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第10話 再会と指針

「ふう……」



 動作を終えた優哉は、ゆっくりと息を吐きつつ右腕を回す。


 準備不足での全力投球であり、上腕の腱や筋肉がピンと張り詰めた様な感覚に襲われていた。


 しばらく無理は出来ないだろうとは思うが、それでも全力投球が出来るだけに身体は戻っている。よくよく考えれば、左肩の矢傷もすっかり癒えている。アヴィネスの乱暴な処置でも効果はあったようで、召喚による身体面の強化と言う要素を改めて思い知ることが出来る。



「優哉。……これは、どういった手管なのだ?」


「は?」


「いや、氷玉を投じての破壊行動は、法術と投擲の複合であったはず。だが、今回のこれは……」




 そんな身体の回復を実感していた優哉に対し、凍りついた鉄板を消滅させたアヴィネスは、いまだに残るクリスタルの群生を撫でつつ口を開く。


 たしかに、鉄板を撃ち抜いてやろうという気ではいたが、完全に凍結させられるとは思ってもいなかった。




「失礼するわ」


「あっ」




 そんな優哉に対し、フードを取った女性、ラミザが彼の手を取り、右手の刻印を見つめる。


 鮮やかな黒髪が光に照らされて銀灰色に輝いているように見え、唇のルージュや爪のマニキュアがどことなく妖艶な雰囲気を与えてくる。




「ふうん……。殿下、リーナがこれを?」


「うむ。戦乱の原因になるからと、隠していたそうだ。まったく……」



 特に感情を表に出すことなく、刻印を撫でたラミザの問い掛けに、アヴィネスはリーナの隠し事に対する憤りを隠さずに答える。



「いえ、私もそれには賛成ですね。現に、彼はことの重大さを実感していない」


「えっ!? 俺ですか??」




 しかし、ラミザはそれに同調せず、無感情な視線を優哉に向けてくるモノの、突然そんなことを言われたところで優哉にはどうしようもなかった。


 実際、刻印は自分の意志で宿したわけではないのだ。とはいえ、その場の状況を知らぬラミザを責めるわけにも行かなかったが。




「……まあ、宿してしまった以上は仕方ないわ。――無理はしないでね?」


「あ、はい」




 そんな優哉の様子に、ため息混じりでそう口を開いたラミザであったが、最後には優哉を気遣うようにやさしい視線を向けてくる。


 その表情に、一瞬鼓動が跳ね上がった優哉であったが、すぐにアヴィネスに手を取られる。



「何を呆けとるか。それより、先ほどの話だが……よいか?」


「偽装の件ですか? それは……」



 なぜか、不機嫌そうに口を開いた後、表情を改めるアヴィネス。


 そんな彼女の問いに、優哉は周囲の臣下達へと視線を向ける。封印に関してはとりあえず異論はない。彼女の許可がであれば使役は可能になるというのだ。


 ただ、自分が刻印を頼らずに対処出来ない事態も考える必要がある。アヴィネスは皇女であり、帝都に戻った以上、四六時中ともに行動するわけにも行かないであろう。



「我々が交代で護衛につきましょう。信頼できる者のみを選んでおります」


「そもそも、あれだけのことが出来れば下級法術でも十分対処出来ることがほとんどですよ。本来、氷を産み出すだけの一段階で、あれだけの量を産み出した。自分の身を守る防壁ぐらいは簡単だと思いますよ?」




 そんな優哉の視線を受けたパキュレスとラミザが、頷きながら口を開く。


 パキュレスは愚直に護衛を。ラミザは優哉の法術を鑑みての言であり、その言葉には信用に値する響がたしかにある。




「一応、どうなるのかと言うことは確認しておきたいです」


「うむ。とりあえず、刻印の使役は下級刻印。氷法術ならば、氷の刻印の力のみではある。だが、見たところ、そなたが使役した法術は問題なく使えるだろう。威力は落ちるであろうがな」


「身体面は?」


「氷の加護が薄くなるとは思う。冷感に対する耐性は残せると思うが」


「肩や指先が冷えないって言うのは魅力ですからそっちを優先して欲しいですね」


「うむ。身体面に関しては、召喚とともにある要素だから、特に変わらぬ。もとから鍛えられた身体だ。下手な召喚者よりはマシであろう」




 そして、ラミザの言を受け、アヴィネスに向き直ると、彼女は言葉を受けずとも優哉の意図を察し、頷きつつ口を開く。


 その説明を受けていると、現状で大きな制約はないようにも思える。今し方のように、皆が目をむくようなことは出来ないかも知れないが、元々そんなことをやるつもりはない。


 それよりも、優哉には他の召喚者の存在というモノが気になっていた。




「……他にもいるってことですよね? いったいどういう」


「見知った者達だ。安心してくれ」



 そして、自身の言に、優哉の反応を予測していたであろう、アヴィネスが頷きつつ答える。しかし、そんな彼女のもとにパキュレスが歩み寄る。




「殿下。他の場は……」


「っ!? ……そうであるな」




 そして、パキュレスの言を受けたアヴィネスは、それまでの表情を改め、一転して真剣な表情を優哉へと向ける。




「優哉、もう察しているとは思うが、心して聞いてくれ」


「――――はい」




 改めて口を開くアヴィネス。


 その表情には、どこか後ろめたさを含んだ何かがたしかに存在している。そして、彼女の言とパキュレスの反応に、どこかで感じていた予感が、確信に変わっていく。




「他の召喚者とは、君の友人達。そして、今回の召喚の儀は、国家事業。即ち、全員が全員、私やシスティーナのような人間のもとに召喚されたわけではない。他の俗物達……門閥貴族、大商人などの中には、奴隷目当てで参加している者もいるのだ」



◇◆◇



 大陸の覇権を争う大国、ユディアーヌ帝国の帝都ユディーアノープルは、大陸最大の流域面積と水量を誇るセラス湖と“地中海”を繋ぐ海峡の中央部に位置し、セラス湖による大陸内部の水運と地中海交易の富を一手に集める世界の中枢都市である。


 その外観は、周囲を三重層の城壁に囲まれ、その内外を縦横に走る水路と整然と区画された街並みが、見るモノを圧倒させる美しい産み出している。


 人の手によって産み出された最高傑作とも呼ばれる一大都市であり、建国以来二〇〇年を数えようとしている大帝国の首都として、今日のこの日も内外のその威容を示しているのだ。


 しかし、都市の繁栄の影には、搾取に悩む貧民や人としての権利を奪われた奴隷。そして、家畜同然の扱いを受ける亜人種達の苦悩が見え隠れしている。


 今この時にあっても、支配階層に属する者達は、帝国各地から運ばれてきた美味に舌鼓をうち、美酒を呷り、管楽の宴に舞う。


 被支配階層でも、身分を保障された者達は、日々の責務をこなした後には、僅かな贅沢を楽しみつつも平穏な生活を過ごしている。


 そんな彼らに対し、日々の搾取に喘ぐ者達は、自身の手で産み出した作物の残り香にすがり、僅かな配給によって命を繋ぐ。


 時としては、権力者の気分によって命を絶たれ、女性であれば平然と慰み物にされる。支配階層としては、これらの階層は人ではなく、あくまでも道具であり、その手の行為は、新たな道具を生産するための手段でしかないのである。




 今もまた、平民達が日々の僅かな歓楽に酔い、肩を並べて街路を練り歩く傍ら、通りの影では、衣服を擦り切り、身体中に痣を作った亜人種の女性が息も絶え絶えに這いずっている。


 それらに対する同情があるのかどうかまでは分からない。しかし、それは現実としてそこに存在していた。



 光と影、陰と陽、聖と邪。



 それらの相反する要素の全てが集まった魔都。それが、この繁栄を謳歌するユディーアノープルの正体でもあるのだった。



◇◆◇



 通路から見える街並みは、高くなり始めた陽の光を浴びて、より整然としているかのように見えた。


 今し方受けた説明が真実とは思えぬほど、都市の美しさには目を見張るものがあるのだ。


 とはいえ、今の優哉にはそんな景観に目を奪われている暇はない。


 クラスメイト達が、友人達が万一の事態に晒されている可能性もあるというのだ。



「みんなはこの先に?」


「うむ。謁見の儀は、今日の正午に予定されている。皆、時が来るまで再会を喜びあっているところだろう」


「俺が最後と言うことですか?」


「おそらくな。……私としては、それで良かったが」


「えっと、召喚には多少の時間差があるというわけですね? そういえば、以前に、“当たり”“外れ”等と言っておりましたが」


「そのままだ。貴様は私に対して礼を以て接してくるが、力を得たことや勇者の身分を勘違いして、無体を働く者もいた。当然、相応の制裁を与えてやったがなっ」


「殿下」




 逸る気持ちを抑えつつ、通路の先に見え始めた扉を一瞥し、アヴィネスへと向き直る。


 話を聞く限りでは、誰かがアヴィネスに命知らずなことをやったようだが、それはご愁傷様としか言いようがなかった。


 一際、声が大きくなっている様子を見ると、気位の高いアヴィネスに相当失礼なことをしたようだが。


 そんなことを考えていると、アヴィネスとパキュレスが口を閉ざし、表情を引き締めている。


 すでに控えの間は目と鼻の先であり、壁際に佇む兵士達の表情も厳しい。なにせ、国家事業として呼び寄せた人間達が集まっているのだ。警戒も厳重になるのだろう。


 そして、アヴィネスと並ぶようにして扉の前に立つと、兵士達は一斉に槍を掲げ、アヴィネスがそれに頷く。


 声を上げるわけではないが、それが彼らなりの作法である様子だった。そして、ゆっくりと扉が開かれると、内部から談笑する声が耳に届く。




「………………っ!?」




 しかし、そんな声も開かれた扉の先にあるアヴィネスの姿に、さざ波が過ぎ去った後のように、静寂へと向かっていく。


 そんな周囲の雰囲気に、優哉は一人困惑するも、見まわした先には見覚えのある顔がいくつもあり、自然と顔がほころぶ。



 目があった者達も、同様の反応を見せていた。



 と、そんな優哉に対し、腕に触れて先に進むことを促したアヴィネスは、無言のまま室内へと歩みを進める。


 黙り込んでいる者達の多くが彼女を一瞥し、その目には、敵対者を見るような光がこもっているのだ。


 ある意味で、彼女の置かれた立場を端的に表しているように優哉には思えた。




「ここで良かろう。しばし、休んでくれ」


「は、はい……」


「…………パキュレス。私は一端戻る。優哉を頼むぞ」


「はっ……」




 そして、室内最奥にあるテーブルへと向かったアヴィネスは、ゆっくりと備え付けの椅子に腰を下ろし、二人にも着席を促す。


 しかし、すぐに立ち上がると周囲を睨むように視線を向けながらそう口を開く。


 そのするどい眼光を受け、それまで彼女を睨み付けていた者達が一斉に顔を逸らし、再び室内は談笑の声に包まれはじめる。




「ふん……」



 不機嫌を隠すことなく、それらの姿を嘲笑したアヴィネスは、さっさとその場を離れようと優哉達に背を向ける。しかし、そんな彼女の行動を止めるための声が、室内に響き渡った。




「お姉様っ!! お久しぶりですわっっ!!」


「っ!?」


「あうっ!? ひ、ひどいです……」



 突如として、視界に飛び込んでくる小さな影。


 優哉とパキュレスが気付くと同時に、それはアヴィネスへと突撃しており、不意を突かれる形になったアヴィネスであったが、悠然とそれの頭を掴んで抑えつけている。




「はっはっはっは。レナも姉上も相変わらずですな」


「……そなた達」


「姉上。お気持ちは分かりますが、この場に置いては自重なさるべきでは? レナーリアの方がよほど、務めを果たしておいでです」




 そして、そんな小さな襲撃者の後に続き、アヴィネスよりもやや大柄で、甲冑の上からでも分かるほどの豊満な体つきをした健康そうな美女と反対に細身で繊細そうな容姿の女性が並んで二人の元へとやってくる。


 分かりやすいほどに正反対な立ち位置の二人であったが、顔つきも、分かりやすいほどにある人物に似ている。


 しかし、そんな人物達のことよりも、優哉にとっては、彼女等の後に続く者達の事の方が重要であるのだった。




「優哉。無事だったんだな」


「お前もな昴……。健介に、美波も……本当によかったよ」


「こんなことになるなんて、夢にも思わなかったけどね」


「他のみんなも、一応、無事だよ」




 そう口を開きながら笑いあったのは、先日まで同じ夢を追いかけ、ともに行動してきた幼馴染み達の姿。


 久方ぶりに感じる再会は、ある意味で初めての安堵を優哉に与えてくれていた。




 …………そして、世界はゆっくりと動き始めていた。

キャラが増える増える~。


あと、正直に申し上げます。感想とかがあったりすると、すごく励みになります

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