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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第二部 碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で後宮妃の心に花を咲かせます。

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3-12 なんで知ってるの……?

 月英は、夜が明けたのかと思った。

 地面に敷かれた毛皮の敷物の上で寝ていたのだが、耳をつけた地面から、どたどたと騒がしい足音が伝わってきた。

 次に、天幕の外で緊迫した人々の声が飛び交う。

 月英はしょぼしょぼする目を擦りながら、身を起こした。


「え……何が……」


 ただの会話でないことは、漏れ聞こえる声音から理解できた。

 もしかして獣でも襲ってきたのか。それとも敵襲か、と月英は近くに寝ていた春廷と万里を急いで起こしにかかる。

 二人も暫くは眠そうに目を擦っていたのだが、天幕の外の気配を察知すると、眠気も一瞬で飛んでいったようだ。

 恐る恐る入り口に垂れる幕から顔を覗かせ、見張りに立っていた男に月英が声を掛ける。


「あの、随分と騒がしいみたいですけど、何かあったんですか?」

「ルウ爺んとこのアルグの体調が急変したらしいんだ……くそっ、もうすぐで成人だったってのに……!」


 男の言葉は、アルグという者は亡くなると決めつけたものだった。

 男は悲しいのか、腹立たしいのか、それとも悔しいのか、顔をぐちゃぐちゃに顰めている。いても立ってもいられないように、足先が忙しなく地面を削る。

 月英は男の言葉に、男と同じく心配することしかできなかったが、彼は違ったようだ。

 春廷は千切る勢いで入り口の垂れ幕を跳ね飛ばし、男へと詰め寄った。


「今すぐ、その子のところに案内なさい!」

「え、ちょ!?」


 戸惑う男の胸ぐらを掴み、春廷が早くと急かす。

 しかし、春廷の手を掴む者がいた。

 万里だ。


「待てよ! もしかして、治療するとか言うつもりじゃないだろうな!?」

「体調が急変ってことは、何かしらの怪我か病を得ている状態なのよ。だったら、すぐに行かなきゃ! 間に合うかもしれないわ!」

「もしそれで、また失敗したらどうする!? 下手すりゃオマエの命が――っ!」

「目の前で苦しんでる人がいて、救わないなんて選択肢はないわ! ワタシは医官だもの。ワタシの命なんかより患者の命――」

「そんなこと言うなよっ!!」


 万里に掴まれた春廷の手が、ミシッと軋んだ。


「オマエの命を『なんか』なんて言うなよ……っ! だって、オマエすらいなくなったらオレは……っ」

「万……里……?」


 驚きに春廷の勢いが削がれる。

 しかし会話が止まった隙に、今度は男が春廷に声を上げた。


「お、お前、萬華国の医官なのか!? だったら頼む! アルグを助けてくれ!」


 春廷が医官だと分かると、男は万里の手から奪うようにして春廷の腕に縋りついた。懇願とも言える表情で春廷を見上げる男は、今にも泣き出しそうだ。


「可愛い弟みたいな奴なんだ! 成人したら一緒に狩りに行く約束もしてたんだ! 頼むよ!!」


 一度会話が途切れたことで、頭に上っていた血も下がったのか、春廷は冷静さを取り戻し深く呼吸する。


「……まずは症状を診てみないとよ」

「熱病だ! 一週間くらい前から熱病で寝込んでたんだ」

「分かったわ。その子のところへ案内してちょうだい」

「お、おう! あっちの天幕だ!」

「月英、ワタシは先に診察に入るから、置いている荷物から医療具を持ってきてちょうだい。熱病に必要なものなら、アナタにも分かるはずよ」

「分かった、任せて!」


 言うが早いか、月英は天幕の中へと飛び込み春廷の荷物を漁りはじめる。


「確かある程度は粉薬にして持ってきてたはずだから、まずは調合の道具だよね。それと熱病だから……薬は葛根、大棗、麻黄、甘草それに――」

「バカ、違う」


 医薬房でいつも春廷や豪亮が使っていたものを記憶の中から探し、一つずつ薬を揃えていれば、様子を見ていた万里が堪り兼ねたように口を出す。


「間違いじゃないが、それは初期症状の時だ。一週間くらい前から罹患してたんなら、もう初期の薬じゃ無理なんだよ。熱病は(いん)(よう)(きょ)(じつ)で使う薬も変わってくるが、持ってきた薬で作れるのってったら……(さい)()(けい)()()(おう)()()(さい)(しん)……おっと、(ばく)(もん)(どう)もいけるな。他には――」


 いや、口だけではなく手まで出していた。

 万里は次々に必要な粉薬を選り分けていく。その手際は、一応とはいえ医官の身である月英よりもはるかに良い。選り分けながら説明する口上も立派なもので、月英の方が乳鉢片手に「ほう」と感心して頷いている。


「いやぁ、凄いね万里! 僕より医術に詳しいよ」


 そこで疑問がわく。


「……あれ? 万里って官吏だよね」


 彼の知識は、明らかに医術をかじっているという程度を超えている。

 春廷が家業は街医士と言っていたが、やはりその影響もあるのかもしれない。であれば、なぜ彼は同じく春廷のように医官になる道を選ばず、官吏の道へ進んだのだろうか。

 これだけの知識、自ら学ぼうという気概がなければそう覚えられるものではない。


「官吏と医官って、確か登用試験自体違うよね。なのに、どうしてこんなに詳しいの?」


 万里はピタリと手を止めた。


「ねえ、万――――ぶわっ!?」


 突然、選り分けた薬包の山を胸に押し付けられ、月英は落とさないよう慌てて両手で抱える。


「早く持っていけ」


 万里はそれだけを言うと、月英の問い掛けにも答えず、一人天幕を出て行ってしまった。


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