地獄八景亡者戯
『六文銭!』
希望が来るよ、と言っている途中だった。間欠泉を踏んだように、いきなり地面から光の柱が飛び出し、勢いよく身体が浮いた。
「うわあああ!?」
暖かくて心地よい回復魔法だが、扱いは雑で乱暴だ。
――ちょっと激しすぎないか!?
鬼の仮面をつけた男がドラゴンに乗って急接近し、ライカへ剣戟を飛ばす。
『くらえ、サバの刺身!』
ライカは笑う。多重攻撃は魚群のように数が多く、当たりやすいが、どれも浅い。
『プラス・アニサキスッ』
「何ともない。こざかしい男がまた邪魔に入った……」
ライカは眼をむいて、ドッと吐いた。腹を押さえつつ、口を拭うと赤くて驚いた。
――出血? いつぶりだ?
「内部破壊かよ」
仮面の男は笑う。生サバは当たりやすくて傷みやすい。悪い虫にも注意だろ?
『――伊勢屋のジジイ。こいつも食らえ!』
ライカはミサイル三連弾に警戒する。
「俺は伊勢屋でもジジイでもない。同じ手は食わん!!」
ミサイルは時限式でライカの直前で破裂した。破壊力よりも甘く誘惑の香りだ。幻でも見せるつもりだろう。先ほどに続いて、またも間接攻撃だ。
「攻撃力は低いようだなーーぐっ」
風にふれた皮膚がチリチリと熱い。赤くなり、溶けていく。
『伊勢屋の団子は毒入り。――三途の川!』
ライカの足元から大水が湧き、激流にのまれる。
「ごあ……ブッ!」
一翔も覚悟したが、滑り台のような橋が出現し、スルスルと滑り台で遊ぶように川岸へ着地した。ちょっと驚いたが、風を受けて気持ちいい!
ずぶ濡れたライカが川から上がってきた。本人とは分からないほど肉が溶け赤黒い。まるで怪物のようでゾッとする。川の水もまともな水ではなかったのだろう。
ブルブルと震えて身体の動きもぎこちない。その怒りは相当なものだ。さらに凄みが増していたが、一翔を発見すると一転して喜悦した。仮面の男よりもはるかに一翔に近い位置だ。
「チャーンス! もらった!」
一翔は恐怖で立ちすくんだ。
仮面の男は川岸に降り立つ。
『賽の河原』
一翔の周りの石が浮いた。ガラガラと音をたて、石が吸着していく。
ライカは走ったが手が届く寸前で、ドーム状の壁が完成する。
「クソ鬼がぁ」
ガン!
岩のドームを蹴る音が暗闇に響く。
一翔はドームの暗闇で崩れ落ちた。
「……あ、あぁ」
緊張が解け、息を整えるだけで精一杯だ。
“凄いね。ライカより強そう。あの人、誰だろう”
――誰だろうな
俺は言葉を濁した。陽翔を絶望させたくない。
もう何度もライカに希望をくじかれて、二人とも心がボロボロだ。応援が来て嬉しいけれど、これで全てが解決するわけではない。もしディスカスと同じ運命を辿るようなことになったら、希望が潰える。
”あぁどうか、どうかあの人が勝ちますように!”
陽翔と一緒に、ひたすら勝利を祈った。
一時の静寂だ。陽翔は無事でよかったとホッとしている。
俺は黙っていたけれど、足の紋章を通じてライカが誘ってくる。
外側と内側で破壊すればどんなに強固な扉でももたない。やり方から脅迫までされて、頭がおかしくなりそうだ。それでもどんなに辛くても、弟を守るために絶対に交代しないと決めた。
俺は頭を抱えて小さく丸くなった。
天井が落ちてくるかもしれないし、とにかくライカの声を聞きたくない。
「所詮石の壁! 俺の筋肉は伊達じゃねぇぞ」
暗闇でも声は聞こえるほどに壁は薄い。いつ破られてもおかしくない。
ずっと強く握っていた拳を開いた。
わずかに残るディスカスの欠片。ずっと魔力を吹き込んで、消えないようにしていたけど、まだ残ってるよな?
暗闇のせいなのか、よく見えない。
――陽翔、ちょっとだけ、あとを頼む。
※ ※ ※
ドン、ドド…ドオン!
ライカは石壁に拳を叩きつけるが、ひびすら入らない。自慢の筋肉もかたなしだ。
「だああ、ふざけんな! あり得ねぇだろう!」
ドガッ!
八つ当たりしても、結果は変わらない。
仮面の男はゆっくり歩み寄り、防御壁をコンコンと叩く。
「賽の河原とは無駄な努力の例え。防御は鉄壁だ。さて、これからはお子様には刺激が強すぎる。よって音声も魂での通信も遮断した。それでは攻撃しよう」
「今のは攻撃ではなかったと言いたいようだな。俺もまだ攻撃してな……」
『六道の辻』
六度、剣が舞った。ライカが構える時間すらなかった。胸は花弁が開くように裂け、血と光の粉が滝のように噴出した。
「――がハッ!」
ライカは遠い目で見る。
――あぁ、俺がせっかく集めたコレクション……。
男は次に心臓を狙い、剣を胸に突き立てた。
『閻魔の庁! ――断獄!!』
ドウッ!
剣から地獄の炎が噴き出し、肉は裂け、血は沸騰する。
「ぎゃあ!」
ライカは燃えながらも、数歩後退して踏みとどまる。そして笑いはじめた。みるみるうちに傷が回復していった。
「どうだ! どうだ、どうだ! いくら傷つけたって、俺は死なねぇ! 誰にも俺は殺せないんだよ!」
仮面の男が矢を放つと綺麗にライカの眉間に突き刺さる。
ライカはブチ切れ、叫ぶ。
「痛!っていうか熱ッ! おい、俺にも攻撃させろよ!」
「勉強が足りんな。俺の噺は完成したぞ」
サバの刺身、伊勢屋のジジイ、六文銭、三途の川、賽の河原、六道の辻、閻魔の庁。七つの技を体験し、すでに噺に囚われの者。地獄の領域に足を踏み入れた者は許しを得るまで、救済されぬのが世の理だ。
「フーッッ!」
息を整え、禍々しいまでの殺気で狙いを定める。
『地獄八景亡者戯!!』
ライカを中心に魔法陣の紋様が光る。
妖しい魔力が地面から出て周囲を囲む。ライカは一目散に逃げ出したが、魔法陣も追跡してくる。
大地が割れ、禍々しい門が現れた。重い扉が少し開いただけで、たちまち阿鼻叫喚の地獄となっていく。鬼や地獄の亡者が先を争ってあふれ出る。
「来るな! 来るなよ!!」
叫ぶライカを鬼たちが笑う。亡者は痛みと苦しみに、狂い踊り、救済の道はただひとつだ。
逃げても逃げても、足がカラ回りする。
「ヤバイ、やばいって!! やば、あ――――っ!」
ライカは亡者に囲まれ、鬼に捕らえられた。群がる亡者は四肢を八つ裂きにし、内臓を引きずりだそうとしている。
「がああ! 痛ぇ! クソ! 離せ! 俺様に触るな!」
腕や足は盲者に掴まれ、食われていく。頭に直接かじりつく亡者もいて、自由がきかない。山のように襲ってくると、身体の再生が追いつかなくなってきた。
仮面の男は言った。
「いくつの魂と契約した? そろそろ残り少なくなってきたようだな」
「もう無い! あぁ、在庫が切れちまう!!――俺を殺したら一翔も死ぬぞ」
仮面の男はライカを見下す。ひとつも迷いはない。
『地獄に落ちろ』
ドン!
地獄の門がライカの足元で完全に開き、亡者と共に沈んでいく。
「死なない! 俺はこんなことでは死なないぞ!」
「ならば生きたまま永遠に地獄で食われ続けろ。当然のことだが、あちらで空間魔法は使えん」
ライカは悲鳴を上げた。
「負けだ! 強いのは分かったらもういいだろ! 悪かった! 一翔の魂も返す。ほら、どうだ。まだ間に合うだろ、助けろよ、なぁ!!」
青白い光が一翔のいるドームの中に消えていくのを確認したが、その程度では納得できない。
「馬鹿にするな。アンコネクトすら言ってねぇだろうが!」
ライカは策が浮かばず、そのまま地獄へと落ちていく。
「まてよ! おい。マジか!」
首まで沈むと次に顔が沈んだ。男が後頭部から踏みつけ、僅かに耳と額が残る状態で停止させた。
「よく見えたか。これが地獄だ」
コクコクと頭が縦に振られる。
「これは貴様に対する慈悲ではない。王たっての願いゆえ、今回だけは命を獲らぬ。
この程度の肉と脳があれば、復活するのは承知の上。ゆめゆめ復讐など考えるな。この先、万が一にも我々の前に姿を見せたなら、次こそ命は無いと思え。一度きりだ、分かったか!!」
地獄の入り口が閉じ、ライカは毛の付いた耳付きの肉塊だけになっていた。
男は剣で突き刺す。
見るのも触れるのも嫌だからだ。
「アジトは壊滅させてきた。仲間に救出を期待しても無駄だ。貴様など顔も見たくない。ちょうど良い場所に送ってやろう。極寒の冬山は餌不足。凍って啄まれて消えてしまえ」
ビクビクと痙攣している肉塊が消えた。
事が片付くと、男はすぐに仮面を投げ捨て、二つのドームを解除する。
小太郎は、もうひとつのドームに泣きながら走った。
そこではかつての盟友であり、大魔術師ディスカスが横たわっていた。




