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おっさん、男爵に感謝される


「よーうこそおいでくださいました!」


 ベリア領につくと城の前でセドリック男爵が諸手をあげて歓迎してくれた。以前会った時と同じようににっこぉと笑っている。


(よぉし、失敗しないようにがんばるぞ!)


 思考を盗聴してみるとそんなことを考えていた。

 太ったおっさんなのにかわいいところがあるな。


「しがない貴族の歓待になりますが、楽しんでいってください」


「お世話になります。セドリック男爵」


 前回の晩餐ではマウントをとってきたセドリックだがもうそのようなことはしないらしい。

 ゴリアテ城という物々しい名前の城はその名前の通り、軍事要塞そのものだった。

 

 グランツ王からセドリックは戦場で武功を立てた褒賞として男爵の爵位を得て、ベリア領を任されたと聞いている。


「当時のベリアはまだ人の住めるような土地ではありませんでした。開墾し、魔物を倒し、民を入植することで、少しずつ人類の生活圏を広げてきたのです」


 長い廊下を歩きながらセドリックは自慢げに言う。

 ゼロスタートは生半可なことではない。

 

 グランツ王は褒賞と言ったが褒賞にしては過酷すぎる。


「流石です。誰にでもできることではありませんね」


「おお、わかるか。わかるかキミぃ……!」


 畑を作っても土に含まれる魔力が濃すぎて農作物が全部枯れたり、冬備えの食料をどうにか備蓄していたらマーダーベアに襲われて半分くらい食べられたりすると民はいつもセドリックを責める。


 そりゃあ領主なのだから最終的な責任はセドリックにあるという話なんだろうが、災害が発生する度に責められるセドリックはたまったものではないだろう。


 ベリア領を開拓する最大の理由はその先にある国境沿いのオルドガルド領との行き来を少しでも安全にするためだ。


 これまでは魔物が跋扈する危険地帯を一気に潜り抜けなければならなかったが、ベリア領ができたことで旅人は一度ここで身体を休めることができる。


 ベリアが安全になれば国境沿いに兵を向かわせるのも容易くなり、軍事面での安全性が増えるし。単純に生活圏が拡張してグランツ王国が豊かになる。


 貴族というと偉そうにふんぞり返っているイメージを持たれがちだが、たたき上げの貧乏男爵というのはそう楽なものでもないのだろう。


「わたしは民を愛しているのだが……みなの生活が過酷なのは事実だからね。理解が得られないのも仕方がないと思っているよ」


 哀愁を漂わせるセドリック。

 俺もギルド長をやっていたし、上に立つ者の孤独はわからんでもない。


 伴侶や、同格の友人がいないセドリックは誰かに話したかったのだろう。

 自分と守るべきものしかいないせいで孤立してしまっている。


「よかったら、そのくだりもう一度やりませんか?」

「え?」


 せっかくだ。

 男爵の苦労をすべて配信して株をあげてやる。


 民からしたら当たり前に享受できる恩恵も、誰かのというかセドリックの努力によってもたらされているものだとわかれば少しは感謝してくれるかもしれん。


「じゃあ、一度城門に戻ってそこからやり直しましょう」

「は、はい」


 俺はセドリックに質問し、セドリックが話しやすいように誘導する。


「ベリア領の成り立ちはどのようなものなのですか?」「日々の生活で困ったことはありませんか?」「一番大変だったことはなんですか?」「普段どんなものを食べているのですか?」「男爵の暮らしはどうですか?」「今後の課題は?」


 レコード妖精のシルキーに向かってキメ顔を作りながら、セドリックはイキイキと語りだす。


 俺の質問はすべてセドリックが話したことにつながるように仕込まれているので、会話が滞ることはない。


 だからこそ、ここらでひとつセドリックが言っていないことを言わせるか。

 舌もあったまってきただろうしな。


「男爵になってよかったことは?」


「それは……もちろん、民の笑顔が見れることですね」


 にっこぉ!!

 人好きのする顔をシルキーに向けるセドリック。


 いい画が撮れたな。


”おおおお!“

”男爵! 男爵! 男爵! 男爵!“

”いい顔してる“

”男爵って思っていたより大変なんだな“

”ふんぞり帰って酒飲んでるだけだと思ってた“

”武功をあげて爵位を得たらハッピーエンドだと思っていたけど、それでも人生は続くんだな“

”ベリア領のひとは男爵に優しくしてあげてください“


 グランツ王たちは配信技術を大衆の娯楽だと思っているようだが、これは間違いなくプロパガンダに使える。

 

 わざわざ張り紙を刷り、町中に貼り付けて民意を誘導しなくても撮影即配信で済むのだ。


 インフルエンサーとしての俺のネームバリューに男爵の知名度が組み合わされば、注目されない方がおかしい。


 このまますぐに夕食という話になったので、許可をとって食事も撮影させてもらうことにした。


”あれ、少なくない?“

”男爵の食事ってこんな感じなのか“


 食卓に並んだのは玉ねぎをらせん状に崩した煮込み料理で、ザワークラウトとソーセージが添えてある。パンはやわらかい高級白パンだ。


 ベリア領での農業は未だ困難なので王都からの補給に頼らざるを得ず、必然的に保存がきく食事になる。


”白パンだし、貧乏って感じでもないけど。すごい贅沢って感じでもないな“

”質素倹約アピールだろ“

”でも、手慣れてるっていうか。今日のために用意した感じはなくね?“

”マジで金ないんだな“

”まぁ、開拓民よりはいいもん食ってると思うよ“

 

 大衆の貴族イメージは酒と山盛りの食事なのだろう。

 そんなものは幻想なんだが、ひとは見たことがないものに夢をみるものだ。


 その上、勝手に失望するのだからやっていられないよな。

 

「あの、セドリック様。民が城門前に集まっています」

「え、なんでだ」


 執事にそう言われてびっくりするセドリック。

 あまりないことなのだろう。


「セドリック様に献上したいとのことで、いかがしますか

「わたしが直接向かおう」


 本来、領主が直接民から手渡しで受け取るというのは考えにくい気がするが、セドリックは配信でノリがよくなっているのだろう。


 レコード妖精を伴って俺も追従する。

 未来を読んだテルメアは「自分はここに残る」と目くばせしていた。


 城門前に着くと、民たちが食料を携えていた。


「セドリック様、どうかお納めください」

「え、いいのか」


 座り込み頭を下げる領民たちにセドリックが困惑するが、すぐににっこぉとなって門番に受け取るように指示する。


 鳥に芋にキャベツに香草に、かなり量があるな。

 なぜ急にこんなことをしたのか心当たりはあるが、念のため思考を盗聴しておくか。


(あのデブ、自分だけいいもん食ってると思ってたけど。あそこまで節制していたとは)

(これで俺たちがそこそこいい生活してるのがバレたら困るんだわ)

(敬意……)

(わーーー、ナナシだ! 生ナナシだ! 本当にいた!!)

(ナナシ、こっち見て!!)

(税とかとるしいじわるされてると思ってたけど、あのデブも大変だったんだな)

(これからはデブに優しくしてやろう)

(たくさん食べろよ、デブ)

(いや、みんななんか感動してるけど。男爵はデブだから普段はいっぱい食べてるじゃないか? もしかして気づいているの私だけ? みんな踊らされてないか?)


 なるほど。

 セドリックが心の中でデブと呼ばれているのが気になるが。


「領主様、お受け取りいただきありがとうございます。これからも我々はあなたと共にあります」


 表向きは敬意を払っているようだし、問題ないだろう。


「お、おおおおお! みんな、ありがとう……」


 セドリック男爵が若干泣いて喜んでいる。

 内心ではデブと呼ばれていたし、表立って感謝されたことがなかったのかもしれない。


 十年近く民のためにがんばってきたんだ。

 こいつも少しは報われるべきだろう。


「じゃあ、みんなで食事にするか!」

「「「えっ!?」」」


 領主と民が同じ食卓を囲むというのは貴族連中からすれば前代未聞かもしれないが、元々平民だったセドリックにとって大した問題ではないらしい。


 セドリックと俺が領民をひきつれて食堂に戻ると、気を利かせたテルメアが闇のカリスマを発揮して執事たちを掌握し椅子を運び込ませていた。


「あ、先輩! もうちょっと待っててくださいね! あと、その食材はすぐキッチンに運ばせます! おい、何をもたもたしている、早くしろ」


「は、はいぃぃ!!」


 瞳孔が開いたテルメアに急かされた執事たちが馬車馬の如く働き、男爵と領民たちははじめて同じ食卓を囲んで、皆おなじものを食べた。


 人徳だな。

 こいつらはお互いのことを知る機会がなかっただけだ。


 セドリックに足りなかったものはきっかけだった。

 俺はそれを用意しただけに過ぎないのだが、それだけでここまで物事が変わるとはわからんものだな。


「ナナシ、ありがとう! 本当にありがとう!!」


 感極まったセドリックがそんなことを言っていた。

 やれやれ、これから自分でなんとかしろよ。


 俺のベリア領生活一日目はこうして幕を閉じた。

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