20.敗者の末路
音楽鑑賞会が終了して、前回のダンスパーティと同じようになんとなく部室に集まっている。
そして最新情報を持ったオルト先輩もいる。
もう来ないとか言ってたのは、忘れておこう。
「ヴィヴィアン・クロス。退学だってよ」
オルト先輩がオブディティのお茶を飲みながら、最新情報を披露する。
「退学!? 留年じゃなくて、ですか?」
思わず声をあげてしまった。
八割寝たら留年という話は聞いていたし、ヴィヴィアン・クロスは早い段階でぐっすり寝ちゃったから留年は免れないと思っていたけれど、退学になるなんて聞いてない。
それに、そもそも眠らせ合う勝負だったよね? あれ、もしかして違った?
「えっ? えっ? 眠らせ合戦じゃなかったんですか?」
戸惑いながら確認すると、オブディティの呆れ混じりの視線が刺さった。
「なにをおっしゃってるの。眠らせ合戦だなんて……あなた、そういえば、ヴィヴィアン様の近くに座ってなかったかしら?」
「え、だから、ヴィヴィアン・クロス先輩が先に、睡眠薬付きのハンカチをこっちに使ってきたから、わたしも全力で応戦したんだけど」
怪訝な顔のオブディティに説明する。
「ソレイユ、その応戦の内容を教えてもらえるかな」
ライゼスが微笑んで聞くので、音楽鑑賞会中にあった攻防を教えた。
全員がふんふんと聞いていたが、途中から全員笑いをかみ殺し、果てには声を出して笑っていた。
「どうしてそうなる。俺には意味がわからん」
大笑いしたあと、オルト先輩がわたしに向かって言う。
さすがにもうみんなの反応で、『眠らせる攻防』なんてのはなかったのだと理解したよ。
「睡眠薬の影響でしょうか。ソレイユは眠気があると、思考が突拍子もなくなりますから」
ライゼスの言葉に、オブディティもオルト先輩も「ああ、なるほど」と納得してしまった。
「でも、どうして退学なんですか? 留年ではなくて」
わたしが聞くと、オルト先輩が苦笑いする。
「既に一回やらかしてるからだとよ、ダンスパーティと今回で、学園側の温情が尽きたらしいな」
どっちもわたし絡み……。
学園を卒業できなかったら、貴族でいられなくなるんだよね?
流石に厳しい罰に、肩を落としたわたしの頭を、オルト先輩が乱暴に撫でる。
「ヴィヴィアン・クロスに泣かされた生徒たちが、喜んでたぞ。あいつのせいで、泣く泣く別れた恋人たちも多かったから」
わたしの頭を撫でていたオルト先輩の手は、ライゼスによって速やかに除けられた。
別に撫でられるのは嫌いじゃないんだけどな。
「その恋人たちは、どうして別れたのです? ヴィヴィアン・クロスの狙いはライゼス様だったのでは?」
オブディティの疑問に、オルト先輩が肩を竦める。
「去年はライゼスが入るかどうかわからなかったからな。だから、めぼしい男子生徒を見境なく狙ってたんだよ。それこそ、なりふりかまわずって感じでな」
「まあ! 男漁りをなさってたのね」
明け透けとした言葉で、オブディティが言い切るが、オルト先輩は突っ込まずに頷いた。
「確かご実家は裕福で、貸金業もなさっているのでしたわね。そこら辺を盾に取られれば、泣いて別れるというのもわかりますわ」
なるほど実家をネタに強請ったのか、それはえげつないね。
「だから、少なくない人数の生徒から、恨まれてるんだよ。今回はソレイユ・ダインがやったという名前は出てないから、気にすんな」
他の人は知らなくても、ヴィヴィアン・クロスはわかってるだろうなあ。逆恨みされそうで怖い。
「領都にも居られなくなるだろうから、ソレイユ・ダインの変な噂も消えてくれればいいよな」
オルト先輩の言葉に、ライゼスの表情が渋くなる。
「オルト先輩も知っているのですか」
「まあな。俺でも、知ってる」
そうか社交に疎そうなオルト先輩まで、茶会で広まっているらしいわたしの噂が届いているのか。もしかして、由々しき事態なのではないかな。
「ヴィヴィアン・クロス先輩が目立っておりますけれど、彼女以外にもライゼス様を狙っている人はいるでしょうから、変な噂が自然消滅することはないと思いますわ」
オブディティがライゼスを見て、きっぱりと言い切る。
「そうだね。僕の不手際だったよ」
「あっさりとお認めになるのね?」
目を細める彼女に、ライゼスが真面目な顔で頷く。
「ああ。浮かれて、対処を疎かにしていた僕がバカだった。気を引き締めるよ」
ライゼスの答えが満足だったのか、オブディティは表情を和らげる。
「浮かれて? なにか良いことでもあったのか?」
オルト先輩が首を傾げると、オブディティが「あっ!」という顔になった。
「オルト先輩、実はこの二人、秋の長期休暇でやっと付き合うことになったそうなのですわ」
そう言えば、オルト先輩に報告してなかったっけ? あれ?
思わずライゼスと顔を見合わせる。
「やっとか?」
「ええ、やっとですわ」
オルト先輩とオブディティが頷き合っている。
そんなに「やっと」なの?
「やきもきさせてしまい、申し訳ありません。今後は大手を振って、ソレイユとの親密さを主張していきます」
ライゼスが訳の分からない所信表明をした。
「あー、まあ、それが良いんじゃねえの。入り込む隙がないのを見せつけておけば、周りも納得せざるを得ないだろう」
オルト先輩がライゼスの無茶を後押ししている。
「なんにせよ、おめでとう、だな」
はにかんだ笑顔で言祝がれて、くすぐったくなる。
「あ、ありがとう、ございますっ」
「ありがとうございます。結婚祝いのパーティには招待しますので」
「……気が早えだろう、そりゃあ」
ライゼスの言葉で呆顔になったオルト先輩に、オブディティがため息と共に首を横に振る。
「既にご両親たちには、根回し済みだそうですわ」
「早えなあ、おい」
オルト先輩の楽しそうな笑い声に、わたしとライゼスを喜んでくれているのを感じて、ちょっと感動してしまった。
あんなに傍若無人な先輩だったのに、こんなに丸くなって!




