17.楽しいダンジョン探索
既に三人でのダンジョン探索は四回目となり、ただいま模索しつつやり方を探っております。
今日はオブディティの希望で、彼女が前衛となり、ライゼスがフォロー、わたしが後衛で回復役をやっております。オブディティは荷運びとして入ったのではないか? という疑問は野暮ってものだ。
「チェストォ!」
オブディティの鉄パイプが風を切って魔物を捕らえる。
素晴らしいフルスイングだ。腰の入ったいいスイングなので、過去に野球かソフトボールをやっていた可能性が大。
「……その掛け声は斬新だよね」
「なんだか、この言葉と共に振り抜くと、いつも以上に力が出る気がするのです」
うふふふとお淑やかに笑う彼女に、ヒーリングライトを撃ち込んでおく。
まだちょっとキラキラは出てるんだけど、かなり光の量を減らすことができている、ライゼスのようにまるっきり光を消すにはまだ練習が必要だ。今日はその練習のために後衛を志願したのだ、ここはまだ低階層なので、多頭での魔物の出現は少ないので多少キラついたとしても問題ない。
「今日のノルマはこれで終了だね。さて、じゃあ、今日はもう一階層降りてみようか」
「いいんですの?」
「やったあ!」
うちのパーティの参謀であるライゼスが許可しなかったので、ずっと一階層から三階層までをうろうろしていたんだけど、やっと許可がでたー!
オブディティと笑顔でハイタッチだ。
「君たち、そんなに先に進みたかったのか」
ちょっと呆れたように言われたが、心外だよ。
「もちろんですわ。ビッグラットやホーンラビットはもう十分狩りましたもの」
他に蛾も出るのだが、そっちは近づいての攻撃が危険なので、遠隔攻撃のできるわたしかライゼスが担当している。
「それにわたしもオブディティさんも前回で一つランクが上がったし」
わたしはランク七になり、オブディティもランク九になった。普通に依頼をこなしていたらランク八にはすぐに到達できる、わたしは依頼をこなすのをすっかり忘れていたので、納品だけしかしていなかったけれど、それでもちゃんと八にはなったし……地元のギルドの人も教えてくれたらよかったのにさ。そりゃあ、下手に依頼を受けてるのが母にバレたら、ゲンコツは必至だったけど。……だからか? みんな、わたしが怒られるのを危惧して、敢えて依頼を受けてないと思ってたのか? あり得る……。
「もう少し、ランクを上げたいと思ってね。このダンジョンの、五階層に入る最低ランクが六だから」
最低ランクなんてあるんだ……アザリアの遺跡で、結構下まで潜ってたのは、もしかしてダメなことだったのかな? 今更ながら冷や汗が出る。バンディに口止めしとかなきゃダメだけど、手紙に書いたら他の人にバレる確率が上がるし……いや、もしかしたらアザリアの遺跡だったら、最低ランクが違うかもしれないよね、ダンジョンによって出現する魔物の強さも違うわけだし。
うん、きっとそうだよね、大丈夫、大丈夫。
「いいですわね、わたくしも早くランクを上げたいですもの」
「わたしも上げたいです! そして、もっといい魔石が欲しいですっ」
質のいい魔石は強い魔物の方が落とす確率が高い。魔石に魔力を補充して使うことはできるけれど、満タンには入らないのだ。
「じゃあ、次の四階層に進もうか」
* * *
ということでやってきました、四階層。
「人が、多いね……」
三階層までは、そんなに他の冒険者はいなかったのに、ここに来て一気に増えた。
「大体の方が、三階層まではスルーしてましたものね」
「そういえば、そうだった、かも?」
あまり他の人のことは気にしてないので気付かなかった。
「でもこれでは、わたくしは前に出ない方がよろしいですわね」
「後衛をライゼスと交代する? そうすれば、大丈夫じゃないかな」
わたしのヒーリングライト弾だと光が残っちゃうけど、ライゼスのはまったくわからないから。オブディティが身体強化でごり押ししているようにしか見えないと思うんだよね
「いや、まずは僕とソレイユで行こう」
人の多いところはわたしとライゼスで、人がいないところに行ったら、ライゼスとオブディティが交代するということに決まった。
ライゼスは既にこの階層は何度も訪れているとのことで、迷うことなく先を進む。
領都にある三つのダンジョンはどれもアザリアの遺跡よりも、一層一層が広い。通路は入り組んでおり、ちゃんとマッピングといって経路を把握しておかないと帰れなくなる。
とはいえ、経路図はギルドにあるので、写すこともできるし、買うこともできるようになっている。
わたしは覚えるためにも書き写していて、オブディティは書き写す時に間違ったら嫌だからと言って購入していた。
このダンジョンの四階層の魔物は大抵三体ずつ出てくる仕様になっていた。
ライゼスとわたしはヒーリングライト弾を撃つ要領で他の魔法を撃ち出せるので、射撃ゲームの感覚で対応できている。
オブディティのうらやましげな視線が痛いけど。
「いい加減、わたくしも参戦したいですわ」
座った目のオブディティが、鉄パイプを肩にトントンしながら仁王立ちしている。
「だよね! うん、そうだよね! ちょっと待ってね、人気の無い場所探すからっ」
ライゼスと二人で集中して索敵魔法を使い、比較的人の少ない場所を探す。
こうやって目いっぱい索敵魔法も使っているので、有効範囲が広がっている。集中力が必要なのであまり範囲を広げたくないんだけど、オブディティの機嫌を直すためなら仕方ない。
左右に分かれて索敵を行っていたライゼスとわたしで意見をすりあわせ、少し離れた場所に向かう。
逆方向の通路に冒険者が数名いるが、こっち側はおらず、魔物もひと組と最適だ。
「接待討伐ですけれど、致し方ないですわよね」
オブディティが不本意そうに物憂げなため息をつく。
「うん、そこは諦めて」
ライゼスが後衛、わたしがオブディティのフォローにまわる。
「わかっていますわ。わたくしの身の不甲斐なさくらい!」
言いながら、身体強化して鉄パイプを振り抜く。
すかさず後ろからライゼスのヒーリングライト弾が飛び、オブディティはしっかりと踏み込んで、全力で鉄パイプを振り抜いて……二匹同時に倒した。
「位置取りが成功ですわね」
得意げにオブディティが胸を張る。
「身体強化の時間、少し伸びた?」
「そうかもしれませんわ」
わたしが魔石とドロップアイテムを拾い、オブディティが次々と収納に入れていく。ライゼスは周囲の警戒役だ。
「何度も身体強化を使っていたら、もっと伸びるかもしれませんわね」
期待に満ちた彼女に、わたしも嬉しくなる。
「そうだね! じゃあ、毎日、素振り千本だね」
引かれた。
やっぱり先に目標を宣言すると、身構えてしまってよくないのか。二男に重力の魔法を覚えさせたときのように、そうとわからずにやるのがいいんだね……難しいな。
ヒーリングライトの光に当たりながらフルスイングをすれば、何度だって身体強化が使えるから、体力が続くまで、いや、体力だって回復するから実質いくらでも続けることができるのだ。
最高の訓練なんだけどなあ。
「ソレイユ、無理強いはダメだからね。二人とも、近くに魔物がいるから移動するよ」
ライゼスに窘められて、仕方なく諦める。
次の魔物もオブディティが一人で倒し、確かに見てるだけというのは歯がゆいものがあるなと実感した。
その後、パーティで過去最高の数の魔物を倒し、すっきりしてダンジョンを後にした。
ほくほく顔でギルドのカウンターに戦利品を持っていく。
「素晴らしい戦利品の数々ですね。品質も良好です」
そうでしょうとも! 全部一撃で倒してますし!
ドヤりたくなるのをなんとかこらえたが、笑顔は我慢できないよねっ。
「査定も良くなりますよ。魔石は――ああ学園で使うのでしたね」
「はいっ」
元気に返事をすると、職員は笑顔で頷いてくれてふと視線をわたしたちの後ろに向けた。
「へえ、これだけ狩れるのは、素晴らしいじゃないか」
気安げに片手を上げて近づいてきたのは、イクリプス兄弟との腕試しに付き合ってくれた、高ランク冒険者のカミルだった。
「そうなんですよ。こちらの三人は、期待の新人なんですよ。レベル六のライゼス様、レベル七のソレイユ様、レベル九のオブディティ様です」
職員が紹介してくれるけど、実はもう知り合いなんだよね。
「ああ、一度会っている。オブディティ嬢は冒険者になったばかりなのに、なかなかいいペースじゃないか」
カミルが褒めると、オブディティは微笑んで頷いた。
特攻服で淑女の礼は似合わないもんねえ。
「カミル様、てっきりホームである王都に戻られたのだと思っていましたが」
まだこっちに居たのか。という声が副音声で聞こえる気がするライゼスの言葉に、カミルは肩をすくめる。
そういえば今まで、領都のギルドでカミルを見たことなかったけれど、王都の人だったんだね。
「俺も色々と多忙でね。仕事を終わらせて、やっとエルムヘイブンへ戻ったところなんだ。そう警戒するなよ」
あ、やっぱりわたし以外にも副音声が聞こえてた。それも本人に。
高ランクの冒険者が相手なら敬意を払うのが当然なのに、らしくない対応をするライゼスにヒヤヒヤする。さりげなくわたしたちの前に出ているのも……カミルになにかあるのかな?
「将来有望な若者たちを激励したくなるのは、年長者の性ってやつなんだよ」
若い子を構いたくなるおじさんってことか。
わたしも、小さな子たちを構いたくなるから、それと同じ感じかな。
「まあ、王都に来ることがあれば、声を掛けてくれ」
そう言って、気軽にライゼスの肩をポンポンと叩く。
「君らもな。無理はするなよ、命あっての物種だからな」
ちょっとだけ真剣な声音で言い、わたしとオブディティの肩も叩いて、うざ絡みすることなく愛想よく去った。
アレクシスもそうだけど、高ランクの冒険者は心が広いよねえ。
やっぱり、ランクが上がるには、品性も必要だってことなのかな。
ライゼスはオロオロしていたギルド職員にフォローの声を掛けて、査定が終わったら呼んで欲しいと頼んでカウンターを離れ、わたしたちをつれてギルドの端の方へ移動する。
「オブディティ嬢は知ってると思うんだけど……」
「ええ、兄に聞きましたわ。カミル様はカミリオン王弟殿下ですわね」
声を潜める二人の言葉に、オウテイを王弟と理解する。
王弟? 正直、田舎の民にとって、王様という存在が遠すぎて、リアリティがない。
歴代の王様姿絵は学園の校舎の中に飾られているけれど、覚えていない。そもそも、絶対に接点がないと思ってるから、覚える必要なんてないと思ってた。
まさかその弟が、冒険者やってるなんて――。
「いやいや、王位継承権がある人が冒険者なんてやっていいの?」
声を潜めて聞く。
「継承権を放棄してから、冒険者登録をしたらしいよ」
王位継承権の放棄って、大事なのでは?
「そこまでして、冒険者になりたかった人?」
「そうではありませんわ。陛下のお子様が大きくなられたから、混乱を避けるために、ということだそうよ」
オブディティの説明に納得した。
「なんにせよ。今後は、あまり接触しないように気をつけよう」
真剣な表情でライゼスが言う。
「え? なにか、よくない人なの?」
いい人そうだったけど。
「そうではなくて、そうね……あの人の冒険者も、副業だから、本業の方で接触されたら、ソレイユさんは色々ボロを出してしまいそうだもの」
「継承権は放棄しても、王弟としての公務が無くなるわけではないから。ほら、色々隠さなきゃいけないことがあるよね?」
「あなたの能力だとか、ライゼス様と読んだご本のことだとか、わたくしの収納とか、あるでしょう?」
笑顔のライゼスとオブディティに小声で詰められた。
「了解ですっ、見つけたら全力で逃げます」
「ていっ」
オブディティにおでこを叩かれた。
「ランク四の冒険者から逃げ切れるとお思い?」
はっ! そうか! 確かに!
「とりあえず、彼もそう暇ではないから、僕らの次の休みまでにはもう帰っているだろうし。とりあえず、今は、夕飯までに寮に戻るのが先決かな」
丁度よく受け付けから計算ができたとの声が掛かり、大急ぎで精算を終わらせて、全力で寮に戻った。




