3-16 春家②
『――っ何でだよ! 何で蘭姉が……っ!?』
何度万里の拳が彼らの胸を叩こうと、父も春廷も防ごうとはしなかった。
ドン、ドン、と重苦しい音が胸を痛めつける度に、二人は悲しそうに目を眇め顔を逸らした。
『父さんも廷兄も大丈夫だって言ったじゃんか! 任せろって……絶対治すから大丈夫だって!』
『…………っすまない……万里……』
絞り出すような声で父が謝れば、万里の拳は一際強く父の胸を打った。そのまま膝が折れてズルズルと縋るように落ちていく万里の肩に、春廷が手を伸ばす。
『万里、ごめん。ワタシも父さんも色々手を尽くしたんだ。決して手を抜いたわけじゃない。だが……今の医術でも治せない病はたくさんあるんだ……っ』
『悔しいけど』と、春廷は万里を抱き締めた。
襲い来るやるせなさが、万里の肩を掴む春廷の指を強張らせていた。春廷の指先がギリギリと万里の肩に食い込む。
肩に痛みなど感じなかった。ただただ万里は胸が痛かった。
春蘭はもういない。
春蘭に恩返しする事はもう叶わない。
春蘭がもう笑いかけてくれることもない。
春蘭を救うことすらできなかったのは……自分もではないか。
『――っ言い訳はいいんだよ! ボクに懺悔して、自分達だけが軽くなろうとすんな! 一番悔しいのは、蘭姉だろうがよっ!!』
春廷を跳ね飛ばすようにして、万里は立ち上がった。
父親と春廷は息を呑んで、万里を見つめていた。
もう万里にも自分が止められなかった。
経験したことのない感情が、胸の中で暴れてまとまらない。
誰も悪くない。でも全員悪い。仕方なかったんだ。どうにかできたはずだ。最期まで彼女の傍らにいたかった。その瞬間なんて見たくない。医術は立派だ。そんなもの無駄だった。
自分は何もできなかったじゃないか。
役立たず。
自分が滅茶苦茶に叫んでいる言葉の意味すら、万里には理解できていなかった。感情に無理矢理言葉をあてがっているだけで、そこに真意もなにもない。
手当たり次第に物を投げつけるように、万里は口に任せるままに言葉を吐き続けた。
そして、万里は言ってはならない一言を口にしてしまう。
『父さんと廷兄の人殺し――っ!』
とうとう耐えられなくなった父親は、そこで膝を折り床にへたり込んでしまった。
春廷が慌ててその身を案じるも、万里は涙に濡れた赤い目でただ二人を見下ろしていた。
『街の人達は治して、どうして蘭姉は治せなかったんだよ。何のために医学に行ってんだよ。何で二人もいて、蘭姉一人を救えなかったんだよっ!』
『万里……』
まだ十歳の子供に、配慮というものを求めるのは酷だろうか。
『ああ、もしかして治療の手を抜いたんだ?』
『万里! 言って良いことと悪いことがあるぞ!』
『――っじゃあ、なんで助けてくれなかったんだよ! 一番大切な人を助けられないんじゃ無駄じゃん! 役立たず! 人殺し!』
せり上がってくる感情が声だけでは足りぬと、目からも熱い雫となって溢れ出す。
咳き込みながらも、万里は血を吐かんばかりに二人を罵り続けた。
『蘭姉を返せよ! ボクの蘭姉を……っ! たった十年しか……っまだ、だって……ボクはまだ――――っ』
噛んだ下唇は錆びた味がした。




