詫び飯
待ち合わせは男の指定の個室居酒屋だ。
指定したのは男だが、予約は私がした。私は十五分前には席に着いて待っていた。
約束の時間に十五分遅れでやってきた男は、仕事帰りのスーツ姿だ。
男はちらりと私の顔を見たが、席に着くなりメニューを手に取った。
この男は私の恋人だ。私と男は記憶を持ったまま百五十四回転生を繰り返しそのたびに恋人になっているが、そういったひきこもごもは置いておいて、現在はただの日本人二十五歳同士の社会人カップルだ。
「酒……えーと、十四代」
一番高いやつを躊躇いなく選んで注文している。日本酒はいくら高級といってもそこまで値がはるものはないのでワインの置いてあるお店じゃなかったことに感謝を覚える。これは慈悲だ。
「あ、蟹あんだ……食べよ。牛ロースあぶり焼きと梅水晶……蛍烏賊の沖漬け、野菜も欲しいな。冷やしトマトと……オクラの唐揚げと、天ぷら盛り合わせも。あと、兜焼き……紅生姜唐揚げ」
次々と繰り出される注文。
なんて節操なく色々と置く店なんだ。戦々恐々としていると、男は私を見て優雅な笑みを浮かべてみせた。
「……ん?」
「好きなの頼みなよ。君の奢りなんだから」
「はい。本日わたくし、誠心誠意ご馳走させていただきます」
がばりと頭を下げるとテーブルにゴンと頭をぶつけた。
やがて、注文した料理が次々と届いた。
男は私の目の前でぱくぱくとたいらげていく。
中肉中背で、見た感じだとそこまで食べそうにない体だが、本当に本当によく食べる。
そして前前前世の前からずっと思っていたが、いつ何時も非常にうまそうに食べる。私はこの男のそういうところが好きだしそういうところじゃないところも大概好きだ。
男が無言で食事を進めていくのをじっと見ていた。
ゆっくりと丁寧に食べていく。
蟹を剥いて中身を出すのがとてもうまい。見惚れる。
一度だけ親指をペロリと舐めたその顔がエロい。ごくりと唾を飲んだ。
咀嚼を感じさせない速さでツヤツヤした刺身が口に吸い込まれていく。肉も、野菜も、平等に美味そうに食べられていく。この男の前では食べ物は皆平等に一番美味しく食べられる。なぜだか宇宙を感じた。
一定のペースで食物を口内の宇宙に放り込んでいく男は、一度だけ顔を上げて私に聞いた。
「君も食べれば?」
「いっ、いえ私は……」
男は「ふうん」と言って、さほどの興味もなさそうにまた食事に戻る。
注文した分を全て綺麗に食べ終え、男はようやく口を開いた。
「───で、俺が三ヶ月出張しているうちに十五人と浮気したことについての、詫びを聞こうじゃない」
なぜバレているのかわからない。たぶん私のスマホに何かが仕掛けられている。
私はたぶん性欲に呪われているのだ。この男が食欲に呪われているのと同じくらい、尋常じゃないそれに、何度生まれ変わっても襲われている。
「……本当に申し訳なく……なんというか……ごめんなさい」
「言い訳は?」
「ございません。全て私の罪でございます」
「……十五人いたらサッカーチームだって作れるよ?」
「はぁ……討ち入りもできますね……」
冗談を言ってみたが、男はクスリとも笑わなかった。慌ててまた頭を下げる。額がテーブルにぶつかりゴン、ゴゴン、と音が鳴る。
「すっ、全てわたくしの浮ついた心と純粋な性的欲求によるものでそこに愛などひとつもございません。平に……平にご容赦を……」
しばらく反応がないのでそうっと顔を上げると男はナプキンで口元を丁寧に拭っていた。
そして、立ち上がって衣服の乱れをぱん、と直す。
「ごちそうさま。早急に性病の検査受けてきて。結果が出るまで俺に指一本触れないこと。あと愛してる。何か質問は?」
「───っ、ない、です」
「何か、言いたいことは?」
慌ててガバッと顔を上げて言う。
「……っ、だ、大好き!」
「了解。じゃあまた。連絡する」
男はにっこり笑うと、颯爽と去っていった。




