5.誤解解消大作戦3
翌日、昼食のあとで散歩をしているとパメラに呼び止められた。
朝からずっと声を掛けたそうにしていたけれど、とうとうか。
人目も憚らずライゼスがずっと一緒に居るから、わたしが一人になることはないと理解しての声掛けだと思われる。ライゼスってば朝イチで部屋に来て、それからずっと一緒だもんなぁ、索敵の魔法でパメラの動向に気付いてたけど、声を掛けてくるまで待とうとライゼスが言うので、待ってたんだよね。
「あの、ソレイユ様、二人で話を……」
「私が居ると、なにか不都合でも?」
ライゼスの圧が強く、パメラは一旦キュッと唇を結んだが、それでも負けなかった。
「ライゼス様、ソレイユ様と二人でお話をさせてください」
「あなたはソレイユに反感を持っていますね? そのような相手と、ソレイユを二人きりにさせるとでも?」
「わたしは構いませんよ、二人で話をしても」
少し怒っているようなライゼスの横で、わたしは笑顔で答える。
どっちに付いていいかわらかずに戸惑うパメラが流石に可哀想か。
「ライゼスは、どうしても嫌ですか?」
「そうだね。二人きりでないといけない、というところがね。僕は過保護だから、万が一を考えると、君を離したくなくなるんだ」
彼の心配性に心当たりを思い出す。
「ああ、なるほど……この前のアレですか」
ライゼスからもらった、万が一の時に切ってSOSを伝えるブレスレットを切ってしまったことがあったので、離れることがちょっとトラウマになっているんだろうな。
もちろんわたしの手首には、以前と同じように細いブレスレットが着けられている。
どんな些事でも切って欲しいと言われているけれど、このブレスレットって高いらしいので切るには結構な勇気が必要なのだ。いや、切るのを躊躇って、切れない状況になることもあるかもしれないけど。
一番の解決策は、ライゼスにSOSをする必要のない状況であること。
すなわち、ライゼスと一緒にいればいいんじゃないか! という結論になるのである。
「それなら、目の届く範囲ならいいですか?」
そもそも屋敷の中だから警戒をする必要はないと思うけれど、危害を加えられる可能性を危惧するならば、見張っててもらえばいいんじゃないかと提案してみる。
ライゼスは渋渋ながら了承し、パメラもライゼスの譲歩を感謝して了承してくれた。
* * *
ということで、わたしはパメラと一緒に談話室にいる。
あれだけ一緒に居ると駄々をこねたライゼスは、父である領主様に呼ばれてしまい戦線離脱し、代わりにトリスタンをわたしのお目付役として残していった。
ライゼスのように圧を掛けてこないので、ありがたい。
パメラもホッとした表情になっている。
「ソレイユ様にお願いがあるのですけれども。わたくしに、魔力循環を教えてくださいませ」
てっきりなにか話があるのかと思ったけれど、まさかの魔力循環。
肩透かしを食らった気分をすぐに入れ替えて、笑顔になる。魔力循環なら、確かにわたしの得意分野だ。
「構いませんよ。じゃあまず、横になりましょうか。ここの絨毯もふかふかで気持ちよさそうですし、ここでいいでしょうか?」
「え、あの、それでしたら、カウチではいけませんか?」
床に寝転ぶのに抵抗があるようで、戸惑いながら提案する彼女に、床がいいと伝える。
「なるべく平らな方がいいです、体を真っ直ぐにしたほうが、魔力の循環を感じ取りやすいんですよね。ベッドでもいいですよ?」
流石にマルキアスとパメラの寝室に入る勇気はないので、ヨウエルの部屋を借りるのはどうかと提案する。
「折角ですから、親子で一緒にやるのはどうでしょうか」
「でも、それでは、親として……」
言いよどむパメラだけど、わたしとしてはやっぱり親子でやって欲しいんだよね。その方が、一石二鳥……げふんげふん。
「ヨウエル様のために、お母様も一緒にやるのよ、ということなら、別に構わないのではないでしょうか? きっと喜んでもらえますよ」
「そうかしら……」
不安そうなパメラを強引に連れて、ヨウエルの部屋に行き、ヨウエル付きの侍女に説明してベッドを借りることになった。
パメラもベッドに横になるので、トリスタンの入室は控えてもらう。ドアは全開にして、ドアの前に衝立を立てて簡単には中を見えないようにして、部屋にはヨウエル付きの侍女がそのまま残る。
突然母が部屋にやってきてヨウエルは喜んでいるので、なんだかこれだけで目的を達成した気分だ。
「かあさまと、まりょくの練習?」
「はい。ヨウエル様のお部屋を貸してくださいますか?」
「いいよ!」
ニコニコしてるの、本当にかわいいよね。パメラも緊張が解けて、笑顔が浮かんでいる。
「服のままベッドに、ですか?」
パメラは服のまま横になるのに抵抗があるようだったので、服を綺麗にする魔法を掛ける。
「綺麗にするから大丈夫ですよ。『綺麗にな~れ』」
人差し指を立てて、魔法の杖を振るように腕を振って、並ばせたパメラとヨウエルの上にシャランラ~と細かい光の粒を振り撒いて服を綺麗にする。
これで、皺も埃もなくなってスッキリだよね。
「すごーい! きれー!」
ヨウエルに絶賛されて、鼻高々ですよ。
「これが……ソレイユ様の、綺麗にする魔法、ですか」
パメラは硬い表情で確認してくる。光を出し過ぎただろうか、熱のない光だけど、ビックリさせてしまっただろうか。
心配になりながらも、頷いて答える。
「はい。子どもウケする、綺麗にする魔法です」
「魔法に詳しくないわたくしでもわかります。今のは技巧を凝らした、魔法ですわね。どうして、熱くない光や爽やかな香り、それに綺麗にするだけでなく皺まで伸ばすなんてことまで……」
詳しくないと言いながらも、分かろうとしてくれているのが嬉しくなる。
「だって、子どもが喜ぶでしょう? 魔法は夢が詰まっているものですから」
魔法に対する夢が大きいのは、日本人だった記憶があるからかもしれない。
折角使えるなら、がっつり使いたい、使いこなしたいのですよ。
「わたくしにも……できるかしら」
ヨウエルを先にベッドに寝かせてから、ベッドに腰掛けたパメラが羨ましげに呟く。
「パメラ様の現在の力量はわかりませんが、今の魔法はわりと難しいので、かなり頑張らなくては無理だと思います」
変に期待させることはしたくないので、はっきりと伝えた。
廊下の方で吹き出す声が聞こえたので、トリスタンにもこちらの声が聞こえているようだ。盗み聞きするなら、こっちにバレないように静かにしてほしいな。
「わたくしの、力量……もう、何年も魔法を使っておりませんから」
ベッドに座ったままで話す彼女の向かいに、侍女が腰掛ける椅子を持ってきてくれたので、ありがたく座らせてもらう。
ヨウエルはベッドの上でコロコロ転がっている。服のままベッドに入る背徳感を楽しんでいるようだ。
「年単位で使っていないのですか?」
思わず聞き返してしまった。
だって、使わずにいられるの? 魔法だよ? 便利なんだよ?
オブディティが、貴族の女性は魔法を使わないものだって言ってたけど、ここまで徹底的なんだ。
「ええ、だって、男性や周りの者たちがすべて整えてくれますから。ですから――ソレイユ様が作られた、ソレイユ式の魔力循環方法についても……ライゼス様が考案したものを、ソレイユ様の名義で発表したのだという話を信じてしまいました」
正確には『ソレイユ式魔法習得法』なんだけど、魔力循環の方で広まっている。魔力の循環が、魔法を使うのに必要になってくるから間違ってはいないんだけどね。
「ええっ? それは無理ですよ、まったくの他人の名義で申請はできませんから。特許というのは、厳密なもので、考案した本人の名義でなければ、特許が通ることはないんです」
なんかそういう正誤を判断する魔道具があるらしくて、偽証はできないんだって知ったときは驚いた。
蛇口の場合は、わたしがアイデアを出したけれど、構造を完成させたのは父と長兄なので、どちらで登録することもできるらしいし、連名という手もあるとのことだ。
「そう、なの? 知らなかったわ」
特許を取ろうとする人は珍しいらしいので、知らなくても当然だ。わたしもライゼスに教えてもらうまでは、全然知らなかった。
「大体、わたしの名義にする理由がないではないですか」
苦笑いして伝えると、パメラが真顔で首を傾げた。
「ライゼス様は出逢った当初から、ソレイユ様に傾倒していたとお聞きしておりますから。将来を見据えたライゼス様が、予め手を打たれたのだというのが、大方の予想なのです」
大方って……。
「わたしたちが出会ったのは、八歳と九歳の時ですよ? 流石にそのころは、ライゼスも純真でしたよ」
廊下から、微かに吹き出す声が聞こえた。聞き耳を立ててもいいから、こっちに分かるほどの反応はしないで欲しい。
「そ、そうよね、九歳ですものね」
「はい、あの頃のライゼスは、身長もわたしと同じくらいで、とても可愛らしかったです。初々しくて、でも真面目だから、わたしのストッパーとして、当時から我が家ではとても感謝されてました」
また、廊下から……。流石に怒ってこようかな、いやパメラとの話の腰を折るのはよくないか。
「そうなのね、あのライゼス様も子どもの頃は可愛らしかったのね」
ふふっ、と小さく笑ったパメラに、ちょっとホッとする。
少しは私へのわだかまりが薄れたのかな。
「さて、では魔力循環の練習ですが、ヨウエル様がお休みになってしまいましたので、パメラ様だけでよろしいですか?」
「あら」
ベッドに転がっていたヨウエルは、ベッドに腰掛けているパメラにくっつくようにして丸くなり眠っていた。
「お昼寝の時間ですものね。ソレイユ様、申し訳ないけれど、わたくしに教えてください」
「では、ヨウエル様はちょっと移動していただいて」
ヨウエルを抱えて移動させようとした侍女を制して、魔法でソッと持ちあげて、ベッドの奥へと移動させる。
「まあ……そんなこともできるの?」
「はい、これも精密な魔法の制御が必要になりますので、練習次第ですね」
うっかりすると、あの日のオブディティのように木片を天井に突き刺すような惨事が起こらないとも限らないので、釘を刺しておく。
「わたくしも、本当は自由に魔法を使ってみたいのよ」
靴を脱いでヨウエルの隣に横になりながら、こっそりと教えてくれる。
「使えば良いではありませんか。貴婦人は、なんでも周囲の人にやってもらうのが、社会的地位の表れなのでしょうが、他人の目がない所なら、いくらでも使えばいいのではないでしょうか、魔法はとっても便利ですよ。では、魔力循環のコツを教えますね。まず、足の裏から魔力が入ってくるのを感じます――」
穏やかな口調を心掛けながら、要所要所に触れながら魔力が体内を循環するイメージを伝えていく。
何度か繰り返し、一人でもできるようになったら、それを続けてもらう。
「魔力を循環させるということは、魔力を自ら操るということです。ですから、この魔力循環を続けることによって、魔法を習得することに繋がるのです」
様子を見ながら、寝物語のように、魔力循環の意義について伝える。
「魔法というのは、使えば使うだけ精度が上がりますし、力も強くなります。これは、魔力を使うことによって、肉体と魔力の親和性が上がるからに他なりません。魔力を循環させる行為も、魔法を使っているに等しい効果となるのです。ですから、毎晩、寝る前の日課にしていただければ、先程のような反重力の魔法や、付帯効果のついた綺麗にする魔法を、使えるようにもなります」
リラックスしてゆったりとした呼吸で魔力循環しているパメラの邪魔をしないように、静かに語りかける。
「そもそも、魔力も筋肉も同じようなものなのです。使えば、強くなるもので……筋肉よりも、魔力の方が素直に成長するので、女性ならばなおさら、魔法を使えるようになったほうがいいのです。女性の体は筋肉との親和性が低いですけれど、魔力は筋肉よりもよっぽど素直に身に宿ってくれますから。パメラ様も、魔力循環を続けて、魔法をたくさん使えるようになりましょう」
「ソレイユ様。パメラ様も、お休みになったようです」
侍女に言われて、パメラの呼吸が睡眠中のそれと同じであることにやっと気付いた。
「……食後は、眠くなるものですから。予定がないのでしたら、このままヨウエル様と一緒に休んでいただいて、よろしいでしょうか?」
「パメラ様のお付きの者に確認してまいります」
キビキビと動く侍女に頼まれて二人を見守っていると、すぐに侍女が戻ってきた。もう少しこのまま寝かせていても大丈夫だということなので、彼女に二人を任せることにした。
うんうん、いい感じにパメラとの距離が近づくことができたんじゃないかな?
静かに衝立を迂回して部屋を出ると、廊下にはトリスタンと一緒にマルキアスもいた。
もしかして、ちょいちょい聞こえていた吹き出す声の主って……?
マルキアス「彼女の家族から、そんなに感謝されてたのか?」
トリスタン「されてましたね」(きっぱり)




