黒芙蓉寮の異世界先輩(4)
「なんなんだよアレ!」
談話室のローテーブルに並ぶ四脚のティーカップ。それらが囲むその中心には、クッキーが広げられている。
紅茶を用意したのは筒井筒で、黒芙蓉寮の主と言って差し支えない立場の異世界先輩は、戸棚から茶請けになるクッキーを出しただけだった。
それらの準備が一段落して各々ソファに腰を落ち着けての筒井筒の第一声。
詰め寄るような筒井筒の声を受けても、異世界先輩は飄々とした態度で微笑むだけだった。
「ドッペルゲンガーかなあ? よくあるんだよね、ああいうの」
「……よくあるんですか?」
ニカが引き気味半分、好奇心半分に異世界先輩へそんな問いを投げかける。
筒井筒は「よくあってたまるか!」と憤懣やるかたないといった様子だ。
そんな筒井筒を見ても、異世界先輩は微笑んだままだ。
「私にはまあまあよくある話だよー。でもまあどうってことないよ。招かれなければ入れない手合いでよかった」
「吸血鬼みたいな?」
「あはは。吸血鬼に限らずああいう異質なものはたいてい、招かれないと家の中には入れないんだね。つっくんが騙されなくてよかったよ」
「……明るいところでよくよく見たらなんか顔がおかしかったからな」
「それ以外は?」
「制服は同じでしたよ。黒いタイに二年と奨学生のバッジが」
「へえ。でもそれ以外は真似られないのかもね。記憶とか」
「――あの」
やいのやいのと会話に興じていた三人の視線が、一度に宇津季に集まった。
宇津季は一瞬、言葉に詰まったが、気になっていたことがあったので一生懸命に詰まりを取り除いて、言葉を続けた。
「……アレって、おれの痛みと関係あったり……します、か?」
「あ! そうだ異世界。黒芙蓉寮に来たのは美平の話について聞きたかったんだよ」
「――もしかしてきみって放課後すぐに会った黒いモヤモヤの子と関係ある?」
「え?」
「でかくてモサモサした妖怪みたいなのがいるから『ツイてるな~』って思って近づいたら逃げちゃったんだけど……あれって人間だったんだ」
「えっと……おれは妖怪じゃないです……」
なんだか噛み合っているようでいまひとつ噛み合っていない会話に、宇津季の隣にいたニカが吹き出した。
宇津季はそんなニカを無視して、入学式のあとごろから背中に刺すような痛みがあったという経緯を異世界先輩に話す。
異世界先輩は興味深そうに宇津季の話を聞いたあと、「私はなんともないよ」と言った。
「でも心配してわざわざ来てくれたんだね。ありがとう」
「いえ……」
「痛みがなくなった理由はお前にもわかんない感じか」
「私は別に霊能力者とかじゃないし。でも美平くんがちゃんと人間の姿に見えるってことは、あの黒いモサモサはどっか行っちゃったんだろうね。突然現れた地下室と関係あるかはわかんないな~」
「あの地下室、やっぱり突然現れたやつなのか……」
筒井筒が「そんなところに入るなよ」と至極まっとうな物言いをすれば、異世界先輩はなにも言わずに微笑んだだけだった。
「それで……その宇津季に憑いてた黒いモサモサ? ってもうどっかに行ったってことでいいんですかね」
「そうじゃない? 少なくとも今の美平くんには憑いてないみたいだし、近くにいる感じでもないし」
「また来るとか……」
宇津季はそう言ったあと、あの背中から内臓へと刺すような痛みを思い出し、身震いするような気持ちになった。
「じゃあまたそうなったら私のところに来ればいいよ。よくわからないけど、私と会ったらどこかへ行ったんでしょう? ならまた痛くなっても私と会ったらどこかに行っちゃうんじゃないかな」
「でも――」
「迷惑じゃないから、気にしなくていいよ。それに可愛い後輩を助けるのに理由はいらない、でしょ?」
筒井筒は「絶対ウソ」と言ったが、宇津季にはその声が遠く聞こえた。
なんだったら異世界先輩を見る視界が妙にきらきらとして見えて、なんだかあたたかくもむずがゆい気持ちに襲われた。
それはあとから振り返ると――ひと目惚れ、に近いものだったのかもしれない。
いずれにせよ、筒井筒の異世界先輩を放っておけないという言葉を、宇津季はこのとき実感として噛み締めたのだった。




