勇者ハルトのはじまり
欠けてしまった一翔の魂と居場所を無くした陽翔の魂。二人を救うために勇者ハルトを完成させよう。
『アブソリュート・コネクト』
シェヘラザールが触れると、一翔は暖かい光に包まれ意識を失った。
一翔の魂を青白い星のように感じる。
けれどこの世界に召喚されてきた時のような強い勢いは無かった。一翔の魂はライカに蝕まれただけでなく、すでに壊れてボロボロだ。
――なんてこと! これではもたない!
魔法契約を実行したから、今では残りの魂のほとんどがシェヘラザールのものになる。わずかな残りの魂だけで身体を動かすには出力不足だ。意識不明のまま寝たきりになってしまう。
“兄さんを感じる! 契約したの!?”
手の中にいた陽翔がシェヘラザールに問いかけてきた。
――その途中なの。でも一翔の魂が弱ってしまって続行できないわ。
陽翔の黄金色の光は数度点滅を繰り返した。
“俺も手伝いたい。何かできることはない?”
――一翔は反対したけれど、陽翔と一翔が合体すれば二人とも助かると思う。最初は一翔のほうが優勢だと思ったけれど、この状態ではどちらが優勢になるかは分からないわね。
“合体って……ロボットみたいに?”
シェヘラザールは笑う。
――一翔と同じこと言うのね!
双子だから考えることは同じ。でも一翔のほうが繊細だ。俺が傷ついたりしないように、あの時の話は極力避けてきた。でもそれで俺が気付かないとでも思ってる?
一翔は幽体を見たことすら信じないけど、これは俺の身体じゃない。
“ライカが俺を殺そうとした時も、一翔は盾になって守ってくれた。嬉しかったよ。でも一翔には弟のための人生で終わってほしくないとも思った”
俺はあの時死んだ人間。だから俺は生きている一翔に託したい。一翔らしい人生を楽しんで、満足してもらいたい。でも今の状態では、俺がいることが必要なのだろう。
黄金色の陽翔の魂が一翔に近づくと、青白い星の光が過度に反応した。シェヘラザールは眉根を寄せる。
“陽翔、待って! 嫌がってるみたい”
双子になる前はひとつで同じ遺伝子。でも、いくら似ているからといっても二人は別々の存在であるためには、どんなに親しくても相手を否定する必要がある。
シェヘラザールも合体は簡単なことではないと分かっている。
けれどこの世界に二人が赤ん坊として降り立った時、その光は綺麗に混ざり合った球体は夢のように美しかった。不可能ではないのだ。
――仲介します!
二つの光は近づいても混ざり合わないどころか、一翔の魂は勢いを失くしていく。
陽翔は焦った。
“兄さん! 何しているんだよ、兄さんは生きるんだ! だから俺を受け容れてよ”
このままでは意識体を保てる陽翔ほうが有利だ。一翔は呼びかけにも応じず、魂は何の変化もないまま縮小を続けた。
――陽翔、一旦離れましょう。このままでは一翔が消えてしまうわ。
シェヘラザールの指示は絶対で陽翔は従う。それがいつものことで当たり前だったのに、この時になって陽翔は頑なだ。
――陽翔、戻りなさい! 一翔は退く気よ
“嫌だ。兄さんは俺を置いて消えたりしないよ”
――一翔が消えてしまってもいいの!?
“兄さんはこれくらいで消えないよ!”
その瞬間、青白い光がプツリと消えた。
「――あ」
陽翔は自らの頬に指を食いこませ、声が出たことに驚愕した。目頭が熱くなり、視界が涙で溢れてぼやけた。
一翔がどこにもいない。
「―-嘘。嘘だ!」
肉体の感覚など求めていたわけではない。
「違う。こんなはずじゃない! 一翔! 兄さん返事をして!!」
シェヘラザールは首を振った。
青白い一翔の魂は完全に消えてしまった。
幽体になることもなく、何の痕跡も残さずに陽翔に全てを託していった。
「一翔!! 戻ってこいよ!」
――ああ! 神さま! どうか奇跡を!
シェヘラザールは祈った。
※ ※ ※
悲哀と慟哭の中でシェヘラザールは唇を噛んだ。
あきらめきれず一翔の魂を探していると、繋がりが途絶えていないことに気付いた。
「――待って?」
シェヘラザールは後方を振り返るのと同時に背中気配を感じた。同時に覆いかぶさる男にガッツリ抱きつかれた。
「いやああああ!」
心臓が破裂するくらいにびっくりした。いかなる強盗、痴漢も入ってこれないようなハルトとシェヘラザールだけの特別な空間だというのに!
「悪い。ここ天井低いし、狭すぎるんで」
高身長のマントの男は仮面をしていて正体不明だ。それでも魂が見えるので、シェヘラザールは気付いた。
「あなた!」
名前を呼ぼうとして、手袋をした右手で口を塞がれる。
「そうです。俺が神さま。ですよね~?」
シェヘラザールはこくこくと頷くと、口の縛めを解かれた。
「いきなり何の用です? 今、すごく大変なところなので後にしてもらえませんか?」
「あとがあればね~。いやあ、ごめんね。俺が登場したせいで、小さな魂が消し飛んでしまった。でも大丈夫。風に吹かれた蝋燭と同じだ。俺が帰れば復活するんじゃない?」
何とも適当な言い方で、陽翔は怪しんだ。
「貴方は見たことがあります。紫色のオーラの人だ」
「はい正解。陽翔くんは相変わらず頭がよろしいようで何より。シェヘラザールさまと話を続けていいかな? 俺も忙しくてね、そうそう出張できないんだ。これが最後だから、黙って座っていろ」
最後は厳しく睨まれて、陽翔は硬直した。
神を名乗る男はシェヘラザールに長く耳打ちする。おかげで吐息がかかって髪も顔も猛烈にピンク色だ。
「――というわけだ。理解したな? あとは覚悟の問題だ。どうする?」
「やります。今までさんざんしてきたことですから怖くありません。ご指導ありがとうございます」
「そうだな。契約とはフェアなものでなくてはいかんよ」
シェヘラザールの答えを聞かないうちに男は消えていく。
「二人とも、一翔のこと宜しく頼むよ。では勇者ハルトの誕生を祝って、アブソリュート・コネクト~!」
シェヘラザールは自らの中に残る一翔の魂を辿っていく。そしてその先にある僅かな光に大事なものを与えた。シェヘラザールの魂を一翔に分け与えたのである。等価交換というには比率と質が違う。
シェヘラザールの愛と魂を一翔は誰よりも多く手に入れたのだ。
聖女の魂ならばどちらとも繋がりがある。二つの魂を混ぜ合わせることなく、一つの魂の形になって安定する。あくまでも仮で、骨折の添え木のようなものだ。この状態が馴染むにはあと数年がかかるだろう。
けれどシェヘラザールは嬉しい。
彼との未来が幻ではなかった。仮面をしていて姿は分からないが、オーラは隠せない。
――ふふ。青と桃色を足すと、紫になるのよね~!
これからは頑張れば叶えられる程度に期待が持てそうだ。
未来ではどんなことになるのか、楽しみだ。




