9.宴の後に
華やかな宴は、みんなが名残惜しむ中で予定通りに終了した。
長女の強い意志によって。
「牛たちが待ってるわよ! 飲み足りない人たちは、食堂のおじちゃんおばちゃんに付いていって! 後で二人で顔をだすから! とにかく一旦、解散っ! ありがとうございました!」
ヤンヤの大喝采で解散となりました。
冒険者の人たちは町で飲むぞと息巻いていたし、飲食店の人たちはウチの店においでよと誘って、他にも飲み足りない人たちを引き連れて町へと帰っていく。農家のおっちゃんたちは、それを羨ましそうに見てたけど、奥さんたちに仕事が終わってからだよと追い立てられていた。ひと仕事を終えたら、町に繰り出すとのことだ。
こっちの世界にも、酪農のヘルパー組織があるといいのにね。
生き物相手だとどうしても休めないから、ヘルパーさんが月に何日か手伝いに来てくれるとかなり違うと思うんだよね。給餌は魔法でできるけど、現状では搾乳にどうしても人手がいるんだよね。
あとで魔道具大好き長男カシューに、搾乳機の進捗を聞いておこう。搾乳機ができれば、人が少なくても管理できるようになると思うし、牛の頭数だって増やせるし、余剰が出れば加工に回すことができて加工部門が活性化するし、良いこと尽くしだよね。
搾乳機が出来れば、バルククーラーに生乳を貯蔵して温度管理できるし。
夢のロータリーパーラーが、夢じゃなくなるよね。
あんまり他人に興味がないオルト先輩が、長男の事を褒めていたし。きっと長男ならやってくれる!
一張羅から動きやすい服に着替えて、家畜の世話にいく班と会場撤収班に分かれる。
ライゼスとライゼスの護衛二人も会場撤収班として手伝ってくれた。
ライゼスについては最初から身内カウントだったので、片付け要員に組み込まれていたんだけど、トリスタンとロウエンも嫌がらずに参加してくれて大助かりだった。
「用意した食事もいい感じに無くなったし、みんな笑顔で、素敵なパーティだったよね」
「二人の人徳だね」
ライゼスと並んで、それぞれ大きなテーブルを浮かせて運びながら、パーティの後のフワフワとした余韻に浸る。
「そうだ、忘れる前にディーゴから、シリリシリリ草の粉をもらっておかなきゃ」
「そうだね、一応それも目的のひとつだしね。家長であるお義父さんにも、断りを入れなきゃいけないしね」
ライゼスに言われて、そう言えばそうかと納得する。
父は家畜班だったので、撤収が終わり次第父の元へ行き、事情を説明した。
「指名依頼でシリリシリリ草を、王都へ持っていくのかい? 障りがなければ、指名した方を教えてもらえるだろうか」
「はい、伝えても構わないそうなので。指名したのはランク四の冒険者である、カミル様です」
ライゼスの言葉に、父は微笑みを深くする。
「なるほど、彼ですか」
「あれ? お父さんも知ってるの?」
「前に、お仕事でこちらに来られたことがあってね。その時に、ティリスの屋台で食べたチーズをとても気に入ってくれたんだよ。まさか、冒険者を使って王都まで運ばせるとは思わなかったけれどね」
語尾に「はあーっ」と大きなため息を付けた父に心配になり、「大丈夫?」と聞くと、「大丈夫」と言いかけてから、両手でパンと自分の頬を叩いた。
「いや、いい機会だから、みんなに聞いてもらおう」
父は決心した顔でそう言うと、夜になってから年長組とわたしたちを、母屋に新しくできた居心地のいいリビングに集めた。長女とアレクシスは、町の飲食店に顔を出しに行っているので、今日は戻らないかもしれない。
双子と末っ子は、疲れ果てて既に夢の中だ。
一応索敵の魔法で居場所は把握しておくけれど、ぐっすり寝ているから朝まで起きてこないだろう。
トリスタンとロウエンにも、客間で休んでもらっている。
「じゃあ、ちょっと、あまり面白くない僕の身の上話をさせてね」
そう言うと、オルゴールのような箱を開けて、そこに魔石をセットして起動した。
プゥンという……蚊の飛ぶような起動音の後に、チチチチチという小さな音が出る。
「ウチに、盗聴防止の魔道具なんてあったんだ」
長男の目が輝いている。
へえ、これが盗聴防止の魔道具なんだ? 後で聞いた話だと、色々な形もあるし、音の全く出ないものもあるということなので、父のは旧式なのかも。
「カシュー、これは本当に解体したら駄目だからね。特殊な方法で、二度と組めないようになってるものだからね」
父が真剣な顔で念を押す。
「わかってるよ。何でもかんでも分解すなんて、もうしないって。それよりも、父さんの身の上話って? この魔道具が必要な程、ヤバイ話ではないと思いたいんだけど」
長男が話を逸らすために、本題を急かす。
母がみんなにお茶を出してくれて、父はそれを一口飲んでから、若かりし頃の父のこと、そして父の両親のことを話し始めた。
重かった。
そして、ヤバイ話だった。そりゃあ、護衛二人には聞かせられない。
長女とアレクシスは今日聞かなくて良かった! 折角のパーティの後に、この話はヘビーすぎる!
父の王都での話を聞いたあと、みんな無言だったよ。
わたしもなにも言えなかったし。
一昔前はそんなに貴族が横暴だったなんて思わなかった。まさか、祖父母が貴族絡みで殺されてるなんて思いもしなかった。
この土地にたどり着いて、親切な老夫婦からこの家を引き継いで、わたしたちが生まれてやっと幸せを実感したんだって。
「はい、ソレイユ、ハンカチ」
ライゼスがわたしの涙でべしょべしょの顔をハンカチで拭いてくれる。
「その貴族がいなければ、父さんは王都で文官として上にいってたんだろ。悔しくないのかよ」
「悔しくねえわけねえだろうが。だから、しっかり、ばっちり報復かましてんだろ」
怒り心頭の二男を、同じく怒り心頭ながらもたしなめる長男。
「でも、俺たちのじいちゃんとばあちゃんが、ころ……っ、殺されて……っ」
言いながら二男の目から涙がボロボロ溢れる。
父は二度大きく目を瞬いてから、ふわりと笑った。
「そうだね、君たちのおじいちゃんと、おばあちゃんだね……うん」
噛み締めるように言った父の手を、母が温めるように包んでいる。
「そういえば、お父さんのおじちゃんとおばあちゃんはわかったけど、お母さんのおじいちゃんとおばあちゃんは?」
わたしの言葉に、長男と二男が固まる。まさかまた悲しい話じゃないよねと、身構えたんだね、わかる。
「お母さんのおじいちゃんとおばあちゃんは、まだ元気よ。ただ、北の方に住んでいるから、会える距離ではないの。だから、今まで言ってなかったのよ、ごめんなさいね」
おっとりと言った母にホッとする。
「じゃあお母さんの出身は北の方なの? どうやって、お父さんと出会ったの?」
「王都でお父さんと同じ職場に就職したのよね。そこでひと目惚れして、押しかけ女房をしてしまったのよ。うふふ」
押しかけ女房!
うふふと笑いながら父に身を寄せて手を繋ぐ母に、父は照れ隠しに咳払いをして話を続けた。
「まあとにかく、そういうことがあってからもう随分経つし、国も人材は才能で選ぶようになって久しいけれども、王都では未だに貴族派が根強く台頭している可能性は強い。もしかすると、僕に対する恨みを子供である君たちに向けてくる可能性もある、ということを心の片隅に置いておいて欲しい」
「そうですね、法で貴族の無法を許さないようにはなっていますが。そもそも、法を理解していない貴族がいるわけですし」
ライゼスが暗にピオネル・エンネスのことを当て擦った。
本当だよね、いい法律があっても、理解しない、遵守しないとなったら、意味を成さないもんね。
「法を理解する頭の無い人にとっては、無いのと同じってことなんだね。でもそれで、許されるわけじゃないよね」
「勿論、法を犯せば、犯罪者になる。罰も受ける。だけどそれ以前に、馬鹿から身を守る自衛も大事だってことだよ」
「流石ライゼス兄さん、無茶苦茶わかりやすい。俺は絶対に王都に行かない」
本当に、とってもわかりやすい説明ありがとうございます。
二男がライゼスの説明で王都に対する不信感で一杯になっている。
それはまあ仕方ないよね、わたしもなんだか王都に行くの怖くなったし。ダイン家の子供だってバレないようにしよう!
胸の中でこっそり決意した。




