!」


 シェヘラザールは首を振った。

 青白い一翔の魂は完全に消えてしまった。


 幽体になることもなく、何の痕跡も残さずに陽翔に全てを託していった。


「一翔!! 戻ってこいよ!」


 ――ああ! 神さま! どうか奇跡を!


 シェヘラザールは祈った。


 ※    ※    ※


 悲哀と慟哭の中でシェヘラザールは唇を噛んだ。


 あきらめきれず一翔の魂を探していると、繋がりが途絶えていないことに気付いた。

「――待って?」


 シェヘラザールは後方を振り返るのと同時に背中気配を感じた。同時に覆いかぶさる男にガッツリ抱きつかれた。

「いやああああ!」


 心臓が破裂するくらいにびっくりした。いかなる強盗、痴漢も入ってこれないようなハルトとシェヘラザールだけの特別な空間だというのに!


「悪い。ここ天井低いし、狭すぎるんで」

 高身長のマントの男は仮面をしていて正体不明だ。それでも魂が見えるので、シェヘラザールは気付いた。


「あなた!」

 名前を呼ぼうとして、手袋をした右手で口を塞がれる。

「そうです。俺が神さま。ですよね~?」


 シェヘラザールはこくこくと頷くと、口の縛めを解かれた。

「いきなり何の用です? 今、すごく大変なところなので後にしてもらえませんか?」


「あとがあればね~。いやあ、ごめんね。俺が登場したせいで、小さな魂が消し飛んでしまった。でも大丈夫。風に吹かれた蝋燭と同じだ。俺が帰れば復活するんじゃない?」


 何とも適当な言い方で、陽翔は怪しんだ。

「貴方は見たことがあります。紫色のオーラの人だ」


「はい正解。陽翔くんは相変わらず頭がよろしいようで何より。シェヘラザールさまと話を続けていいかな? 俺も忙しくてね、そうそう出張できないんだ。これが最後だから、黙って座っていろ」

 最後は厳しく睨まれて、陽翔は硬直した。


 神を名乗る男はシェヘラザールに長く耳打ちする。おかげで吐息がかかって髪も顔も猛烈にピンク色だ。

「――というわけだ。理解したな? あとは覚悟の問題だ。どうする?」


「やります。今までさんざんしてきたことですから怖くありません。ご指導ありがとうございます」


「そうだな。契約とはフェアなものでなくてはいかんよ」


 シェヘラザールの答えを聞かないうちに男は消えていく。

「二人とも、一翔のこと宜しく頼むよ。では勇者ハルトの誕生を祝って、アブソリュート・コネクト~!」


 シェヘラザールは自らの中に残る一翔の魂を辿っていく。そしてその先にある僅かな光に大事なものを与えた。シェヘラザールの魂を一翔に分け与えたのである。等価交換というには比率と質が違う。


 シェヘラザールの愛と魂を一翔は誰よりも多く手に入れたのだ。


 聖女の魂ならばどちらとも繋がりがある。二つの魂を混ぜ合わせることなく、一つの魂の形になって安定する。あくまでも仮で、骨折の添え木のようなものだ。この状態が馴染むにはあと数年がかかるだろう。


 けれどシェヘラザールは嬉しい。

 彼との未来が幻ではなかった。仮面をしていて姿は分からないが、オーラは隠せない。


 ――ふふ。青と桃色を足すと、紫になるのよね~!


 これからは頑張れば叶えられる程度に期待が持てそうだ。

 未来ではどんなことになるのか、楽しみだ。




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