助っ人参上
「はは! 交換パーツは失せろ」
ライカは聖女が勇者を召喚するのをうんざりするほど見てきた。すっかり召喚の方法とコツは覚えている。聖女は召喚以上のことは制限されてできないが、ライカは自由に学び、実力は聖女以上と自負している。
この術は聖女でもできない。
身体に宿る魂を無理矢理に切り離し、別の世界に捨てる。
ライカには身体から魂が分離するのが見えた。黄金色の魂がスターゲートに吸い寄せられていく。
陽翔は抜け殻のような身体を見下ろすことしかできなかった。
“兄さん、ごめん。俺、何もできなかった”
別れの言葉も告げられず、二度と逢うこともできないで終わってしまう。
ゲートの向こう側には陽翔を迎えるように、紫色の星が輝いている。その光は動いていた。流れ星のようにこちらに向かってきている。そして陽翔が近づくよりも早く大きくなり、ゲートを埋め尽くす。
それはライカの望んだことではなかった。
陽翔よりも早く、紫色の光がゲートを通過する。
シュン!
微かな音とともに異空間が消え、ライカは驚く。光はそのまま陽翔を巻き込み、虚ろな身体に激突した。
「邪魔しやがって、どの女だ!」
空間魔法を自在に操れる可能性があるとしたら聖女だ。
青白い一翔の魂が戻ったのを感じ、ライカは怪しく笑った。黄金色の魂も身体に戻り、眠りについている。これではすっかり元どおりだ。
「いや、違うな」
元どおり以上だ。小さな身体は紫色の光に包まれ、バリアのようにライカの誘いを拒絶した。一翔には手を出せない。苛立ちは最高に達した。
「邪魔するのはどこの誰だ」
ライカは後方を向いた。太い腹の魔法使いが放つ殺気。老いて満身創痍だが、まだ気力は十分にある。
「リルムはどうした」
「生かして返してほしければ、その子を解放しろ。ここは俺の領域。舐めるなよ」
「別にリルムが死のうと関係ねぇ。俺はガキを貰っていく。そんなボロボロでは勝算は無いぜ。もっと有利な降伏条件を提案したほうがマシだぜ? 店を直す金でも出してやろうか?」
「舐めるなよ。勝算はあるさ」
ディスカスは勝ち誇る。
ただ、ちょっと時間がかかる。腹に傷を負ったが、致命傷ではない。ひたすら勝機が訪れるまで時間を稼ぐのみ。
ライカは再び異変を察した。振り向かざるを得ないほどの魔力を一翔から感じた。
小さな体から発するにしては異常なほどの魔力だ。
「魔王級どこじゃねぇ。――神! 神話級だ」
ライカはゾクゾクして、武者震いが出る。間違いなく世界一の魔力だ。見開いた瞳は紫色に輝き、右手から魔法陣が出現した。
「! そりゃねぇだろ! やめろ。死ぬぞ」
ライカは大きく後退する。一翔が死んだら、ここまでした意味が無くなる。せっかくのレアな玩具だ。捨てるには惜しい。
一翔の魔法陣から一匹の獣が出現した。
「空間魔法?」
謎は多い。呪文を放ったのに、あのボロボロの身体が無事だ。しかもあっさりと自分と同等レベルの魔法を放った。獣の魔力もかなりのもので、低級テイマーができることではない。
グルグルと喉を鳴らせるロシアンブルーの魔獣。サラブレッド馬並みに大きい猫科の獣だ。野性に満ちた宝石のような瞳は怒りと殺意に満ちていた。その魂の色も形も異形。人の魂ではないから契約できないが、これは期待以上だ。
ライカは喜悦した。この世界で作られた魂ではない。一翔が召喚したのだ。
「マジかよ」
『GO』
一翔の指示で獣が襲い掛かった。後方では魔法使いが詠唱している。
「面白くなってきた」
ライカは笑う。
魔獣の獰猛な爪と牙は魔王級だ。これは気配だけで避けられる。同時に魔法使いが後方から攻撃し、極小ブラックホールがぶん回る。これは視認すれば避けられる。
気配と視界を奪われたが、第六感が残った。青白い光が通過した。わずかに右に避けたが、上腕部から出血し、紋章に傷が入った。
「やりやがったな」
ライカの笑みが完全に消えた。
ガウ!
魔獣が牙をむいて首を狙い、視界が遮られる。その間も魔法の気配がする。後方の魔法使いの魔力は侮れない。強大で、いくつも魔法陣を展開して攻めてくる。その程度なら、どうにか回避できる自信がある。
魔法陣の中にわずかに違う色が混ざった。
「!」
連携して魔法を唱えたのではない。魔法使いの魔法に紛れて、一翔がこっそり強力なのを仕込んだ。
さすがに焦った。
――煉獄の炎を重力でひしまげて圧縮、超小型にし、狙いは俺の腹に直接転移だと!?
煉獄魔法に重力魔法、そして空間魔法をほぼ同時展開している。通常の煉獄の何千倍になるのか想像もつかない。しかも目にも止まらぬ速さで繰り返された。
「狂ってやがる!」
だが、ライカにも秘策がある。
「ん!」
少し腹を引っ込めるだけ。ライカは喜悦しながら、後退した。
「当たればな? アレだろ。借り物の身体だから。
連発しても、発動後の時間までは調整できなかったようだな。裏で操ってんのは誰だ? 一翔でも陽翔でもねぇ。ましてや聖女は攻撃できない――そこにいるのは誰だよ!」
所詮子供の身体だ。長時間、この状態でいるのは無理がある。短期決戦、三人がかりで仕留められないならこちらの勝ちだ。
『俺だよ、分かるだろ』
男の声に聞き覚えはない。しかしライカは狂喜し、高笑いする。
「視えた! 感じたぜ、貴様の魂をよ!」
『サービスで見せてやったんだ。一翔が生き残るためには必要な行為だ』
ライカは息もできないほど興奮した。
「ハッ! マジかよ。こんなに興奮したのは久しぶりだぜ。――なんて素晴らしい!」
トキワタリ! 絶対ほしい!
ライカが吼えた。
「うおおおおおおお! さぁ出て来い! 出て来いよ、ガチでやろうぜ。その魂、真っ黒に染め上げてやる」
ライカの興奮が最高潮に達した時、一翔の瞳から戦意と光が消えた。意識を失って、そのまま地面に倒れた。
「おいおいおいおい!」
気配を探す。期待した男の存在はすでになかった。
「どこに消えた」
一翔は動かない。その所有権をめぐり、争奪戦が始まった。
魔獣とディスカスがなおも襲い掛かってくる。ライカは一翔だけを見ている。残りの相手などどうでもいい。可能性があるのは一翔の身体の中だ。
ライカは魔獣に拳を食い込ませる。
「ギャウ!」
「うるせえ、このクソ猫が! 砂漠までぶっ飛べ」
落下地点に空間魔法の魔法陣が構築され、一瞬で姿が消えた。
その間にディスカスが一翔を抱えて走り出す。
ライカは皮肉笑いが止まらない。魔法使い一人など、相手にもならない。
「走るしか能がない猿。魔力も尽きたようだな」
ライカがディスカスの前へ空間転移した。突如正面に現れ、そのまま殴り倒す。
いとも簡単だった。
ガン!
地面に穴が開き、姿は消えている。空を見上げると、幻の空帝が優雅に空を旋回している。
「――クソ。そう遠くには行ってねぇな」
頭を掻いた。興奮しすぎてしまった。ロウと同じ罠に引っかかるなど恥ずかしい限りだ。
一翔の魂は今度は感じられたが、あまりに弱い。
追い詰めすぎると契約できなくなるから、一翔には休憩が必要だ。大事なのは屈服させることであって、命を奪うことではない。ただし欲しいほどに手に入らないことが気に食わない。
「むかつく」




