15.冒険者登録
「登録してから、一度しかギルドの依頼を受けてないってどういうことかな、ソレイユ?」
領都の冒険者ギルドの端で、壁を背にライゼスに詰められているわたしがいます。
わたしはいつものダンジョンに潜るときの軽装備で、ライゼスも丈夫そうな上下に黒い革で作られた防具と足を守るブーツを履いて、腰にはショートソードを装備している。幼馴染みの欲目かもしれないけど、体格がいいのもあって凄くカッコイイ。
いや、今は見惚れている場合じゃなかった。
「だ、ダンジョンには潜ってたんだよ」
「それは、知ってる。定期的に苔の採取もしていたし、ついでに魔物も狩っていたよね。それでどうして、冒険者証が失効してるのかな?」
壁ドンで彼に見下ろされて詰められ、大人ペンギンに詰められる子ペンギンの気持ちです。
そんなにわーわー言わないでよう。
「だって、あっちの冒険者ギルドじゃ、ちゃんとアイテムを売ってたら、文句言われなかったし」
「そうだろうね、冒険者登録の失効は、冒険者本人の問題だから。ギルドがいちいち文句も注意もしないからね」
自己責任という言葉が重い。
壁に手を突いてわたしを見下ろしていたライゼスが、溜め息と共に一歩後ろに下がる。
「一度失効したら、取り直さなきゃならないということだ。規約を確認したけど、確かにそう書いてあった」
「うう……ごめんね。地元なら、すぐに再発行できたのに」
わたしの冒険者証が失効しているのに気付いたギルド職員にそう言われた。同じ冒険者ギルドなんだから、こっちでも再発行できるべきじゃないのかなと心から思う。
でも、ちゃんと管理してなかった自分が悪いことはわかっているので、申し訳なくて彼の顔を見ることができず俯いたままのわたしの頭を、彼の大きな手が撫でる。
「まずは、再登録しようか。大丈夫だよ、ソレイユなら」
頬を撫でた手に上を向かされると、彼の赤い瞳が優しくわたしを見下ろしていた。
彼が信用してくれているのがわかる。
「うん、頑張る!」
ライゼスの期待に応えるように、頑張る! と心に決めて、再度受付に向かった。
冒険者証を再取得するには、今日はもう午後なので次の休みに受けられる半日かかる講習を予約して、午後からは実技ということで先輩冒険者の立ち会いのもと依頼をひとつ受けることになるそうだ。
地元で冒険者登録したときは講習のみだったので、実技がある領都での登録は面倒臭い。
再登録の当日。
ライゼスも一緒に来ようとしたけれど、一日を潰させるのは申し訳ないので断った。
午前中に行われた講習は問題無くクリアできた。講習の最後にあったテストで満点を取ったので、後でライゼスに自慢しておこう。
問題は午後からの実技試験だった。
「では、この箱の中から紙を一枚引いてください。そこに書かれている依頼が、試験になります」
合計で五人いた登録者が、順番に箱の中から紙を引いていく。
わたし以外の登録者は妙に厳ついし年上ばかりだ、地元では冒険者登録するのは若い人が多いんだけど、領都は違うっぽいな。
居心地の悪さを感じながら、わたしは三番目に紙を引かされた。
「植物の採取」
他の人はビッグラットを三匹倒すとか、一角兎の角を納品するとか、そういう討伐系のお題ばかりだったので、わたしはアタリを引いたと思う。
ステータスを使って、完璧な植物採取をしてみせる! ズルではない、自分の能力を遺憾なく使い切ってこその冒険者だからね!
「それでは、ダンジョンに入り、依頼を遂行していただきますが、それぞれに先輩冒険者が立ち会います。彼らは手助けすることはありませんが、本当に危険が差し迫った場合のみ助けてくれます。それでは、無理はせずに、いってらっしゃいませ」
ギルド職員に見送られ、王都の一番近くにある小さなダンジョンに向かう。
全員、ぞろぞろと同じ場所に向かいながら、歩いていく。
「俺はフィリプスだ、よろしくな。三番」
「あ、はい、よろしくお願いします」
わたしの担当らしい、ちょっとチャラい感じの金髪のフィリプスに名乗られたので、一応挨拶を返しておく。三番っていうのはわたしが紙を引いた順だろうな、名乗る必要は感じないから訂正はしなくてもいいかな。
それよりも、初めて入るダンジョンだから、ちょっと緊張する。
実技があるのは聞いていたので装備を調えてはあったけど、採取する植物の下調べもなしに放り出されるとは思わなかった。
わたしじゃなきゃ、詰みじゃないのかな? それとも、ある程度の採取対象は知ってて当たり前っていうスタンスなんだろうか。
王都の冒険者ギルドって、審査が厳しいなあ。
聞いた話だと、受かるのは二割程度らしいし。
こんなところで、躓くわけにはいかないんだよね。わたしには自走式ボードの為に魔石をゲットするという、崇高な使命があるのだから!
「ここが、ダンジョン」
見上げるほど大きな入り口がある。
縦に長く、思ったよりも大きい。
他の冒険者も出入りしていて、わたしたちが実技の試験中だとわかっているようで、生温かい目で見られた。
「十五階層まであるが、君たちは二階層までで依頼を完了させるように」
立ち会いをする冒険者の中で一番年上っぽい人が、わたしたちに注意をする。
「はいっ」
返事をして、ダンジョンの門をくぐった。
中はアザリアの遺跡と同じで、低階層だと勝手に明るくなる親切設計になっている。
強い魔物の出ない低階層だし人も多いけど、万が一に備えて索敵の魔法を使っておく。
勿論併用して、ステータス鑑定もしながらだ。
わたしの今回の目標は、薬の原料になるハイネジアを十本納品することだ。
いつも苔ばっかりだったから、薬草を採ったことはないんだけど、大丈夫ステータスを見れば収穫方法も書いてあるから!
魔物に会わない道を選びながら進んでいると、立会人が声を掛けてきた。
「君は、運が良いな。こんなに魔物に会わないってのも珍しい」
「そうですか?」
そりゃあ、魔物を避けてるから、当然だよね。
「まあ、魔物を狩るのが試験だったら、最悪だったけどな」
笑うフィリプスに追従はせずに、黙々と歩く。
こっちは迷子にならないようにマッピングしつつ、索敵の魔法とステータスをしながらの移動でいっぱいいっぱいだから、無駄話に割く余裕なんてないんだよ。
「君って、真面目だねえ。ほら、少し肩の力を抜きなよ」
そう言いながら肩に触れようとしてきた彼の手を躱す。
「すみません、集中したいので、口を閉じていてもらえますか」
そもそも、立会人なら黙って立ち会いだけしててください。
「へっ、真面目だねえ」
いやあなたがうるさいからだよ、と喉まで出かかった言葉を呑み込む。
彼は機嫌を損ねたのか捨て台詞のように吐き捨てて、わたしから少し離れた。
楽にはなったけれど、まさかこの不機嫌を評価に反映させたりは……しないよね?
――なんていう危惧がまさかの現実になりました。
「わたしはちゃんと、間違いなく、ハイネジアを十本納品しましたっ!」
納品カウンターでつい大きな声を出してしまったけれど、当然だろう。
わたしが間違えるハズなんてないのに!
全部、ステータスで確認して、一番良好な状態で収穫してきたんだよ。一本一本丁寧に土の中から掘り出して、すぐに水洗いして、濡れた布にくるんで、防水加工した袋に入れて運んだんだよ。
「でもねえ、ほらこれ。ハイネジアじゃなくて、ロウネジアなんだよね」
そう言って納品カウンターの担当者が取り出したのは、ハイネジアとは微妙に根の先の色が違うロウネジアという種類の植物だった。
「そんなのは採ってません」
「でも、君の納品した物の中に混ざってたんだ。それは間違いのない事実だよ」
「入れてません」
ぐぬぬぬと担当者を睨む。
担当者は困った顔をして、わたしの少し後ろにいるフィリプスに視線を向けた。
「これは試験だからなあ、俺は君がそれを入れたところを見たけど、教えてあげることはできない立場だったんだよ。ごめんな」
「見てないでしょう! 機嫌を損ねてから、ずっとわたしから離れていて、採取しているところなんて見てなかったのに、どうしてこれをわたしが採取したなんてわかるんですかっ」
「そんなわけないだろ? 新人を見守るのが、俺たち立会人の仕事なんだから。ちゃんと、最初から最後まで見ていたよ」
人当たりの良い笑顔で、説得するように言うが。仕事してなかった! 途中から明らかにサボってた!
「ソレイユさん、残念ですが、今回は失格となります。依頼の未達成もありますが、職員や、立会人に文句を言うのも減点の対象となりますから。本当に、残念です」
残念なんて言ってるけど、その顔に貼り付いた薄ら笑い、絶対にわたしが落ちていい気味だって思ってる顔だ!




