2.壁の向こう
「この向こう、なにかある」
壁に張り付いてまじまじと壁の向こうを見ながら、わたしはライゼスとトリスタンに伝えた。
「……この顔ぶれだからなのかな」
ちょっとだけ先に行っていたライゼスがすぐに戻ってきて、石の壁に触れてからわたしを見る。
「この向こうに?」
「シリリシリリ草っていうのがあるはずだよ。乾燥させて粉にすると万人受けする食欲をそそる香りがあり、風味付けとして料理に使えるんだって」
こっそりライゼスだけに見えた内容を伝える。
「なるほど。さて、それじゃあ、この壁がどうやったら開くかを探そうか」
「うーん、前回と同じなら、この辺かな」
十歳の時の身長を思い出して、その高さの壁を念入りに調べていると、手に引っかかりを覚えるところがあった。
「これを、グッと横に――」
スライドさせたら開くかな、と言う前に、カコンと引っかかりが動いて、わたしは向こう側にスッ転んだ。
「うえぇぇ、またこのパターンかあ。新しい通路で――ええっ? 宝箱? 宝箱だよ!」
はじめて見た!
とある世界でバイキングが金銀財宝を保管していそうな、一抱えもある大きな宝箱だ。
一辺が五メートルくらいのこの部屋に自生している植物以外は、部屋の真ん中にぽつんと宝箱が置いてあるだけなのがいかにもっていうか。
「ソレイユ嬢、触っちゃダメですよ。宝箱に模した人喰い箱もありますからね」
トリスタンが注意をするけれど、魔物ならステータスが見えるはずだから、反応のないこの箱は大丈夫だと思うんだよね。
「人喰い箱じゃなくても、罠が仕掛けられてる可能性もあるからね?」
わたしの心の声が聞こえたのか、ライゼスに注意される。
そうか……罠かあ。
「じゃあ、あれは、見なかったことにするの?」
がっかりして肩が落ちてしまう。
「自分が確認してきます、これでも罠の確認講習は受けていますし、実物の処理もしたことがありますので。お二人は魔物が来ないか、見張りをお願いしますね」
トリスタンが請け負ってくれた。
「わかった」
「気をつけてね」
冒険者ギルドで、罠を見つける技術の講習というのがある。罠が満載のダンジョンなんかもあるらしいし、こういう場合にも使える技術だ。
わたしはまだ取ってないけど、ライゼスは取ったと言っていた。
「魔物は僕が見ておくから、ソレイユはさっき言っていた植物を取ってても大丈夫だよ」
というライゼスのありがたい申し出に、シリリシリリ草の採取をする。
シリリシリリ草は草丈が五センチ程でシュッとしている、ブロックを積んだような作りの壁や床の隙間から生えており、力加減に注意しながら引っこ抜けばちゃんと根から抜けた。
摘んでシュポッと抜くのが楽しいが、取り過ぎもよくないので、予備の袋に程々に収穫してやめた。
ちょうどよく、トリスタンも罠チェックを終えたのか、腰を伸ばすようにして立ち上がった。
「取りあえず、魔物でもありませんし、罠の類いも仕掛けられていないようなので、開けましょうか?」
「開ける!」
トリスタンの言葉に、一も二もなく飛びつく。
「自分が開けますから、坊ちゃんはソレイユ嬢をこちらに近づけないようにしてください」
「わかった」
え? えええ?
ライゼスに腕を引かれて壁際へと寄せられた。
「万が一ということがあるので、近づかないでくださいね」
トリスタンに念を押されて、仕方なく近づくのは諦める。
トリスタンは宝箱の蓋を止めるフックを慎重に外し、重そうな蓋をゆっくりと開いた。
「坊ちゃん、ソレイユ嬢、もう大丈夫ですよ」
彼の声掛けに、宝箱に駆け寄る。
「本?」
わたしは中を覗いて呟いた。
大きな箱の中に、立派な装丁の分厚い本が一冊だけ入っていた。
「能力本だね。英知がひとつ納まっていて、求める者にその力を与えるといわれている物だ。使い切りで、滅多矢鱈に見つからない、本当に稀少なアイテムだよ」
ライゼスの説明にテンションが上がる。
スキルブック! なんかかっこいい名前のアイテムだ!
「どんな力がもらえるの?」
「それは……実際に受け取るまで、わからないらしい」
ワクワクして聞いたわたしに、ライゼスは微妙な声で教えてくれた。
「与えられる力はスキルと呼ばれていて、魔法とは違って、魔力を使うことなく行使できる力だそうですが……過去には、足が遅くなるスキルや、手で触れた鉄を錆びさせるスキル、なんていうものもあったそうです。コレクターに法外な金額で売れるアイテムなので、自分で使うよりも、オークションに出されることが多いですね」
トリスタンの説明で、ライゼスの微妙さを納得した。
「オークションかあ……」
それはあんまり惹かれないなあ。
「折角見つけたんだから、使ってみたいって言ったら、ダメかな?」
わたしの言葉に、ライゼスとトリスタンが顔を見合わせる。
「いや、そう言うと思ってたよ」
「護衛としては、危険な橋は渡って欲しくはありませんが、ソレイユ嬢ですしね」
わたしだといいのかな?
「能力本の上に手を乗せて『解放』と宣言すれば、スキルを得られるそうです」
「確か、一度に何人でもいいんだよね?」
ライゼスがくれた追加情報に、テンションが上がる。
「へえ! 使い切りの割には、気前がいいね! じゃあ、ライゼスとトリスタンさんもやるよね?」
早速能力本の端に手を乗せたわたしが聞くと、トリスタンは万が一ハズレなスキルだったとき、わたしたちを守れなくなるからと辞退した。
ライゼスにもやって欲しくなさそうだったけど、トリスタンがなにか言う前に、ライゼスは空いているスペースに手を乗せてさっさと宣言してしまった。
「解放」
「坊ちゃん……」
トリスタンが肩を落としている。
『解放』って宣言するの、わたしもやりたかったな……。
誰か一人が言えばよかったらしく、触れている手の先からスキルの知識が流れ込んできた。
同時に、能力本が光の粒となって消える。
「本当に使い切りなんだね」
もっと良く見ておけばよかった。なんだか、立派な本だったことしか覚えてないよ。
ライゼスは本に触れていた方の手を握ったり開いたりしている。
「アタリ、だな」
彼の言いたいことはわかる。習得したスキルがかなり有用なものだったもんね!
「どんなスキルを手に入れたんですか?」
興味津々のトリスタンに、説明がてらスキルを発動することにする。
「ちょっと使ってみるね! これ、さっき採取に失敗したシリリシリリ草なんだけど、これに『ヒーリングライト』」
壁まで走り寄り、手を伸ばしてさっき採取するときに失敗して萎れてしまったシリリシリリ草に、手のひらから出る光を当てる。
思いのほか光るなあ、これ。
萎れているシリリシリリ草が、見る間にシャキンと回復した。
「傷や病気を癒やす万能な光、らしいね。老衰は癒やす対象じゃないから、寿命を延ばすことはできないけど」
ライゼスも手から光を出しながらトリスタンに教える。
能力を得たときに、頭の中に入ってきた情報だ。
「そりゃあまた……アタリですね」
アタリと言っている割に、トリスタンは苦い声音だ。
「ソレイユ、このスキルは内緒にするよ」
「ええええ!」
不満! 不満です!
「大っぴらに使うと、教会や診療所に睨まれるだろうな。下手をすれば、教会か国で、監禁のうえで飼い殺しになるかもね」
「ひえっ」
飼い殺し、よくない。
三人で協議の上、回復の魔法のフリをして使う分には問題ないだろうということになった。あくまでケガを治すだけ、病気を治す魔法というのはかなり稀少なので、使わないように気をつける。
領主様にも伝えるべきなんだけど、他所にバレた時に、領主様が知ってたのに上の人に隠してたってことになったらそれはそれで問題なので、いつ領主様に明かすかはライゼスに委ねることになった。
それよりも、まずわたしがうっかりバレないようにしなきゃな、うん。
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