16.お守り
オブディティの兄、イクリプス家の二男アゲイルから美味しい串焼きの屋台で肉串を奢ってもらい、大満足でオブディティの兄三人と解散した。
「下町グルメを舐めておりましたわ」
「美味しかったねえ。また三人で食べようね」
口に残る幸せの余韻に浸りながら、オブディティを真ん中に三人で歩く。
「あ、そうだ、オブディティさん、どうして背中の文字、喧嘩上等じゃないの?」
わたしの純粋な疑問に、オブディティはフッと微笑む。
「……あなたね、喧嘩してどうするのよ。わたくしは安全第一に活動するのですわ。決して字が思い出せなかったわけではないのよ」
「喧嘩って画数が多いもんね」
「薔薇は書けるのよ、薔薇は」
ムキになるオブディティに、ニマニマしてしまう。
「背中の文様にはちゃんと意味があるのかい?」
日本語を知らないライゼスが、不思議そうに聞いてくる。
「ええ、これは『アンゼンダイイチ』と書かれていて、安全を最優先するという意味がありますわ」
「なるほど、オブディティ嬢にぴったりな言葉だね」
笑顔で納得するライゼス。
わたしも、オブディティにぴったりの言葉ではあるとおもうよ。安全第一!
「折角ですから、三人でお揃いにいたしませんこと?」
オブディティが嬉しそうに提案してくれる。
お揃いの『特攻服』かあ……。
「……そういえば、お二人とも、お揃いですわね」
よく見れば分かるお揃いの服に、オブディティが気付いてニンマリと目を細めた。
「ふふっ、やっぱり野暮はよしますわ。でも、このパーティでなにかお揃いがひとつくらいあってもいいかもしれませんね」
ちょっとだけ残念そうにオブディティが引いてくれた。
お揃いかあ。
「あっ! そうだ、こんなのがあるよ」
オブディティとライゼスの手の上に、ポケットから出した物を載せる。
「毛玉?」
白い毛玉を持って怪訝な顔をするオブディティとは対照的に、ライゼスはすぐに気付く。
「これはもしかして、ユキマルの?」
「当たり! ユキマルをブラッシングしたときに出た抜け毛です」
ユキマルとはダンジョンで出逢った珍しい白毛の狐犬で、幸運値が高く、抜け毛にもその幸運が残っていることを伝える。
「お守りになるんじゃないかなって、持ってきたんだよね」
「幸運値が高い……ということは、もしかしてコレを持ってくじを引けば……」
オブディティの視線が痛い。
ううっ。確かに、今回のくじを引く前に渡せばよかったよね、ごめん。
「終わったことだから、検証は難しいかな。他の機会に、オブディティ嬢の引きの弱さと、ユキマルの幸運値のどちらが強いか比べてみるのも面白いね」
「ライゼス様、ソレイユさんに似てきましたね……。それはいいとして、この毛玉、折角ですから根付けにならないかしら?」
「いいね」
きゃっきゃしながら、雑貨屋で小さな袋を見つけて毛玉を入れ、三人でお揃いのお守りにした。
* * *
三日後の寮の部屋で、深刻な表情でオブディティがわたしの正面に座る。
「『ユキマルお守り』の威力、侮っておりましたわ。わたくしだけが取っている、接待の授業があるでしょう?」
貴族の夫人としてお客様を招いてのパーティなどの接待に関する選択授業だ。わたしは取っていないので、オブディティだけが受けている。
「その小テストがあったのですけれど。このお守りに願いましたら、ヤマを張っていた場所が、全部当たったのです!」
両手を握りしめて言う彼女に、拍手する。
「おめでとう! それは凄いね」
「ありがとうございます。ではなくて、それほどの幸運を、このお守りが引き寄せたのですよ」
流石にそれは言い過ぎではないかと思うんだけれど、彼女は本気だった。
「恐ろしいわ、わたくしのヤマが当たるなんて……」
「え? オブディティさん、ヤマが当たったことなかったの?」
「ありませんわ。いままでは、満遍なく勉強して、なんとか点数を稼いでおりましたの」
「そっちの方が凄いね」
心底感心するわたしの額に、焦れた彼女が「えいっ」と、ちっとも痛くない手刀を入れる。
「わたくしの勉強方法はどうでもいいのです。問題はこちら、このお守りの強さですわ」
「そんなに当たるなんて、学年首位も夢じゃ無くなるよね」
何気なく、袋を開いてみた。
「あれ? なんだか、黒くなってる」
真っ白なユキマルの毛が、黒くくすんでいた。
「もしかしてですけれど、効力がなくなると、黒くなるのではないかしら?」
わたしとオブディティだけではなく、ライゼスにも関係があることなので、部室に集まったときに早速この話をした。
今日もまた、オルト先輩は部活に来ていない。長期休み前には部室の主のような顔をしていつでもここに居た人がいないと、寂しい感じがする。
「なるほど。お守りに願うと、叶えられるということなのかな。どんなことが、どの程度までというのが分からないから、あてにするのは危険だね」
ライゼスの言葉に、それはそうだと納得する。
「でも、お守りになるのは間違いなさそうですわ。頼ることはしなくても、ダンジョンに潜るときには携帯はしたほうがいいかもしれませんわね」
オブディティは黒くなってしまったユキマルの毛に、名残惜しそうに触れている。
「実家に手紙を出して、送ってもらうようにする! 弟には、集めて、ニードルフェルトで人形を作ったり、服の中綿にしたり、再利用しておくように言ってあるから、先にお守り分だけ分けてもらうね」
ユキマルを見たときのステータスで、抜け毛や抜け落ちたヒゲもお守りになることはわかっているので、しっかり確保してある。
わたしが持ってきたのは抜け毛だが、アレクシスはもっと効果がありそうな、ユキマルの抜けヒゲを服に縫い付けてあるから、あっちの方が御利益がありそう。
今度帰ったら、何かいいことがあったか聞いてみなければ。
取りあえず、今はわたしのお守り袋から出した毛玉を半分にちぎって、オブディティのお守り袋に入れた。
「小さくしても、きっと効果はあるはずだよ」
「ソレイユさん、分けてくださって、ありがとう」
丸い小さな袋を大事そうにそっと手で包み込んだオブディティがお礼を言う。
「次の休みは念願のダンジョン探索だね! 初めての三人での挑戦だから、楽しみ過ぎて、前日眠れなさそう」
小学生かしら? という目で見るオブディティと、微笑ましそうなライゼスに見つめられる。
「今回は三人で行動するのがはじめてだから、深くは潜らないからね。それと、ちゃんと依頼を受けてから潜ろう。ノルマを先にこなした方が、気分が楽なものだし」
ええ、ええ、そうですね。依頼を全然受けていなくて、危うく資格を取りあげられそうになったのは記憶に新しいです。
やらなきゃならないことは、先に終わらせておくに限るよね。
「早くオブディティさんの能力の確認もしたいよね。石で、魔物を倒せるか、っていう」
収納の魔法での魔物討伐。
収納の魔法自体が秘匿すべきものだから、この倒し方も内緒にしなきゃならないんだけど。攻撃手段が増えるのは、大事だよね。
「そうですわね、どのくらいのサイズの石がいいかもまだ実験しておりませんし、色々やってみたいですわ」
試したいことをメモ書きしてその日の部活は終わってしまった。
やっぱりオルト先輩がいないと締まらないな……。
* * *
そしてとうとう、我ら三人のパーティの初活動日!
特攻服姿のオブディティと、実はお揃いの服であるわたしとライゼスの三人でギルドに入ると、視線が温かい気がする。
学生のパーティだから、温かく見守ってくれるとか?
掲示板で自分たちの実力にあったレベルの依頼を選び、受付に持っていく。
今日選んだのは薬草の採取とそれほど強くない魔物の討伐で、前にライゼスと二人で依頼を受けた事があるので、多少のノウハウがあるものだ。
依頼もこなすけれど、オブディティの能力の検証もする予定となっている。
「今日行くダンジョンは、領都の西側にある通称第二ダンジョンです」
「十階層まである攻略済みのダンジョンで、五階層までは初心者向けで、それより下は実力が伴わないと危険があるんだよね」
ギルドの前から西のダンジョンまで行く定期便に乗って向かいながら、事前情報をオブディティに教えていく。
「今日採取する薬草は二階層に多く生息しています、討伐対象のマダラ毒蛾は三階層に出没します」
「マダラ毒蛾の鱗粉に触れると、皮膚が焼けるから近づかないようにしてね」
「わ、わかったわ」
緊張しているオブディティだったが、ダンジョンの中に入ると、鉄パイプを片手に興味津々で内部を観察していた。この前の試験の時よりも、肩の力が抜けてていいね。
「実技試験の第三ダンジョンでも思いましたけれど、ダンジョンの内部って、案外綺麗ですわね」
「冒険者ギルドの依頼で、ダンジョン内の清掃もあるからかな?」
「このクラスのダンジョンだと、ある程度の自浄作用も持っているようだよ」
「そうなのですね」
「へー、知らなかった」
感心しながら歩いていく。
ダンジョン内には他の冒険者もいるが、ここのダンジョンは通路が広いので悠々とすれ違うことができるし、分かれ道が多いので他の人を避けての行動も取りやすい。
この分かれ道の多さが、今回このダンジョンを選んだ一因だったりする。
二階層の目星を付けていた場所でオブディティに採取の仕方を教えてから、ライゼスと二人で念入りに索敵の魔法を使って人のいない方へと進む。
「ここならいいかな」
低階層なので人のいる通路には自動で灯りが付くのも丁度いい。
事前に拾ってあった漬け物石よりも大きな石が数個オブディティの収納に入れてある。
「じゃあ、まず、ここ」
わたしが十歩ほど離れた場所の床にハンカチを置き、離れる。十メートル弱くらいかな?
「わかりました。では、いきます」
次の瞬間、ゴトッと床の少し上に石が現れた。
それもハンカチよりも二メートル程後ろだ。
「もっと上から落とさないと、ダメージを与えられないね」
「はい。もう一度、いきます」
狙いを定めて、今度は天井のギリギリに石が現れて、ドゴンと地面に落ちた。
今度は位置が手前過ぎる。
何度か練習をすれば、かなり目標との位置が近くなった。
「大型の魔物なら当たりそうだけど、狙いを付けるのに五秒はかかってるから、まだ実戦では使えないかな」
「……そうですね」
しょぼんと肩を落としたオブディティに、わたしとライゼスは顔を見合わせる。
「まだ使えないだけで、精度が上がれば、使えるようになるよ? 石を落とす、ってことは出来るのがわかったんだから、あとは寮の部屋で、別の物を使って命中精度を上げる練習をすればいいだけなんだから」
「そうだね、落ち込む必要はないよ。むしろ、今日は、どんな練習が有効か、方向性を考えることもできたし、ちゃんと目的は果たしているよ」
「そう、なのですか? 無能だとか、思ってはいませんか?」
心細そうにそう言う彼女に驚く。
「思うわけないよ! オブディティさんの能力の凄さ、分かってる? 凄いんだよ?」
「ソレイユ、凄いしか言ってないから、凄さがちゃんと伝わってないよ」
ライゼスが丁寧にオブディティの凄さを説明してくれて、やっと彼女も納得してくれた。
「わかりましたわ。わたくしの課題は精度の向上と、攻撃までの時間を短くすることですね」
「それができれば、実戦で使うことも可能だね」
ライゼスが請け負う。
「ではそれまでは、わたくし、精一杯荷物運びの役目を頑張りますわね」
気を取り直したオブディティの提案で、収納から石を落下させる訓練は終わりにして、もうひとつの依頼である討伐のために三階層まで降りた。
戦闘ではオブディティを後ろに、ライゼスとわたしで魔法を飛ばしてマダラ毒蛾を何匹も討伐した。
魔石を十個と、蛾が落とすアイテムの『マダラ毒蛾の鱗粉』を五個集めた。他にも『蛾の鱗粉』『微弱な毒の粉』などをアイテムとして拾ったが、こちらは今回の依頼対象ではないので、窓口で素材として売ることになる。
「地味に荷物になるのね」
アイテムを収納に入れながら、オブディティが納得する。
「そうなんだよね、討伐対象を倒しても、必要なアイテム以外が落ちる場合が多いから。最悪の場合は、必要なアイテム以外は置いて行くことになるんだよ。置いて行ったアイテムは、時間が経てば消えるから他の人が拾うことも滅多にないんだよね、勿体ない」
「そういうものなのですね。ダンジョンって不思議ですわね」
オブディティの言葉に強く同意する。
魔物自体も、倒せば消えてしまうし。一体どういう仕組みなのか、よくわからない。
余力を持たせてダンジョンを出るのはセオリーなので、討伐を終えるとそのまま帰路につく。
いつもは関係ない魔物には遭遇しないように索敵するんだけど、今回は積極的に魔物を狩りに行き、アイテムをどんどんオブディティに渡して収納してもらった。
「やっぱり、オブディティさんの能力は最高っ!」
わたしの言葉にライゼスも強く同意し、オブディティは照れながらも、これからも一緒にダンジョンに潜ることを約束してくれた。
つぎに幕間が二本続きますので、三日連続更新といたしました。
お楽しみいただけたら、嬉しいです。




