幕間 & 15.保護者帰還
幕間 ライゼス・ブラックウッドは走る
何度も練習した通りに、遠心力を使ってソレイユを空高く放り投げ、ちゃんと綺麗に飛んだのを見送ってから、この場の離脱を図る。
「では、イクリプス家の皆さまにも、実力は証明できたと思います。カミリオン殿下、いえ、カミル様につきましても、見届け役、ありがとうございました。お先に失礼させていただきます」
王弟であるカミルの立場をわざと口にしつつ、この場を離脱しようとした肩を、その王弟に掴まれた。
「まあ、ちょっと待て。さっきのあれはなんなんだ。仲間をぶん投げるなんて、聞いたことがないぞ」
「そうですか? では、はじめて見ることができてよかったですね。先に行った彼女が待っているので、失礼します」
イクリプス三兄弟が慇懃無礼さに慄いているのを横目に、離脱を図る。
「どうせ全員、同じ場所に戻るのだから、一緒に行けばいいだろう、ブラックウッドよ」
家名を告げられ、自分の出自がバレていることを暗に知らされる。
薄々は気づいていたが、念を押されるようにわざわざ言われるとは思わなかった。
「……」
目が据わってしまっても仕方ないだろう。
だが、今は公務ではなく、お互い冒険者としてここにいる。目上の冒険者には敬意を払うのが規則だが、言いなりになる必要はない。
「申し訳ございませんが、先を急ぎますので」
邪魔をするなという一言を呑み込み、一瞬沈み込んで肩を掴んでいたカミルの手から逃れると、躊躇わずに走り出した。
身体強化を使い、一気にトップスピードに乗る。
鍛えた足と過不足なく巡らせた身体強化、更には重力の魔法で体を最適な重さまで軽量化して、風のように走った。
とてつもない速さに道行く人は慌てて道を譲る。それが間に合わないと見て取ると、人や荷馬車を飛び越して先を行く。
その全力の走りに、カミルは余裕の顔で、イクリプス家の三兄弟はなんとか付いてくる。
視線だけでそれを確認し、内心舌打ちをする。
レベル四の冒険者であるカミルだけでなく、重い筋肉を纏ったイクリプス三兄弟すら付いてくるのかと。
筋肉の付きにくい質である、自分の体に歯がゆさを覚える。ここ数年で身体強化なしで楽に剣が振れる程の筋肉を付け、今も日々鍛錬に時間を費やしている。
だが、持って生まれた筋肉の質の違いというものを、イクリプス家の三兄弟にまざまざと見せつけられた。
そして、王弟でありながら冒険者の資格を有し、一握りの人間しか至らない上位のランクを実力で手に入れたカミルの実力の片鱗を、走りに見た。
悔しさと共に全力で地面を蹴る。
生来の負けず嫌いを強く刺激され、数年以内に彼らに並ぶことを心に誓うのだった。
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15.保護者帰還
冒険者ギルドの前でオブディティと一緒にライゼスの戻りを待っていたんだけど……。
「随分大所帯ね」
オブディティの意見に同意。
三兄弟のみならず、ランク四の冒険者カミルまで一緒だとは思わなかった。
所要時間的に身体強化の上で全力疾走だと思うんだけど、五人とも多少の汗を掻いてはいても平気な顔をしている。ちょっと呼吸が乱れているのがライゼスだけだ……ということは他の四人はライゼスよりも……? 四人とも体格はいいし、年上だけどさ。
「申し訳ない、振り切れなかった」
ライゼスが悔しそうに言うが、そのうちの一人はランク四だよ?
「ライゼス、目的地が同じなんだから、振り切ったとしてもすぐに追いついたよ。ああ、はじめましてお嬢さん、冒険者のカミルと申します」
カミルがオブディティに握手を求めれば、オブディティはちょっと警戒をしながらもその手を握り返した。
「オブディティと申します」
「素敵なお名前だ。ところで――あの戦い方はなんだ、無謀にも程があるだろう」
握った手を離さないまま、カミルがオブディティに一歩近づく。
大柄なカミルに小柄なオブディティなので、非常に不穏な気配なのだが、オブディティは臆することなく大男を見上げている。
「あら? どこが無謀でしたでしょうか。わたくし、十分余力を残しておりましてよ」
「ほう? 一度にあれだけの魔力を使い切り、一撃必殺の技を出しておきながら? あんなことで、冒険者が務まると思うな」
真っ向から上下で視線を交わしてにらみ合う二人。親子ぐらいの身長差だね。
あ! もしかして、お兄さんたちで免疫ができてるから、カミルにも立ち向かって行けるのかな。
その三兄弟は、ハラハラした様子でオブディティを見守っている。
妹大好きな三兄弟なら、無礼なカミルを引き剥がすくらいしそうなものなのに。
「冒険者はパーティで互いを補うこともできると聞いておりますわ。わたくし、自分の仲間を信頼しておりますの」
「……彼らか」
ちらりと、わたしとライゼスに鋭い視線を向けてきたが、すぐにオブディティに戻った。
「彼らは、若い割には実力がある。君はそんな彼らの足を引っ張らずに、行動することができるのか? バランスの悪いパーティは、それだけで命取りなんだぞ」
「問題ありませんわ。兄たちもそれは理解してくれておりますし、なにより仲間が認めてくれておりますから。あなたに何を言われようと、わたくしは冒険者になりますわ」
真っ直ぐに立ち、きっぱりと言い切るオブディティのかっこよさよ!
「オブディティさん、大好き!」
彼女の信頼が嬉しい!
カミルを横から突き飛ばし、オブディティを抱きしめてから背に庇う。
「オブディティさんはわたしの大事な仲間ですっ、それ以上文句を言うなら、いくらランク四の冒険者でも怒りますよ」
突き飛ばしたものの、握手を解かせて体軸をずらせただけだったカミルが、威圧たっぷりにわたしとオブディティを見下ろし、それからガシガシと自分の頭を掻いた。
「あー……わかった、悪い、俺が悪かった。だからそう怒るな、二人とも。なんだか、子ネコ二匹に警戒されてるみたいで愛らしくはあるが――いや、他意は無いから、お前らまで睨むな」
ツカツカと近づいてきたわたしとオブディティの保護者が、それぞれカミルの前からわたしたちを隠し、カミルを睨んでいるようだ。
安心できる背中に守られて、くすぐったい気持ちでオブディティと視線を交わす。
「すまんな、俺が口を出すことではなかった」
気まずげなカミルの声に、反省がわかる。
「いえ、カミル様のご心配はもっともです。しかし、我らも納得の上で送り出しております。若輩者ではございますが、どうかお見守りいただければと」
オブディティの長兄シトロンが丁寧にカミルに伝え、カミルは「そうだな」と理解を示して引いてくれた。
去る、カミルの背を見送り、ホッと息を吐き出す。
ランク四だけあって、なんだか存在感が凄かった。
「お兄様たちは、本当に心配性ですわね。もう何度か、ビッグラットは狩っておりますのに」
オブディティがニッコリと微笑んで兄たちに詰め寄っている。
「それでも、訓練と本番は違うものだから。心配しないわけがないだろう」
「ええ、そうですわね。いつもわたくしを心配してくれて、ありがとう、お兄様」
和解した? ちゃんと和解した?
ほのぼのとしたイクリプス兄妹を、ソワソワしながら見守る。
「よしっ、じゃあ、オブディティの登録も無事できたし、肉を食いにいくか!」
ターザナイがわたしの方を見て声を掛けてくれたので、「やったあ!」と跳び上がる。
「あっちに美味い串焼きの店があるんだ」
ひゃっほーいと全員で、ターザナイの後について肉の店を目指す。
イクリプス家は領都に家があるから、町のグルメに詳しいらしいんだよね。ターザナイは小さな頃からお小遣いで買い食いしてたって話だし、期待してる。
言い出しっぺのアゲイルの奢りで、全員で美味しい肉の串焼きを堪能した。
うんうん、今日はとってもいい日だな!
とうとうオブディティさんも冒険者になりました!
イエ━━٩(*´ᗜ`)ㅅ(ˊᗜˋ*)و━━イ




