幕間 カミリオン・リグ・バルドスの公務【後編】
ダイン家の屋台前でほのぼのとしているとき、一人ソワソワしていた町長が大きく手を振った。
「ああ、ダイン君、ダイン君、こっちこっち!」
遠くから歩いてくる男性は、真っ直ぐにこちらを目指している。
カミルは緊張する胸の内を表面上は綺麗に隠し、彼がたどり着くのを待ったが、その前にカティアが弾むように走って彼に突進した。
「カティア、危ないだろう。もう六歳のお姉さんなんだから、ぶつかるのはやめようね」
「カティアはまだ六歳なのよ? お父さんが大好きだから、ギューッてしたいのよ」
まったく聞き入れる気のない我が子に、父は苦笑いする。
「お父さん、抱っこしてどーぞ」
両手を広げて抱っこを強請る我が子に負け、身体強化を使って抱き上げる。
「重くなったなあ」
「カティアは育ち盛りですからねー」
暢気な相づちを入れるカティアに、大人たちが笑顔になる。
やっと町長の前まで来たアーバンが、カミルに向き合う。
「お客人。はじめまして、アーバン・ダインと申します」
「カミリ――カミルと申します、はじめまして」
「はじめまして。ああ、お父君の若い頃と似ていらっしゃいますね」
穏やかにそう応えたアーバンに、日陰へと誘われた。
カティアも一緒に来たそうにしたが、ティリスに「お手伝いがあるでしょ」と窘められて、出店に戻っていった。
護衛の三人は主人の意向を尊重して、周囲を守るように離れる。
事前にカミルからアーバンとの対話を相談されていた町長は、無事に自分の仕事を果たしたとばかりにクッキーを頬張りながら、ダイン家の屋台の裏に置かれたベンチに腰掛けて休憩している。
カミルのことを中央の役人だと思っているからこその気の抜けた対応だが、もしも王弟だと知られたら卒倒していたかもしれないし、カミルもまた冒険者などをしていることもあってこれだけ気の抜けた対応をされたところで気にもしていなかった。
のどかな公園の雰囲気にそぐわない真剣な表情で、カミルは木陰のベンチに座り、隣に座ったアーバンにだけ分かるように頭を下げた。
「父から、当時のことを聞いております。父も、当時は力が無く、守ることができず申し訳なかったと常々申しておりました、本当に申し訳ありませんでした」
アーバンは彼を見下ろし、ふぅと息をひとつ吐いてから頭を上げるように頼んだ。
「あなたから、謝罪をいただくことではありません。謝罪すべきは犯人であるがその口はもう無いし、私の両親は戻らない、それが真実ですから」
それに、と続けて冬が近づく空を見上げ、それから顔を上げたカミルに視線を向けた。
「最近思うのです、私が志半ばで職を辞し、こうして田舎で畜産業をすることは天命だったのではないかと」
「天命、ですか?」
都落ちした自分の運命を、それこそが天命だと言ったアーバンにカミルは言葉を促す。
「ええ、私と妻はこの町にやってきて、七人の子どもを授かりました。みなそれぞれに才能を持ち、一丸となって家業をもり立てようとしてくれるのです。最初は妻と二人だけではじめた畜産で、物知らずだったがために家畜を失うこともあり、辛い時期があったのは否めません。ですが子供たちが成長し、それぞれに自分の出来ることを行い、問題が発生すれば、共に力を合わせて立ち向かってくれるのです」
言ってから苦笑する。
「自由奔放な子たちですから、心配は尽きませんが、それもまた楽しい。王都に固執していては得られなかった幸せを、ここで手に入れることができました」
言ってから、肩の力を抜いて視線を正面に向ける。
「ああ、そうだ……もしなにか思うところがあるのでしたら、子どもたちを少しだけ気に掛けていただけますか」
真剣な顔で言ったアーバンに、カミルはしっかりと頷いた。
「わかりました、必ずや」
「あっ! でも、申し訳ないのですが、私がそんなことを言っていたなんて、子どもたちには言わないでくださいね。親馬鹿だなんて思われるかもしれませんから」
おたおたと慌てるアーバンに、秘密にすることも請け負った。
そこからはアーバンの子ども自慢を聞いたり、カミルが長女の夫で腕利きの冒険者であるアレクシスの話を聞きたがったり、しばし和やかに会話をした。
「領都に寄ったとき、ソレイユ嬢にお会いしました。農業では、刈り取りの魔法や地面に圧力を掛ける魔法など、面白い魔法を使われるのですね。下手な冒険者が使う魔法よりも、よっぽど凄い魔法で驚きました」
「麦や牧草を刈り取る魔法ですね、それから圧をかける魔法は、最近ライゼス様と編み出したという、重力の魔法でしょう。押し付けるのではなく、逆に軽くすることもできる便利な魔法ですよ。二男もソレイユから教わって、その魔法を応用してチーズやバターを作っています」
「チーズ! あの、素晴らしく美味しいチーズですか! あんなに美味しいチーズは、初めて食べました。保存が利かないのは、本当に惜しいですね。なんとか王都まで輸送する方法があればいいのですが」
心から惜しそうに言うカミルだ。
「そうですね、今後は保存の利く熟成チーズも作りたいと、加工担当の長女も申しておりましたから、成功すれば、そちらにお届けできるかと」
「本当ですか! 楽しみです」
今日一番目を輝かせたカミルに、アーバンは笑う。
「ああ、話が楽しくて忘れるところでした。こちらを、どうかお納めください」
カミルが上着の内ポケットから取り出したのは二つ折りの用箋挟みだった。
受け取ったアーバンが開いてみると、中には未使用の封筒が数枚入っている。それも……王家の紋章入りの立派なものだ。
「もし、何か連絡があれば、この封筒を使ってご連絡ください。運送代もこちら持ちなので、お気軽にどうぞ」
おどけたように言うカミルに、中々凄い物を頂いたぞとアーバンは苦笑する。
「承知致しました、お心遣い確かに受け取りました」
すんなりと受け取ったアーバンに、カミルは内心でホッと胸をなで下ろした。もしもアーバンが何も望まない時は、これを渡して欲しいと父に頼まれていたのだ。
約束を果たして帰る間際、『お父さんの友達』だからと出店の売り子をしていたティリスからお土産としてクッキーと、冷蔵保存袋に入れられたチーズを特別に渡された。
冷蔵保存袋はダイン家の長男が作った物らしいが、現在特許を申請中らしい。ダイン家の技術開発担当なのだと、ティリスが誇らしげに胸を張っていた。
素晴らしいお土産にお金を払おうとしたが、受け取ってもらえなかった。
帰りの荷物は多くなったが、カミルの心は軽くなっていた。




