18.ラスト部活動
あれから王弟殿下ことカミルと会うことはなく。ライゼスの情報では、翌日には王都に向けて出発したということだったので、安心した。
食欲の秋、読書の秋、運動の秋、そして芸術の秋なのです!
もうすぐ冬だけど音楽鑑賞会が開催されるのです。
ダンスパーティーと同じ恒例行事のひとつなんだけれど、これのハードルはダンスよりはかなり低いよね。
だって、プロの楽隊を招いて演奏を聴くだけなんだから!
「そんなわけあるか。一部の人間からは、ダンスよりも辛いといわれてるんだぞ」
久しぶりに部室に来たオルト先輩がオブディティの淹れたお茶を飲みながら、わたしの言葉を否定した。
最近は卒業に向かって色々と忙しいらしい。来年のわたしも、あんな風にヘロヘロになるんだろうかと戦々恐々としている。
「なにがそんなに辛いのですか?」
オブディティも心配そうに聞いている。
「絶対に寝たらダメだからだ」
真剣な顔で言われた言葉だけど、内容としては「それだけ?」と突っ込みたくなるものだった。
「寝なきゃいいだけってことですか?」
「寝るだろ、音楽だぞ?」
真顔で力強く言うオルト先輩だ。
「いいか、目を五秒以上目を閉じるなよ。八割方寝たら留年確定だからな」
「え」
寝ただけでまさかの留年!
「三分の一以下で、校内清掃。半分以上寝たら反省文だ」
罰にもランクがあった。
校内清掃に反省文……嫌だなあ。
「前日はしっかり寝て、本番に備えておこうか」
ライゼスが結論づける。
「それが一番ですわね。明日は早く眠るようにしましょうねソレイユさん」
「そうだね、早く寝ようね」
オブディティに頷き返すと、なにか言いたげなライゼスの視線が刺さる。
「え、なに?」
「いや、なんでもない。それよりも、今日は折角オルト先輩が来ているんだから、ずっと聞きたがっていた自走ボードの質問をしたらどうかな」
ライゼスに言われて、そうだった! と思い出し、あわてて自走ボードと部品を取り出し、アレが合わない、これはどうするのかとオルト先輩に聞きまくった。
息抜きに来ていたらしいオルト先輩は、最初は渋い顔をしていたけれど、だんだん調子を取り戻してわたしの魔道具作りに協力してくれて――とうとう完成しましたよ!
「できたー!」
「まだ実際に走らせてないから、完成したとは言えない」
そういうオルト先輩の顔も、やり遂げて生き生きとしているじゃないですか。
「じゃあ走らせましょう! あそこ、あの、真っ直ぐな廊下で!」
「おう!」
自走ボードを担いで、二人で部室を飛び出す。
後ろからライゼスも着いてきて、オブディティは「留守番してるわ」とのことだ。
「前にお前の兄のメモ書きを見たが、なかなかの腕を持ってるだろう? 魔道具士をしているのか?」
「うちの家業は畜産農家だよ。そこの長男だから、もちろん畜産農家をしてますよ」
「もったいない! これだけの知識があるのにか!」
早足で歩いて移動する。廊下を走ったら怒られるからね。
「農家って、魔道具を使う技術もいるし、急な故障があれば自分で直すし、だから魔道具の知識が必要なんですよ。もちろん家畜の生態も知っておかないといけないし、飼料の配合も月齢や季節によっても変わるから気を配らなきゃならないし」
熱く語ったら、ストップが掛かった。
「酪農って言っても、そんなに色々考えなきゃならないことがあるんだな」
「まだまだあるよ?」
怫然とするわたしにオルト先輩が「もうわかったから、大丈夫だ」とにべもない。
「さて、それじゃあ、実験するぞ!」
「おー!」
たどり着いたのは、学園で一番長い真っ直ぐな廊下だ。
まずは平坦な道で実験し、後で外にも行ってみる予定だ。
「じゃあ乗ります!」
「どう考えても、お前はダメに決まってんだろ」
スカートがNGだったらしい。
悔しい、折角完成した自走ボードの試運転をさせてもらえないなんて。
拗ねていても仕方がないので、わたしの次にこのボードに詳しいオルト先輩に任せることにする。
「よろしくお願いします」
「おう、しっかり見とけ」
ボードはスケボーよりも少し長く、その先端から棒を伸ばし、T字にしてグリップを付けて、そこに速度調整のためのレバーが付いている。
ブレーキは、原始的に後ろタイヤを足で踏んで押さえつけるリアブレーキにしてある。これも長男の意見だ、何でも小難しくすればいいってもんじゃないと怒られた。
動力のための魔石が嵌められた小型の箱を、ボードにセットする。
「じゃあ、いくぞ」
「はいっ!」
ボードに乗ったオルト先輩が手元のスイッチを入れると、モーターが回る音がした。
そしてレバーを握ると、見事に走った。
事前に注意したとおり、オルト先輩はフルスロットルにはせずにゆっくり速度を上げていく。
ちゃんと走ったー! 走ったぞー!
早めの減速と、しっかり減速しきってからのリアブレーキで安全に止まり、ボードを反転させてからまたこちらに向けて走行する。
「やったー! 大成功だねっ、ライゼス!」
「そうだね……ただ、試走行する場所は、もう少し考えた方がよかったかもね」
ここは専門科の教室がある別館と本館を繋ぐ廊下で、人通りが思ったよりも多かった。
男子生徒も女子生徒も興味津々で自走ボードを見ている。
そして、近くの教室から先生も出てきた……。
* * *
「没収されなかっただけよかったな」
魔道具創作部の三人並んでお説教をもらい、自走ボードの校舎内での使用を禁止された。
まあ、当然と言えば、当然なんだよね。
自走ボードを持って粛々と部室に戻ってきたのだが、時間はまだある!
「次は外で実験しましょう! わたし、スカートの下に、ズボンを穿いてきます!」
「そうだな! 外なら走らせても、問題ないだろう」
オルト先輩も、頷いて立ち上がった。
一度寮に戻ろうとしていたわたしの制服が引っ張られる。
「反省しておりませんわね、あなたたち。ライゼス様も一緒でしたのなら、ちゃんと二人を止めてくださいませ」
留守番をしてくれていたオブディティが、目尻をつり上げている。
「はっ反省はした! だが実験は別だろう」
オルト先輩が余計なことを言って、オブディティに視線で怒られている。
「実験で走るくらいなら問題ないかと思ったんだけどね」
珍しくライゼスまで言い訳をした。
「実験で走らせるの、どこが問題ないのですか。まずは廊下の使用許可を取るものでしょう」
オブディティの正論にライゼスも「そのとおりだね」と気弱な答えを返す。
「ここで、今日すぐに実験などしてご覧なさい。魔道具創作部の活動を制限されてしまいますわよ」
「仕方ない、今は我慢か……まずは、外での実験のために、使用許可を取るところからはじめるか」
オルト先輩は至極残念そうに肩を落とす。
「校内の使用許可の取り方はまだ教えてなかったよな。うっかり忘れるところだったな」
「また、部活に来たときに教えてくれればいいんじゃないですか? 外での試運転も、一緒にやりますよね!」
確認したわたしに、オルト先輩は肩をすくめた。
「部活をするのは今日限りにするつもりだ」
「ええ? 魔道具大好きなオルト先輩が、ですか?」
信じられなくて聞き返したわたしに、オルト先輩が頷く。
「実を言えばな。お前たちが入らなければ、自分の代でこの部を潰す予定だったんだ。正直、俺はこんな性格だから、新入生なんて入るとも思えなかったからな」
「確かに入部のときのオルト先輩、厳しかったですもんね」
うんうんと同意すると、オブディティに脇腹を肘でつつかれた。
「だろう? だけど、お前たちが入ってくれて、思いのほか楽しかったんだ」
はにかむように笑ったオルト先輩に、胸が熱くなる。
「俺は、就職が決まった、だからもう部室には来ない」
「え? 就職が決まったなら、むしろ部活に出られるんじゃないんですか?」
「ソレイユ、就職と卒業は別物だよ。留年すれば就職も無くなってしまうんだ」
ライゼスの言葉に、そういうものなのかと納得する。
「そして、学園の卒業はなかなか難しいのですわ。もし留年してしまえば、同じところに就職を希望することはできませんし」
「そういうことだ。希望していた就職先だからな、何があっても留年はできないんだよ」
オルト先輩の決意が伝わってくる。
「わかりました! 陰ながら応援してますっ。そして、就職おめでとうございます!」
「おお、ありがとうよ」
照れくさそうに控えめに笑顔になるオルト先輩に、オブディティの冷静な視線が突き刺さる。
「……わたくし思うのですけれど、留年できない人が、どうして廊下で走行実験なんてするんですの? 今回は、先生から温情で目こぼししていただけましたけれど、一歩間違っておりましたら大変なことになっておりましたわよね?」
あっ! という顔でオルト先輩が青くなるし、加担していたわたしとライゼスも青くなる。
再度オブディティのお説教を受けてから、本日の部活は解散となった。
らしくなく、ライゼスもうっかり、ノリに任せてしまいました……。




