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【書籍化】碧玉の男装香療師は、ふしぎな癒やし術で宮廷医官になりました。  作者: 巻村 螢
第三部 碧玉の男装香療師は、国を滅亡させる!?

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1-6 悩んでもいいんだ

 しかし、仕事のことなら話しかけて良いとは、やはり彼は変なところで真面目だ。

 思わず苦笑が漏れる。


「それにしたって、何で万里はあんなに怒ってたんだろう」


 彼の思考が読めない。

 いっそのこと、彼の記憶が丸ごとすっぽり消えてくれればあっさり解決するのだが。


「陛下にやったみたいに首でも打つかな……いやでも、確かあの時は記憶は消えなかったわけだし……」

「先ほどからブツブツ言いながら何をやってるんだ、月英」


 月英が頭を抱えていると、ちょうど今し方記憶の中で首を打たれた人物が、長袍をなびかせながらやって来た。


「やはりまだ太医院へ行くのに問題でもあるのか?」

「あ、陛下。いえ、太医院へは行ったんですが、それとは別でまたちょっと……」


 下ろされた髪や着流された長袍からは気怠げな印象が漂うが、包まれている彼の堂々たる体躯は幾分も劣らない。

 まさに『萬華国の至宝』と呼ばれるにふさわしい者だろう。


 ――僕、その至宝の首に思いっきり手刀を入れたんだよね……。


 今考えると命知らずだなと思う。

 しかし、あの時はそれほどに混乱していたのだ。

 燕明の思想次第では、月英の首が飛んでいたのだから焦りもするだろう。

 そこで月英は「あ」と思いつく。


「陛下、聞きたいことがあるんですが!」


 どうした、と燕明は首を傾げる。


「陛下は僕の秘密を知った時どう思いました」


 万里の思考が分からなければ、彼と似たような経験をした者に聞いてみれば良いではないか。


「秘密? 目のことか?」


 燕明は腰を折り、まじまじと月英の瞳を覗き込む。


「初めて見る色だったからな。驚きはしたが、だが率直に綺麗だと思ったな」


 真面目な顔で面と向かって綺麗と言われ、首の後ろがむず痒くなる。

 彼は自分の碧い瞳を綺麗だと言うが、彼の真っ黒な瞳も相当に美しいと思う。

 珍しい色ではないが、白と黒が互いを引き立て合っていてそれだけで、彼の意志の強さが伝わってくるようだ。


「では、女だって知ったときは?」


 ゴキュッと燕明の喉から変な音が聞こえたと思ったら、燕明は勢いよく上体を起こした。

 先ほどまで目の前にあった彼の顔はあっという間に遠くへ、というか明後日の方を向いていた。


「あっ、あの時は……っだな、その……驚いたし、正直ほっとしたというか……」

「ほっとした?」

「あー……いや、何でもない」


 わしわしと雑に後頭部を掻く燕明を、月英は首を傾げて見つめた。

 訝しげな月英の視線を受け、燕明は一つ大きな咳払いをすると声音の調子を戻す。


「で、急にそんなことを聞いてどうしたんだ」

「いやぁ……少しばかり悩んでまして」

「そういえば今朝方も何か悩んでいたよな? 同じことか?」

「そんな感じです」


 曖昧に笑う月英の顔には、いつもの元気がなかった。


「悩みすぎて頭が痛くなってきちゃったんで、気分転換に散歩してたんですよ」


「なるほどな」と、燕明は深く頷いた。

 顎に手を沿わせ、月英の疲れたように眉尻の下がった顔を見やる。燕明は口の中で唸りながら、思案に何度も顎を撫でていた。

 一方月英はというと、腹の前で組んだ指を忙しなくモゾモゾと動かしている。

 どうやら本当に悩んでいるらしい、と燕明は判断した。


 過去にもこういったことがあった。

 まだ月英が臨時任官だった頃、医官達との関係について医薬房の裏で悩んでいたのを見つけた記憶がある。その時は『どうせ』と投げやりなところがあった。

 しかし今は、頭を痛めるほどに向き合っている。

 月英の自由奔放さは、出会った頃からちっとも変わらない。

 だが、しっかりと成長している部分もあるのだなと、燕明は口元を緩めた。


「俺から言えることは、目一杯悩めってことだな」


 月英の頭に燕明の手が置かれる。

 春廷に結ってもらう時間がなかった久しぶりのボサボサ頭を、燕明の手がさらに乱していく。


「うわわっ! ちょ、ちょっと! 何だかいつもより撫で方が雑なんですけど!?」

「ははっ! 今日は乱しても怒られないだろうから大丈夫だろ」

「やーめーてーくださいぃ!」


 月英は燕明の手を両手で捕まえると、頭から引っぺがしえいっと投げ捨てた。


「もう! 頭の中も外もぐちゃぐちゃになったじゃないですか!」

「悩め悩め!」


 燕明は愉快そうに大口を開けて笑った。


「悩まずに出した答えより、悩んで出した答えの方が尊いというのが、今までの俺の経験則だ。だから悩め」

「これ以上悩んだら脳が死にますって」

「悩めるうちは生きているから大丈夫だ」


 適当だなと思いつつも、燕明の笑みにつられ、月英も思わず噴き出してしまう。

 少し肩の力が抜けたようで、身体が軽くなった。


「悩むってことは、それだけお前にとっては大切なことなんだろう」

「大切……」


 月英の脳裏に万里の姿が浮かぶ。


「はい。大切です」


 間髪容れずに答えていた。


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