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第11話 帝国と勇者

 その日、ユディアーヌ皇帝の居城、ハギア・ソフィア宮殿は、その白皙の肌に陽の光を浴びていっそうの輝きを見せつつも、普段のそれとは打って変わった静寂に包まれていた。正確にはただ一室を除いて。である。


 この日、宮殿内にて唯一の賑わいを見せているのは、歴代皇室の慶事のみが執り行われてきた大広間、“青海の間”である。この日まで、帝国各地の教庁にて異界より召喚された“勇者”達が一同に会し、帝国が為に力を振るうことを宣誓する“宣誓の儀”が執り行われる手筈となっているのである。


 “勇者”とは、異界より呼び寄せられた者達の総称以上の意味は無いが、過去の“勇者”達は、例外なく強大な魔力と人智を凌駕した膂力を有し、時として帝国の未来を導いてきた英雄達という事実が存在している。


 初代大帝もまた、“勇者”の助力を得て帝国を建国し、その子孫達も帝国の危機局に際してはその力を用いて帝国を拡張、繁栄させてきた。


 そして、この場に参集する人々。帝国における最高の地位を所有する人物達、即ち、大貴族であり、高位の文官、武官。あるいはそれらのいくつかを重ねた者。加えて、それらの職責より退き、元老として国政を見守る功労者達の姿もある。


 彼らは皇帝の玉座から伸びる幅数メートルの青い絨毯を挟んで、狭い列を作っていた。その一方は文官の列であり、文官の最高位たる帝国宰相、正教会のトップにて、首座に当たるユディアーヌ皇帝を補佐する総主教に続き、帝国の内政を取り仕切る各尚書達が居並ぶ。


 対面するのは武官の席であり、帝国軍最高司令官を先頭に、軍務尚書、統帥参謀本部総長等、軍事の三長官に続き、近衛、憲兵、各方面軍司令官達が並んでいる。


 広大の領土と領民を抱え、長大なる交易路を守備するためには、それだけ軍事機構も巨大になり、結果として経済は活発であったが軍事による財政の負担は増していく。


 それが帝国の現状であり、今回のような、人智を越えた力に頼らざるを得なくなる事実がそこは存在していた。


 そして、そんな文武百官達の耳に、古風な管楽器の奏でる音楽が届きはじめる。


 勇ましい旋律からはじまり、どこかモノ悲しい落ち着いた音律の奏でに遭わせ、百官達は深々と頭と垂れていく。


 ゆったりとした音律が流れる間、頭と垂れたまま、その美しい音色に耳を傾け続け、それが止むのを見計らい、全員が謀ったかのように頭を上げると、黄金作りの豪奢な玉座に、初老の男が腰掛けていた。


 ユディアーヌ帝国第27代皇帝アレクシール2世は、この時54歳。皇帝としては長命と呼ばれる年齢にあり、皇帝としての能力、実績を見れば、平均よりは上と言った堅実なる君主である。


 ただし、堅実であるが故に過、華美な演出を好まず、本来であれば式部官による入場の宣声も省略され、音楽も派手なモノから落ち着きのあるモノへと代えた点が、とりあえずは実績としてあげられる。軍事・内政は、基本的に臣下に委ね、自身がその責任を負うというスタンスを取り、為政者としてはまずまずの姿勢でもあった。


 その皇帝の後に続き、少壮の妻と8人の子女が後に続き、指定された場に立つ。


 これによって、式典の準備は整い、後は主役達の登場を待つばかりであった。


◇◆◇


 自身の名が呼ばれると、優哉はその場に控える官吏に先を促され、大広間へと足を踏み入れる。


 昴を先頭に、すでに数人が入室し、文武百官達の視線を全身に浴びつつ、玉座の前にて片膝を付いていた。



(なんだか、すごいところだな……)



 のんきにもそんな印象を抱きつつ、青色の絨毯をゆっくりと踏みしめながら前へと進む優哉は、眼前の玉座に座る人物とその傍らに立ち、鋭い視線を向けてくる女性を一瞥すると、ゆっくりと頭を垂れ、左右に分かれて片膝を付いている、“元”クラスメイト達の例に倣う。


 全員が入場を終えるまでの僅かな間。それまでであれば、少しは身じろぎもしようモノであったが、肉体の強化が故か、今は特に問題なくその場にあることが出来る。




「諸君、大義である。面を上げよ」




 時間にしては数分であろうか? 優哉の耳に、やさしげな男性の声が届くと、ゆっくりと顔を上げる。




「この度は、我が帝国によくぞ参られた。旅の疲れはあると思うが、今日のこの日より、我が臣下にして、我が帝国の“勇者”として、存分にその力を振るってくれることを、切に願う」




 落ち着きのある声であり、優哉達にとって、それは一方的な願いであったのだが、それでも、どこかでこの人物のために働かねばならないと言う気持ちにさせれていく。


 一種の洗脳の類かも知れないが、これが国家の頂点に立つモノが持つカリスマ性と言うモノなのであろうか。


 少なくとも、普段は学校長の訓示などにも平然と声を上げて邪魔をする不良達や笑って話を無視する女子生徒達が、今回ばかりは真面目に口を閉ざし、皇帝の言に耳を傾けているのだった。




「さて、形式張った言葉はここまでするとしよう。楽にするとよい。――宰相」


「はっ……」


「彼らに、我が国の置かれた現状を説明せよ」


「仰せのままに」





 そして、言葉を切った皇帝は、居ならぶ者達に着座を許すと、文官の最前列に立つ灰白色の頭髪と穏やかながら不敵な光を灯す目元をした老人に声をかけ、説明を促す。


 淡々とした返事を返し、宰相は床に浮かび上がった大陸図を指し示しながら、淀みなく帝国の現状を優哉達に対して語りかけていく。


 ローレンシア大陸中西部を領するユディアーヌ帝国は、その版図が示すとおり、大陸最大の帝国である。


 首都ユディアーニノープルを中心に、大陸最大の湖沼、セラス湖と地中海をその版図の中に収め、南北の穀倉地帯と経済地帯を領有する。


 しかし、広大な国土である事実は、同時に外敵との接触点が非常に広大になる事も意味している。


 国土の西部は、いくつかの小国と隣接し、南西部にはアリーの母国であり、近年急速に力をつけているセデュール王朝とその衛星国が居ならび、さらに北・東部全域には、膨大な民族からなる蛮族域。即ち、剽悍なる騎馬民族達が覇を競う修羅の世界が存在しているという。



 そして、その中の一部族が近年急速に力をつけ、帝国東部の乾燥したオアシス地帯を蹂躙。今もなお、緊張が続いているという。




「何か、聞きたいことはあるか?」


「よろしいですか?」


「うむ」



 そこまで説明を終えると、宰相は優哉達を睨み付けるように顔を上げる。思わず、と言った形で優哉は口を開き、周囲のクラスメイト達が心配そうに視線を向けてくる。



「えっと、はじめにアヴィネス様の口から聞いたんですが、俺達が倒すべき魔王というのは、その騎馬民族の親玉って事ですか?」


「貴公、口の聞き方をっ」


「良いっ。その程度の些事に構うことはない」



 と、最初の日にアヴィネスに問うた、魔王の存在に関して言及するも、宰相は目を見開き、背後からは鋭い声を向けられる。


 一瞬、首をすくめ、声の方へと視線を向けた優哉の目に、右頬に大きな刀傷を残す、40代中頃と思われる筋骨隆々とした巨漢の姿が映った。


 その表情には、無礼を咎める怒りが満ちているが、すぐに届いた凛とした女性の声に、巨漢の視線は優哉からその声の主へと向けられる。


 僅かな静寂が広間を支配するも、その睨み合いの結果は、女性の側に軍配が上がった。




「御意。出過ぎた真似をいたしました…………。ふん、阿婆擦れが」



 ほどなく、頭を垂れ口を開いた巨漢であったが、その後に優哉をはじめとする周囲のモノだけに届いた本音が、彼が女性の顔を立てただけであると言うことは明白だった。


 それを受け、再び声の主、アヴィネスへと視線を向けた優哉であったが、彼女は眉を顰めながらもゆっくりと頷く。




「……ふむ。それも、一つではある。――この度、諸君に助力を願ったのは、その獰猛なる悪鬼どもから国を守り、そして、大陸全土の統一を祈念するが故。ユウヤと、言いましたかな? つまり、貴公の問いは、一面としては正しい」




 そして、黙ってその状況を見つめていた宰相と皇帝が再び頷きあうと、宰相はゆっくりと優哉の問いに答える。


 アヴィネスが優哉に対して帝国を救うよう懇願したのは、おそらくは件の騎馬民族の脅威が滅亡を現実問題としてとらえるほどに脅威であるのだろう。それ故に、本来であれば異分子である自分達が求められた。


 しかし、今回に関してはそれ以上の野心がこめられていたと言うことであった。




「我々に、侵略の片棒を担げとおっしゃるのですか?」



 そんな時、優哉に代わり最前列に座す昴が口を開く。その声には毒がこもっており、一瞬武官立ちが色めきだつが、皇帝の視線を受け、なんとかその場に押し留まる。



「許可した覚えは無いが……、まあ良かろう。スバルと言ったか。侵略というのは筋が違うの。今回の統一事業は、天より下された信託に基づくモノ。帝国の威光と信仰によって、大陸全土に平穏をもたらすというものだ。聖戦。と呼ぶのが正しかろうよ」


「侵略という事実は変わらないと思われますが?」


「聖戦という事実も変わらぬ」


「しかし、我々は、いや、私だけかも知れませぬが、第二皇女殿下より“祖国を侵略より救って欲しい”と依頼されております。それ以上の事は、正直なところ出来かねます」





 そんな昴に対し、宰相は冷めた視線を向け、その問いに答える。しかし、納得の出来ない昴は、いや、他のクラスメイト達の思いも代弁したところであろう。


 優哉は知らぬことだったらが、クラスメイトの中には、魔王。すなわち、騎馬民族達の王を討てば、それでもとの世界に帰れると言われていたものもいるのだ。


 そして、戦うことを約束した時点では、大陸の統一なるものは聞かされてもいない。



「我々は、そちらの都合でこの世界に呼び寄せられた。本来ならば、平穏な暮らしと将来の夢がある中でです。それでも、皆様の思いの応えようと考えたのは、一重に虐げられた人々のための戦いであると聞かされていたからです。ですが、侵略行為に加担する気はございません」


「っ!? 昴、そろそろやめておけよ」




 そんな場の思いを代弁しようと必死に口を開く昴であったが、優哉は周囲から感じる不穏な空気を察し、昴を思いとどまらせようと口を開く。


 普段であれば、冷静さを失った自分を嗜めてくれるのが彼であったが、今回に関しては、常にまとめ役であったが故の責任感と異常事態に対する混乱が、彼から理性を奪っていたのかも知れない。




「一ノ瀬の言うとおりだ。やってられねえよ」


「そうだそうだ。せっかくチートもらったって言っても、戦争なんかに巻き込まれたらまかり間違って死ぬかも知れないもん。冗談じゃないよ」


「第一っから勝手なのよ。下手に出てくれれば許されると思ってんの?」



 しかし、優哉の言も虚しくまとめ役ともいえる昴が感情的になった結果、他の者達も騒ぎはじめる。


 たしかに、自分達は大いなる力を得た。それでも、頸を飛ばされれば死ぬし、毒を受ければ苦しみ続けるだろう。


 つまりは、絶対的な力というものを得た分けではない。何より、アヴィネスのように力を得た自分すらも凌駕する人間が実在する。



 そんな事実があるのならば、考えられるのは一つ。




「それに、人に物事を頼むんだったら、そんな風にふんぞり返って……ごふっ!?」


「うわあっ!?」


「きゃああっ!?」




 そして、優哉や健介、美波と一部の生徒を除いた数十人が、その扇動に乗るように声を上げはじめる。


 一瞬、顔を見合わせた昴が、申し訳なさそうに顔をゆがめるも、やはり待っていたのは予想通りの結果であった。




「調子に乗るなよ。小僧ども」



 あろうことか、皇帝に対して詰め寄ろうとした生徒達であったが、その人智を越えた力の持ち主達が、一瞬のうちに先ほどの巨漢達数名によって組み伏せられる。


 “勇者”はたしかに、人智を越えた力を有する。しかし、有するだけでは、それ以上の力を持った人間には適わない。


 自分達をある程度自由にしているのも、それを御せるだけの自身と実力持った人間達が存在しているからでもあったのだ。


 冷静に、というより状況にオロオロするだけであった優哉達や感情を失ったかのようにそれを見つめる一部の生徒達以外は、思わぬ形で異世界の洗礼を受けたのである。



「な、何をしやがるんだよっ!! 放せっ!!」


「ぬっ!?」




 しかし、生徒達もまた、人智を越えた力を得たばかり、力にませて抑えつける将軍達ともみ合いになり、収拾は付きそうになくなってくる。


 優哉達は元より、他の百官達も慌てふためく様子は無いが、下手に介入することも出来ずそれを見続けるのみ。


 優哉はアヴィネスへと視線を向けるも、彼女は不機嫌そうに顔を逸らすだけ。他の皇女達も同様であった。


 式典の最中にあって、本来では有り得ぬ行為。だが、それを収めることが出来るただ一人の人物が、ゆっくりと玉座より立ち上がり、乱闘の場へと歩み寄る。




「ガルザ。もうよい。放してやれ」


「っ!? ……御意」




 ガルザと呼ばれた巨漢に対し、静かに声をかけた人物。皇帝アレクシール2世その人は、抑えられていた生徒数人の元に膝を折る。


 その様を見ていた一部の百官達は、顔を顰め、一部は侮蔑するような表情を浮かべ、残りは気まずそうに顔を逸らす。




「君達には済まないことをしたと思っている。たしかに、玉座に仰け反っているだけでは誠意は伝わらぬな」


「えっ?」




 そう言うと、皇帝は将軍達に抑えられていた生徒達に対し、ゆっくりと頭を下げる。


 宰相とはじめ、他の百官達が表情を暗くするも、皇帝は頭を下げ続ける。本来、帝国の頂点に君臨し、至尊の冠を戴く男が頭を下げたのである。


 それは、それまで不遜な行動を実行していた生徒達から思考を奪い、百官達には多恵が達不満を与えていく。



「だが……」



 一瞬、凍りついた広間内。しかし、その場にひどく乾いた音が轟きはじめる。



「立場を弁えよ」




 ピシャリと、生徒の頬を張ると、その場にいる者達、獰猛な猛獣の如きガルザ将軍すらも、背筋を凍りつかせるほどの声と眼光を向ける。

 


 そのまま、踵を返し退出していく皇帝。


 それを見送った者達は、すべからく全身に浮かんだ汗を拭う作業に従事することになる。定番のような気さくな君主などは想像の産物であり、有能かどうかも知れぬ人物であっても、相応の地位を全うしている人間の放つオーラは、何人おも凌駕するだけの威圧を持っているのであった。




「…………満足したか? それでは、諸君。これにて式典は解散とする。夕刻より、晩餐会を予定しておるが故、しばし自由に過ごされるが良かろう」



 そして、その中でただ一人、冷徹に状況を見守っていた宰相が、静かにそう告げると、式典は終了となった。

13日は、職場の忘年会なので更新は出来ません。大変申しわけありません。14日の更新をお待ちください。

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