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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第二部 碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で後宮妃の心に花を咲かせます。

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4-14 父親と保護者と①

 二人は先華殿を出て、行き先も決めずゆるりと宮廷を歩き回る。

 官吏の走り回る足音や、武官の指示を飛ばす声が、さざ波のように遠くで聞こえる。


「亞妃に会っていくか?」


 燕明が百華園の方へ視線を向け尋ねるも、大于は首を横に振った。


「やめておこう。あれはもう、ここで亞妃として生きていくのだから」

「気を遣う必要はないぞ」

「気を遣っているのではない。信じているのだ。白土では親子と言えど、一度手を離れれば一人の大人として対等に扱うものだ。託したいものはもう全て託した。今度会うとすれば、それは白土の大于と萬華国の亞妃としてだろうな」

「それは、少し寂しくはないか?」


 大于は「ハッハ!」と、体躯に見合った大口を開けて笑った。大きな身体が揺れれば、まるで山一つが動いているようだ。


「そうか、萬華王にはまだ子がいなかったな」

「幼少期にあまり良い思い出がないものでな……まだ暫く子はいいと思っている」


 大于は、己よりはるかに年若な大国の王を見下ろした。

 この大国の王は、一度でも父親の腕の中に入ったことはあるのだろうか。

 馬の尾のように艶やかな黒髪からは、良い暮らしをしているのだということが窺える。しかし、良い暮らしが幸せな生活とは限らない。大国の皇子として生まれたのであれば、色々とあるのだろう。

 大于は、燕明を少しだけ不憫に思ってしまった。


「……いつか、お主も子をもてば分かるだろうさ。親子とは人に見せびらかす関係ものではない。心の中にだけ留めておけばいいのだ」

「そういうものか。良くは……わからんが」


 燕明は眉根を顰めてはいたが、それは不服というより、本当に分からないという感じだった。


「そういえば、お主と同じ顔をしていたな。あのちいこい医官も」

ちい……月英か」


 大于は「おお、そうだその名だ」と、楽しそうに手を打った。


「いやあ、あれには驚いた。開国したとはいえ、まさかたったの三人ぽっちでこちらまで来るとは。とんだ馬鹿もいたものだなと思ったことよ」

「それには私も驚いた」


 よその臣下を馬鹿呼ばわりするとは、と普通ならば怒っても良いところなのだが、この時ばかりは燕明も力強く頷いていた。

 やはり他国の目から見ても、月英の行動は異質だったようだ。

 今まで我慢を強いられる生活をしてきたせいか、月英には後先考えず思い立ったらすぐ行動、と反射で動こうとするクセがある。抑圧から解放された今、反動で歯止めが総じて弾け飛んでしまったせいだろう。


「……もう少し、考えて行動するように言っておくか」


 額を押さえて牛のように唸る燕明を、大于は好意的に捉えた。

 たった一人の臣下に、頭を悩ませられる王は少ない。

 国の王とは、いかに臣下を駒と思えるかだと大于は思っている。ましてや大国であれば尚更であり、先代皇帝がまさにそうであった。


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