3-14 兄と呼べなくなった十年前
月英が元の天幕へ戻ると、どこかへ行ったと思っていた万里が天幕の外壁に背を預けるようにして座っていた。
「隣、いい?」
そのまま自分だけ中に入るのも憚られ、万里に隣への着座を請う。彼は目線だけを地面に向け、静かに了承してくれた。
月英は示された万里の左側に腰を下ろす。
「――わぁ! 綺麗な星空だ」
空を見上げれば、真っ黒な空にたくさんの宝石が散りばめられていた。
萬華国で見上げた夜空には、砂金が散らばっていると思っていたのだが、こうして光のない地上から見上げれば、輝く星々にも色があることを知る。
広がる空は絶え間なく続いているというのに、萬華国と北の地では、見えるものがまるで違っていた。
夜半だというのにすっかりと目が覚めてしまった月英は、その供に傍らの万里を引き込むことにした。
月英は天幕の陰から、人集りでざわついた向こうの天幕を一瞥する。
どうせ彼も眠れやしないのだから。
「ねえ、万里」
万里は「んー」と喉を鳴らして、気のない返事をする。
「万里はどうして今回、一緒に来ることを選んだの」
ピク、と万里の肩が揺れた。
「やっぱり、春廷がいたから?」
直球過ぎたかもと思ったが、春廷の名を出しても、万里はもう不機嫌になることはないと確信していた。
案の定、万里は少々躊躇いを見せたものの騒ぐこともせず、最終的には素直に頷いた。
「……だろうな。自分でもはっきりとした理由はないけどさ、オマエがお姫様に伝言をって言いに来た時、『万が一』とか言っただろ。それでその万が一を想像しちまって、そうしたらもう、何か……今行かなきゃって……」
どうやら思惑通り、あの悲壮感作戦は彼の心を揺さぶれていたらしい。
「そうだよ、万里。君の判断は正しかったんだよ。だって、大切な人が明日も変わらずに、隣にいてくれるなんて限らないからね」
万里は膝の上で抱えた腕の中に頭を落とすと、「そうだよな」と噛み締めるように呟いた。
「でも、おかしいよな……その前までは名すら聞きたくないほど、あんなにアイツを恨んでたってのに」
「元々恨んでたわけじゃなかったんでしょ」
さらり、と返す月英に、腕の隙間から片目だけを覗かせた万里は、驚きに目を大きくしてすぐにそっぽを向く。
図星なのだろう。
「ねえ、万里。昔、二人の間に何があったの」
本心では恨んでいたわけでなくとも、万里は春廷を人殺しだと叫んだのだ。
月英には、どうしてもその言葉と今の春廷とが結びつかない。
何かの勘違いではないのか。では勘違いだとして、なぜ春廷はあのように万里に気を遣い続けているのか。
万里が少しずつ歩み寄ろうとしているというのに、春廷は今の距離を保とうとしている。
噛み合わない歪な二人の関係。
「別に話したくないなら、話さないでも良いけどさ」
「いや……オレも自分の中を整理したいから丁度良かった。聞いてくれよ」
顔を上げた万里は、ガシガシと雑に髪を乱すと、夜空に深い息を吐き出した。
夜闇の帳に淡い白線が一筋流れた。
「もう、十年かな。オレがアイツを兄と呼べなくなってから……」
それは、春兄弟のそれまでを変えてしまった出来事。




