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第16話 決着を前に

突如、地中より出現した氷塊がセデュール第9軍団を包んでいた。

 闇夜の中に、響き渡った悲鳴に指揮官のジャルジャル・ドゥルーアは、一瞬闇夜を睨み付け、慌てて駆け寄ってくる部下達を無言のままに睨み付けると、腕に黄土色の光を灯しながら目を閉ざす。

 ほどなく、彼女を中心とした周囲は地中より現れた岩塊に囲われ、それが消えた後は先ほどの光と同様の色をした膜によって覆われていく。

 そして、それを待って居たかのように、先ほど襲いかかってきた氷塊と光の束が、再び周囲を穿っていく。

「愚か者が。反応が遅いっ!!」

 表情に不機嫌の色をたたえながら、唇を噛みしめたジャルジャル。

 その怒りは、突然の奇襲に及んできた敵ではなく、自身と同じように防御法術の使役を行わない味方へと向けられている。

「闇夜の中の奇襲です。閣下。御命令を」

「まったく、普段の大言は何だというのだ。全軍に通達。各地法術使いは、部隊にて防御陣を展開。敵襲に備えよ」

「はっ!! 伝令っ」

 味方の不甲斐なさに、その整った褐色の表情をゆがめる指揮官に、副官や部下達は身を振るわせつつも声を上げ、混乱する周囲へと駆けていく。

 たしかに、闇夜の行軍であり、奇襲を受けたのは自身の咎でもある。だが、法術による奇襲は近年ユディアーヌ側の戦術として見られるモノであり、即座の対応は命じていたのである。

 それが、こちらの指示がなければ潰乱するしかない不甲斐なさ。普段から、自分達の勇猛さを誇っている連中の大言壮語が、今となっては苛立ちにしかならない。

「荒れているな。年増が苛立っては小じわが増えるぞ」

「何ぃっ!?」

 そして、背後からそれを煽るかのような声。

 憮然として周囲の状況を見据えていたジャルジャルは、こめかみに青筋を浮かべて声の主を睨み、周囲の部下達は指揮官の激発と空気を無視した軽口の主に思わず顔を青ざめた。

「っ!? 貴様、なぜここに?」

「なぜ? 貴様を討ちに来たに決まっているではないか」

 だが、ジャルジャルの目に写ったのは、鮮やかな黒髪に不敵な笑みを浮かべ、闇夜に生える白き甲冑に身を包んだ女の姿。

 本来ならばいるはずのないその人物の姿に、ジャルジャルや部下達は目を見開き、慌てて武器を構える。

 しかし、悠然としたまま、声の主が腕を振るう。

「っっっっっ!?」

 途端に、地中より出現した無数の鉄槍が彼女を取り囲むセデュール兵達を無慈悲に貫いていく。

「ぎ、が……っ」

「ぐ、ぐぐ……」

 即死したモノもならなかったももの、貫いた槍に抗うことは出来ず、全身を痙攣させ、やがて身動きすらも取らなくなっていく。

 そして、周囲でただ一人それから逃れたジャルジャルは、なおも怒りに満ちた表情を声の主へを向け、荒々しく口を開く。

「貴様っ。やってくれるではないかっ!!」

「そうか? セデュール人の串刺しなどには見飽きたのだがな」

「なれば、ここで見納めにしてくれる。覚悟せよ、アヴィネスっ!!」

「おっと。そういうわけにはいかん」

 アヴィネスを睨み、全軍の指揮も忘れて剣を振るっていくジャルジャル。

 その生まれながらの美貌と自身が流した血の川によって将軍の地位にまで上り詰めた女傑である。

 その勇猛さはセデュール随一とも呼べ、眼前の流血皇女相手であっても引くつもりもなければ、遅れを取るつもりもない。

 もっとも、それは指揮官としての重大な欠点でもあったのだが。

 剣を合わせ、火花を散らせる両者。

 夜の闇の中で飛び散った火花が鮮やかに彩られているが、その彩りもほどなく周囲を覆った閃光によって、無情にも消えていく。

「な、なんだっ!?」

 互いに剣を叩きつけ合い、距離を取った両者は周囲にで巻き起こる閃光の嵐に視線を向け、一方は困惑し、一方は不敵に微笑む。

「殿下っ」

「おう、優哉。随分、派手にやっているな」

「美波と朝永の合わせ技です。光を纏った聖の刃が降り注いでいます」

「……ばかな」

 そして、アヴィネスの元に駆け寄ってきた男、優哉の言に、ジャルジャルは眉を顰めつつ口を開く。

 法術同士の合わせ技などは、いくつか産み出されていはいたのだが、光は各法術の根源ともいえる法術であるし、聖は元々は体内の力を増幅させる効果が多い。

 そのため、それまでにも合体法術の類として使役されることはなかったのだ。だが、現実として、ジャルジャルの目に写るのは、いくつもの光の刃が大地に降り注ぐ様であった。

「だが、これが現実だ。せっかくだ、優哉。こいつに、お前の力を見せてやれ」

「は、はい。ですけど、何をすれば?」

「せっかくだ。大地を凍り付けにしてやれ」

「えっ?」

「なに?」

「はっはっは。見ておけよ、年増。これが、我々が呼び寄せた“勇者”の力だ」

 そんな光景を見つめながら、満足そうに頷いたアヴィネスは、優哉に対してそう告げると、目を丸くしているジャルジャルに対してそう言い放つ。

 そして、自身はその前座であるかのように、両の腕に出現させた無数の剣を解き放つと、暗がりの中に広がる悲鳴がさらに大きくなっていった。



◇◆◇◆◇



 朝日がゆっくりと大地を照らしはじめる頃には、セデュール第五軍団は絶望の底に押し込まれていた。

 夜のうちに第七,第九軍団が全滅し、当初倍する戦力を誇っていた自軍は、今となっては数の有利を打ち消し、敵を屠って意気上がるユディアーヌ軍と対峙する形となっている。

 ほぼ同数の戦力であるとは言え、相手にやや武があり、それを率いるのは『流血皇女』アヴィーネイギス第一皇女。

 現実問題として、自分達の勝利の可能性はあるのかということすらも疑問に思うモノばかりであったのだ。

 そんな彼らの元に、さらなる恐慌のどん底に押し込める報がもたらされようとしていた。

「増援だと?」

「はっ。第二皇女システィーナ、第三皇女ティファーネ率いる第一猟兵軍団とフリードリヒ・ロゥ・アモリアード直卒の第二猟兵軍およそ三万が国境を侵犯し、こちらへと向かっております」

「……わかった。下がれ」

 その報に、セデュール第五軍団司令官のクトズ・バレルは、静かに頷くと伝令を下がらせる。

 沈黙に包まれる天幕にあって、普段から勇猛で鳴る指揮官達は沈黙し、眼前の指揮官の判断に全てを委ねる様子であった。

「閣下……」

 その司令官の様子に、降伏を促す使者として参陣したアリーは、決断を促すように口を開く。各指揮官達がその声に忌々しげな視線を向けてくるが、実際の所は彼女の保釈金を拒否し、辺境での虐殺行を黙殺したセデュールにも今回の戦いの責任は存在する。

 それでも、相手側の戦技奴隷となった人間を使者に立てるというのもひどい話であるように思えるのだが。

「アリー殿。残念ながら、それに応えることは出来ん」

「さようでございますか」

「貴公もセデュールの人間ならば分かるであろう。異教徒に対する降伏など、聖典の教えに反する行為。部下達の命を悪戯に犠牲にするのは心苦しいが、私も彼らも、聖典の教えに背くわけには行かぬ」

「分かっておりました。それ故に、私が参ったのです」

「ふむ……」

「ドゥルーア様は生きておいでです。適うのならば、閣下や諸将の皆様にも。とは思ったのですが」

「ほう? 我らを生き長らえさせて、セデュールに混乱の目をまくおつもりかね?」

「さて? ですが、第一皇女はセデュールに対する勝利よりも、国内における覇権に興味がある様子です。そのためには、セデュールには大人しくしておいて欲しい。真実かどうかは分かりかねますが、自らそう口にしておりました」

 アリーはアヴィネスより伝えられたことを淀みなく答え、そこに自身の意見も多少は加える。クトズの人となりはある程度理解しているのであろう。

 アヴィネスが圧倒的な戦力差を抱える戦いを挑んできたのと同様に、セデュールの側もある程度はクセのある人物の軍団を差し向けてきたのだ。

 特に、ジャルジャルとクトズは、前君主の寵姫と寵臣という現政権にとっては煙たい存在でもある。

 アリーの言の通り、ジャルジャルが捕らえられている以上、釈放された彼女の立場は今以上に苦しいモノになるであろう。

 ここでアリーが語ったことと、自軍を全滅させた責任とを考えれば、短慮な彼女が激発し、内乱に発展しかねる可能性は非常に大きい。

 短慮であっても、その美貌と武勇のシンパはまだまだ多いのだ。

「我々はそのための贄。加えて、生き残ったところで彼女と私に向けられる疑惑の目はさらに大きくなる。私は処断も致し方無しとは思うが、彼女がそれを受け入れるとは思えぬな」

 そう言いつつ、クトズはゆっくりを頭を振るう。

 おそらくは、ユディアーヌ側よりもたらされた情報も意図的なルフであったのだろうと今更ながらに思う。

 聖地を目指して進軍してくる以上、迎撃の必要性はあり、それに対して倍する戦力を動員することも状況的には十分であったのだ。

 加えて、アヴィネスが相手であれば、指揮官といえども無事ではすまない。敗れるにしても、かの流血皇女がただで敗れるはずはないというのは共通の認識であったのだ。

「兵力を過信したが故の慢心。相手を鑑みるべきであったな」

 眼前に展開するユディアーヌ軍を見つめつつ、そう口を開いたクトズは、アリーに視線を向けることなくそう告げると、下がるように促す。

 降伏をしない以上、原野での激突が待っている。

 ユディアーヌの奴隷となった女にかまっている余裕は、この指揮官にはなかったのだ。




「そうか。ならば、望み通りにしてやるとしよう。そなた達、行けるか?」

 アリーからの報告に頷いたアヴィネスは、ゆっくりと背後にて身を休めている三人の“勇者”へと視線を向ける。

 あれから、セデュール第九軍団を壊滅させた三人は、さすがに無理がたたり、動くのも億劫になるほどに疲弊しきっていた。

 とはいえ、これが最後の戦いになるのだ。休んでいる気は三人にもない。

「大丈夫です……」

「そうか。じゃあ、最初だけでいい。法術を見舞って、後は休んでいろ」

 そう言うと、アヴィネスは外套を翻しながら本陣から出て行く。

 残された三人とアリーは、ゆっくりを顔を見合わせると、身支度を調え、アヴィネスの後に続く。

「優哉。大丈夫?」

「顔色が優れませんが」

「甲子園での連投に比べれば軽い軽い」

 美波と朱音の言に、優哉はゆっくりと肩を回しながら応えるが、実際の所は身体は重く、動くのも辛いというのが本音である。

 第9軍二万人近くの人間をまとめて凍り付けにしたのである。それだけに、自身の力を使い尽くした。

 一晩休むぐらいで回復するほど、簡単な話ではなかったのだ。

「無理をしなくても、私達だけでも大丈夫よ」

「そうですね。アリー様。側にいてもらっても」

「大丈夫だって。心配するな」

 なおも、優哉を止めようとしてくる二人の言を尻目に、優哉は歩みを進める。

 外に出ると、小高い丘から見下ろすように原野に展開しているセデュール軍の姿が目に写る。

 二個軍団を壊滅させたとは言え、こちらに犠牲がなかったわけではない。ようやく五分の兵力になったのであり、ここからが本番というのが現実であった。

「ふう……。行くとするかねっ!!」

 ふっと、一息吐き出し、アヴィネスの傍らへと歩みを進める優哉。騎乗した彼女と視線が絡み合い、互いにゆっくりと頷き合う。

 そして、優哉は背後にて二人が心配するのを尻目に、用意されていた軍馬へと跨がった。

「………………っ」

 そうして、目を閉ざし、右手へと意識を集中させる。

 ほどなく、先ほどまでとは異なる柔らかな風が自身を取り巻き、暖かな空気から、周囲を劈く冷たい空気へと様変わりしていく。

 そうしているうちに、風の切る音に支配された周囲に軍太鼓の音が響渡る。複数回打ち鳴らされたそれは、回線を告げる回数を最後に停止し、優哉に耳には、傍らにて剣を抜く音が届く。

「っ!!」

 無言のままに長剣を振り下ろすアヴィネス。

 それを合図に突撃していく重装騎兵。

 周囲に砂塵が舞い、踏みにじられた大地が怒号を上げる様を見届けた優哉は、目を見開くと同時に、水色の光を放つ右腕を前方へと掲げる。

 いくつもの氷塊が、疾駆する騎兵達を越えて敵陣へと降り注いでいったのは、それから間もなくのことであった。

次回で序盤は終了になります。

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