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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
5 終わりと始まり
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地獄八景亡者戯

 

六文銭ろくもんせん!』


 希望が来るよ、と言っている途中だった。間欠泉を踏んだように、いきなり地面から光の柱が飛び出し、勢いよく身体が浮いた。

「うわあああ!?」


 暖かくて心地よい回復魔法だが、扱いは雑で乱暴だ。


 ――ちょっと激しすぎないか!?



 鬼の仮面をつけた男がドラゴンに乗って急接近し、ライカへ剣戟を飛ばす。

『くらえ、サバの刺身!』


 ライカは笑う。多重攻撃は魚群のように数が多く、当たりやすいが、どれも浅い。

『プラス・アニサキスッ』


「何ともない。こざかしい男がまた邪魔に入った……」

 ライカは眼をむいて、ドッと吐いた。腹を押さえつつ、口を拭うと赤くて驚いた。


 ――出血? いつぶりだ?


「内部破壊かよ」

 仮面の男は笑う。生サバは当たりやすくて傷みやすい。悪い虫にも注意だろ?


『――伊勢屋のジジイ。こいつも食らえ!』


 ライカはミサイル三連弾に警戒する。

「俺は伊勢屋でもジジイでもない。同じ手は食わん!!」


 ミサイルは時限式でライカの直前で破裂した。破壊力よりも甘く誘惑の香りだ。幻でも見せるつもりだろう。先ほどに続いて、またも間接攻撃だ。


「攻撃力は低いようだなーーぐっ」

 風にふれた皮膚がチリチリと熱い。赤くなり、溶けていく。

『伊勢屋の団子は毒入り。――三途の川!』


 ライカの足元から大水が湧き、激流にのまれる。

「ごあ……ブッ!」


 一翔も覚悟したが、滑り台のような橋が出現し、スルスルと滑り台で遊ぶように川岸へ着地した。ちょっと驚いたが、風を受けて気持ちいい!


 ずぶ濡れたライカが川から上がってきた。本人とは分からないほど肉が溶け赤黒い。まるで怪物のようでゾッとする。川の水もまともな水ではなかったのだろう。


 ブルブルと震えて身体の動きもぎこちない。その怒りは相当なものだ。さらに凄みが増していたが、一翔を発見すると一転して喜悦した。仮面の男よりもはるかに一翔に近い位置だ。


「チャーンス! もらった!」

 一翔は恐怖で立ちすくんだ。


 仮面の男は川岸に降り立つ。

『賽の河原』


 一翔の周りの石が浮いた。ガラガラと音をたて、石が吸着していく。

 ライカは走ったが手が届く寸前で、ドーム状の壁が完成する。

「クソ鬼がぁ」


 ガン!

 岩のドームを蹴る音が暗闇に響く。




 一翔はドームの暗闇で崩れ落ちた。

「……あ、あぁ」

 緊張が解け、息を整えるだけで精一杯だ。


 “凄いね。ライカより強そう。あの人、誰だろう”


 ――誰だろうな


 俺は言葉を濁した。陽翔を絶望させたくない。


 もう何度もライカに希望をくじかれて、二人とも心がボロボロだ。応援が来て嬉しいけれど、これで全てが解決するわけではない。もしディスカスと同じ運命を辿るようなことになったら、希望が潰える。


 ”あぁどうか、どうかあの人が勝ちますように!”


 陽翔と一緒に、ひたすら勝利を祈った。

 一時の静寂だ。陽翔は無事でよかったとホッとしている。


 俺は黙っていたけれど、足の紋章を通じてライカが誘ってくる。

 外側と内側で破壊すればどんなに強固な扉でももたない。やり方から脅迫までされて、頭がおかしくなりそうだ。それでもどんなに辛くても、弟を守るために絶対に交代しないと決めた。


 俺は頭を抱えて小さく丸くなった。

 天井が落ちてくるかもしれないし、とにかくライカの声を聞きたくない。


「所詮石の壁! 俺の筋肉は伊達じゃねぇぞ」

 暗闇でも声は聞こえるほどに壁は薄い。いつ破られてもおかしくない。


 

 ずっと強く握っていた拳を開いた。


 わずかに残るディスカスの欠片。ずっと魔力を吹き込んで、消えないようにしていたけど、まだ残ってるよな?

 暗闇のせいなのか、よく見えない。


 ――陽翔、ちょっとだけ、あとを頼む。


 ※    ※    ※




 ドン、ドド…ドオン!


 ライカは石壁に拳を叩きつけるが、ひびすら入らない。自慢の筋肉もかたなしだ。

「だああ、ふざけんな! あり得ねぇだろう!」


 ドガッ!

 八つ当たりしても、結果は変わらない。


 仮面の男はゆっくり歩み寄り、防御壁をコンコンと叩く。

「賽の河原とは無駄な努力の例え。防御は鉄壁だ。さて、これからはお子様には刺激が強すぎる。よって音声も魂での通信も遮断した。それでは攻撃しよう」


「今のは攻撃ではなかったと言いたいようだな。俺もまだ攻撃してな……」

『六道の辻』


 六度、剣が舞った。ライカが構える時間すらなかった。胸は花弁が開くように裂け、血と光の粉が滝のように噴出した。

「――がハッ!」


 ライカは遠い目で見る。

 ――あぁ、俺がせっかく集めたコレクション……。



 男は次に心臓を狙い、剣を胸に突き立てた。

『閻魔の庁! ――断獄!!』


 ドウッ! 


 剣から地獄の炎が噴き出し、肉は裂け、血は沸騰する。

「ぎゃあ!」

 ライカは燃えながらも、数歩後退して踏みとどまる。そして笑いはじめた。みるみるうちに傷が回復していった。


「どうだ! どうだ、どうだ! いくら傷つけたって、俺は死なねぇ! 誰にも俺は殺せないんだよ!」


 仮面の男が矢を放つと綺麗にライカの眉間に突き刺さる。


 ライカはブチ切れ、叫ぶ。

「痛!っていうか熱ッ! おい、俺にも攻撃させろよ!」


「勉強が足りんな。俺の噺は完成したぞ」


 サバの刺身、伊勢屋のジジイ、六文銭、三途の川、賽の河原、六道の辻、閻魔の庁。七つの技を体験し、すでに噺に囚われの者。地獄の領域に足を踏み入れた者は許しを得るまで、救済されぬのが世のことわりだ。


「フーッッ!」

 息を整え、禍々しいまでの殺気で狙いを定める。


地獄八景亡者戯じごくばっけいもうじゃのたわむれ!!』


 ライカを中心に魔法陣の紋様が光る。

 妖しい魔力が地面から出て周囲を囲む。ライカは一目散に逃げ出したが、魔法陣も追跡してくる。


 大地が割れ、禍々しい門が現れた。重い扉が少し開いただけで、たちまち阿鼻叫喚の地獄となっていく。鬼や地獄の亡者が先を争ってあふれ出る。


「来るな! 来るなよ!!」

 叫ぶライカを鬼たちが笑う。亡者は痛みと苦しみに、狂い踊り、救済の道はただひとつだ。


 逃げても逃げても、足がカラ回りする。

「ヤバイ、やばいって!! やば、あ――――っ!」


 ライカは亡者に囲まれ、鬼に捕らえられた。群がる亡者は四肢を八つ裂きにし、内臓を引きずりだそうとしている。


「がああ! 痛ぇ! クソ! 離せ! 俺様に触るな!」


 腕や足は盲者に掴まれ、食われていく。頭に直接かじりつく亡者もいて、自由がきかない。山のように襲ってくると、身体の再生が追いつかなくなってきた。


 仮面の男は言った。

「いくつの魂と契約した? そろそろ残り少なくなってきたようだな」


「もう無い! あぁ、在庫が切れちまう!!――俺を殺したら一翔も死ぬぞ」


 仮面の男はライカを見下す。ひとつも迷いはない。

『地獄に落ちろ』


 ドン!


 地獄の門がライカの足元で完全に開き、亡者と共に沈んでいく。

「死なない! 俺はこんなことでは死なないぞ!」


「ならば生きたまま永遠に地獄で食われ続けろ。当然のことだが、あちらで空間魔法は使えん」


 ライカは悲鳴を上げた。

「負けだ! 強いのは分かったらもういいだろ! 悪かった! 一翔の魂も返す。ほら、どうだ。まだ間に合うだろ、助けろよ、なぁ!!」


 青白い光が一翔のいるドームの中に消えていくのを確認したが、その程度では納得できない。


「馬鹿にするな。アンコネクトすら言ってねぇだろうが!」


 ライカは策が浮かばず、そのまま地獄へと落ちていく。

「まてよ! おい。マジか!」


 首まで沈むと次に顔が沈んだ。男が後頭部から踏みつけ、僅かに耳と額が残る状態で停止させた。


「よく見えたか。これが地獄だ」

 コクコクと頭が縦に振られる。


「これは貴様に対する慈悲ではない。王たっての願いゆえ、今回だけは命を獲らぬ。


 この程度の肉と脳があれば、復活するのは承知の上。ゆめゆめ復讐など考えるな。この先、万が一にも我々の前に姿を見せたなら、次こそ命は無いと思え。一度きりだ、分かったか!!」


 地獄の入り口が閉じ、ライカは毛の付いた耳付きの肉塊だけになっていた。


 男は剣で突き刺す。

 見るのも触れるのも嫌だからだ。


「アジトは壊滅させてきた。仲間に救出を期待しても無駄だ。貴様など顔も見たくない。ちょうど良い場所に送ってやろう。極寒の冬山は餌不足。凍ってついばまれて消えてしまえ」


 ビクビクと痙攣している肉塊が消えた。



 事が片付くと、男はすぐに仮面を投げ捨て、二つのドームを解除する。



 小太郎は、もうひとつのドームに泣きながら走った。

 そこではかつての盟友であり、大魔術師ディスカスが横たわっていた。




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