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旅の宿屋は最強です  作者: WAKICHI
4 希望の光
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希望の光

 

 誰も笑えなかった。

 ライカの怒りに触れる前にロウは逃げ、ルードは三回ほど殺され、リルムは世界の果てまで吹っ飛ばされた。アブソルティスの紋章がジリジリと焦げつく。絶対という制約に不可能を加えてはならない。


 一翔は死んでいない。わずかに問題はあったが契約は終えて、魂の欠片が手元にある。青白くマナに似た光はとても上質だが、まだ未成熟。成長すればきっと良い玩具になる。


 あとは連れ帰り、調教するだけ。

 そんな簡単なことが、なぜ出来ない?


 ライカは地味にしゃがんで、地面に横たわる一翔を掴もうとしたが、触れるはずの手が届かない。

「……ただの空間魔法じゃねぇな」


 しかしよく寝ている。先ほどまで怯えていたのに、何もなかったかのように堂々と熟睡して心地よさそうだ。

「一翔、起きろ」


 魂に命令も無駄。耳元で怒鳴っても無駄。しかも触れられない。

 ライカは頭を掻く。何万単位の呪文を検索しても、原因が分からないから解決方法が出てこない。


 いらつく。


 ヒントはいくつかある。わずかに回復しており、魔力も戻ってきている。治癒系で防御は空間を捻じ曲げるほど鉄壁。これほどに強固なのに、魔力の消費量はゼロに等しい。


 むかつく。


 分からないことは興味をそそるし、面白い。だが限界を超えた。

「あのクソジジイ!」


 ライカは立ち上がると姿が消え、数秒後にはディスカスを捕えて戻った。


 まだ殺しはしない。ボコボコに殴り、ひどく腫れているが意識はある。笑うのが許せないが、答えが分からないまま終らせるのはもっと許せない。

「答えを教えろ。殺されたくなければ魔法の種類を言え」


 ディスカスは薄ら笑いを浮かべる。

「あぁ……そうか。やっと思いだした。神殿だ。君は前にも私に同じことを聞いたね」

「!?」


「君は傀儡師だった。……たしか名前は」

「言ってんじゃねぇ!」


 ガガッ!

 ライカは取り乱し、ディスカスが気を失うまで止まらなかった。


「!」

 一翔の魂を感じる。意識を失ったせいで魔法効果が薄れている。ライカは笑う。

「利用価値が消えたな」


 一翔はライカの視線に飛び起きた。

「!」

 驚いたのはライカが傍にいることよりも、その足元にディスカスが倒れていたことだ。


 ライカの右手がディスカスの胸に触れる。

「お勉強の時間だぜ。良い物をみせてやろう」


 ライカの掌に宝珠があり、珠から出る炎が指にまとわりつく。それを一翔に見せつけた。

「オメーなら、これが何か分かるよな?」


 目の前の光景にしばらくついていけなかった。ただ涙が出て止まらない。

「やめてください。お願いします。どこへ連れていってもいいから。謝ります。俺が強情でした。もうしません。従います。だから早く戻して! ――許してあげてください!!」


 ライカは首を傾げる。一翔の口は動いているが、音声が届いていない。また邪魔をされた。そういう人間の末路がどうなるか。


「よく見ていろ」

 ゆっくりと一翔の目の前で、燃える珠を握りつぶしていく。珠は限界を迎え、ヒビが入った。


 宝珠が音もなく粉々になった。


 一翔はライカの足元をさらい、粒粒になった欠片を集めるが、小さな欠片は蒸発するように消えていく。望みを託した粒の大きな欠片と一翔の手をライカが踏んだ。

「……」


「次は陽翔って言ったか? オメーの番だ。"リコネクト"」

 再び陽翔の存在が感じ取れる。ライカは俺と陽翔の絆と断ち切ったわけではなく、間に入って、邪魔をしているだけなのかもしれない。


 ドクン。

 心臓がひときわ大きく動いた。ドクンと脈打つ度、それは激しくなっていく。


「フーッ」

 荒れそうになる息を整えるように吐き出す。何度も、ゆっくり。落ち着かせるためではない。身体の隅々にまで酸素を取り込んで、興奮した身体と神経を最大限に活かすため。


 “何が起きたの? 俺、また独りにされて…"

「大丈夫か?」


 "うん。また一緒にライカと戦おう! 代わって!”

 ――陽翔、俺の番なんだよ。ここは譲れない。


「陽翔のことは俺が守る」

 自然に笑みが出た。これは俺の心からの本心だ。


「俺のこと支配できないくせに、偉そうな口叩いてんじゃねぇ」


「はぁ!?」

「支配できんのかって、聞いているんだ、答えろ」


 ライカは蹴り飛ばした。加減などしない。玩具は運よく壊れなかっただけのこと。

 一翔のことは気に入っていたが、これまでだ。


「俺に命令しやがった……いい覚悟だ」

 ライカは不敵に笑い、手を伸ばす。

「エヴァンジール」


 音も光も魔法陣も出なかった。けれど効果は俺の内側に出た。胸がざわざわする。


 ――福音? こんな極悪人から?


 身体の五感が狂った。

 ズズズズ! 幻聴がする。

 足元から黒いのがうようよ出てきた。これは幻視だ。

 襲われて飲み込まれる。幻覚だ。


 底の知れないどこかへ引きずりこまれていく。


 体感よりもメンタルだ。絶望して意思が揺らぐこと。希望が見えないこと。元気がでなくて、身体が動かない。どうにか耐えようという前向きな気持ちがかき消されてしまうこと。


「――ぐぅ!」

 もう悲鳴にもならない。根性論など机上の空論。根こそぎだ。


 “魂を揺さぶられる”という比喩は聞いたことがある。それを具体的に体験した。これって、一瞬の衝撃ではない。人生百年分、一生忘れられないぐらいのあまりに大きい衝撃!


 痛いだの苦しいって訴える余裕もなく、ひたすら終わるのを待つ。死を目前にした人間が、来るべき時がくるまで、その身をゆだねるように。


 拷問は終わらない。終わるとみせかけてホッとすると、執拗に魂を揺さぶってくる。


 何度も意識が飛びそうになる。

 でも俺の後ろには陽翔がいる。ただ壁になるだけでいい。俺が存在していれば、陽翔は無事だ。


 “兄さん! 無理しないで!! 交代しようよ!”

 それが一番俺を奮い立てる。


 ――だから、そうじゃない。違うんだ。


 俺は耐えた。気絶はしない。テイマーだし、一瞬でもライカを従えた。ほんの少しか保てなかったけど、アイコンタクトで力を加減させ、エヴァンジールの冒頭部分くらいは緩めになった。


 俺は陽翔の兄だ。あの優秀な弟の兄貴だ。

 実力も才能も無いことは、一番分かっている。


 俺は泣いた。だって辛いし、諸々の感情は体液となって、勝手に垂れ流しになっている。そんな姿で恥ずかしいけれど、絶対に倒れない。作り笑いが勝利の証だ。


 弟の前だから笑っていたい。

 弟の命を守ること。弟の魂を守ること。そのためにできることは立って盾になること。


 絶対に!

 絶対に!


 幸いにも終わりは決まっている。永遠なんて無い。俺が尽き果てるまでだ。

 あとは悔いが残らないように、俺は俺の意思で、泣きながらだけど耐える。


 希望が見つかるまで。

 そうだよな? 見ているか、ディスカス!


 幽霊? たぶん一方的な俺の望みでディスカスの声が聞こえたかも。ただ耐えるだけは悔しいから、文句のひとつぐらい言いたい。

(そうだ、言ってやれ!)


「一方的な契約は不成立だ! ハート泥棒野郎。絶対に認めないからな!」


 ライカは笑う。

「ハート泥棒とは、憎さ余って可愛さ百倍だな!」


 俺は精魂尽き果てて、ぶっ倒れた。だって5歳の身体だぞ?

 負けたわけじゃない。言い訳でもない。体力的に疲れたんだ!

「――くそ」


 ――陽翔、間違っても出てくるなよ? ライカは俺の命までは取らない。きっと大丈夫だから、絶対に代わるな。


 “でも……”


 ――十秒後に希望があるかも。あと十秒でいい。待ってろ


 ライカが本当に俺の命を取らないなん可能性? そんなものあるわけない。こいつは命の価値なんてひとつも分かってない。でもそういうだけで陽翔は安心できるだろうから。


 あと少し。ほんのちょっとでいい。

 俺には希望の光がみえたから。


「まだ始まったばかりだぜ? 一翔チャン。エヴァンジールとは“良いお知らせ”って意味。オメーが心を入れ替える、俺にとってこれ以上のイイ話はねぇだろ?」


「エヴァンジール、上等だ!」

 一番に良いお知らせが、もうすぐ到着するんだよ!


「ほう? 今のは軽めの調教だったのに、ぶっ倒れた奴がよく言う。さすが一翔チャン。じゃあ、もっと強めにしてやるよ」


「!?」

――マジかよ。言うんじゃなかった


「もっと絶望の味を教えてやろう。たとえば、一翔チャンをアンコネクトして、勇者クンを引きずりだすという手もある」


「そんな!」

「一翔チャン経由で俺は弟と繋がれる。目の前で、弟の公開処刑することも可能だ」


 息が詰まりそうだ。目の前がグラグラする。

 ハッタリでここまで耐えたのに、全部が無駄なのか?


 “惑わされるな。悪人の言葉なんて信じるな!”


 ――陽翔、そうだよな。お前って本当に頭がいいよ。うっかり騙されるとこだった。あれが何を言おうとも、ウルサイだけ。俺は自分のできることをするまでだ。


 願いを込めて、呪文を贈ろう。

「……カム」

 小太郎、ここだよ。俺たちはここにいる。


 あと二秒。俺は息を吸ったまま、硬直した。

 もう息を吐けない。

 息をする気力も魔力も涙も出ない。


 それでも俺は信じる。陽翔を守りたいから、最低限、契約は拒めたと信じる。


 ――俺は楽しかったよ。あとは頼む。


 絶対に交代しない覚悟に陽翔は泣いた。意地っ張りで、頑固で弟想いの立派な兄でいられただろうか。


 “何言ってんだ、まだまだ元気だろ? さっさと交代しろよ!”


 ――ふふ。陽翔の真似してみたかったんだ。本当に陽翔は凄いよ。


 俺は笑えてるか?

 俺たちは双子だ。俺の考えていることぐらい、陽翔だったら分かるはずだろ?


 全力は尽くした。

 俺が命懸けで放ったアイコンタクト。マナの奔流に乗って、どこまでも広がっていった。あれが本当の魂の力の使い方。俺の魅力に惹かれてみんな味方になってくれるといいな。

 他人の魂をもてあそぶライカには絶対にできないし、理解できないだろう。自分だけは無事だなんて思うなよ?


 俺は笑う。奴は世界を敵にまわした。効果が出るまでは時間はかかるだろうけど、みんなを信じることにする。そう思うことに決めた。だってその方が笑えるから。


 ざまぁみろ。クソライカ!



 ーー見ろ。陽翔、希望が……来


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