24.真打ち登場
ナタリアがドアに張り付いて外の様子を窺ったその時。
ガチャンという音を立ててドアの鍵が開き、ドアがぐわっと勢いよく外に開いた。
「え……っ?」
ナタリアが間の抜けた声と共に張り付いていたドアが開かれたことで前のめりになったところで、腕を掴まれて放り投げられる。
通常ではあり得ない放物線を描きゆっくりポーンと遠くへ飛んでいく、周囲からも「わあああ」という悲鳴のような声が上がっていた。
重力の魔法を使ったのだと分かる。
あれ、大惨事になりそうだけど、重力の魔法で軽くしてるから危なくないけど凄く怖いんだよね。
あり得ない高さだし、内臓がふわっと浮き上がる心地悪い落下感、ゆっくりと落ちるとはいえ、魔法の正体を知らずに恐慌状態になっていたらもの凄く恐ろしいと思う。
わたしもやってみたからわかる。
一人じゃできないので、自分で重力の魔法で軽くした状態でライゼスにぶん投げてもらったのだ。
一番最初にやったのは、ライゼスだけどね。
わたしが吹っ飛ばされてみたいと言ったら、まずは自分がやると言って聞かなかったんだよね。わたしが身体強化で吹っ飛ばしたんだけれど、顔色が悪くなってたな。
ジェットコースターなんてないこの世界では、未知の感覚で、最高の恐怖であることは間違いない。
ぼんやりした頭であの感覚を懐かしんでいると、ナタリアを吹っ飛ばして入れ違いに飛び込んできたライゼスに抱きしめられた。
「ソレイユ、ソレイユ……ッ」
ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
さっきまで、ナタリアに抱きしめられていたけれど、その時とは違う力強さと安心感に、体中を苛む痛みを一瞬忘れる。一瞬だけ。
彼の背に腕を回し、強く抱きしめ返して彼の胸に顔をぐりぐりと押し付ける。
「ライゼス……具合悪いぃぃ。寒いぃ、吐き気するぅ、関節が痛いぃ、頭も痛ぃ、体全部痛いよぉ」
思いっきり弱音を吐く。
ライゼスなら何とかしてくれるという信頼感と、力強い腕の安心感。
「えっ、えっ!? 熱? うわ、本当だ、熱い!」
弱音を聞いて、わたしの体温に気づいたライゼスが焦ってる。
「変な魔道具くっつけられたら、熱、出たぁぁぁ」
涙がボロボロと出てくる。
「体調を悪くする魔道具か。聞いたことはある……持っているだけで罪に問われ、使用すれば更に重い刑に処される物だ」
悪い道具は、持つのも禁止されるって本当だったんだ。
「僕のソレイユを害したこと、絶対に許さん」
ライゼスは地を這うような声で怒りを吐き出し、わたしを抱きしめたまま振り向く。
「トリスタン、ロウエン、奴はどうした」
「気絶したまま、拘束してあります。ナタリア・クロスについても回収は完了しています」
キビキビとした声がライゼスに伝えている。
「手下についても捕縛が完了いたしました」
トリスタンとロウエンの他にも、制服姿の武闘派な方々が来ているし、町の自警団もいた。
なんだか……凄く大変なことになってるけど、ライゼスに任せておけば大丈夫だよね。
「ロウエン、人員を使って構わない、マルベロースに行き、エンネス男爵の身柄を押さえておけ」
「承知致しました」
「トリスタン、ここは任せる。僕は、ソレイユの熱をどうにかする」
「わかりました。その前に、ちょっと失礼しますよ」
トリスタンは一度わたしとライゼスを馬車から降ろすと、中にある荷物を使って窓を塞ぎ、座る場所を確保してくれた。
ヒーリングライトを使っても光が漏れないようにしてくれたんだとわかる。
「早く元気になってくださいよ、ソレイユ嬢」
行きがけに頭を撫でて、颯爽と近くの制服姿の人たちに指示を出していた。
ライゼスは素早く馬車に乗り込むとわたしを壁にもたれ掛かるようにしながら椅子に座らせ、わたしの前に跪いて手を握った。
「魔道具由来の発熱に、どれだけ効くかわからないけど……」
彼の手から『ヒーリングライト』の光があふれる。
ほわほわと温かな光が、少しずつわたしの中に浸透する。
「おでこに、ライト、して」
患部に直接の方が効くので、そうリクエストすると、彼の片手が伸ばされわたしのおでこを覆う。
頭の痛みが少しずつ薄まっていく。
「少しは効いてる?」
「うん、痛いの、少し楽になってきた」
目を閉じると、涙が目尻から落ちていく。
「少し、なんだね。やっぱり、効きが悪いのか。代われるものなら、代わりたいよ……っ」
悔しそうなライゼスの声に目を開くと、辛そうな彼の表情があった。
「ライゼスは優しいね。大丈夫だよ、ライゼスが来てくれたから、大丈夫」
なんとか笑って、ヒーリングライトを出しながら握ってくれている彼の手を握り返す。
「ソレイユ……」
ライゼスが苦しそうな顔になる。
彼が辛そうなのが嫌で言ったんだけど、逆効果みたいだった。
わたしが元気にならないと、彼の表情が曇ったままなんだと思うと、どうすれば早く回復できるかと痛みの引きつつある頭をフル回転させた。
「あのね、思ったんだけど……もしかしたら、外側から当てるよりも、中からの方が効くんじゃないかな」
たどり着いた妙案だ。
「なか、から?」
「うん、怪我なら外からライトを当てた方が効くと思うんだけど、熱は内側だから」
怪訝な声を出した彼に、たどたどしく説明する。
「だから、口、とか?」
「くち、とか」
ライゼスが繰り返す。
手に綺麗にする魔法を掛けてもらってからなら、指を咥えるのも大丈夫だと思うんだよね。
他人の口に指を突っ込むのって、抵抗があると思うので強制はできないけども。
ライゼスの反応を見ていると、呆然とした様子から、暗がりでもわかるくらいに顔が赤くなっていく。
「ソッ、ソレイユが、いいなら、僕はかまわないよ」
ツバを飲み込んでから、意を決したように頷いてくれた。
「よかった。ありがとうライゼス」
では、早速お願いしますと、壁にもたれていた体を起こして、目を閉じて唇を開いた。
凝視したらきっとやり難いよね、という配慮だったんだけど。
ふにっ……と唇に柔らかな感触が触れ、続いて口の中に――
結論として、わたしの仮説は正しく、体の内側から照射するヒーリングライトはその威力が桁違いだった。
いやもしかすると、ライゼスの気合いの違いかもしれないけれど……。
ものの十数秒で全快したわたしは、椅子に片膝を突き、わたしを椅子に押し付けるようにして唇を合わせていたライゼスの背中をバンバンと叩いて、回復したことを知らせた。
「んーっ、んーっ!」
わたしの回復に気づき一瞬止まったライゼスだったが、なにかを確認するかのように最後にもう一度深く舌を絡めてから、名残惜しそうに唇を離した。
「助けてくれたのはありがとうっ! だけど、はじめてキスをする人間に、いきなりコレは、難易度が高すぎると思いますっ」
まだ間近にいる彼に息も絶え絶えで苦情を言ったのに、彼は嬉しそうな顔をする。
「奇遇だね、僕もはじめてだよ。緊急事態だったから、キスの回数に入れないでおくこともできるよ?」
「くぅ……っ! これがファーストキスということにしておきますっ! わたしはてっきり、口の中に指を入れてヒーリングライトしてくれると思ってたのに」
まさか、キスされるとは思わなかった。
「え、あっ、……そうか、その手もあったか」
ライゼスは呆然と呟いて真っ赤にさせた顔を、わたしの肩に埋める。
さすがにこの距離は、ドキドキしちゃうなあ。
「……ねえ、ソレイユは、僕とのキス、嫌じゃなかった?」
小さな声で、恐る恐る聞いてくる彼に「嫌じゃなかったよ」と答える。
「じゃあ、僕のこと、好き? ええと、僕はソレイユのこと、凄く好きなんだけど」
「好きだよ」
なるべく重くならないように、あっけらかんと伝える。
多分、嘘を吐いてもすぐバレると思うんだよね。
だけど、ちゃんとわかってるんだよ。領主様の息子と、庶民で農家の娘なんて、どうにもなりようがないってこと。
学生時代の、一過性の、熱病なんだって――
「その顔は、わかってないな」
「いひゃいよ、らいじぇしゅ」
頬を左右に引っ張るなんて、子どもでもしないよっ!
「僕はね、君を愛してるの。ソレイユ・ダインが、好きで好きで堪らないんだよ。なにを犠牲にしてもいいくらい、君が一番なんだよ。それも、出逢った頃からだから、筋金入りだ。だからさ、ソレイユ、覚悟してくれる?」
椅子に片膝を突いたままわたしを見下ろす彼の顔が近づく。
両手で頬を挟まれていて、逃げることはできない。
「か、覚悟?」
彼の強い言葉を、聞き返す。
「そう。一生、僕と一緒にいる覚悟」
彼の瞳が赤く煌めく。
「僕はとっくにできてるよ、ソレイユと一緒に生きていく覚悟」
頬に添えられていた手が離れるのを、寂しいと思った。
だから彼の手を握って、真っ直ぐに彼の目を見返す。
「まだ……覚悟とか、そういうのは、よくわからないけど。ライゼスを諦めなくていいってこと?」
不安に揺れてしまう声に、ライゼスが微笑む。
「ソレイユ、僕を、諦めないで」
彼の擦れた声が近づいて、唇が重なった。
やっとライゼス登場!




